「何であって」「何でない」のか - 東洋大学総合情報学・藤本貴之研究室

特集:情報をわかりやすくするデザイン
UDC 02:000.000:000.000
情報をわかりやすくするデザイン:
情報デザインは「何であって」「何でない」のか
藤本
貴之*
情報をわかりやすく編集し,わかりやすく伝達する技術が注目を集めている。情報肥大化社会となっている今日においては,多くの情報
がユーザに届くことなく埋没してしまう。そのため,情報それ自身よりも,「わかりやすさ」や「伝わりやすさ」ということが,その価値
と有用性を決定する大きな要素になっている。つまり「情報の量」や「情報の質」よりも,むしろ「情報との関係」が大きな価値を生むよ
うになっているのだ。どんな情報も,それがユーザに理解されず,届かなければ意味がないからだ。「情報との関係」に基づき,情報を分
かりやすくするデザインである専門領域「情報デザイン」。本稿では「わかりやすさのデザイン」とも言われる情報デザインについて基本
的な部分から解説する。
キーワード:情報デザイン,情報アーキテクチャ,わかりやすさのデザイン,ウェブデザイン,ユニバーサルデザイン,デザイン思考,ア
クセシビリティ
1.はじめに:「わかりやすさのデザイン」の時代
インターネット時代と呼ばれる今日。私たちの日常は肥
大化した膨大な量の情報に溢れている。Google の検索窓に
キーワードを入れれば大量の情報が一覧されるが,それら
の「確からしさ」はなんら保証されていない。
「情報の確か
らしさ」はインターネットの中にではなく,あくまでもそ
れを利用するユーザ個人の中に技術や認識として存在して
いるのだ。よって,情報の利活用のためには,私たちは自
らが必要とする情報を膨大な中から的確に抽出する作業に
加え,常に「その情報」をどう利用するか,あるいは,そ
の状況においての利用に適するのか否か,ということの確
認と検証に多大な時間と労力をかけなければならなくなっ
ている。インターネットを利用する全ての人が,情報の優
劣を見定める審美眼を持たねばならない時代といえよう。
この部分にかけられている「目に見えないコスト」は莫大
だ。
今日,私たちが効率的な情報生活を送るためには,2 つ
の労力が不可欠となっている。第一に,大量に提供される
情報から,いかに賢くフィルタリングし自らが必要とする
正しい情報を入手するか,というユーザサイド(情報受信
者)での労力。そして第二に,発信したメッセージを膨大
な情報の中で埋没させることなく,ユーザへと的確に伝え
るためのベンダーサイド(情報発信者)の労力である。特
に,情報発信者にとっては,組織や個人の別,規模や分野
を問わず「情報をいかにわかりやすく伝達する」か,とい
うことは死活問題だ。どんなに良質な情報でも,大きな投
資をしたクオリティの高いコンテンツでも,それがユーザ
*ふじもと たかゆき
〒350-8585
東洋大学総合情報学部
埼玉県川越市鯨井 2100
東洋大学総合情報学
部
Tel. 049-239-1300
(原稿受領
2015.8.24)
に届かなければ,何の価値も意味もないからだ。例えば,
『伝え方が 9 割』
(佐々木圭一著)がベストセラーになった
ことは記憶に新しいが,このことからも個人消費者のレベ
ルでさえ「伝え方」の重要性には大きな関心が向けられて
いることがわかる。もちろん,自分たち(情報発信者)の
情報を受信者(消費者/ユーザ)にとって,わかりやすい
形へと編集し,それをスムーズに伝えてゆくための技術は,
古くから生活のあらゆる場面で実践されてきた。標識やピ
クトグラムなどの視覚記号は,文章や言語をアイコン化す
ることで,その「わかりやすさ」
「伝わりやすさ」を高めて
きた事例で,世界中に存在している。
これらはそのままでは「わかりづらい」「伝わりづらい」
情報を,人間にとって直感的で認知しやすい形へと編集・
加工し,伝達する技法であり,今日「情報デザイン」
(Information Design)と呼ばれる分野を形成している。
特に,1990 年代に効果的なウェブデザインのための技法と
して「情報アーキテクチャ」(Information Architecture)
といった言葉も大いに注目が集められた。
「わかりやすさのデザイン」とも呼ばれる情報デザイン。
この「情報をわかりやすく伝達するためのデザイン」であ
る情報デザインの考え方と技法は,近年,急速にその関心
を高めている。特に,多様化するワークスタイルが広がる
中で,高いパフォーマンスを実現することを目的に,通俗
化や一般化も含めた様々な発展を見せている。例えば,近
年,経営やビジネス教育の場面でも目にすることの多い「デ
ザイン思考」
(Design Thinking)などは,本質的には情報
デザインの考え方を抽象化して,問題解決のためのプロセ
スとして一般化した考え方だ。
* * *
本稿では,
「情報をわかりやすくするデザイン」について,
「情報とは何か?」「デザインとは何か?」という基本的な
部分から改めて詳らかにし,「情報デザインとは何であっ
て,何でないのか?」という観点から,
「情報をわかりやす
― 450 ―
情報の科学と技術
65 巻 11 号,450~456(2015)
ば,次の 2 つの技術として集約できる。
くするデザイン」について解説する。
2.情報デザインの考え方
2.1 「情報との関係」のデザイン
情報をわかりやすくするための技法は,古くから様々に
存在してきたが,その理論的な研究が進むのは 1990 年代
に入ってからである。
「情報デザイン」あるいは「情報アー
キテクチャ」と名付けられ(専門分野としての確立と厳密
化によって,今日ではこの両者の位置付けは異なる),
Richard Saul Wurman,Robert Jacobson などの実務的先
達により,インターネット時代の新しい働き方や考え方に
対応するための様々な手法が模索されてきた。複雑で膨大
な情報の洪水の中で生活せざるを得ない私たちは,その利
便性を享受する反面,情報量の増大が,結果として自分た
ちの生活を必ずしも豊かにするわけではないという現実に
も気づかされている。一方で,そのような肥大化する情報
群の中で,
「情報の質」もその意味を失いつつある。良質な
情報や高いクオリティのコンテンツが,必ずしも価値を生
み出すとは限らなくなっているからだ。
今日重要なことは「情報の量」でも「情報の質」でもな
く,
「情報との関係」だ。ここでいう「関係」とは,情報発
信者と情報受信者の間の情報の授受が,どの程度「わかり
やすい」形式で且つ,
「伝わりやすい」経路として設計され
ているか,という意味だ。例えば,ウェブサイトにおける
リンク構造はもとより,SNS などが典型だ。
今日私たちが必要とする情報を入手するためには,情報
との関係を良好に保ち,広大なデータベースの海の中で迷
子にならないための経路・プロセスを明らかにしておくこ
とが求められる。情報と私たちユーザとの距離感や提示手
法も含めた「関係」にこそ,情報を発信する側にも受信す
る側にも大きな価値を生むことが明らかになりつつある。
「情報とは量を増やすことで価値を高める」とか「高い質
の情報には価値がある」という一種の前時代的な先入観か
ら離れ,
「情報との関係をデザインすること」に意識を向け
ることで,情報は初めて高い価値を持つようになる。
「価値」とはすなわち,消費者(ユーザ)に享受され(伝
わり),利用される(理解される)という実にシンプルな意
味である。情報肥大化社会である今日は,そういった当た
り前のことが最も難しいことになっているのは皮肉なこと
と言えよう。
2.2 情報デザインの 2 つの技術
「情報をわかりやすくする」ためのデザインは生活や社会
のあらゆる場面で求められている。よって,情報デザイン
が対象とする状況も生活のありとあらゆる場面に広がって
いる。そのため情報デザインとは,アカデミズムの側から
でなく,日常生活の効率化・機能化を目指す実践や実学を
通して発展してきた。それだけ実践的な知としての完成度
も高いということができるかもしれない。
情報デザインとは何なのか?
―これを簡潔にまとめれ
◆
複雑な情報を整理し,わかりやすく編集して伝える
技術
◆
情報や知識への煩雑な経路を,わかりやすく構造化
して道筋を立てる技術
この 2 つの技術は,
「情報そのものをわかりやすくする」
こと,そしてその「情報への経路をわかりやすくする」こ
ととも言い換えることができる。
例えば,前者「複雑な情報を整理し,わかりやすく編集
して伝える」卑近な事例といえば「グラフ化」だ。正確で
はあるものの直感的にはわかりづらい数値による一覧や生
データ(図 1)は,グラフ化されることで(図 2),直感性
を高め,より「わかりやすい表現」へとデザインされる。
グラフ化は数値だけでは把握の難しいそのデータが表す
意味や傾向などをより直感的なわかりやすい形式として理
解させることができる。数値それ自身が持つ細かい正確さ
よりも「わかりやすさ」
「伝わりやすさ」という実用性とい
う観点からのデザインだ。
図1
数値は正確だが,直感的でなく全体の傾向は把握しづらい
図2
グラフ化することで全体的な傾向を直感的に把握しやすく
なる
後者「情報や知識への煩雑な経路を,わかりやすく構造
化して道筋を立てる」としては,情報デザインの典型的な
事例として上げられる「地下鉄の路線図」がわかりやすい
(図 3)。
「路線図」は実際の地形や距離などのロケーション
の正確さを割愛し,乗り換えや接続や方向や位置関係など
の「乗車するための利便性」を中心に置いたデフォルメを
することで実用性を高める。地理学的な正確さを放棄する
― 451 ―
情報の科学と技術
65 巻 11 号(2015)
ことで,電車の乗車のための実用的な「わかりやすさ」を
目的としたデザインを実現させている。
ていようが,それが「アート作品」であれば,情報デザイ
ンとは言えない。しかしながら,情報技術を用いたメディ
アアート,デジタルアートなどが情報デザインの一部とし
て認識されていることも多い。大学や専門学校の「情報デ
ザイン学科」を称している教育現場でさえ,情報技術を用
いたデザイン技術の習得をコンセプトにしているものが目
立つのが現状だ。
3.「情報」を「デザイン」する
図3
Henry C. Beck によるロンドンの地下鉄路線図(1933)
もちろん,これら 2 つは常に相補的である。言うまでも
なく,どんなに前者,すなわち「わかりやすい加工」を施
していたとして,それがユーザに届かなければ意味をなさ
ないからだ。つまり,
「情報をデザインする」とは,そのま
まではわかりづらい多様な情報やデータを,誰にでも分か
りやすい形へと編集・加工し,それを適切にユーザへと届
ける/届くようにデザインすること全体を意味する「わか
りやすさ」
「伝わりやすさ」のための総合的な技術であると
も言える。情報デザインが「わかりやすさのデザイン」と
も言われる所以だ。
3.1 情報:意味を伝えるもの
情報デザインをより具体的に正しく理解するためには,
「情報とは何なのか?」そして「デザインとは何なのか?」
を理解することが不可欠だ。これが「情報デザイン」を理
解する基本であり,且つ唯一の方法であると考えている。
情報デザインとは,言うまでもなく「情報」と「デザイ
ン」という 2 つの言葉によって構成されている。それらの
2 つの言葉はいずれも多様性を持った単語である一方で,
イメージ的であり,曖昧に利用され続けている単語である。
特に,
「情報」という単語ほど広い意味を持つ日本語も珍
しい。ひとつの単語が専門用語として多様な分野・業界で
用いられ,それぞれで多様な役割をもって意味づけられて
いる。例えば「情報」という言葉が持つ意味として今日明
確に意味づけられているものだけをあげてみても,
●
●
●
●
2.3 デジタルアートは情報デザインではない
今日,情報デザインの考え方は生活のあらゆる場面で求
められ,その重要性を増している。その一方で,誤解の多
い用語・研究領域のひとつにもなっている。その言葉が,
正しく理解されぬままに当たり前のように利用されている
場合も少なくない。
なぜなら,一般に「情報」という言葉を冠すると,私た
ちは条件反射的に「コンピュータを用いた何か」あるいは
「デジタル的な何か」,すなわち「いわゆる IT 関係」をイ
メージしてしまうからだ。
「デザイン」という言葉も同様で,漠然としつつも固定化
されたイメージがある。それは「制作物」や「作品」を「創
作する」というクリエイティブな造形活動というイメージ
だ。よって,先入観によるイメージが固定化されがちなこ
の 2 つの言葉を合体させた「情報デザイン」という言葉を
聞くと,一般には「コンピュータを用いたデジタルデザイ
ン」が想起されてしまうことは想像に難くない。つまり CG
(コンピュータグラフィックス)やウェブデザインなどがそ
の代表的なイメージだろう。もちろん,CG やウェブデザ
インをはじめとしたデジタルデザイン分野が,情報デザイ
ンの主要な一領域を占めることも事実だ。しかし,それは
「デジタルなデザインだから情報デザインだ」ということは
意味しない。むしろ,どんなに最先端の情報技術を利用し
●
コンピュータ(情報科学)関連分野の意味
図書館関連分野の意味
新聞学(マスコミ)関連分野の意味
生命科学関連分野の意味
科学一般分野の意味
などがある。ここで示される「情報」の意味は,それぞれ
の分野や専門によってその意味は少なからず異なってい
る。そのため,
「情報」という言葉はそれを使う人の立場や
専門などによって感じ方が大きく異なる。「情報デザイン」
と聞くと,一般に「デジタルデザイン」を想起させてしま
う要因もそこにある。
さて,多様な分野で様々に使われる「情報」を辞書でひ
けば,次のような意味を持っているとされる。
①
②
③
ある物事の内容や事情についての知らせ。インフォ
メーション。
文字・数字などの記号やシンボルの媒体によって伝達
され,受け手に状況に対する知識や適切な判断を生じ
させるもの。
生体系が働くための指令や信号。神経系の神経情報,
内分泌系のホルモン情報,遺伝情報など。
(出典・デジタル大辞泉)
分野固有の用法や定義も少なからずあり,一般的には,
なかなかわかりづらい説明のようにも感じる。そこで,こ
れらを含めた様々にある「情報」の意味から,専門性など
― 452 ―
情報の科学と技術
65 巻 11 号(2015)
を間引きし,一文として再構成をすると次のようにまとめ
ることができる。
であれデザインには,客観的な説明やその存在の合理的な
根拠が必ず必要となる。しかし,それは考えてもみれば至
極当然のことだろう。
「情報は,我々に何らかの意味を伝えるもの」
誤解を恐れずに書いてしまえば,
「情報」という単語が持
つ「生活一般での意味」
「普遍的な意味」としては,上記の
定義で大きな逸脱はないはずだ。
3.2 デザイン:具体的な機能や目的を持った設計
次に,「デザイン」という言葉を改めて確認してみたい。
デザインと聞けば,多くの人がアート的な考案・創作・制
作をイメージする。もちろん,それもデザインが意味する
柱の一つではあるが,逆に考えれば,デザインの意味の一
つでしかない。デザインという言葉を辞書で紐解けば概ね
以下のような意味が示される。
①
②
③
建築・工業製品・服飾・商業美術などの分野で,実用
面などを考慮して造形作品を意匠すること。
図案や模様を考案すること。また,そのもの。
目的をもって具体的に立案・設計すること。
(出典・デジタル大辞泉)
図4
これらの意味を整理すれば,次のように定義づけること
ができるだろう。
「デザインとは具体的な目的や機能をもって設計するこ
と」
つまり,デザインとは,造形物の制作といった物理的な
作品を造ることだけではなく,あらゆる設計が含まれる。
そこには当然,企画やプランの立案や考案など,質量を持
たない設計も含まれる。つまり,
「企画のプランニング」と
「造形物の意匠」のような一見異なる業務内容であっても,
デザインという意味において,その位置づけはイコールな
のだ。
デザインとアートを分かつ最大にして唯一の条件は客観
性の有無である。アートは,制作者の主観的な表現のみで
制作されることが許され,客観的な説明や合理性を必要と
しない。例えば 20 世紀の美術界に大きな影響を残した
Marcel Duchamp の最も有名なアート作品“Fountain”
(1917)は,市販の男性用小便器に“R. Mutt”という署名
を書き加えただけの作品だ(図 4)。
芸術論的な議論はさておき,少なくともアートという枠
組みにおいて,この作品は許容され,大きな価値を持って
いる。このように,アートとは,究極的には誰からも文句
の言われる必要のない制作者の主観的な表現の結果として
許容され,その一点において合理性や客観性は求められな
い。一方で,デザインにはそれが許されない。それがなん
Marcel Duchamp “Fountain”(1917)
3.3 建築はなぜアートでないのか?
デザインを考える上で,もっともわかりやすい事例は「建
築」だ。住居としてのいわゆる建築物は「デザイン」であっ
て「アート」ではない。言い換えれば,アートとしての住
居は理論的には存在できない。この理由は何だろうか。
―その答えは簡単だ。建築とは,
「住む」という具体的な
目的を充足するために必要十分な実用性を具備した上で,
立案・設計がなされねばならないからだ。
もし,住居としての建築物がアートであれば,
「二階に行
けない二階建て」とか「入口がない部屋」あるいは「途中
で切れている階段」などの表現もアーティストの主観的表
現の下に許されてしまう。そもそも「住むことができない
家」というコンセプトだってありうる。そのような住居と
しての具体的な機能性や目的を充足していない建築はデザ
インではない。そもそも,客観性と実用性を具備していな
い建築,すなわちデザインでなければ,社会的ニーズがな
いばかりか,合法的には建設することさえできないのだ。
もちろん,アート風な建築は多数存在しているが,それら
も「アート風な装飾」を表面的に施しているだけに過ぎず,
実質的にはアートではないはずだ。
他にも,企画書の執筆やアイデアの企画・立案・設計な
どは,デザインでなければならない典型的な事例だ。
「合理
性がない企画」「目的不明のアイデア」「根拠なき理論」な
どによって作られたデザインなきアートな企画書は,結果
として具体的な機能性や目的を有さず,なんら役割を果た
― 453 ―
情報の科学と技術
65 巻 11 号(2015)
せないからだ。
3.4 情報デザインの定義
さて,以上を踏まえ,情報デザインの定義をまとめてみ
たい。
「情報」+「デザイン」が意味する情報デザインとは,
「何らかの意味を伝えるもの」を「具体的な目的や機能
をもって設計する」ための考え方と技術
と定義付けることができる。
情報デザインの定義とは,突き詰めれば,上記の一文で
説明できてしまう極めてシンプルなものである。そしてそ
れが,先述した「複雑な情報を整理し,わかりやすく編集
して伝える技術」,「情報や知識への煩雑な経路を,わかり
やすく構造化して道筋を立てる技術」という大きな 2 つの
技術によって分類され,実現されている。
4.新聞と図書館に見る「わかりやすさのデザイン」
4.1 「新聞」のわかりやすさ
もっとも身近な情報デザインの事例のひとつと言えば
「新聞」だ。もし,新聞がなければ,私たちが知りうるニュー
スという情報は,自分が直接見聞きしたり,接触可能な限
定的なエリアから得られる直接的・一次的な情報に限られ
る。しかし,新聞という存在は,世界中にある膨大な離散
した情報を一元的に集積させ,情報を組織化させる。そし
て,その情報(ニュース)の理解を助けるという具体的な
目的をもって機能的に一枚の大きな紙の上に配置され,私
たちに毎日提供してくれる。
見開き 2 枚の紙だけでも圧倒的な情報量を一目で把握す
ることができる。ジャンルもロケーションも超越し,あら
ゆる情報が機能的に一元化され,本来は不可能な世界の事
情をわかりやすく把握することができるのだ。これを超え
る情報デザインの事例はなかなかない。最新の情報システ
ムであっても,比べ物にならないほどに「新聞」とは極め
て完成された情報デザインの事例である。
近年,新聞の電子化が急速に進んでいるが,新聞記事の
ウェブ化は機能性や利便性の進化の結果ではなく,むしろ,
スマートフォンを中心とした社会の情報環境の変化への対
応である側面が強い。そのため,新聞の電子化は検索性・
拡散性を高める部分では大きく進展している一方で,
「わか
りやすさ」という点においては,
「紙の新聞」よりも退化し
ている点も散見される。
4.2 「図書館」のわかりやすさ
「わかりやすさのデザイン」として,古くから私たちの生
活に密着した情報デザインの事例には「図書館」もある。
図書館やライブラリという空間は,その歴史的な長さもあ
り,非常に洗練されて完成度も高い。表面的な装丁の芸術
性や見た目・判型による共通点ではなく,内容による分類
に基づいて整理・組織化がなされる。大量の書籍・資料が
検索性や情報集約性という機能面に特化させて格納・配架
させることで,圧倒的な実用性を生み出している。
図書館はもっとも情報デザインらしい設計物の一つであ
る。アート的な観点から図書館が作られれば,それは内容
ではなく,見た目や色,あるいは形状などを意識して選書
や配架がなされる。確かに,見た目的な統一性や美しさは
出るかもしれないが,図書館本来の目的はまったく機能で
きない。美術館やギャラリーなどでの用途でない限り,見
た目の形状や色柄で配架された図書館は歴史的にも存在し
ていない。
確認されている最古の図書館は,紀元前 7 世紀頃に古代
メソポタミアのアッシリアに建設された「アッシュールバ
ニパルの図書館」
(ニネヴェ図書館)であると言われる。建
設者のアッシュールバニパル王は,アッシリア全土から
様々な書物や資料を集積させ,当時としては最大の知的
アーカイヴ空間をデザインした。つまり,少なくとも紀元
前 7 世紀頃には組織的で巨大な情報デザインの成果が誕生
していたことになる。図書館とは情報デザインが極めて早
い段階から実践され,その知見が高度に活かされてきた事
例であることの証明でもある。
そしてインターネット時代となった今日,ライブラリア
ン(図書館員)の知見と技術は,今後ますます社会から求
められるものになっている。サイバー空間(Cyber Space)
を効果的に利活用できるライブラリアン(Librarian)を意
味する「サイブラリアン」
(Cybrarian)といった造語が生
まれていることからも,情報の肥大化したインターネット
時代の情報デザイナーとして,ライブラリアン的知見は大
いに求められている。
5.今後の課題:20 年間停止した時間
情報デザインとは,
「わかりやすさのデザイン」を旗印に,
実務・実践的なレベルからあらゆる場面・状況を対象とし
て,インターネット時代のライフスタイルをいち早く予見
し,具体的な手法が様々に提案されてきた。それは「情報
デザイン」や「情報アーキテクチャ」が当初,ウェブデザ
イン現場の技術・知見として発展してきたことからもわか
る。
近年,コンピュータ環境の急速な向上と通信回線の高速
化に伴い,大容量データの授受が容易になることで,デー
タ容量に左右されない豊富なコンテンツが提供できるよう
になった。10 年前であれば,スムーズな視聴が困難だった
大容量・高解像度の動画や 3D コンテンツ,ウェブアプリ
ケーションなども,コンピュータならずともスマートフォ
ンをはじめとしたモバイルデバイスでさえ問題なく視聴で
きるようになった。その結果,見た目的には豊かな表現力
をもっているウェブサイトが日常化してきた一方で,アク
セシビリティや「わかりやすさ」
「伝わりやすさ」を低下さ
せているものは少なくない。少なくとも,ウェブサイトに
おいては,見た目の芸術的な完成度とコンテンツとしての
情報価値は無関係だ。
そもそもウェブサイトの魅力の中心は,文字・音声・動
― 454 ―
情報の科学と技術
65 巻 11 号(2015)
画・画像などの異なる複数の媒体のコンテンツ・情報を一
箇所に集積させ,ホームページという 1 つの媒体上で効率
的に配置することができるというその画期的な仕組みの部
分にあった。本来であれば,1 つのコンテンツとして同時
に享受することのできない複数の媒体の異なるコンテンツ
を 1 つにまとめあげることがウェブデザインの本質であ
る。
そのため,ウェブデザインは,当初から,見た目の美醜
もさることながら,そのアクセシビリティが重要視されて
きた。いかに見た目が素晴らしくても,スムーズな情報取
得が難しければ意味がない・価値がない,という発想だ。
アクセシビリティの追求,すなわち「わかりやすさ」
「伝え
やすさ」の追求こそ,ウェブデザインのテクニカルな関心
であり,それこそが情報デザインの目的とも重なっていた
のである。
しかしながら,近年のコンピュータおよびネットワーク
環境の発展は環境を考慮しない高度なデザインを可能にし
た。その結果,表面的な美しさやクオリティが追求された
インタラクティブでグラフィカルなウェブサイトが容易に
作れるようになったものの,ウェブデザイン本来の魅力,
すなわち複数の媒体のコンテンツを一元的に享受する情報
の組織化や情報経路など「わかりやすさ」のデザインが失
われている事例も散見される。映像や画像だけで構成され
た美しいウェブサイトはデジタルアートであって,情報デ
ザインではない。
その他にも,コンピュータ環境の進化に依存することで,
「わかりやすさ」「伝わりやすさ」を置き忘れたデザイン物
や設計物が生み出される事例は数多い。
これらは,コンピュータ性能とネットワーク環境の発展
という喜ばしい状況が産み出した皮肉的で新しい問題だ。
* * *
環境と機器の高度化は常に「わかりやすさ」
「伝わりやす
さ」を低下させる。コンピュータの計算速度や記憶容量は
飛躍的に増大し,ネットワークの通信速度も早まり,画質・
音質といった表現能力も日々高まっているが,その一方で,
インタフェースやユーザビリティ,すなわち「わかりやす
さ」
「伝わりやすさ」の進化はほとんど進んでいない。マウ
スはそれが誕生した時のままの姿で今日に至っている(図
5)。画面内の構成や配置,あるいはその操作方法さえ,GUI
(グラフィカルユーザインタフェース)が誕生した 1960 年
から基本的には変化がない。特に 1995 年の Windows95
の発売を契機とするいわゆる「IT 革命」以降の 20 年間,
完全に停止したままだ。
それに前後して誕生した情報デザインの分野は一時期,
急速な認知が進み,一般化や通俗化が様々になされてきた
ものの,情報デザインそのものの深(進)化は必ずしも十
分とは言えないのが現状だ。その当時に出された幾つかの
「定本」がバイブルとなってしまっている。
図5
Douglas Engelbart による最初のマウス(1961)
情報デザインとは,インターネット時代という新しい時
代の海原に乗り出すための新しい考え方と技術であったは
ずだが,この 20 年間で,最初期の先達たちをリファレン
スしてきただけの文献学となってしまっている側面もあ
る。
「わかりやすさのデザイン」,情報デザインの知見と技術
への関心とニーズは益々高まってゆくことは想像に難くな
い。しかし,今後の環境の変化により,過去の遺産では十
分に対応できなくなることは火を見るより明らかだ。
そんな中で,コンピュータ環境の進化に依存しない形で,
新しい時代と環境に適応した「わかりやすさ」
「伝わりやす
さ」をデザインするための新しい手法・可能性を切り開く
ことができるかどうかが情報デザイン分野の今後の大きな
課題だ。
参
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
8)
9)
― 455 ―
考
文
献
藤本貴之,情報デザイン 3.0 へ,Re: Building maintenance &
management,2013,No.177,一般財団法人・建築保全セン
ター
藤本貴之,情報デザインの想像力―イメージの史学,2005,
現代数学社
藤本貴之・安達元一,アイデアを脳に思いつかせる技術,2013,
講談社
生田目美紀,情報を見せて伝えることのむずかしさ,デザイ
ン学研究,2006,第 13 巻 3 号
リチャード・S. ワーマン(著)松岡正剛(訳),情報選択の
時代,1990,日本実業出版社
ルイス・ローゼンフェルド他,情報アーキテクチャ入門―ウェ
ブサイトとイントラネットの情報整理術,1998,オライリー・
ジャパン
ロバート・ヤコブソン他,情報デザイン原論―「ものごと」
を形にするテンプレート,2004,東京電機大学出版局
情報デザインアソシエイツ編,情報デザイン―分かりやすさ
の設計,2002,グラフィック社
PC Watch“マウスの父,ダグラス・エンゲルバート氏インタ
ビュー”
,
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0322/engelbart.htm
情報の科学と技術
65 巻 11 号(2015)
Special feature: Designing for Understanding. Understandability Design: what is ‘Information Design’?.
Takayuki Fujimoto (Faculty of Information Sciences and Arts Toyo University, 2100 Kujirai, Kawagoe-City,
Saitama 350-8585)
Abstract: In this paper, the outline of ‘Information Design’ is explained. The popular image of Information
Design is an act of designing by computers such as Information Technology. However, Information Design is
also referred to as ‘Understandability Design’. The object is no longer restricted to a field of visual design. At
present as the Internet Age, the importance of Information Design, for a skill to edit clearly and communicate
accurately, is now paid attention.
Keywords: Information Design / Information Architecture / Understandability Design / Web Design / Universal
Design / Design Thinking / Accessibility
― 456 ―
情報の科学と技術
65 巻 11 号(2015)