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№ 13
FOCUS
Developing
economies
キム・ハシント ヘナレス
フィリピン内国歳入庁長官
新興国
開発が意味するもの
新興国のDNAを解く
一般に新興国はひとまとめにされがちですが、それぞれ特有のビジネスDNAを有しています。
発展を遂げる市場で成功する場合には、成長のチャンスを掴むだけでなく、
各市場のリスクを把握し、それに対処する必要があります。
Credits: Anthony Harvie, Getty Images, Randy Glass Studio (Illustration)
まず、
一度に世界各国へ展開することはできない
新興国とビジネスチャンスという2つの言葉は、
ということをよく理解する必要があります。様々な
長年、
同義語として使われてきました。
所へ展開するよりも、
その業界に対する最適な市場
時を経て、ようやく新興国が象徴するビジネス
を選択し、最も関連性のある要素として、最適な選
チャンスの本来の意味合いが理解されるようになり
択を行います。選択要素は、消費者基盤、高い技術
ました。新興国の中には、その成長に勢いを失いつ
を持つ人材、
又は投資優遇措置の場合もあります。
つある国もありますが、
ベトナムやインドネシアに加
選択した要素と
(現在及び将来の)税務リスク及び
え、中南米諸国、サブサハラ・アフリカの成長率は、
コンプライアンス費用とのバランスをはかり、
グロ
上昇傾向にあります。各国の富は絶えず変化するも
ーバルな組織、
ポリシー、手続きといった観点から
のですが、新興国を一つのまとまりと考えた時、そ
見た新興国特有の問題への対処方法を知っておく
れは今日の世界経済の重要要素であり、
当面そうあ
ことも必要不可欠です。
り続けるものと考えられます。
新興国市場へ参入する又は既に参入済みの場
巨大な消費者基盤と多くの有能たる人材を確保
合、
その市場での拡大を決断した時には、
以下の重
するほどの人口規模、多くの先進国を上回る経済
要なポイントを検討する必要があります。
成長率、ITから医療制度や大量輸送まで、多岐にわ
たるインフラ整備への需要は、数多くあるビジネス • 税務係争リスクが高いと見込まれる新興国の税
務執行に対し、
どれほどの時間と資源を充当する
チャンスのほんの一部に過ぎません。そうは言うも
ことができるのか。また、新規市場へ参入した場
のの、
新興国には、
事業家が忘れてはならない多大
合、
これに変化が見込まれるか。
なリスクも伴います。インフラの欠如は、多国籍企
業にとってビジネスチャンスであると同時に、投資
• 適切な統制構造が整備されているか。また、既存
家への障壁にもなります。さらには、
過剰規制により
の管理体制やポリシーは、
ビジネス環境の変化が
生じる問題、不確実な規制の適用、
また新興国にあ
起こった後も十分と言えるか。
りがちな腐敗への対応の必要性も行く手を阻む高
いハードルとなります。
• リスク管理及び統制に係るグループ及び各会社
レベルの責任
(集中と分散)
のバランスは、
ビジネ
こういった事業及び規制リスクに加え、税制も
ス環境の変化が起こった後でも適切であると言
新興国で事業を展開する際に直面するリスクの
えるか。
一つです。例えば、
各新興国の税制はそれぞれ大き
く異なり、同一国内であっても地域によって異なる
Tax Insightsは、上記のような課題を取り上げる
ため、
コンプライアンスがより複雑になります。急速 ことにより、
新興国がもたらすリスクと利益における
な成長を遂げる新興国は、税収を増加させなけれ 念入りな分析、及び十分な情報に基づいた決断を
ばならないというプレッシャーの下、度重なる新税 促すことを目的としています。
法の導入や法執行の強化に乗り出しています。
ステファン・クン
Tax Insights編集長
大半の新興国では、
税務ポリシーに関する解釈の
非一貫性、及び税務執行に充当されるリソース不
足により、
不確実性と先行きへの不透明性が高まり
ますが、精巧な税制が整備されていない新興国に
おいては、
とりわけ顕著な問題です。同様に、
クロス
ボーダー取引に複数の規則が適用される場合、又
は既存の規則に関する知識が欠如している場合に
おいては、二重課税のリスクの増加に加え、
コンプ
ライアンスがさらに複雑になり、
時間的及び経済的
負担が増すこととなります。
それにも関わらず、
ビジネスにおいて決断を下す
際には、
税の問題が重要な判断要素となるべきでは
ありません。
EY – Tax Insights for business leaders №13
3
Developing economies
Developing economies
数々のビジネスチャンス- 新興国における事業展開
「経済成長の勢いを
取り戻すことが、
チリの成人
の所得水準を先進国の
水準に近づけるための鍵と
なります。」
新興国は、
ここ十年、
目覚ましい勢いで成長を遂げました。アジアの中流階級人口は現在5.25億人に
上り、
EUの総人口を上回っています。長期的には、増加する中流階級層の購買力は、世界経済の成長
に大いに貢献し、
当該中流階級層向けの製品やサービスを提供する企業にビジネスチャンスをもたら
すポテンシャルを持っています。
フェリペ・ラライン
元チリ財務大臣
2013年の世界人口
中国
1.4b
欧州
506.7m
米国
316.1m
USA
インド
1.3b
SAUDI
ARABIA
アフリカ
1.1b
MEXICO
ブラジル
200.4m
2030年までの中流階級層人口推移
世界の中流階層の
80%
世界人口の推移 2009−50
が新興国に居住し、 総支出の
70%
2009
欧州
2050
97.9% 2009
アフリカ
2050
26.9% 2009 2050
アジア/オセアニア
•
–5.6%
•
•
2050
•
26.5% 2009
北南米
Credit: Cristián Prado Valenzuela
を中流階級層が
占めると
予想される
出典: 世界銀行、
国連
4
EY – Tax Insights for business leaders №13
EY – Tax Insights for business leaders №13 5
Developing economies
Developing economies
数々の難題 - 新興国における事業展開
大手の多国籍企業は、どのようにして発生するリスクを抑制しながら、新興国に現れる新しい
チャンスを掴み発展を遂げていくのでしょうか?世界経済フォーラムが実施した経営幹部意見調査
では、148の国と地域から14,000名もの経営幹部に、彼らの事業国において事業に影響を及ぼす
様々な問題点を、深刻度に応じて格付けしてもらいました。
格付け 1 = 大変深刻
不安
定性
資金
調達
の難
易
度
者
十 分な
税率
教育
を受
けて
い
な
い
勤
労
の
方針
14= 深刻でない
14 13 12 11 10 9
8
7
6 5 4
3 2 1
1 2
3 4 5
6 7
8
9 10 11 12 13 14
イン
フラ
の欠
如
基準
労働
課す
制限を
「新興国の税務ポリシーに
とって、
極めて重要な時を
迎えています。」
非
効
率的
な政
府の
官僚制
リチャード・スターン
世界銀行グループ
リード・タックス・オフィサー
中国 ナイジェリア Credit: Lukas Ilgner
出典:世界経済フォーラム-2014-2015年世界競争力指数
6
EY – Tax Insights for business leaders №13
EY – Tax Insights for business leaders №13 腐敗
インド ブラジル ロシア
事業におけるハードルを評価する
新興国で事業を行う際に生じるリスクを評価する場合
には、
多くの要素が関連性を持ちます。上記のグラフで
は、点の位置が中央に近ければ近いほど、その分野の
ハードルが高いと認識されていることを示しています。
中国を例に挙げれば、世界経済フォーラムの調査を受
けた経営幹部は、教育の欠如や税率よりも、資金調達
の難しさに懸念を抱いています。ブラジルでは、
労働基
準、
インフラの欠如、税率が事業経営者の懸念の上位
を占めています。ナイジェリアについては、税率や制約
の多い労働基準よりも、
インフラの欠如が懸念されて
います。インドに関する最大の懸念は、
資金調達の難し
さ及び税率である一方、
ロシアの政策の不安定さは、
特に深刻な問題であると認識されていないようです。
5つの税管轄地のうち3つについて
この調査によれば、
は、腐敗が比較的深刻な問題であると経営陣は認識
しています。
7
Developing economies
Developing economies
EMC
Tax Online
Tax Insightsプラットフォーム
新興市場センター
FOCUS
Developing
economies
新興国の税務やその他関連事項について
さらなる情報をお探しですか ? 下記サイト
から、税務に関する最新の幅広い情報を
ご覧になれます。
世界で最も急速な成長を遂げる経済への架け橋
→  taxinsights.ey.com
チャンス、
リスク、
そして税金
10 政策の予測可能性及び税務リスクは、
新興国での事業遂行におけるハード
ルの一部として立ちはだかっています。
EYのセンターオブエクセレンス
EYの新興市場センターは、EYのセンターオブエクセレンス
(研究拠点:CoE)
として、
世界で最も急速な成長を遂げている
税務係争の傾向
経済に関する情報を提供しています。
また、
本センターは、
EYのグローバル経済プログラムチームの一部であり、企業及び
政府による経済戦略の策定と方針の決定について、
予測的・分析的
洞察による支援を行っています。
15 税務リスク及び税務係争リスクの管理は、新興国で活発に事業を展開す
る企業に必要とされるダイナミックさと慎重さを要するプロセスです。
EAC の関税同盟が経済統合を促進
東アフリカ共同体
(EAC)の関税同盟の現
新興国委員会
EY新興国委員会は、新興市場センターによって支援されており、
世界中の新興経済のシニアマネージングパートナーで構成されて
います。その目的は、
新興市場において専門知識や才能を伸ばし、
クライアントと密接な関係を持つ現地チーム、
及び新興市場進出に
関心を持つ事業経営者の力となることです。Tax Insightsでは、
新興市場委員会の議長、
ラジブ・メマニ氏が、
新興国で事業を行う際に
係るリスクとビジネスチャンスについて解説しています。
→
ステファン・クン
編集長
網野 健司
ジャパン タックス リーダー
ケイト・バートン
アメリカス タックス リーダー
ジム・ハンター
アジアパシフィック タックス リーダー
ジェイ・ニビィ
グローバル バイスチェア
ヨルク・ゼルカウ
EMEIA タックス リーダー
8
Contact
本冊子に関するご質問・ご意見等がございましたら、
下記までお問合せください。
emergingmarkets.ey.com
EY税理士法人
ブランド、
マーケティング アンド コミュニケーション部
[email protected]
VAT がウクライナの輸入者に及ぼす影響
ウクライナの新しい移転価格法
(2013年)
が VAT に及ぼす影響について説明してい
急成長市場に関する魅力度調査
新興市場研究所(IEMS)
EYの魅力度調査では、特定
EY は、新興市場研究所( IE
の地域や国について、投資
を通じて、
企業家精神を
MS)
→
@EY_EmergingMkts
お問い合わせは [email protected]
@EY_TaxJapan
最新の税務情報を配信しています。
ます。
対象としての魅力度につい
養成する高度教育機関とと
て調査を行います。本調査
もに、将来の職場環境を開
は、企業が投資に係る意思
発し、
次世代の強いリーダー
決定を行い、政府が将来の
を育成しています。IEMSと
成長の障壁となるものを取
は、新興市場にある教育機
り除く際に、有益な情報を提供することを 関のグローバルネットワークで、
各市場でマ
目的としています。
クロ経済が及ぼす影響について研究するこ
とを任務としており、洞察力と人との密接
発行予定の調査結果:
なつながりを持つ迅速な対応ができるソー
• EYのアフリカ魅力度調査 2015
トリーダーシップを育成し、
関連する活動や
• EYのインド魅力度調査 2015
イニシアチブに参加しています。
→ Twitterでフォロー
19 新興国市場参入のための事業投資判断
21 BEPS への対応と日本国企業への影響
* 本冊子は、
グローバルで発行したTax Insightsを一部抜粋したものです。全文(英語
のみ)
は、tax.insights.ey.com よりご覧ください。
また、
「新興国市場参入のための事業投資判断」及び「BEPSへの対応と日本国企業
への影響」
は、
日本語版のみに掲載されています。
EY – Tax Insights for business leaders №13
Credits:
Credits:Vorname
VornameName
Name
編集委員会は、
グローバルタックス
リーダーを含むEYの専門家たちの
広範囲なネットワークを通じ、
見解をまとめています。
況について報告しています。
Credits:
Credits:Vorname
VornameName
Name
Tax Insights 編集委員会
Tax print
税務係争の管理:取締役に向けた知見
税務係争リスクのさらなる効率的管理方法
について提案しています。
EY – Tax Insights for business leaders №13
9
Developing economies
Developing economies
ポール・キエルストラ
新興国市場は今や、
世界経済を再形成するだけに留まらず、
世界経済の中核を成す
存在となりました。この急速な変化は、新興国市場で事業展開する企業にビジネス
チャンスをもたらすと同時に、
様々なリスク、
特に税金に係るリスクの発生を引き起
こしています。
10
EY – Tax Insights for business leaders №13
Credits: Vorname Name
Credits: Vorname Name
チャンス、
リスク、
そして、
税金
EY – Tax Insights for business leaders №13
11
Developing economies
サプライチェーン・マネジメントと電子製品製
造を手掛けるジェイビル・サーキットの税務担当
バイスプレジデントのトム・ブライス氏は、
「ブラ
ジルには人気のスポーツが2つあり、1つはサッ
カー、
もう1つは税務規制です」
と笑います。
これ
は、
多くの新興国についても言えることです。
より複雑さを増す競技では、時に容赦のない攻
めが入ります。2007年のボーダフォンによるハ
チソン・ワンポアのインド資産買収をめぐるイン
ド政府とボーダフォンの訴訟は、その良い例で
す。インド政府は、最高裁がボーダフォン側の主
張を認めた判決を下した後、課税のために遡及
を適用する税法を導入し、現在も仲裁交渉が続
いています。
新興国の税務は確実に難解度を増していま
すが、現況を理解するには背景の把握が必須と
なります。税務は、
全体像を構成するほんの一部
でしかなく、
新興国での事業に伴うチャンス及び
リスクをさらに広い観点から理解しなければな
りません。
Developing economies
「新興国市場は、
米国や欧州と比べ
不安定です。それ
でも、改善の兆し
は見えています。」
イアン・ブリミコム
アストラゼネカ、税務部長
中核市場への可能性
第一に、新興国市場の潜在的消費者数は、先
進国を大きく上回ります。国連の人口統計によ
れば、先進諸国の総人口は12.6億人ほどで、世
界人口のおよそ17%です。これは中国の人口を
下回り、
インドの人口を若干上回る程度です。
新興国市場は今や、
世界経済を再形成するだ
けに留まらず、世界経済の中核を成す存在とな
りました。その変革は、目覚ましいスピードで起
という言葉が最初
こっています。例えば、
「BRIC」
に使用されたのは、
2001年のことです。
新興国の平均所得は低い状態が続く可能性
がありますが、EYでは、2009年から2030年に
かけて貧困層から中流階級層に移行する人口が
世界で30億人に上り、
その大半を新興国の人々
が占めるであろうと推測しています。
世界銀行によれば、当時、
ブラジル、ロシア、
すでにその影響を感じている企業もあると言
インド、中国の実質GDPの合算は、世界の8%に います。ブライス氏は、新興国経済を「成熟期を
過ぎませんでした。それが、全ての低所得・中所 迎える市場」
としています。
得国の合算経済生産高が世界の1/3に満たな
それでもなお、様々なハードルが立ちはだか
かった2013年には、
20%にまで上昇しました。
ります。おそらく最も顕著なものは、
新興国間及
こういった経済指標は、全体像を表してはい び新興国内に存在する違いになります。各国そ
企業は新興国市場に対し れぞれに合った戦略が必要となり、
ません。2008年まで、
メマニ氏は
て高い関心を寄せ上昇基調が続いていました 「多くのグローバル企業でさえ難題を抱えてい
が、金融危機の影響で、経営陣の関心はさらに ます」
と述べています。
高まりました。2010年、
先進国の上位100社は、
ガバナンスもまた、
永遠に続く課題です。一つ
その所得の17%を新興国から稼得しました。
の要素として、
国家の容量の問題があります。経
低所得国に所在する多国籍企業の多くが、 済的資源の少ない諸国では、行政にあてがう経
ますますその存在感を高めています。世界の企 済的リソースも限られてしまいます。
業規模ランキングのフォーチュン・グローバル
もう一つの課題は、政策の予測可能性です。
500、2014年版によれば、111社がBRIC諸国
に本社を持ち、153社が新興国に本社を有して これもまた、国により大きく異なりますが、地域
おり、
2006年の39社と70社に比べて大幅に増 レベルでも大きな課題とされます。EY中南米エ
リアのタックス・マネージング・パートナー、
アンド
加しました。
レス・バレ氏は次のように述べています。
「(中南
米諸国では、)新大統領次第で国家の財政政策
安定性と変革
を4年ごとに変更しています」。
新興国の話となると、過度な一般論に走り
メマニ氏は、急激な政策変更が今もなお行わ
がちです。発展の状況や事業での成功の鍵と
なるものは、各国でそれぞれ大きく異なり、国 れているにもかかわらず、予測可能性は上昇傾
が大きくなれば、地域間の差異も顕著になりま 向にあると感じています。アストラゼネカの税務
イアン・ブリミコム氏も同じ見解で、
「新興
す。EYのグローバル・エマージング・マーケッツ・コ 部長、
ミッティのチェアマンであるラジブ・メマニ氏は、 国市場は、米国や欧州と比べ不安定です。それ
「新興国をひとまとめにして見ることはできず、 でも、改善の兆しは見えています」と述べてい
それぞれの国を個別に見なければなりません」 ます。
と言います。それでも共通の事項はいくつかあ
ります。
12
最後は、
ガバナンスの多大な課題とされる法
の支配です。例えば、
トランスペアレンシー・イン
ターナショナルの世界腐敗認識指数が記載され
た世界地図を見てみると、今もなお新興国市場
と先進国市場とで指数がはっきりと分かれてい
ます。知的財産は先進国に比べ新興国における
防御がより難しくなっています。
さらに、新興国で事業を行う者にとって長期
的課題となるのが、
適切な人材を探し当てること
です。これは新興国特有のものではありません
が、人口が多く教育制度が整備された新興国に
おいても生じている問題であることが、最近の
EYの調査により明らかになりました。
メマニ氏は、
「人材不足は、新興国市場がこの
10~15年の間に急速な発展を遂げたことによ
り生じています。人材への需要が、
人材の数を追
い抜かしてしまいました」
と言います。人材不足
の問題は、
各国で異なります。中国では現地で経
験を積んだマネージャーが不足しており、
ブラジ
ルではエンジニアが不足しています。
新興国を取り巻く問題の多くは数年来続いて
いるものですが、
世界経済でまた一つ、
マクロ経
済の顕著なシフトがあったために、
企業のリスク
報酬比率の算定に影響を及ぼしました。
成熟期に差し掛かる新興国では、近年のGDP
成長率は低下していますが、
Economist Intelliインド及び中
gence Unit(EIU)は、今後5年間、
国のGDPは毎年6%前後ずつ上昇するであろう
と予測しています。
コモディティ依存国については、
ここ数カ月の
物価の低下により、成長率にさらなる圧力がか
かっています。
ただしこれは、
コモディティ取引を行う新興国
を見捨てなさいというサインではありません。バ
レ氏は、
ブラジル等各国には「強力な企業、多岐
にわたるコモディティの提供、様々な製造会社」
があることを指摘し、
「コモディティ価格が回復
すれば、国際市場で競争するに相応しい状況と
なるでしょう」
と述べています。
しかしながら、そ
れは、
コモディティ市場が典型的に不安定である
ことの象徴と考えられます。
進化する税務リスク
複雑な税制は、新興国で事業を行う企業が直
面する終わりのない課題です。各国の制度の差
異は顕著です。バレ氏によれば、
「中南米諸国の
税制は類似性を持たず、ある国は間接税に偏っ
た複雑な税制を持ち、
またある国は所得に対す
る課税を主とする税制を持ちます」。ブラジルで
は、
一般的な消費者製品価格の60%にあたる額
を、
50の異なる間接税として課税しています。
複 雑 さは 時に、国 家 間 だけには 留まりま
せん。ブラジル、中国、インドのように地域ごと
に管轄構造が整備されている大国においては、
国内複数の税管轄地がそれぞれ税制を執行し
ています。ブリミコム氏は、
「各当局が期待する
ものや行政過程は、
米国や欧州とは異なるため、
これらを理解することが重要です」と指摘して
います。
EY – Tax Insights for business leaders №13
多くの新興国で税務リスクが高まっているた
め、
このような理解が重要視されるようになりま
した。2014年には、
年間収益が50億米ドルを超
え、先進国に本社を置く企業の経営陣のおよそ
78%が、新興国への進出は、税務リスク及び税務
係争リスクを著しく上昇させると回答していま
す。2007年には、そのように回答した経営陣は
わずか3%でした。この78%の経営陣の多くが、
税務係争リスクの可能性が高い国として、
ブラジ
ル、
中国、
インドを挙げています。
近年上昇した税務係争リスクには、先進諸国
との類似点に加え、その要因には世界中で類似
性が見られます。まず第一に、
逼迫する財政予算
です。大半の新興国が財政再建の段階にあり、
財政赤字の対処に追われ、
歳入増加への多大な
圧力を受けています。
多くの新興国政府は、国家の成長利益がより
広範囲に及ぶよう資金を投じて働きかけていま
す。これには、多額のインフラ投資、及び世界銀
行が「ソーシャル・セーフティ・ネットの急成長、特
に現金ベースのプログラム」
と呼ぶプロジェクト
への投資も含みます。
要因は様々ですが、
財政赤字は共通の課題と
2014年度の財政
なっています。中国財政部は、
赤字がGDPの1.78%であったことを示すデータ
を公開しました。一方で、
EIUは、
ブラジルの同年
度の財政赤字はGDPの6.3%となることを予測
しています。
「全てとは言わないまでも、大半の
南米諸国において、教育、医療制度、安全保障、
インフラにおける整備を社会が求めており、各
政府がさらなる財源を必要としていることは明
白です」
とバレ氏は述べています。コモディティ
価格の低下は、
状況をさらに悪化させることにな
ります。
税務執行
状況から予想されるとおり、新興国の税管轄
地では、税務執行担当職員の業務が増加しまし
た。ブリミコム氏は、
「緊迫感は増しており、監視
が強化されることは間違いありません」と述べ
ています。
しかしながら、
この傾向は新興国に限
ったものではないと、
ブリミコム氏は付け加え
ます。
EY のアジアパシフィック オペレーティング
モデル エフェクティブネス
(OME)
リーダー、
マ
シュー・アンドリュー氏は、
「全ての税金において、
多くの税管轄地で、
より一方的で強引なアプロ
ーチによる不確実性が高まっています」と述べ
ています。
特に、
インドの租税徴収に対する厳格なアプ
ローチが近年話題となっています。インド政府
は、訴訟に敗北し課税に至らなかったにもかか
わらず、遡及適用の法を利用して徴収を強行し
ました。これに対し、救いの手を差し伸べる者も
いました。海外投資に関する懸念の声が上がっ
たため、
インドの財務相、
アルン・ジャイトレー氏
は、
より緩やかなアプローチを採る意向を公表
しました。
しかしながら、
こういった見直しは、定
着するまでに歳月がかかります。
EY – Tax Insights for business leaders №13
GDP年間成長率の実績と予測(%)
近年、BRIC4カ国(ブラジル、
ロシア、
インド、中国)が、先進国の過去の記録を上回
り、2桁のGDP年間成長率を記録しました。
しかし、成熟期を迎える新興国の成長率
は、近い将来、控えめの2%~6%に留まることが予想されているため、新興国の成長
率は、米国及び英国の成長率予測値を追う形になります。
出典:Economist Intelligence Unit
in %
15
12
9
6
3
0
—3
—6
—9
2006
2009
2012
2015
2018
中国 インド ロシア ブラジル 英国 米国
課税額の決定方法に異なる見解が存在する
そして最後の問題点として、行政が確固とし
場合、
租税徴収への姿勢が厳しくなることもあり ていないことが挙げられます。ブリミコム氏は、
ます。
ブリミコム氏は、
税管轄地によっては、
先進 「新興国の中には、その税務当局が特定のサプ
国より当局が容易に税規定を改定できるところ ライチェーンモデルに関して十分に理解できて
があると説明しています。
いない国もあり、理解度を高める支援を行う必
要があります」と述べています。
しかしながら、
ブライス氏は、新興国の多くで、異議申立て
この問題は消失しつつあります。
プロセスが脆弱又は皆無であることは、状況を
さらに悪化すると付け加えます。インドはその
当局のキャパシティ向上は、
企業にとって様々
例外で、法廷が強い立場を有します。ガバナン な利点をもたらします。バレ氏は、
「中南米では、
スの問題を除けば、利益が稼得される場所につ テクノロジーの向上を図り、データ収集要件を
いて、新興国の税務当局が異なる見解を持つこ 企業に課すことにより、
税務官が以前よりも確固
とは珍しくありません。これは、経済協力開発機 たる見解を維持することができるようになりまし
が税源浸食と利益移転(BEPS)
プロ た」
構(OECD)
と説明しています。
ジェクトに注力する昨今、関心が高まっている論
点です。ブリミコム氏は次のように説明します。 税務リスクへの対応
「新興国市場は、異なる見解を持っています。新
新興国において、進化する税務リスク環境に
興国市場当局の多くは、
人件費が低い税管轄地 対応する戦略には、以下の3つの明白な要素が
は、低コストの拠点であることへの報酬として、 必要です。
より高率の利益配分を受けるべきであると主張
しています。
このような現地政府との緊迫した関 1. 現地の状況への本質的な理解
係への対応が必要とされているのです」。
成功企業は、単一の新興国戦略ではなく、国
BEPS行動が実施されても、近い将来に新興 と地域の状況に合わせて策定された様々な戦
これは税務に関し
国市場に一貫性がもたらされるとは考えられて 略を有する場合がほとんどで、
いません。中南米では、
「大半の国でBEPSプロ ても同じことが言えます。究極的には、事業を行
ジェクトが歓迎されています」
とバレ氏は述べて う拠点の税制について学ぶことへの代替策は存
シニアタックス
います。それとは対照的に、
アンドリュー氏によ 在しません。アストラゼネカでは、
れば、
アジア諸国では見解を表明していない税 職員を中国に赴任させています。その目的は、
管轄地が大半を占めており、将来のBEPS行動 「中国で良き法人税納税者となり、法律の実務
の実施について「多大な不確実性」が生じてい 的適用について理解を深めるため、現地の企業
職員及びアドバイザーと交流する機会を作るこ
ます。
とです。新興国市場の本質を理解し、
可能であれ
13
Developing economies
ば税務当局とのやり取りも経験することを強く
勧めています」
とブリミコム氏は述べています。
「これには多くの労力を要しますが、アストラ
ゼネカに対し社内の税務部門が、中国における
ビジネスチャンスをどう掴むか、税務リスクをど
う軽減させるかといった課題において、
より良い
アドバイスを提供することができるようになりま
す」
とブリミコム氏は説明しています。
2. 確実性を求めるための現地の税務官との協
働実施
新興国市場の税務当局は、
日に日にその強引
さを増していますが、同時に、企業と直接やり取
りすることに対し、
より積極的な姿勢を見せるよ
うになってきました。結果として、移転価格のよ
うな合意が困難になりがちな分野については、
正式な合意に至ることもあります。現地の税務
当局と継続的にやりとりをすることは、
大概の場
合有益です。ブリミコム氏は、
「税務当局の期待
するものを理解する機会、
また、
税務当局が企業
やその税務アプローチについて知る機会を持つ
ことで、後の不意打ちを避けることができます」
と述べています。ブライス氏もこれに同意しま
す。
「数百万ドルの投資を行うのであれば、事前
に当局を訪問することです。利益を出すために
必要な数値を設定し、当局が求めている社会的
発展を達成させ、透明性を示さなければなりま
せん」。
Developing economies
税務係争の
傾向
す」と説明しています。これには、
リスクの軽
減だけにとどまらず、合 法 的 手 段により、多
くの 新 興 国で税 負 担を削 減することも含 み
ます。
常日頃、
税務リスクを視野に入れておく
ブライス氏 が 指 摘 する最 後 のポイントは
大変重要で、新興国の税務リスクが上昇傾向
にある中、忘れてはならないポイントとなりま
す。税率は税管轄地で大きく異なり、例外も
数えきれないほどありますが、ブライス氏に
よれば、新興国の税率は大概が魅力的です。
この 低 税 率で課 税を受けるにはそれなりの
労力を要しますが、
ブリミコム氏も指摘するよ
うに、新興国は優遇税制の提供が可能という
事実を十分把握しています。投資機会、特に、
雇用機会をもたらす企業は、多くの税管轄地
で歓迎されています。特殊分野の研究開発、
及び製造ゾーンにおける優遇は一般的です。
「政府認可の下、事業方針に沿ったベーシック
な租税上の取決めを締結することも可能です」
とブリミコム氏は言います。多くの新興国が成
熟期を迎える中、税務はその難度が上がってい
きますが、
適切に管理すれば、
必ずしも費用の増
加にはつながりません。
従来、新興国の多くはクロスボーダーの税務執行にリソースを配備することに関して
遅れを取ってきました。
しかし、そういう時代は急速に変わりつつあります。
3. 税務及び事業方針の統合
万国共通のルールとして、新興国市場でも、
タックス・プランニングと実 際 の 事 業とが乖
離して いる場 合には 成 功 は あり得ませ ん 。
アンドリュー氏は、
「租税主導のストラクチャ
ー構築は古い昔のことです」と説明します。
一 方で、ブライス氏は、
「 租 税が経 営 上 の 意
思 決 定を強 要してはい けませ ん 。租 税を考
慮にいれた決 定が優れた意 思 決 定となりま
ゲリー・チャネル
世界中の政府はクロスボーダー取引に係る税務執行のために、税務当
局の職員を拡充させており、
新興国においては特に顕著です。
新興国の税務当局はまた、
取り組む課題の種類やその掘り下げ方、
採用
する税務ポジションについて、税務執行上ますます強い主張を行うように
なってきています。
重要アクションポイント
• 環境を理解する:税務は、世界で事業を行う際のほんの一業務に
すぎません。新興国においてもそれは同じです。
• 状況の進展をモニターする: 多くの新興国の税務環境は近年、
政府がより高額の公共支出を担うため、
厳しさを増しています。
• 現地に焦点を当てる:新興国の税務環境は単一ではありません。
企業が活発に活動する拠点についてできる限り状況を把握し、確
実性を最大限に上げるため、現地の当局とともに取り組むことが
必要です。
• 税務リスクを視野に入れる: 新興国ではなお、特定の条件を
満たせば、政府認可の低課税の取決めを締結することができ
ます。
14
EY – Tax Insights for business leaders №13
新興国の中には、
国の財政赤字を是正するため及び経済開発戦略を支
援するために、
課税範囲をさらに拡大しようとしている国もあります。また
自国の税制を国際的なベストプラクティスに近づけようと望んでいる国も
あります。変革の動機はともあれ、
課税基盤が新興国で事業を行っている
企業に移ってきているという結果となっています。
税務執行が焦点を当てるものには、先進国が多国籍企業のクロスボー
ダー取引をどう課税すべきかというグローバルなディスカッションに起因
しているものがあります。
フィリピン内国歳入庁長官のキム・ハシント ヘナ
レス氏は次のように述べています。
「新興国もこれらの課題に最初から直
面しています。昔から問題は存在しており、
長い間不満を表明してきました
が、私たちは小さい国で影響力もなかったため、聞き入れてもらえません
でした」。
しかし、
今はその声が大きくなりつつあります。OECDの税源浸食と利益
移転
(BEPS)
プロジェクト及び国連の税務委員会の双方は、
新興国の懸念
事項に注意深く耳を傾けています。OECDのBEPSプロジェクトは、
新興国
からの意見や提案を取り入れ、国連の税務委員会のメンバーの過半数は
新興国から選出されています。
しかし、
新興国はこういった長期に渡る努力
の結果をただ待っているわけではありません。多くの国では奨励事項の策
EY – Tax Insights for business leaders №13
定、
情報交換、
そして執行能力向上のための専門スキル構築を支援しあう
など、
既に協働を開始しています。
このようなフォーラムには、
ラテンアメリ
カのインターアメリカン・センター・フォー・タックス・アドミニストレーション
(Inter-American Center for Tax Administration)
、
アジアパシフィックス・
スタディ・グループ・オン・アジアン・タックス・アドミニストレーション・アンド・
リサーチ
(Asia-Pacific’
s Study Group on Asian Tax Administration
and Research)、アフリカン・タックス・アドミニストレーション・フォーラム
(African Tax Administration Forum)
などがあります。
また、
各国でも、
単独でより多くの問題を取り上げ、
質問事項を増やすな
ど、
自力で税務執行を強化しています。
「移転価格は新興国では比較的未
熟な分野である場合が多いのですが、精査がより多く行われるようになっ
ています」
と、EYのタックス・コントラバーシー・グローバルディレクターの
ロブ・ハンソン氏は言います。インバウンドの投資に関して用いるストラク
チャーについては、疑問視している国も多数あります。
「特に、本社のある
国に対する費用の控除や支払いに関して質問事項を増やしています。それ
は実際の支払い又は費用の配賦であるかを問いません」
とハンソン氏は
言います。税務当局は恒久的施設の問題をますます取り上げるようになっ
てきており、
経常的に発生する費用や事業の全体的な運営、
自国の課税対
象となる世界的な利益の割合についての精査を強めています。
特定の分野に焦点を当てることが増えていることに加え、
ますます多
くの国が事業上のアレンジメントについて、
実体や事業目的が欠如してい
を引用して異を唱えてきて
るとの理由で、一般的租税回避規定(GAAR)
おり、
GAARが法制化されている場合もあります。
<18頁に続く>
15
Developing economies
Developing economies
タックスインサイト:
フィリピンにとって、BEPSの課題のどの点が
最も重要でしょうか?
最前線の現場から
キム・ハシント ヘナレス:
移転価格は確実な課題となっています。同じ
所得が、地域によって税務上異なる所得区分
とされることも問題です。全ての地域で、
所得
は同じように申告されるべきであり、
所得を別
の地域に移し、異なる所得区分で申告するよ
うなことが可能であってはなりません。また恒
久的施設の定義付けも同様に課題です。多国
籍企業は、
長い間網の目をすり抜け、
例えば単
なる請求代行オフィスであるとして税金を納
めていませんでした。
フィリピン内国歳入庁長
官であるキム・ハシント
ヘナレス氏に、現在直面
している課題について
語っていただきました。
拳銃についてはどうなのでしょう?フィリ
ピンでは銃器犯罪が多いことから、同国の大
統領は彼女が長官に就任すると、武装した警
護官を配備しました。そこで不測の事態に対
処するため、ヘナレス氏は射撃を習う決心を
しました。
「警護官の助けになりますし、
自分自
身を守れるので必要以上に彼らを心配させな
いで済みます。それは合理的な判断でした」
と
彼女は言います。いまや射撃の名手となった
ヘナレス氏は、警護官以上の腕前という話も
聞かれます。郊外の射撃場では、最初に彼女
に武器の取扱いを教えた同国大統領と一緒
の姿を見かけることもできます。
タックスインサイトは、
ヘナレス長官に、
フィ
リピン政府の税務執行強化の動向と、
ご自身
の税務執行に対する考えを伺いました。
16
キム・ハシント ヘナレス:
私たちはBEPSの様々な側面に関わっていま
す。ある国の資源を利用するのであれば、そ
の国で税金を支払うべきです。私たちは納税
者が少なくとも一つの地域できちんと納税す
るようにしたいと思っています。税金を全く納
めない企業があるとしたら、それは本当に不
公平な競争です。税金が支払われることによ
り、全ての企業が平等に事業を行うことがで
きます。
タックスインサイト:
フィリピンの経済成長を助けるものとして、
効
果的な税務行政はどのように重要でしょうか?
キム・ハシント ヘナレス:
もし投資家に尋ねたら、彼らは人材を含む
インフラを充実させて欲しいと言うでしょう。
この国の有利な点の一つに、
教育の高い労働
力があります。彼らがしっかり働くためには、
良質な健康管理が必要であり、政府はこれら
を提供しなければなりません。
しかし、
この世
の中で無料のものはありません。政府はこれ
らを提供するための費用を負担しており、そ
の支払いのために収入を得なければなりませ
ん。そうでなければインフラはあり得ないでし
ょう。インフラがなければ、
投資もなく、
投資が
なければ、
仕事もなくなります。
キム・ハシント ヘナレス
(Kim Jacinto-Henares)
フィリピン内国歳入庁長官
「私の使命は人々を幸せにすること
ではなく、徴税によって政府の
財政を支えることです。」
タックスインサイト:
フィリピンでは税務執行はどのくらい重要でしょ
うか?
キム・ハシント ヘナレス:
税務執行は非常に重要です。それは法律の執行
に私たちが真剣であるというメッセージとなりま
す。課税は法律の一部であり、
規律正しい国民が
いてこそ、初めて国家は強くなれます。私にとっ
て規律正しいとは、税法を含むすべての法律に
従うことを意味します。
タックスインサイト:
貴方が特に厳しい姿勢で臨むのはどのような点
ですか?
キム・ハシント ヘナレス:
まず、
私たち自身が毅然としていなければなりま
せん。そして法律に従わない人々は、
法律に従わ
なければそれなりの結果が待っていることを知
る必要があります。フィリピンの文化では、何か
不名誉なことがあった時、名前の公表は非常に
恥ずべきこととして、
人々の行動を大きく左右し
ます。私たちは法律を守らない納税者のデータ
を公表することに躊躇しません。また人々に税金
を納めることは国家を築いていくことへの大き
な貢献であると説明することも大切です。
これら
全てが全体として重要となります。
キム・ハシント ヘナレス:
もちろん、何をしてもしなくても、文句をいう
人たちがいるものです。税金を徴収するのは
簡単ではありませんが、
この国の大統領そし
て財務大臣の強い支持を受け、
私は恵まれた
状況にあると感じています。税務に関する限
り政治課題はありません。私に期待されてい
るのは、
正しい税金を徴収し、
財政支出を支え
ることのみです。
タックスインサイト:
税務執行を強化するために、
近年内国歳入庁
で行われた具体的な変革には、
どのようなも
のがあるのでしょうか?
キム・ハシント ヘナレス:
私たちは多くの第三者データを使用して、
納税者の報告データが正確であるかをクロス
チェックするようにしました。例えば、
VATの仕
入と売上のデータはお互いにクロスチェック
することができます。仕入が報告されている
のに売上がないとしたら、それは何か間違い
があるということですし、逆も同様です。また
現在第二次の電子化を進めており、
ウェブべ
ースのシステムが導入されれば、全てのデー
タが一元管理され、データ間のマッチングが
より容易になります。
これによって情報の縦割
りがなくなるため、
全てが把握できるようにな
るので、
私たちの手続きはより強化されます。
タックスインサイト:
徴税の先頭に立つ方として有名になられまし
たが、
それにより何か変わったご経験をされま
したか?
キム・ハシント ヘナレス:
私がパーティーに出席すると、ほかの人たち
は高価なものを身に着けているのを私に見ら
れたくなくて、宝石を外すそうです。またある
自動車メーカーの展示会に私が招待された
時、運転手つきの車に乗り込むところを見ら
れたくなくて、
わざわざ会場から離れたところ
で車に乗った人たちがいたというような噂も
あります。でも私はそのメーカーに招待され
たことさえないんですよ
(笑)
。■
Credits: Sanjeev Thakur
フィリピンの税務長官キム・ハシント ヘナレス
氏は、
マスコミの掲げる税務職員の固定観念
を払拭しました。ヘナレス氏は、
フィリピン内
国歳入庁
(BIR)
の長官で公認会計士、
弁護士
であるだけでなく、
ジョージタウン大学で国際
法及び比較法学の修士号を取得し、
英語に加
えタガログ語、福建語、中国標準語が堪能で
す。その経歴は、
BIRの特務副長官から法律事
務所のパートナー、INGバンクの会社法務担
当バイスプレジデントから世界銀行の上級税
務顧問にとどまらず、
幅広いキャリアと経験の
持ち主です。さらにアフガニスタンのカブー
ルでは、
同国財務省大規模納税者チームの税
務アドバイザーを務めました。また2014年後
半からは、
同氏は国連国際租税協力専門家委
員会の一員でもあります。
2010年にBIRの長官に就任したヘナレス
氏は、
フィリピンの文化に深く根差した脱税の
呪縛に直面しましたが、ただちに税務執行の
方針が大きく変わったことを宣言し、
自ら厳し
い税法の執行官として徴税強化の先頭に立
ちました。
「私の使命は人々を幸せにすること
ではありません」と、彼女は言います。
「私の
使命は、徴税によって政府の財政を支えるこ
とであり、それがこの国に必要なことなので
す」。
タックスインサイト:
金額の大きな法人課税に関して、
フィリピン税
務当局が優先する重要な戦略とはどのような
ものですか?
「この世の中
で無料のもの
はありません。
政府が提供する
ものも支払い
は必要です。」
タックスインサイト:
貴方の姿勢に対する、
納税者や企業の反応は
どのようなものでしょうか?
EY – Tax Insights for business leaders №13
EY – Tax Insights for business leaders №13
17
Developing economies
<15頁から>
GAARに係る訴訟では、極端に幅広い規則の適用に対し、裁判官は企業側
を守っていますが、
訴訟に負けた国の中には、
GAARをより強固なものにす
るために新法の制定で対応した国もあります。インドの場合には、遡及的
効果も取り入れています。
「インドには、
矛盾し、
混乱を招く税法と変化の激しい執行の歴史があり
ます。
このような環境は安定した税制国家としてのイメージに深刻な影響
を与えてきました。最近特に注目を浴びたボーダフォンとシェルに関する
訴訟もあり、
インドは移転価格については、
世界で最も訴訟の頻繁な国の
一つとなりました」
とEYインドの直接税訴訟部門の専門家であるラジャン・
ボラ氏は言います。両方の裁判では、税務官は極端な見解を取りました
が、
インドの最高裁判所が2014年にこれを却下しました。
これは納税者側
のポジションを支援する稀な事例です。2015年1月、政府はボーダフォン
の判決に控訴しないことを決定しました。インドのナレンドラ・モディ首相は、
「課税テロリズム」を終結するという自党の選挙マニフェストの約束にひと
まず従がっているというポジティブなメッセージを海外投資家に発信しま
した。
インドのボーダフォンとシェルの判例、
そして与党が新しく明言したポジ
ションは、執行に係る行政と政治、
また必要な歳入額に基づいた戦略の変
化は、
いかに劇的に起こるかという例になっています。
インドだけが不確実な係争環境を持つ国とは限りません。巨大製薬会社
ファイザーのグローバル・タックス・オーディット・アンド・コントラバーシー、
シ
ニア・ディレクターのマイケル・ネルソン氏は次のように言います。
「この不
確実性はますます増加している課題とそれを徹底的に追及しようとする当
局の姿勢のみが原因なのではなく、
充分に発達した租税条約ネットワーク、
移転価格に関する全ての課題に対処できる十分なリソース、
さらには、
より
認識された予測可能な相互協定の手続きが多くの市場で存在しないこと
にも起因します」。
Developing economies
たった半年や1年前の国の税務行政が今日取られているアプローチと
異なる場合があるので、
多国籍企業は機動性も必要となります。
変動要素が多数あり、多国籍企業はこれまでになく多くの国や地域で
事業を行っているため、
慎重なリスクマネジメントとリスク軽減策が不可欠
です。
「企業にはグローバルリスクと係争管理のための網羅的なフレーム
ワークが必要です」
とハンソン氏は言います。
「税務係争のリスク管理に対しては、
グローバルのリソース、
プロセス及
びシステムを見直すことが必要です。そして現在及び潜在的な論点を特定
し、
一過性の問題としてではなく、
戦略的なクロスボーダーレベルでこれを
管理するためのシステムを有しているか自問しなければなりません。世界
のどこか一カ所で行うことが他の場所に影響することもあるため、
クロス
ボーダーリスクを管理することもまた、
取締役会の課題です」
とハンソン氏
は付け加えます。
新興国市場参入のため
の事業投資判断
マイケル・ネルソン氏はこれに同意しています。ネルソン氏によれば、
ファ
イザーは、
いつ税務調査が発生し、
どのような問題があり、
その進捗がどう
なっているかを初期段階で把握することに努め、
可視性と管理能力を持つ
テクノロジー・プラットフォームを採用しました。また同社は、
アドバイザー
のネットワークを活用し、
現地市場、
財務部門や法務部門等の社内のパート
ナーや取締役会と複数のコミュニケーション・チャネルも開発しました。
ネルソン氏は、
「これはとてもダイナミックなプロセスで、
留まることを知
5年後にはまた違って見えま
りません。5年前の世界と今日は違って見え、
す。今後は、
税務調査と係争の分野はますます複雑になり、
容易になること
はないと予想しています。そして、
チャレンジはさらに大きくなり、
小さくな
ることはありません。これらのチャレンジに対応していくには、
これまで経
験した以上に機動性が必要となります」
と述べています。■
新興国では、調査手続きそのものがいくつかの大きな先進国のものと
は違う場合があります。
「内部のプロセスや手続きが異なり、
事態の発展す
るスピードが極めて違う場合もあります。企業にとって大事なことは現地
のシステムを理解し、現地のカルチャーにどう対処するかを知っている人
材を備えることです」
とEYのハンソン氏は言います。ファイザー社のネル
ソン氏は、
戦術が予期されないこともあるとし、
例として、
「調査官が当初提
案する更正は全額実行の可能性がほとんどないように思われますが、
それ
でも納税者に圧力を加えます」
と付け加えます。
国内市場が伸び悩む中、事業成長の機会を
求め海外、特にアジア、
アフリカ、中南米を中心
とする新興国市場において事業開発を行うこ
とが重要になっています。これらの新興国市場
は、多くの国、異なる制度と文化、高い多様性、
多くの若い消費者、
また多様な商流という特徴
があります。一方、人口と所得の増加、それに伴
う消費の伸びという特徴があり、今後もますま
す魅力的な市場となっていきます。この市場を
事業拡大の機会として捉えていくためには、
こ
れらの多様及び複雑な市場を十分に踏まえて
投資の判断を行うという視点が重要です。一方
で、多くの企業にとって情報を得る手段や経験
が少ないため、市場参入や事業拡大にあたって
は、その市場特性を認識及び理解して、現地に
適合した市場参入方法や深耕した事業シナリオ
を検討する必要性があります。検討段階でその
参入方法や事業シナリオの考察が十分でない
と、後に事業の伸び悩みや現地パートナーの見
直しといった事態に陥る場合もあります。
参入戦略仮説の検討と調査項目の明確化
重要なアクションポイント
• 現地での係争の対処方法の違いについて
理解する。
• 税務リスクと係争管理にグローバルアプ
ローチを採用する。
• 税務リスク管理のために、
グローバルのリソ
ース、
プロセス、
及びシステムを評価する。
• 戦略的レベルで税務リスクと係争に取り組
み実行する。
• 税務における強固な企業統治を優先課題
とする。
• グローバルの法規制や税務行政の変化に
ついて情報収集を怠らない。
18
EY – Tax Insights for business leaders №13
市場参入のための投資判断を的確に行うに
は、
まずは、情報収集方法や、
アプローチ方法な
どを現地事情に即して検討する必要がありま
す。参入にあたっては、市場調査を行うことにな
りますが、その調査を的確に行うためには事前
に参入方法や事業領域を初期仮説として検討
することが大変重要です。初期的な仮説や方針
の検討が不十分な場合、市場調査の項目が必
要以上に増え、
コストも増加し、
また市場調査の
結果として得られる情報で、自社の方針を決定
できないということに至る可能性もあります。
まずは、市場概況を俯瞰し、狙うべき市場や大
枠の事業仮説を検討することで、市場参入に当
たり押さえるべきポイントを明確化します。そ
の上で、
この初期的な仮説をベースに市場調査
で押さえるべきポイントを明確化し、市場調査
で検証すべき必要検討項目及び市場参入に必
要な要件を抽出します。例えば、自社の製品・サ
ービスの導入に必要な検証すべき顧客ニーズ、
EY – Tax Insights for business leaders №13
EYトランザクション・アドバイザリー・サービス株式会社
マネージング・ディレクター
岩本 昌吾
市場性、
サービスの受容性、競争環境などは、
自
社の製品・サービスの特性と合わせ検証項目と
して事前に検討にしておくことが必要です。
市場調査・分析・評価
次に事業仮説を検証し、深化及び具体化する
ために市場調査を実施します。具体的には、顧
客の定義・ニーズの分析、市場環境(法規制、マ
クロ指標の動向)、競争環境の分析(主な競合
先やシェア、その数)、競合先の分析(競合先の
強み、強みの源泉、弱みや課題)、バリューチェ
ーン・サプライチェーンの把握(ビジネス構造や
付加価値)などの把握が必要になります。これ
らについては、各種統計データ等の入手可能な
情報を収集しますが、新興国では多くの場合必
要な情報が不足しており、それを補完するため
に現地の専門情報、業界に深い経験・知見のあ
る関係者や専門家から、現地に根付いた鮮度の
高い生きた情報の収集が必要になります。特に
新興国への参入にあたっては、通常のマーケッ
ト情報では必要な情報が得られないケースが
多く、現地の実情を得ることが非常に重要に
なって来るため、現地の専門ネットワークの活
用は避けては通れません。また、新興国は経済
活動を行うに当たり、十分に法規制面が整備さ
れていないケースが多く、各種法規制(販売・製
造、労働法、特許・商標・ライセンス等)
を明確に
し、
リスクを事前に認識しておくことが必要であ
ることは言うまでもありません。これらの現地
から得られた情報を元に、ターゲット顧客層や
ニーズ、市場環境・競争状況、
バリューチェーン、
サプライチェーン等のビジネスの仕組みを明
確化します。事業判断を行うには、想定される
市場規模を検討することが必要ですが、多くの
場合新興国においては少ない情報から類推す
る必要性があります。そのためには、何をベー
スとして、何を推定の寄りどころにするのかを
比較検討し、必要なデータ集計と分析結果から
最適なロジックを検討し、事業規模の算出を行
います。事業判断には、
この事実に基づくデー
タと推定となる数値、ロジックを十分理解した
上で判断することが必要です。
参入方針・計画の策定
次のステップとして、対象市場のどの分野・役
割・領域に、
どのような方法で参入するのが一番
事業を拡大できるか、収益を確保することがで
きるかについて検討します。この際には、いくつ
かの分析手法を活用することが出来ます。代表
的な例として、
バリューチェーンやビジネスシス
テムといった付加価値創造に視点を置いた分
析、サプライチェーンという商流に視点を置い
た分析、事業構造把握のためのビジネスモデル
分析などがあります。いずれの分析にしても、
新たな市場に参入して、収益の継続的な確保が
重要となるので、
自社の顧客は誰か、
どのように
して付加価値を提供するのか、競争優位性を構
19
Developing economies
Developing economies
築するために必要な差別化要因は何かを、各種
分析手法を活用し、参入シナリオを検討するこ
とが必要です。上記の分析に基づいた参入シナ
リオの検討を実施した際、
自社単独で事業基盤
を構築していくには多大な時間を要するケース
が多くなってきます。特に、新興国では、事業機
会を逃さないために、事業構築に必要な時間を
少しでも短縮することが重要となります。事業
パートナーとの JV(ジョイントベンチャー)や、
あるいは、すでに必要な機能や事業を保有して
いる企業のM&Aを検討することは避けて通れ
ない状況となっています。そのためには、自社
の戦略に適した候補先の選定が重要課題とな
りますので、参入シナリオ策定後、候補先選定
等の調査を行い、戦略実現のひとつの選択肢と
して得ることもポイントとなります。最後に参入
シナリオ策定は、見込まれる売上、必要な投資
金額、期待される収益と時期を事業計画として
数値化し、策定することが必要になります。事業
計画策定に当たり留意すべき事項は、まずは、
売り上げの源泉となる基は何か、その単位、頻
度はどうなるのか、売上が上がるに従って増え
るコスト、変わらないコストは何か、必要な時間
などを把握して、事業の計画と実行計画を立案
します。
るのかという国際税制面での検討も避けては
通れません。これらの事業計画と事業スキーム
の検討を合わせ、企業としての投資判断を行い
ます。
事業パートナーの調査・選定と事業スキー
ム検討の重要性
現地ネットワーク、多様な視点と専門性の
必要性
事業計画立案の段階で必要となるのが事業
スキームの検討です。特に、新興国においては
出資を含む事業パートナーが避けては通れな
いことが多いため、パートナー候補の調査選定
が事業拡大を行う上では、非常に重要な鍵と
なります。そのためパートナーとしてどの企業
が適切なのか、候補企業はどのくらい存在して
いるのか等を十分に調査、検討することが事業
成功の大きな鍵となります。適切な事業パート
ナーを選定、決定後、その事業を運営する事業
スキームを検討することになります。ここでは、
製品やサービスを本社、現地JVに対してどちら
がどう提供し、
どの様な事業活動を行う方針に
するのか、
どの資本を使ってどこで収益を上げ
最後に、情報が限られ、経験の少ない新興国
において新たな事業機会を捉え成功に導くた
めには、海外市場の情報ネットワーク、新たな市
場を俯瞰する能力、検討する視点の切り替え、
組織としてのスピード力(意思決定・行動力)、意
思決定のスピードと精度を上げるための分析・
課題解決スキル、事業プランニングや国際タッ
クス等の専門性が求められます。これら新興国
への参入を的確に行い、検討を加速させ、成功
の確度を高めるためには、情報収集や事業のナ
ビゲーター役として、外部パートナーの情報・人
脈のネットワークと専門スキルを活用すること
も有効な施策です。
参入戦略検討・調査項目明確化
参入戦略
仮説立案
• 参入事業を想定し、
目的
狙うべき海外市場、
事業領域の仮説を
立案
明確にすべき
項目の決定
• 参入判断に必要な
検証項目を明確化
• 成功に必要なドライ
市場調査・分析・評価
市場調査・分析
• 狙うべき市場の事業
環境を明確にし、
市場
を分析
バーを抽出
市場性評価
• 参入するための事業
参入シナリオの
策定
事業計画/
実行計画の策定
• 評価結果に基づき
• 参入戦略、参入シナリ
• 事業モデルの検討
• 参入戦略の検討
• 事業計画策定
• 市場規模の算出
• 参入方針の立案
• 実行計画の策定
• 評価軸の策定
• 事業スキームの検
• タックスプランニング
モデルを明確化
• 参入した場合に期
待される事業規模
を算出
• 参入するためのリス
参入方針・計画の策定
参入にあたり取る
べき戦略とシナリオ
を策定
オに沿った事業計画
を策定し、
実行計画へ
の落とし込み
ク項目を特定
• 戦略の仮説構築
• 3C
• チャネル
検討
タスク
• リスク、
ノックアウト
ファクター
• 成功ドライバー
• 情報入手先の特定と
情報入手
• 市場環境分析
• 収益性評価
• ポジショニング検討
• 参入難易度の評価
新興国市場調査分析
専門性
討、
比較
• M&A・出資の検討
• 撤退基準の策定
• パートナー候補洗い
BEPSへの対応と
日本企業への影響
移転価格税制などの国際課税ルールに関し
ては、
経済協力開発機構
(OECD)
をはじめとした
国際機関が基礎となる指針を定めています。
もっとも、
新興国においては、
税法の解釈が不明
確であったり、調査官によって執行の基準が不
統一であったりするといった問題が従前から指
摘されています。現地で発生するこうした税務
問題への対応は、
第一義的には各現地子会社の
役割であると考えられます。
しかし、現地子会社
への利益配分方法や各現地子会社が有する機
能等に関する情報や、国際税務の問題に対する
ノウハウなどは、
親会社に集中しているケースが
多く見受けられます。現地子会社の人員や予算
等のリソースは限定的であることから、現地の
税務問題には、親会社と現地子会社が一体とな
って取り組むことが肝要です。
EY税理士法人は、経済産業省の委託を受け、
グローバル企業が新興国で直面する典型的な
課税事例の分析と併せて、企業グループ全体と
して新興国の税務問題にどのように取り組むべ
きかを税務人材の育成に着目し、調査を行いま
した。本調査の結果を、報告書「新興国における
税務人材の現状と課税事案への対応に関する
調査1」
(以下「調査報告書」
といいます)
として取
りまとめました。
1 当該報告書の調査対象国は、
中国、
インド、
インドネシ
ア、
タイ、
ブラジル及びベトナムの6カ国です。
出し、
調査
新興国情報ネットワーク
(人脈・情報源)
事業シナリオ・事業スキーム構築
新興国専門家(業種/業界・法規制等)
パートナー候補洗い出し・調査
タックスプランニング
EY税理士法人
移転価格部 パートナー
西村 淳
20
EY – Tax Insights for business leaders №13
EY – Tax Insights for business leaders №13
21
Developing economies
Developing economies
新興国の課税事例と体制構築
新興国の課税問題には、例えば図表1のよう
な事例があります。
グローバル企業の親会社は、
基本的にはグローバル・スタンダードを基礎とし
た税務ポリシーを策定しつつも、特に新興国に
おいては、各国固有の法制の特徴を把握し2、
ポ
リシーの現地化を進める必要があります。
このよ
うなグローバルとローカルの二層構造を意識し
た社内体制
(図表2のY軸)
を構築することが、
税
務リスク管理のために有効かつ重要であるとい
えます。出向者のPE認定を例にとると、
グローバ
ル・スタンダードでは人事権や給与支払いに主に
着目されますが、例えば、
インドでは年金の支払
い方等も重視するという判決が出ているため、
インドでの対応に際してはこうしたトレンドを個
別に踏まえて調整する必要が生じます。
現地の税務人材の重要性
移転価格やPE課税といった国際課税の趨勢
として、法令の解釈のみならず、企業の事業実
態に沿った課税の重要性が再度見直されてい
ます。こうした流れを踏まえ、企業グループ全体
として、再度自社の税務ポジションが事業の世
界的な実態と整合的かを検証する必要がありま
す。例えば、現地子会社が、取引先との契約をき
っかけに、
日本の親会社のPEにあたるとして課
税される場合、税務当局は、現地子会社の機能
と損益とを比較し分析を行います。企業として
は、社内の移転価格ポリシーと整合性のある取
引条件か事前に検討を行っておく必要がありま
す。契約が理由で課税されるか否かについては、
法律上の整理が関係し、
知財の有無で利益も変
動するかもしれません。
こうした取引、
契約、
知財
は、
企業の事業内容により異なり、
所在国におけ
る今後の戦略
(工場を増やすのか撤退するのか、
当該地域を市場として位置付けるのか等)
によっ
ても異なります。
こういった様々な目線
(図2のZ
軸)
を意識しながら、世界的な税務を取り巻くト
レンド
(X軸)
や国ごとの違い
(Y軸)
を捉えていく
ことが、企業グループ全体の税務ポリシーを有
効活用して新興国における課税リスクを低下さ
せるポイントとなります。
2 移転価格に関する各国の税務当局の動向について
を
は、
「2014年海外税務当局の移転価格動向調査」
ご参照下さい。
http://www.eytax.jp/tax-library/thoughtleadership/pdf/TP-Survey-2014_J.pdf
【図表1】新興国で見られる課税事案*
比較対象企業が選定される
給与水準の低さ
• 企業が連年損失を計上していることのみを理由として課税を行う
23.5%
24.2%
15.8%
12.9%
日本語能力が求められる案件・業務に参加できない
認定する
• 関係会社間のロイヤルティの支払いについて、契約書の提出又はロイヤルティ料率の
日本語能力優先という印象
登録を国内法により義務付けている。登録に際し、
(法令上は明記されていなくても)
実
質的には様々な制限がなされる場合がある
10.3%
7.3%
ロールモデルの不在
【図表2】
Y軸
親会社
現地子会社
社内の日本人となじめない
BEPS
OECDでの議論
本社の
大まかな方針
各国固有の税法
各子会社の個別の対
応本社によるサポート
キャッチアップ
大まかな方針
知財・法務
14.5%
12.9%
3.2%
27.5%
24.2%
0
10
20
30
40
50
*新興国に所在する日系企業に対するアンケート調査結果(調査報告書より抜粋)
BEPS 方針・勧告
移転価格
0.0%
インド
インド以外の5カ国
その他
BEPS及び各国法制の流れに
2016
経理・税務
11.4%
1.6%
能力主義ではないイメージ
*調査報告書より抜粋
41.3%
32.3%
キャリアパスが見えにくい
• 親会社が現地子会社に派遣した出向者(駐在員)
について、
親会社が当該出向者の給
与を一時的に立替えていることを理由として、
税務当局が派遣元の親会社のPEとして
無形資産関連
新興国における税務問題のトレンドは、
移転価
格に限らず、企業グループ全体のグローバルな
経営戦略と密接に関連し、
ビジネスをどのように
理解するかという点がさらに重要になりつつあ
ります。親会社が現地子会社の税務問題やその
事前の対策に積極的に関与していかなければ、
場当たり的な対処に終わってしまい、根本的な
解決が難しい場合も多いと考えられます。現地
における税務人材の確保、育成、抜本的な問題
解決につなげるため、本社が各子会社の活動を
統括し支援することが、
新興国における課税リス
クを低下させるために重要となります。
• 税務当局が独立企業間価格を算出するに当たり、調査対象企業と異なる機能・リスクの
• 機能限定的な現地子会社は、独立した意思決定能力を有さず親会社の指示に基づいて
活動を行っているに過ぎないとして、
親会社のPEに認定される
PE関連
新興国における税務問題への対応
【図表3】現地人材の採用及び活用に関する課題*
事案の概要(例)
移転価格関連
税務人材の活用
多国籍企業の税務ポリシーの現地化とその
しかし、現地では、十分な税務の専門知識を
実施は、実務上、現地子会社の税務担当者が行
持ち、
かつ税務当局対応も可能なコミュニケー
っているケースがほとんどです。
しかし、調査に
ション能力を有した人材を確保することは容易
よると、現地子会社の税務専任担当者は、現地
ではありません。もともと条件の揃った人材が
採用者で平均1.2~1.4名程度に過ぎず、
また、 現地の労働市場には少なく、他の外資系企業と
出向者の税務専任者はほとんどいないことが
人材の獲得競争で苦戦を強いられます。給与や
分かりました。このように、現地子会社の税務人
キャリアパス等を理由により離職し、
人材が定着
材は非常に限られています。
こうした点を補うた しないという問題が、
多くの企業で挙げられてい
め、
現地での税務問題が顕在化してから、
税務コ
ます
(図表3)。給与水準の問題などに親会社が
ンサルタントへ個別の作業をアウトソースするこ
主体的に関与することにより、税務人材の確保
とも、
専門的見地から特定の問題を分析し、
対応
及びその育成を加速させることも可能です。具
策を明確化するという点では非常に有効です。 体的には、
①採用活動に係る支援、
②人事諸制度
ただし、
課税リスクに対する最も基本的かつ抜本 (報酬・評価制度)の検討、③キャリアパスと人材
的な対策は、
問題が生じる前の対策にあります。 育成及び④経営理念の浸透、
といった側面から、
事業の現場に一番近い社内の税務担当者の存
税務人材の確保を支援し、新興国における課税
在が要になり、
個別の案件を税務コンサルタント リスクを中長期的に減少させる投資も検討に値
に委託していたとしても、社内担当者の重要性
するといえます。
は変わりません。
2020
X軸
執行上の問題・新論点
各国税法の改訂
事業部
経営企画・戦略
Z軸
22
EY – Tax Insights for business leaders №13
EY – Tax Insights for business leaders №13
23
EY | Assurance | Tax | Transactions | Advisory
EY について
EY は、アシュアランス、税務、トランザクションおよびアド
バイザリーなどの分野における世界的なリーダーです。私た
ちの深い洞察と高品質なサービスは、世界中の資本市場や
経済活動に信頼をもたらします。私たちはさまざまなステー
クホルダーの期待に応えるチームを率いるリーダーを生み出
していきます。そうすることで、構成員、クライアント、そ
して地域社会のために、より良い世界の構築に貢献します。
EY とは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッ
ドのグローバル・ネットワークであり、単体、もしくは複数の
メンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立
した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リ
ミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービス
は提供していません。詳しくは、ey.com をご覧ください。
EY 税理士法人について
EY 税理士法人は、EY メンバーファームです。税務コンプ
ライアンス、クロスボーダー取引、M&A、組織再編や移
転価格などにおける豊富な実績を持つ税務の専門家集団で
す。グローバルネットワークを駆使して、各国税務機関や規
則改正の最新動向を把握し、変化する企業のビジネスニー
ズに合わせて税務の最適化と税務リスクの低減を支援するこ
とで、より良い世界の構築に貢献します。詳しくは、www.
eytax.jp をご覧ください。
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