アメリカの Land Grant University (土地付与大学)における農業普及事業について(試論) 筑波大学農林技術センター・教授 田島 淳史 本稿は、アメリカ合衆国における Land Grant University (土地付与大学:以下ランド・ グラント大学)における農業普及プログラムの概略を提示するのが目的ですが、本論 に入る前にアメリカにおける大学の分類について簡単に説明します。 1) リベラルアート系大学: ヨーロッパの大学における自由七科(文法学、論理学、修辞学、数学、幾何学、 天文学、音楽学)の伝統を引き継ぎ、リーダー養成を目指し教養教育の伝統を重視 する大学であり、代表例が、東海岸の Ivy league 8 大学、ウィリアムズ・アンド・ メリー などです。この区分の大学には、一部の例外を除いて農学部や工学部とい った産業に直接結びつく学部は設置されていません。このリベラルアート系大学に おける教養教育重視の考え方が、第二次世界大戦後、1949 年に発足したいわゆる 新制大学における教養教育に導入されました。その後、1991 年に大学設置基準が 大綱化された際に教養教育が見直されて現在に至ります。 2) 専門技術に重点を置いた Institute of Technology 等 このカテゴリーは、明確な目的意識があり、特定の職業にとって必要な技術を 教育・研究するために設立された大学を指します。例えば MIT や Caltech など 工学関係を始め、音楽、建築といった専門分野に特化した大学群であり、ジュリ アード音楽院や、ファッション工科大学など海外にも名の通った大学が数多く存 在します。 3) 各州における人材養成を目的としたランド・グラント大学 本稿の目的とする大学群であり、1862 年に可決された第一次モリル法(First Morill Act) に基づき設立され、農学、工学、軍事学を教育するために設立された 大学群を指し、各州に一校ずつ設置するのが基本となりました。その後、1890 年 に第一次モリル法(Second Morill Act) が可決され、新たに 19 校の伝統的黒人大学 (HBCU:Historically Black Colleges and Universities)が 1980 年ランド・グラント大 学(1980 Land Grant University)として創設されました。 (1) 1862 年 Land grant university の特徴 ランド・グラント大学は、州の発展に寄与することを目的として連邦政府か ら付与された土地を資産として設立された大学です。付与された土地の面積は、 1860 年に行われた住民調査結果に基づき定められた州選出の上院議員と下院議 員の数に基づき、議員一名につき 30,000 エーカー(約 121 ha)と決められました。 連邦政府からの土地を付与された大学は、土地の売却・運用益を基金として農学、 工学、軍事学の 3 分野を有する大学を設立さることを義務つけられました。この 様に、もともとは生活するために必要な学問である技術学に関する教育を行うこ とを目的に設立されたランド・グラント大学ですが、現在は、人文系、社会系、 医学、法学等を併せ持った大規模な総合大学に発展しているケースも数多く見ら 1 れます。ランド・グラント大学は州の発展のために設立されていることから、学 部生は、自分の州の居住者を優先的に入学させるのが一般的です。また、学部生、 大学院生ともに自州出身の学生の学費(in state fee)は他州からの学生や留学生(out state fee)よりも安く設定されており、出身地により学費が異なるが一般的です。 (2) 農業改良普及事業の発展 1887 年に制定された Hatch Act に基づき、1862 年ランド・グラント大学に農 業試験場 (Agricultural Experimental Station)を設置することが定められました。さ らに、1914 年に連邦議会で可決されたスミス・レーバー法(Smith-Lever Act)によ り農務省(USDA)とランド・グラント大学が共同して 共同普及事業(Cooperative Extension) を行うことになりました。ここに、大学、州政府および連邦政府下の 農務省の三者が連携して州の住民のニーズに応える体制が整い現在に至ります。 以下は、いささか旧聞に属しますが、1997 年に田島が在外研究員としてラン ド・グラント大学のひとつであるペンシルバニア州立大学(Pennsylvania State University)に滞在した際に収集した情報を元に、現状を Penn State Extension の HP で検索して補ったものです。 ペンシルバニア州には、67 の郡(county)がありますが、その全ての郡に County Agent と呼ばれ educator という職種のペンシルバニア州立大学の職員が配置され ています。County Agent の専門分野は、担当している County の基幹的な農畜産 に関する専門家であるのが基本ですが、都市部においては農業に限らず、たとえ ば保健衛生等に関する専門家が配置されていることもあります。 たとえば、酪農が盛んな Huntington County には、酪農を専門にしている Educator が配置されているのに対し、都市部であるピッツバーグが位置している Allegheny County には、公共政策の修士号を持つ 4H クラブの教育担当者が配置 されています。County Agent の職務は、担当している County における農畜産物 の生産に関する指導・普及活動を行うのみならず、問題点を探し出し、本校に持 ち帰り、プロジェクトチームを作り、解決策を探る際の仲介役を果たしています。 当然のことながら、これらの County Agent は地元への貢献度によって評価されま す。この様に、アメリカのランド・グラント大学における共同普及事業は地域の ニーズに応えることを目的として、連邦政府、州政府と大学の三者が一体となっ て取り組む極めてダイナミックなシステムであるのが特徴です。 一方、第二次世界大戦後、GHQ は日本に対して農業改良普及システムの導入 を図り、スミス・レーバー法を模して各地の国立大学農学部所在地に農業試験場、 農業改良普及所を統括する地方研究普及局を設けて、農林省所管の試験研究・普 及と文部省所管の国立大学農学部とを連携する考えでした。ところが、両国の行 政機構があまりにも異なり、これをそのまま受け入れることは困難であることか ら、農林省が都道府県による試験研究・普及を支援し、補助金を交付するという 体制になりました。この時、大学と農林省との間で連携をとるというシステムを 構築することができなかったことが現在まで尾を引いていると考えられます。 2
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