奈良教育大紀要 第16番 弟2号〔自然〕昭和43年 Bull. Nara U.Educ, Vol.16, No,2, CNat.), 1968 日本古代土器の熱的性質について(その2) 梅 田 甲 子 郎 (奈良教育大学地学教室) 〔昭和42年9月30日受理) Studies on the Thermal Properties of Japanese Old Potteries(II) Koshiro UMEDA (Department of Earth Science, Nara University of Education, Nara, Japan〕 (Received Sept.30,1967) The Jomon and Yayoi potteries generally show the drying shrinkage at about 200-C and the firing shrinkage at about 650-C in the measurement of the thermal expansion. The firing shrinkage of the Sueki potteries takes place between 900-C and 1000-C. The temperature of the firing shrinkage suggests the upper limit of the temperature which were mainly kept during the burning of potteries. The Jomon and Yayoi potteries are similar in the chemical and mineralogical components and the temperature of burning. The Sueki Potteries are considerably better in the selection of raw material and higher in the temperature of burning than them. 緒 岩 昨年度の当紀要に投稿した「日本古代土器の熟的性質について(その1) 」において,本邦の 純紋・弥生・須恵の各時代の土器の化学組成・鉱物組成などについて述べたが,本年度のその続 編である(その2)においては,土器の加熱による月封長収縮に関して報告する.土器という複雑 な混合物の熱膨張収縮は,単純そうに見えても,その正確な解釈は至難であって,佳かな実験で 揺,とうてい満足すべき結論は出てこない.当実験結果も,当初の期待からは程遠いものではあ るが,中間報告の意味で,一応とりまとめて報告する. 今回の実験は,前回と同様に,綜合研究「物理化学的方法による土器の研究」 (代表者:京都 大学人文科学研究所薮内活教授)の-環として行ったものであり,研究費は文部省科学研究費に 依存した.なお,実験に際して,種々卸援助賜った奈良教育大学地学専攻生奥田尚君と大阪大学 産業科学研究所桐山研究室山村博氏に謝意を表す. 土器の熱膨張収縮 各時代の土器を,差動トランス式変位測定器により,上昇温度が15分毎に約100度の状態で加 47 梅 田 甲 子 郎 48 熟し,その膨張収縮を測定した. a.粗放式土詳 細紋式土器は,前回の実験に使用した試料が熟月封長収縮の測定に不適当な形のものが多かった ので,前回の試料からは, Sample N0,6 のみと,新らしく,雑紋式土器のSample Aおよび Sample Bの三試料の熟月封良収縮を測定した.その結果を第1図に示す. 200ら 400" 1000- 温 度 第1図 縛紋式土器の熱膨張収縮曲線 Sample Aは,加熱後350cまでは収縮し,それから急激に膨張し, 660cで1.196膨張してから 再び収縮する, SampleBは, 2000で膨張から収縮に変り, 6200で少し膨張してから,また収縮 する. Sample N0.6は前二者と異なり,熱膨張収縮曲線は漸増型であって,加熱とともに膨張し て, 8900で1.296に達し,以後収縮に転ずる. b.弥生式土帯 前回の試料から, Sample No.ll, No.12およびNo.15を使用した. Sample No.11とNo.12 の熟膨縮曲線は,第2図に示すように,同じ型の曲線であって,ともに, 200cまで膨張してから 収縮し, 400--5000で膨張に転じ,それぞれ, 640-, 620-に達してから,再び収縮する.ただ し No.11は,試料の原形の大きさの付近で膨縮しているが, No.12は1%も収縮している. No.15は10350までの漸増型であって, 1.35#膨張してから,急に収縮する. Cー 須 恵 器 前回の須恵器のうち, Sample No.18, No.19およびNo.20の熟膨肺を測定した.いづれも, 第3図のように,漸増型であって,それぞれ, 900-, 1010-および910cにおいて]乱点に達し,良 後収縮する.ただし,膨張率は試料によりかなり異なり, No.18は1.296, No.20は1%膨張する が, No.19は0.2^膨張するにすぎない. 日本古代土器の熟的性質について(その2) ll ヽ、 / / ° l ・ Sample No.ll ー --I--・蝣Sample No. 1 2 一・一・一1 1 J′. - -sample No.15 ′′' ′ ′` ! ノ .′ ・ r* ′ 0.5 Tl ′ / 熱 膨 張 0・ 率 ′′ ヽヽ 111 \ \ ヽ ヽ. ヽ ヽ、、 ノ rH -1.0 o・ 200。 400- 600- 800。 1000 温 度 第2図 弥生式土器の熱膨張収縮曲線 熱膨張収縮の原因 土器の膨張は,主として,各組 成鉱物の熱膨張および転移による ものである.また,収縮の原因と して考えられるものには,可塑性 o" 200- 4--- 600 800' 1000* 温 度 第3図 須恵器の熱膨張収縮曲線 水分である付着水・吸着水などの 放出による収縮,すなわち乾燥収 縮といわれているものと,結晶水 の放出による収縮・ガラス化によ る収縮および新鉱物生成による収 縮などの焼成収縮と称されるもの がある.しかし,それらのうち,吸着水の放出と結晶水の放出は,それらの水分の脱出に際し て,組織を押し拡げるため,収縮の前に,かなりの膨張を示すことが多い.土器の膨細は,これ らの組成鉱物の膨張収縮の総和である. 梅 田 甲 子 郎 50 石英・トリディマイトクリストバライトカオリナイトモンモリオナイトなどの各鉱物の 熱膨張収縮については,すでに多くの報告があり,ここにくり返す必要はないので,ここでは, 土器の熱膨張収縮の考察のための資料として,ベントナイトと京都清水焼の原料粘土を,種々の 焼成温度と時間で焼いたものの熱膨張の測定結果を紹介する. a.ベントナイト ほとんどモンモリオナイトよりなるベントナイトを, 6000 8000および10000で12時間焼成し もたのの熱膨張収縮曲線を第4図に示す. モンモリオナイトは,加熱 により, 2000付近で吸着水を 放出して収縮, 7000 -8000で 結晶水の放出により収縮,さ らに8500 -9000でガラス化に より収縮するが,第4図は焼 温 度 第4図 ベントナイトの熱膨張収縮曲線 成温度との関係をよく表わし ている.すなわち, 6000で焼 成されたものは750c付近で結晶水を放出して収縮を始めるが> 800cで焼成されたものは, 7500の 収縮が,すでに焼成時に完了しているため,その点の収縮は現れない.しかし, 900c前後からガ ラス化による収縮が始まる. 1000cで焼成されたものは,そのいづれの収縮も現れず, 11000をす ぎてもさほど収縮しない. 要するに,焼成温度までの可逆的熱膨張曲線は漸増であるべきであり,焼成収縮をすでに焼成 時に完了しているものは,その温度での収縮はない筈であるから,熱膨張収縮測定の際に焼成収 縮を始めるものは,その温度以下で焼成されたものであると推定し得る. b.清水焼原料粘土 京都市七姦通河原町東大日本陶料株式会社で調合している清水焼原料の特上粘土を試料とし た.同粘土の化学組成はSiO2: 72.53^, AI203 : 16.793?, FeO+Fe203: 0. CaO : 0.22 乳 MgO:0.48^, K2O :2.82 Na20 : 1.83であり,主成分鉱物 はカオリナイト・絹雲母・石英な どである,この粘土を400-, 6000, 800-, 10000の各温度で, 30分, 2時間, 4時間, 6時間, 12時間 の各時間で焼成し,その各々の熱 膨張収縮を測定した.しかし,上 記の焼成時間の相違による膨張収 縮の差異はほとんど認められなか ったので,上記のもののうち,各 温度で6時間焼成したものの膨縮 o' 200" 400" 600* 800* 1000 温 度 第5図 清水焼原料粘土の熱膨張収縮曲線 日本古代土器の熟的性質について(その2〕 51 の状態を第5図に示す. 第5図の曲線から判るように,いづれの場合も漸増型で加熱とともに膨張し, 950c付近より収 縮に転じる. 400c 焼成のものに期待される600c 付近の収縮は,この場合認められなかった.ま た,低温で焼成したものほど膨張率が大であり,とくに600cまでの差が著しい.結晶水の放出に よる膨張が大きいため,収縮が現れ得なかったものではないかと推定される.この点について は,今後検討したい.さらに, 950-以降における収縮は,低温焼成のものほど,その速度が大で あって,高塩焼成のものほど収縮の程度が小さい. 考 察 前節の資料などを考慮して,土器の膨綿について考えてみる. 純紋式土器のSample Aの3500までの収縮と, Sample Bの200-までの膨張につづく収縮 は,いづれも吸着水の放出による乾燥収縮であり,それぞれ6600および6200を頂点とした膨張に つづく収縮は結晶水の放出による膨縮である.弥生式土器のNo.llとNo.12も同型であって, いづれも2000を頂点とする膨蹄とそれぞれ, 6200および6400を頂点とする膨縮を示す.純紋式土 器と弥生式土器は,石英・長石・角閃石・雲母・各種の粘土鉱物の雑然たる混合物が,低温で焼 き固められたものであって,吸着永・結晶水を保有したままの粘土鉱物が多いため,上記の試料 のように, 2000付近と, 6500付近にそれぞれ吸着水の放出および結晶水の放出による膨縮のピH クを持つ曲線が多い. 6500より低温で焼成されたものであるということでもある.純紋式土器の Sample N0.6は吸着水が少ないためか,乾燥収縮が認められず,漸増型で8900より焼成収縮す る.したがって, 8900以下の温度で焼成されたものであるが,これは,焼成温度の上限を示すに 過ぎないものであり,必ずしも,焼成収縮点の低いSampleAおよびBより高温で焼成されたと いう意味ではない.弥生式土器のSample No.15は漸増型であって, 10350まで膨張する.もと もと, No. 15は須恵器に近い性質を示していて,須恵器と同じ程度の高温で焼成されたものであ ろうと考えられる.須恵器のSample No.18・No.19およびNo.20は同型であるが,収縮点から 見ると,主たる焼成温度はNo.18とNo.20は900〇以下, No.19は10000以下であるが,膨張率を 見ても,このなかではNo.19が比較的高温で焼成されたものと考えられる. 結 論 細紋式土器と弥生式土器は, 200c前後で乾燥膨縮を示すものが多く,一般に600'付近で結晶水 放出による膨糖が認められ,焼成温度の上限が約600cの低温焼成のものが多いが,須恵器の熟膨 縮曲線は漸増型で,焼成収縮点が9000 -1000C付近にある. 前回の(その1)の資料と熟膨綿を併せ考えると,純紋式土器と弥生式土器とは,原料が類似 し,焼成温度も同程度であるが,それに比して須恵器は原料はよく精達され,焼成温度もかなり 高い. 梅 田 甲 子 郎 52 文 献 (1)吉末 文平(1959):鉱物工学 技報社 (2〕周仁・張福康・舶永周(1964) :我国黄河流域新石器時代和暦周時代制陶工芸科学 考古学報1964 年第一期 (3)梅田甲子郎(1967) :日本古代土器の熟的性質について(その1)奈良教育大学紀要(自然科学) 15.
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