ネパール、カトマンズ市の仏教僧院における僧院運営の変容が建物保存

公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集 No.13, 2015 年 2 月
Reports of the City Planning Institute of Japan, No.13, February, 2015
ネパール、カトマンズ市の仏教僧院における僧院運営の変容が建物保存に及ぼす影響
A study on the transformation in the traditional monastic management and its impact on the
buildings of Buddhist monasteries in Kathmandu, Nepal
川﨑悠平*・落合知帆**・岡﨑健二**
Yuhei Kawasaki*・Chiho Ochiai**・Kenji Okazaki**
The Kathmandu Valley, where is located nearly the center of Nepal, was listed as a wolrd heritage site owing to its cultureal
specificity—2000 years’ lively Newar culture. Buddhist monastery has an intimate relationship with Newar Buddhism which is
developed independently in Nepal. It is also considered as a “living heritage” which still holds a variety of local gathering regional
events. This study identifies and reveals the ideal way to maintain the lively cultures which are the inheritance of Buddhist monastery
and the management body of monastery called Sangha, due to the relationship of the change of the monastic management (according
to the decrease of Buddhism’s influence) and the preservation of the Buddhist monastery.
Keywords:Kathmandu, Buddhist monastery, monastery management, building preservation
カトマンズ、仏教僧院、僧院運営、建物保存
1. 序論
地に存在するすべての寺院、仏塔とともに仏教僧院の歴史、写真、
1-1. 研究の背景と目的
配置図が掲載されており貴重な資料となっている 2)。
またW・Korn
カトマンズ盆地は、ネパールのほぼ中心に位置し、二千年の歴
は、カトマンズ盆地の伝統的建築のひとつとして仏教僧院の建築
史を経た現在でもなお、先住民族のネワール族による文化が息づ
様式を紹介しており、複数の仏教僧院の建築的様相を調べている
く地として世界遺産に登録されている。その中でも仏教僧院はネ
他、仏教僧院の平面の変遷および王宮建築との関連について研究
パールで独自の発展を遂げ、文化的にも重要な位置付けにあるが、
を行った 3)。1980 年代には J・K・Locke によってカトマンズ盆地
都市化に伴い、その姿を大きく変えており、伝統的な僧院建物の
の仏教僧院を対象とする全数調査がなされた 4)。日本工業大学調
喪失が危惧される。本研究は、世界遺産カトマンズ盆地の生きた
査団は 1990 年代に老朽化したパタン市の 1 件の仏教僧院の復元
文化遺産としての仏教僧院における継承保存の現代的あり方に
にあたり、復元前から完成まで調査研究を行った 5)。また仏教僧
有益な知見を得ることを目的として、以下の事項を明らかにする
院を平面形式から4 つに分類し平面形式の変遷について言及して
ものである。
いる。佐藤はネパール、北インド、中国の寺院研究から、ネパー

仏教僧院の建築的変容
ルにおける仏教僧院がインドのビハーラ石窟に起源を持つとし

宗教コミュニティを中心とした仏教僧院運営の変容
た 6)。最近では仏教僧院の管理所有、実態調査、衰退と転用に関

僧院運営の変容が仏教僧院建築の建物保存に及ぼす影響
する体系的な研究が L・Shakya らによって行われた 7)。R・Dongol
はカトマンズ市旧市街地に立地する 1 つの仏教僧院に関してその
1-2. 研究の方法
本研究では 1970 年代のユネスコによるカトマンズ盆地におけ
住宅への転用に着目した研究を行っているがカトマンズ市への
る歴史的遺構の全数調査(以下ユネスコ調査)以来、その実態が
報告書にとどまり、論文としては発表されていない 8)。本研究は
把握されてこなかった仏教僧院を対象とした。ユネスコ調査によ
旧市街地の現存する 3 都市の中でも都市化の影響の著しいカトマ
1)に記載のカトマンズ市旧市街地内に位置する仏教僧院
ンズ旧市街地を対象とするものである。また、仏教僧院の運営主
の中で、写真と配置図の確認できる 76 件の僧院から後述する標
体であるサンガの僧院運営の変化に着目した、僧院運営の変化が
準形に従う僧院を中心に、すべての主僧院を含む(1)64 件を選出し
もたらす建物保存への影響に関する研究は未だなされていない。
る報告書
た(2)。僧院建築の変容を明らかにするため、文献調査、居住者への
インタビュー、目視調査を通じて、ユネスコ調査から 40 年を経た
2. ネパールとネワール仏教、仏教僧院の概要
現在の僧院建築の保存状態を調査した。現地調査として、トリブ
2-1. ネパール、カトマンズ盆地の概要
バン大学仏教学科のN・M・Bajracharya 教授、
Lotus Academic College
ネパールはインドと中国という 2 つの大国に挟まれ、美しい
の S・M・Bajracharya 教授、講師の I・S・Bajracharya 氏へのイン
ヒマラヤの山々に囲まれた南アジアの小国である。約 2,650 万人
タビューによりカトマンズにおける僧院運営の概況を把握した
の人々がヒンドゥ教や仏教、キリスト教、イスラム教など様々
後、各仏教僧院へのインタビューを行った。現地調査の期間は第
な宗教を信仰しながら、53 の少数民族を抱えて調和の中で暮ら
一回調査として 2014 年 9 月 16 日〜10 月 8 日、第二回調査として
している。5 世紀頃にはすでに存在したといわれる仏教僧院建築
2014 年 11 月 28 日~ 12 月 17 日の計 41 日間であった。
は、空虚な遺構としてではなく、現在においても人々の生活が
1-3. 既往研究と研究の位置づけ
営まれており、過去から現在までの時間的な連続性を示す稀有
仏教僧院に関して 1970 年代には、Pruscha らと UNESCO、ネパ
ール政府考古省による歴史的建築目録が発行され、カトマンズ盆
*
な建築群である。また、首都であるカトマンズ市はその人口増
加において突出しており都市化の進行は最も顕著である。
非会員・京都大学地球環境学堂(Graduate School of Global Environmental Studies, Kyoto University)
** 正会員・京都大学地球環境学堂(Graduate School of Global Environmental Studies, Kyoto University)
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かつては明白に出家僧侶のための僧院が存在したとしている。
2-2. 仏教僧院とサンガ
サンガとは、仏教僧院を運営するネワール族の僧侶カーストに
3-1. 仏教僧院建築の標準形の定義
仏教僧院建築の変容を考察するための標準形を定義する。
よる、父系の血統の集団である。バジャルチャルヤもしくはサキ
ャと呼ばれる、僧侶カーストの息子のみがサンガへの入門の儀を
a) 正方形平面
仏教僧院建設の手法はその平面形や方角の決定、開口の寸
受けることができ、父親の僧院に所属することとなる。サンガは、
僧院運営のための土地を持っており、サンガ構成員は全員順番で
法、建設の際に必要な儀礼などがクリヤサングラハ
一定の期間で僧院の管理業務を行う義務がある。管理義務では神
(Kriyasamgraha)と呼ばれる儀軌によって決められている。仏
殿部分の日常儀礼が最も重要であり、僧院建物の安全対策、清掃
教僧院は正方形平面を 81 に分割し中庭中央にチャイティアを置
なども含まれる 9)。
き、それぞれのセルに神が宿ると説明している。
2-2-1. 日常儀礼
b) 中庭を囲む僧院建物
正方形平面を囲む僧院建物について、Wolfgang Korn は 16
カトマンズ盆地の仏教僧院では、本尊の安置されているクワパ
デョ(Kwapadyo)への日常儀礼がなされる。元来は仏教僧院では
Chusya Baha を最も基本的な特徴を持つ僧院として紹介してい
終日、儀礼がなされていたようだが、これはもはや限られた例を
る。従って、本論文ではこの僧院を標準形とする。図-1 に示す
のぞいて行われていない。一般的に僧院は日の出とともに公式に
ように、正方形の中庭を僧院建物が囲み、中庭への入口からの
規定された朝の日常儀礼を行う。日没頃には、本尊への点灯を伴
軸線上の一階に神殿であるクワパデョが位置する。クワパデョ
った夜の日常儀礼を行う。ネワール仏教の儀軌では、1 日に 4 度
のない 3 辺中央の一階にはダランが配される。
本論文では a)正方形平面と b)中庭を囲む僧院建物の 2 つの特
の日常儀礼を行うべきであると定められているが、今日でも 4 度
行っている僧院は 64 件中 2 件のみであった。
徴を満たすものを標準形とする。
2-2-2. 年中儀礼
すべての僧院には、創立の記念日を祝うブサダン(busa-dan)とい
う儀礼がある。例祭の慣例では、儀礼とサンガメンバー全員を集
めた大宴会を含んでいる。カトマンズでは、サンガの血縁集団が
かつての居住地から遠く離れてしまっていたり、収入の大半を得
ていた土地が減少していることから、この慣習も消滅し始めてい
る。
2-2-3. 通過儀礼
神殿で行われるバレチュエグと呼ばれる通過儀礼は、新しくサ
ンガメンバーとして迎え入れられるために必須の儀礼であり、僧
侶カーストの世襲において重要な意味を持つ。バジャルチャルヤ
のカーストには特別な秘密儀礼であるアチャルヤグが存在する。
図-1 16 Chhusya Baha の特徴
3-2. 仏教僧院の建築的変容の現状
2-2-4. サンガのヒエラルキー
写真-1 に示すように、仏教僧院のほとんどは中庭を囲む僧院
各僧院はサンガの生活を見守り、規律を決める数人の年長者か
建物を増改築や建て替えによって、一部もしくはすべて失って
ら構成される年功序列の集団を持つ。彼らの権限は日常生活や日
いる。本尊の安置されている部屋である、クワパデョのある神
常儀礼の取りしきりや、例祭や宴会の準備、僧院や神殿の補修、
殿も老朽化によって崩れかかっているものや外観からは判別が
慣習やカーストの取り決めへの違反の取り締まりなどであった。
難しいほどに改築された事例もある。
今日多くの僧院では年長者たちは肩書きだけの存在以上のもの
ではなく、バレチュエグの際に同席することと、宴会の際に目上
の席に座るのみである。
2-2-5 仏教僧院の慣習的分類
すべての僧院は主僧院と副僧院の大きく 2 つに分けられる。副
僧院とは主僧院から分離独立したものであるため、一般的にその
規模は小さい。主僧院の中からサンガを構成するカーストによっ
て、A ムーバハ、B サキャバハ、C ムーバヒの 3 つに分けられ、
写真-1 同じ僧院の神殿を同じ角度から撮影した写真。1975 年当時の
神殿(左)と2014 年現在の神殿(右)僧院建物がRC 造のマンション
に建て替えられている。
D 副僧院を加えた 4 つに分類できる。カーストの社会的地位はA
が最も高く B、C、D の順に下がる。
3-3. 仏教僧院の建築的分類
3. 仏教僧院建築の変容
対象の 64 件の僧院は詳細に見れば、それぞれ64 通りの建築的
John K Loche は現在の仏教僧院はコミュニティと結びついた一
様相を示す。したがって、各僧院建築の保存状態を定量的に比較
連の儀礼を続けており、正式な通過儀礼を受けた仏教僧侶の住処
することは困難である。そこで2 つの観点から各僧院建物の保存
であり、現在の僧院には妻帯した在家の僧侶しか存在しないが、
状態の分類を試みて、比較検討の参考とした。まず標準形の定義
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に従う僧院は 55 件存在し、前述の特徴を基準として目視調査よ
現在、僧院の補修や建て替えをするためには考古省への申請
り、(1)神殿及び僧院建物の残存程度(どれくらい増改築を免れた
が義務付けられており、カトマンズ市からの金銭的補助を受け
か)(2)神殿の維持管理状態(仕上げや伝統的素材の使用、損傷の
ることもできる。申請に際して、僧院の法的な所有権を明確に
程度など)の 2 つの観点から分類を試みた。
示すためには権利書を提示する必要があるが、権利書には僧院
(1)神殿及び僧院建物の残存程度
やサンガというような慣習的な共同体の名義として登録するこ
とができない。政府はサンガとしての僧院の所有権の登記を行
神殿と標準形の特徴を持つ僧院建物をどの程度残しているか
という視点から対象僧院を分類した。目視調査によって神殿の
うための組織として保存委員会と呼ばれる組織を区(Ward)に登録
残存程度、僧院建物の残存程度の組み合わせから 6 つに分類し
することを求めている。保存委員会はサンガメンバーから選出
た。調査対象では 2 つが該当しないため 4 分類(3)を採用した。
され、一般的に 7 人もしくは 9 人の委員で構成される。政府へ
(2)神殿の維持管理状態
の補助金申請、保存委員会の登録などの作業等に通じている比
較的若いメンバーが実質的な運営を担うことが多い。
仏教僧院における神殿にはクワパデョとアガムという儀礼の
執行において必要不可欠な 2 室が位置している。僧侶カースト
5. 仏教僧院運営の現状
としての世襲に関係する重要な儀礼を行う場であるため、神殿
部分には特別な配慮がされる場合が多い。従って神殿建物の維
仏教僧院運営の現状を把握するために、a)~f)の 6 項目(3)を設定
持管理状態を建築的分類の基準のひとつとして考慮した。標準
し、64 件すべての僧院を対象にインタビュー調査を行った。a)慣
形に該当する僧院を神殿部分の維持管理状態から、外観の 1975
習的分類では、32 件の僧院が副僧院となった。b)僧院に所属する
年のユネスコ調査による写真との比較、インタビュー調査に基
サンガメンバーの人数では 10 人未満の僧院が 19 件ある一方で
づいて 3 種類に分類した。良好:写真-2 に示すように、神殿を
150 人以上のサンガメンバーが所属する僧院が 13 件あり、人数の
伝統的な素材を用いて適切な維持管理を行っている。瓦屋根の
偏りが見られた。c)保存委員会を持っている僧院は 20 件、d)僧院
葺替え、煉瓦の積み替え、窓枠の木彫りの付け替え、トラナの
として定期的な収入がある僧院は 23 件であった。また、e)年中儀
付け替え等が確認できる。普通:写真-3 に示すように、神殿を
礼を全く行わない僧院が 18 件、f)日常儀礼を全く行わない僧院が
応急的に補修している。屋根のトタンによる補修、モルタル仕
4 件あり、儀礼や伝統が失われている僧院が確認された(表-2 を
上げ、金属製サッシ等が確認できる。不良:写真-4 に示すよう
参照)
。
に、神殿が維持管理をされておらず、放置されている。屋根の
崩れ落ち、煉瓦壁の崩壊、クラック、木窓の損傷、トラナの喪
6. 僧院運営の変容が建物保存に及ぼす影響
失等が確認できる。
6.1 全体の傾向
全体の傾向としては規模が大きい a)慣習的分類の位が高く、b)
サンガ人数の多い僧院ほど、神殿の維持管理状態が良好であった
(図-2 を参照)
。一方で残存程度の分類では、僧院全体を保存して
いる僧院 5 件のうち 2 件はサンガ人数が 10 人未満であり、5 件の
4
サンガ人数
140人以上
300人未満
2
4
3
3
サンガ人数
60人以上
140人未満
11
9
良好普通不良
サンガ人数
20人以上
60人未満
神殿維持管理
状態
サンガ人数
0人以上20
人未満
4
4. 仏教僧院運営の変容
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
2
5
7
4
1
1
慣習的分
類 ムーバ
ハ
慣習的分
類 サキャ
バハ
3
12 13
7
慣習的分
類 バヒ
慣習的分
類 副僧院
不良
表-1 僧院の建築的分類と運営状態
1
1
3
2
2
3
サンガ人数
300人以上
普通
(1)及び(2)の組み合わせから表-1 のように 12 種類の建築的分類に
分類した。(4)
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
良好
写真-4 状態不良の神
殿
神殿維持管
理状態
図-2 僧院の規模と神殿の維持管理状態
18
必要な収入源であった僧院所有の土地は大部分が失われ、伝統行
14
12
8
13 13
6
4
2 8
の僧院建物の所有権は運営主体であるサンガには帰属しておら
2
3
残存程度
4-2 保存委員会の役割
1
4 3 2
8
6
4
5
2 3
10
2
分類2
個人に帰属している事例も多い。
保存委員
会 あり
保存委員
会 なし
0
分類1
ず、所有権が僧院を慣習的に分割し居住していたサンガメンバー
4
12
7
10
事や祭りの継続は金銭的な問題を抱え始めた。また現在、大部分
5
14
1
1 2
1
6 6
3 3
0
分類4
役割も果たしていた。20 世紀の土地制度改革によって僧院運営に
16
4
分類3
れており、幾つかの村の自治権を持ちながら、時には司法機関の
18
16
分類3
5 世紀頃の仏教僧院は王族に匹敵するほどの租税の徴収を許さ
分類2
4-1. サンガの変容
分類1
写真-3 状態普通の神
殿
分類4
写真-2 状態良好の神
殿
残存程度
図-3 僧院活動と神殿の残存程度
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年中儀礼
年に4回
以上
年中儀礼
年に3回
年中儀礼
年に2回
年中儀礼
年に1回
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うち 3 件は副僧院であった。保存委員会を持っている僧院や年中
表-2 標準形に従う僧院の運営状態と建築的分類
儀礼を多く行う僧院など、僧院の規模に関わらず僧院活動が良好
な僧院ほど僧院全体を残している傾向にあった(図-3 を参照)
。各
事例を見ると、S.-No.16 はサンガ人数が 36 人の小規模な副僧院で
ありながら保存委員会を中心としてネパール政府、ドイツ大使館
の援助を受けて僧院全体の建築的価値を認識し保存している(写
真 5 を参照)
。また S.-No.81、119、143、148、217、219 のように
主僧院であり良好な運営状態にあっても、神殿建物の高層化や伝
統的な外観を再現しない近代的な建て替えを選択する僧院も存
在した(写真 6 を参照)
。上記の 6 件の僧院の 5 件は保存委員会
を持たない。
写真-5 S.-No.16 の中庭側立面全景を見ると僧院建物を含む全体を保存し
ている
写真- 6 S.-No.81 の中庭側立面全景を見ると、僧院建物はすでにRC 造の
住宅に建て替えられており、神殿も一見して僧院と判別できない近代的
な外観である。
7. 結論
僧院の神殿部分は儀礼の上で重要な意味を持ち、優先して補修
されるため規模が大きく人数の多い僧院の神殿の維持管理状態
は良好であった。一方で僧院建物を含む僧院全体の保存には、僧
院全体の所有権の問題や居住者の増改築ニーズ等、神殿の規模が
大きくなるほど全体としての保存は難しくなると推察する。規模
が小さくとも僧院活動が良好な僧院では保存委員会が僧院全体
としての保存価値を認識し率先して取り組んでいる事例がみら
れた。一方で規模が大きく僧院活動が良好な僧院でも、神殿の伝
統的外観を維持しない事例も見られ、僧院建築の価値認識は一様
でない。現在の仏教僧院運営は、従来の年長者を中心とした年功
序列の権力構造から、保存委員会を始めとする若年層が台頭して
おり、サンガの枠組みを超えた、自治体や政府、NGO との連携に
おいては保存委員会の存在は必要である。今後は、図-4 に示すよ
うな世代交代とも言える僧院を取り巻く構造の変化の中で、儀礼
や伝統などの無形の文化も含んだネワール仏教文化の価値認識
を次世代に継承していくことが、建物保存を中心とした生きた文
化遺産の保全において重要であると考える。
図-4 サンガの僧院運営の変化
補注
(1)主僧院に含まれるムーバヒについては12 件が旧市街地の外側に位置するため対象外
とした。
(2) 論文中の僧院番号(S.-No.)は文献1)に従う。
(3)分類1 神殿及び僧院建物がすべて残る、分類2 神殿がすべて残り僧院建物の一部が
残る、分類3 神殿のみがすべて残る、分類4 神殿の一部のみが残る、の4 分類となっ
た。
(4) うち1c)と4c)の2 分類は該当する僧院なし。
(5) a)慣習的分類、b)サンガ人数、c)保存委員会の有無、d)定期的収入の有無、e)年中儀
礼の回数、f)日常儀礼の回数の6 項目を設定した。
参考文献
1) Pruscha, Carl:Kathmandu Valley, Preservation of Physical Environment and Cultural Heritage
A Protective Inventory vol.1, 2, His Majesty’s Government of Nepal in collaboration with the
United Nations and Unesco, 1975
2) 文献1)
3) Wolfgang Korn:The Traditional Architecture of the Kathmandu Valley, Bibliotheca
Himalayica, 1977
4) John K Locke:Buddhist Monastries of Nepal, A Survey of the Bahas and Bahis of the
Kathmandu Valley, Sahayogi Press, 1985
5) 日本工業大学ネパール建築調査団(編)
:ネパールの仏教僧院 イ・バハ・バヒ修復
報告書, 中央公論美術出版, 1998
6) 佐藤正彦:ヒマラヤの寺院 ネパール,北インド,中国の宗教建築, 鹿島出版, 2011
7) Lata Shakya, 他:ネパールの歴史都市における中庭型集住体の共用空間の管理シス
テムに関する研究, 2013. 2
8) Rupa Dongol:Conservation and management of Historic buildings, Kathmandu Metropolitan
City, 2012
9) 田中公明:ネパール仏教, 春秋社, 1998
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