ユネスコ記憶遺産への登録申請について

平成 27 年 9 月 24 日
岐阜県 八百津町長
赤塚 新吾
杉原千畝関連史料のユネスコ記憶遺産への登録申請について
1. 申請に至るまでの経緯
杉原千畝の生誕地である当町は、1992 年に人道の丘公園を開園して以来、2000 年に同氏の生
誕 100 周年を記念して杉原千畝記念館を開設するなど、その功績の顕彰に努めてまいりました。
今般、同氏によるビザ発給から 75 周年、戦後 70 周年の節目の年に、人類史的観点からも高い
意義を有するその尊い行いの記録を、日本から広く世界と共有し次世代に語り継ぐべきものとし
て、ユネスコ記憶遺産(UNESCO Memory of the World)への登録を目指すことといたしました。
2. 申請案件名および登録申請をする物件
申請案件名:
「杉原リスト-1940 年、杉原千畝が避難民救済のため人道主義・博愛精神に
基づき大量発給した日本通過ビザ発給の記録」
登録申請をする物件(合計 20 点)
:
①ビザ発給表を含む外務省公信・公電 3 点(別添:画像資料)
②関連する外務省公電 12 点
③杉原ビザの記載があるパスポート 1 点(別添:画像資料)
④杉原千畝自筆によるビザ発給に関する手記 2 点(別添:画像資料)
⑤日本上陸後の避難民に関する公的な報告書・記録 2 点
今般申請物件は、リトアニア国在カウナスの領事代理であった杉原千畝が、1940 年 7 月から 9
月にかけ、主としてナチス・ドイツの迫害から逃れてきたユダヤ系ポーランド人避難民のために、
人道主義・博愛精神に基づく独自の判断から大量発給した日本通過ビザ発給に関する史料群です。
第二次世界大戦という人類史上類を見ない暗黒の時代に、組織人としての服務規律と人命救助
の間で葛藤しながらも、最終的には個人としての良心を保ち行動し得たその行いや背景にある思
いの記録は、人類が未来永劫にわたって希求すべき人種・民族を超えた人道主義・博愛精神の稀
有かつ勇気ある表出例として、世界が共有し次世代に語り継ぐべき遺産であると言えます。
ビザ発給表には 2,139 通が記載されておりますが、イスラエルの国立ホロコースト追悼記念館
の調査では約 3,500 通が発給されたとされており、家族分を含めると杉原ビザにより救われた命
は 6 千を超えるという見方もあり、正確な数については、必ずしも解明されきれておりません。
当町では、本件のユネスコ記憶遺産への登録を機に、国内外の諸機関ともさらなる連携を図りな
がら調査・研究を進める予定です。
3. 今後のスケジュールについて
2016 年 3 月
ユネスコ本部へ 2017 年記憶遺産登録申請書を提出
2017 年
ユネスコ本部による審査結果決定
4. 本件連絡先窓口: 八百津町 タウンプロモーション室長 山内 好仁(電話:0574-43-2111)
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別添:画像資料
杉原千畝
千畝のふるさと岐阜県八百津町の
人道の丘公園に建つ「杉原千畝記念館」
「杉原リスト」
昭和 16 年 2 月 28 日 外務大臣松岡洋右宛 在プラーグ総領事代理杉原千畝発
普通第 28 号 在「カウナス」領事館扱査証調書送付の件

通し番号、国籍、名前、入国ないしは通過ビザの種別、ビザ発給の日付、査証料など、
32 ページにわたって、2,139 名の名前が記載されています
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「杉原ビザ」
ユダヤ系ポーランド人避難民アレクサンダー・ハフトゥカのパスポート
「自筆手記」
杉原千畝が晩年に日本通過ビザ発給に至った場面を記述した自筆手記
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