バイオハッキングによる未来のファッションデザイン-自家培養可能な

バイオハッキングによる未来のファッションデザイン
―自家培養可能な持続可能性を持つ繊維開発とゼロウェイストパターン・
三次元造形を用いた衣服制作手法の提案―
川崎和也*(指導教員 水野大二郎**)
*慶應義塾大学 環境情報学部4年(2016年3月卒業予定)
**慶應義塾大学 環境情報学部
*[email protected], **[email protected]
キーワード:ファッションデザイン、クリティカルデザイン、バイオハッキング、デザインリサーチ
1. 概要
加しており、『繊維ハンドブック2006』による
繊維開発研究を中心としたファッションデザイン
と、年間 6000 万トンを越える繊維が生産され、消
領域における、化石燃料や化学物質に依存した生
費されている。また、2008年「繊維需要統計」に
産からバイオテクノロジーを活用した生物由来の
よると、国内の繊維生産比率は、天然繊維64%、
素材や原料への転換を図るための既住研究を背景
化学繊維36%であるが、 1994年の調査時に算出さ
として、本研究は、バイオハッキングの技術を応
れた26%と比べると化学繊維の比率が上昇してい
用した繊維開発実験によるバイオテキスタイルの
る。特に、衣料・ 身の回り品に限ると化学繊維の
開発、ゼロ・ウェイスト・パターン・カッティン
比率は38%になっている。 また、繊維需要統計に
グによる衣服の制作、情報環境と実空間の混濁を
よると、 2006年で繊維内需量229万tに対して天然
背景とした新しいデザイン環境であるデジタル
繊維が95万t (41.4%)、化学合成繊維が134万t
ファブリケーションを背景に持つ3D造形技術を利
(58.5%)と化学繊維の方が多くなっている。以上か
活用した衣服の制作を実施する。本研究は、Ilpo
らわかるのは、繊維製品は石油由来の素材が増加
Koskinen, らが『Design Research Through
しており、ゴミの増加を引き起こす上に、焼却の
Practice: From the Lab, Field, and Showroom』に
際に排出される二酸化炭素の増加によって温暖化
おいて提唱した実践的デザインリサーチ(Design
への環境負荷を深刻化させている。以上のような
Research through Practice)に依拠する。
問題に対して、ファッションをめぐる環境、経
済、技術の持続可能性を考慮する研究がイギリス
2. 背景1:マテリアルサイエンスにおけるサステナ
を中心に2008年以降、特に勃興している。
ビリティ
Sheffiled Univercity Fashion and Susitainability in
21世紀以降のアパレル産業繊維素材研究における
the Art and Design Reserch Center の代表である
顕著な問題には、化学繊維の生産工程における資
Alison Gwilt によれば、サステナブルファッショ
源やエネルギー消費量が天然繊維と比較するとそ
ン研究においては、工程それぞれが引き起こす問
の割合は低いもののほとんどが再生不可能である
題は個別固有であるが複雑に関連しあっているた
こと、廃棄物の増加と焼却の際の有害物質の排出
め、包括的な解決策が必要であり、デザインプロ
を引き起こすことなどがあげられる。世界規模で
セスやプロダクションラインの分析が重要である
見ると、人口増加に伴って繊維の生産量は年々増
と指摘している[Gwilt, 2011]。(図1)
2013]。その背景には、Anthony Dunne が提唱す
るクリティカルデザインにおいてバイオテクノロ
ジーが多く扱われていることと密接な関係が認め
られる。クリティカルデザインとは、実験的なテ
クノロジーが創出し得る未来の社会をデザインに
よって明らかにし、テクノロジーに対する人々の
当事者性を促進させることを目的とするデザイン
の「姿勢」を指す [Dunne, 2006]。
ファッションの領域においては十分に応用研究が
推進されているとは言い難いものの、Central
Saint Martins College of Art and Designの講師で
図1: Alison Gwiltによるファッション産業のプロダクションラ
イン外観図
また、London College of Fashion に設立された
Center for sustainbale fashion の代表である Kate
Fletcher は、インプット・アウトプット構造とし
てデザインプロセスそれぞれの問題を定式化し
(図2)、サステナブルファッションにとって理想
の素材として、生物由来の繊維が台頭してくるこ
あるSuzanne Leeは、キッチンやバスタブでバイ
オテクノロジーの実験を行う、「バイオハッキン
グ」や「DIYバイオ」と呼称される市民運動を踏
まえ [Tremmel, 2008]、市販で購入できる日用品と
住宅環境のブリコラージュし、最低限の実験材料
として見立てることで、自然由来のセルロース繊
維を生成し、縫製することで衣服を製作してい
る。[BioCouture, 2010]
とを示唆した [Fletcher, 2008]。
4. 手法1:バイオハッキング(DIYバイオ)
本研究は、Leeによる「BioCouture」で紹介された
マテリアルを参照し、独自の手法を追加した素材
生成実験を行った。布を生成するのは
SCOBY(symbiotic colony of bacteria and
yeast)(写真3)と呼称される微生物の共生群体で
ある。
図2: Kate Fletcher によるファッション産業のインプット・
アウトプット構造
3. 背景2:クリティカルデザインとバイオハッキン
グ(DIYバイオ)
合成生物学の先端研究が、デザインに応用される
事例が複数見られるようになってきた [Kaebnick,
写真3:SCOBY(symbiotic colony of bacteria and yeast)
SCOBYは、産膜性酢酸菌のコロニーが形成したセ
手法をデザインプロセスに応用し、衣服の造形を
ルロースゲルであり、酵母のZygosaccharomyces
決定していった。型紙の検討においては、1/2ス
spと酢酸菌のAcetobacter xylinumが主菌相である
ケールのトルソーを使用した立体裁断を行い、形
[SIEVERS M, 1996]。
のスタディを合計120体制作し(写真5)、それぞれ
実験の概要は以下の通りである。(写真4)
に対する省察を踏まえて型紙を決定した。
期間:16日間(2015/06/28-07/07)
場所:自宅
気温・湿度:23-30℃
設備:φ1400mmのビニールプール、SCOBY:
10kg、リンゴ酢:35L、水:240L
写真5:ゼロウェイストパターンのためのスタディ
6. 成果物
以上の設計指針に基づき、自家培養が完了した
φ1400mmのバイオセルロース繊維を裁断・縫製
し、衣服のプロトタイプを行った。(写真6・7)
写真4:日用品を組み合わせ自宅に設置した実験環境
5. 手法2:ゼロ・ウェイスト・パターン・カッティ
ング
アメリカ・ニューヨークの Parsons New School of
Design の講師である Timo Rissanen を中心に提
唱されている型紙の設計手法である「ゼロ・ウェ
イスト・パターン・カッティング」を応用する。
写真6:プロトタイピングにおける過程1
本手法は、無駄の無い合理的な形状を設計方針と
する手法である。ゼロ・ウェイスト・パターン・
カッティングは、Madeleine Vionnet によるバイ
アスカット手法を起源に持ち、Bernard Rudofsky
による Claire McCardell への幾何学形体の型紙の
提案、和服における直線裁ちや三宅一生の「一枚
の布」、「A-POC」を文脈にもつ。
本研究では、以上に紹介した経済的・環境的・技
術的な持続可能性を考慮に入れた新しい型紙設計
写真7:プロトタイピングにおける過程2
完成した作品は以下である。(写真8)
2)水に弱い特性に対して対策を講じる
3)布帛のみならず、染料の検討も進める
本研究は、最終的に実践的デザインリサーチ
(Design Research Through Practice) としてのデ
ザイン研究手法をファッションデザイン領域にお
いても応用することで、実践と理論が乖離傾向に
ある当該分野において新たな研究の方法や視点を
提供するものである。本研究を継続的に展開し、
実践的学術領域としての未来のファッションデザ
イン研究に寄与したいと考えている。
8. 参考文献・参考研究
ゲオルク・トレメル「システバイオ社会学」『情
写真8:作品写真
報生態論̶生きるためのメディア SITE ZERO/
ZERO SITE [2] 』 メディア・デザイン研究所、
本研究の途中成果は、アクシスギャラリーよりト
2008
ピック展示に選出され、8月27日から9月6日にかけ
水野大二郎、(2010)「ファッションデザインにおけ
て、東京・六本木・アクシスギャラリーにて開催
る批評性とは:クリティカルデザインをふまえた
された「金の卵 オールスター デザイン ショー
新たなデザインの可能性の探求」京都造形芸術大
ケース」で展示された。(写真9)
学紀要論文集
Dunne. A. (2006), Hertzian Tales, MIT Press
Gwilt,A. (2014) Practical Guide to Sustainable
Fashion, Fairchild Books
Kaebnick, G. (2013) Synthetic Biology and
Morality: Artificial Life and the Bounds of Nature,
MIT Press
Lee, S. (2010) BioCouture
Rissanen,T. (2013) ZERO-WASTE FASHION
写真9:展示風景
DESIGN: a study at the intersection of cloth,
fashion design and pattern cutting
7. 展望
Fletcher,K. (2008) Sustainable Fashion and
現在進行で進められる本研究の今後の展望につい
Textiles: Design Journeys
て最後に述べる。
Koskinen,I. et al., (2011) Design Research through
1)3次元の型をもちいて直接立体造形の試作を試
Practice:Lab, Field, Showroom, Morgan
みる
Kaufmann1.