No. 5 - 埼玉大学

日本植物脂質科学研究会通信(第5号)
2015.6.30
はじめに
シンポジウム開催報告 1
最優秀ポスター賞受賞者の声
シンポジウム開催報告 2
GRC on plant lipids 参加報告
また、2015 年 12 月 2 日~4 日に第 6 回アジア植物脂
質シンポジウム(6th ASPL)が Markus R Wenk 教授の
はじめに
オーガナイズでシンガポール大学において開催されます。
研究会通信第 4 号の発行から、
10 か月が経過しました。
なお、本シンポジウム(6th ASPL)は、6th International
この間、2014 年 11 月 28、29 日に静岡市産学交流セ
Singapore Lipid Symposium とのジョイント会議とし
ンターにおいて、第 27 回植物脂質シンポジウムが静岡
て開催されます。6th ASPL については、以下の URL を
大学の木嵜暁子先生、粟井光一郎先生をオーガナイザー
ご参照ください。
として開催されました。また 今年に入り、ゴードン会
議(Gordon research conference、GRC on plant lipids)
が 2015 年 2 月 1 日~6 日の日程でアメリカテキサス
http://www.lipidprofiles.com/index.php?id=82
州のガルベストン市において開催されました。今回の
通信では、この会議に初めて参加された若手研究者に、
シンポジウム開催報告 1
学会の様子や感じたことなどを寄稿してもらいました。
第 27 回植物脂質シンポジウム at 静岡
その後、2015 年 3 月 18 日東京農業大学で開催された第
2014 年 11 月 28 日 29 日に静岡市産学交流センターに
57 回日本植物生理学会年会において、東京工業大学の下
て第 27 回植物脂質シンポジウムが開催されました。今
嶋美恵先生、静岡大学の粟井光一郎先生のオーガナイズ
回は、2 件の招待講演、16 件の口頭発表、28 件のポスタ
で「Lipid-based microstructures and microdomains」
ー発表があり、いずれにおいても活発な議論が展開され
と題したシンポジウムが開催されました。
ました。また、参加者は 104 名を数え、これまでのシン
ポジウムで最も多くなりました。
これからの植物脂質に関する学術集会の予定ですが、
初日は膜脂質の合成、代謝、生理、分析に関する口頭
2015 年 9 月 9 日、10 日に第 28 回植物脂質シンポジウム
発表 10 件と招待講演がありました。
招待講演の一人目、
(オーガナイザー:上智大学・齊藤玉緒先生)が上智大
岡山大学資源植物科学研究所の坂本亘先生には、葉緑体
学四ッ谷キャンパスにおいて開催されます。
膜発達における VIPP1 タンパク質の役割について講演
していただきました。VIPP1(Vesicle Inducing Protein
★第 28 回植物脂質シンポジウム
in Plastid 1)は当初、チラコイド膜形成において、膜成
日時:2015 年 9 月 9 日(水)13 時~
分供給のために内包膜から「出芽」する小胞を形成する
9 月 10 日(木)9 時~13 時
ために必須であると考えられていましたが、最近の研究
場所:上智大学 四ッ谷キャンパス 11 号館 5 階
オーガナイザー:
の進展により、実際は異なる機能を持つのではないかと
齊藤玉緒(上智大学)
考えられています。坂本先生らの研究グループは、シロ
参加・発表の申し込み専用アドレス:
イヌナズナでの破壊株の解析や組み換えタンパク質を用
[email protected]
いた解析から、VIPP1 は膜のメンテナンスに寄与してい
参加(発表)登録締切: 8 月 21 日(金)
る と 提 唱 し 、 VIPP1 を Very Important Protein in
1
2014 年第 27 回植物脂質シンポジウム最優秀ポスタ
Plastid 1 と再定義しています。
ー賞受賞者の声
二人目の招待講演者、静岡大学創造科学技術大学院の
渡辺修治先生には、アオウキクサの花芽誘導におけるオ
キシリピンの一種、(11E, 15Z)-9, 13-dihydroxy-10-
第27回植物脂質シンポジウムでは、以下のポスターが最
oxooctadeca-11, 15-dienoic acid (LDS1)の役割について
優秀ポスターに選ばれ、表彰されました。
紹介して頂きました。アオウキクサは乾燥ストレスにさ
墨谷暢子さん(国立遺伝学研究所)
らされると、花芽形成を促進することが知られています。
藤井祥さん(東京大学)
その促進に直接かかわる化合物を精製、単離、構造決定
お二人に授賞の声を寄せてもらいました。
し、オキシリピン化合物であることを突き止められまし
た。これまで、(12Z, 15Z)-9-hydroxy-10-oxooctadeca- 12,
第 27 回植物脂質シンポジウム最優秀ポスター賞を受賞
15-dienoic acid (KODA) が花芽誘導に関与することが
して
報告されていましたが、LDS1 は KODA から合成され、
国立遺伝学研究所
光周期依存型とは異なる経路でいわゆるフロリゲン(シ
墨谷
ロイヌナズナでは FT)を誘導することを示されました。
暢子
この度は第 27 回植物脂質シンポジウムにてポスター
二日目は 28 件のポスター発表と 6 件の口頭発表があ
賞をいただき、ありがとうございました。今回発表させ
りました。ポスター発表では、熱気あふれる討論があり、
て い た だ い た 研 究 は 単 細 胞 紅 藻 Cyanidioschyzon
もっと多くの時間を割いた方がよかったのではないかと
merolae (以下シゾン)においてシアノバクテリアの
の意見を頂きました。次回以降のシンポジウムでのスケ
acyl-ACP reductase を発現させたときの代謝変化につ
ジュール作成の参考にしていただけると幸いです。口頭
いて解析したものです。シゾンは全ゲノムが 100%決定
発表は、脂肪酸やオキシリピン、イソプレノイド合成に
され、相同組換えによる遺伝子操作ができることから、
関わる酵素、脂質代謝・制御関連遺伝子変異株の生理に
バイオマス産生を見越した遺伝子操作手法の検討に適し
関する発表がありました。
ていると考えられます。Acyl-ACP reductase はシアノバ
ポスター賞には、ポスドク部門に遺伝学研究所の墨谷
ク テ リ ア で 見 つ か っ た 、 fatty acyl-ACP か ら fatty
暢子さん、学生部門に東京大学の藤井祥さんが選ばれま
aldehyde を合成する酵素です。Acyl-ACP reductase を
した。お二人には本通信で発表内容に関する手記を寄せ
もたないシゾンにおいて acyl-ACP reductase を発現さ
ていただいています。優れた成果を挙げられていますの
せると、fatty aldehyde が aldehyde dehydrogenase に
で、是非ご一読して頂ければと思います。
より脂肪酸に変化し、結果としてトリアシルグリセロー
(静岡大・木嵜暁子・粟井光一郎)
ル量が 3 倍に増加することがわかりました。トランスク
リ プ ト ー ム 解 析 、 メ タ ボ ロ ー ム 解 析 よ り acyl-ACP
reductase 発現株では特に fatty acyl-ACP を作る葉緑体
内の脂肪酸合成に関連する系が活性化されていることが
示されました。多くの藻類は窒素欠乏下で貯蔵脂質の蓄
積がおこりますが、このとき細胞の増殖は抑制されてし
まいます。Acyl-ACP reductase 発現株では窒素欠乏とは
別の代謝経路が動き細胞の増殖が抑制されないことから、
細胞増殖を保ちながらトリアシルグリセロールを蓄積す
る代謝改変が可能であることが示唆されました。今後は
更なる改変の模索を続け、他の藻類にも応用可能な藻類
バイオマス生産に有効な遺伝子改変手段を確立していき
たいと考えております。
(ポスター賞受賞者のお二人と西田会長)
2
本研究は、遺伝学研究所・宮城島進也教授のご指導の
私は喜んで実験を始めたものの、すぐに大きな壁の存在
もと、東京工業大学の今村壮輔准教授、河瀬泰子さん、
に気づかされました。まず、DEX 処理時の amiR-MGD1
神戸大学の蓮沼誠久教授をはじめとした多くの共同研究
は、白いものから緑のものまでさまざまな表現型が混ざ
者の方々にご指導いただきました。この場を借りて御礼
っており、画一的な分析ができない。しかも、発芽後日
申し上げます。
数が経って DEX を処理しても効果がないように見える。
白い個体を選んでは解析にかけ、いくつものタイミング
で DEX 処理をして変化がないか観察する日々が続きま
第 27 回植物脂質シンポジウム最優秀ポスター賞を受賞
した。研究計画の立て方も、結果の解釈方法もよく分か
して
らない私には先が見えず、止めたくなることもありまし
東京大学大学院 総合文化研究科
藤井
た。
祥
しかし、和田先生と小林さんはそんな私にいろんな助
この度は、ポスター賞をいただきまして、まことにあ
言をしてくださいました。時間が経ってからの DEX 処
理が効かないのも、むしろ発芽初期の MGD1 の機能が重
りがとうございます。
今回、植物の発芽初期のガラクト脂質合成が、葉緑体
要だからではないのか。葉緑体だけでなく、ペルオキシ
を含む複数の細胞小器官の分化に影響を与えるという研
ソームやミトコンドリアの分化にも注目すれば、発芽後
究成果を発表いたしました。この研究の最大の特徴は、
の従属栄養成長から独立栄養成長への切り替え過程との
葉緑体でのガラクト脂質合成を人為的に制御できる実験
関連も分かるのではないか。私は藁にもすがる思いでい
系を用いて解析を行った点にあります。具体的には、デ
ろいろな解析を試しましたが、知らずしらずのうちに研
キサメタゾン(DEX)誘導性のプロモーターの下流に
究者としての考え方を教えていただいていたのだと、今
MGD1 を標的とするマイクロ RNA(amiR-MGD1)を
改めて感じます。私の研究も少しずつ順調に進むように
組込み、シロイヌナズナに導入しました。MGDG 合成酵
なり、昨年秋には Plant Physiology 誌上で成果をお披露
素 MGD1 は、チラコイド膜脂質の約 8 割を占めるガラ
目することができました。また今回、この賞をいただく
クト脂質の合成のほとんどを司ります。したがって、
ことができたこと、大変嬉しく思っております。
DEX 依存的に MGD1 の抑制、ガラクト脂質合成の低下
最近、amiR-MGD1 の新たな可能性も見出され、長い
が起き、葉緑体の発達が阻害できます。
お付き合いができそうです。私はまだまだ修行中の身で
これまでに、MGD1 のノックダウンやノックアウトの
すが、この受賞を励みに植物の不思議を追究していきた
変異体はとられていました。しかし、ノックダウンは変
いと思っております。最後になりましたが、和田先生、
化が小さく、ノックアウトは胚形成が異常なため、解析
小林先生、中村先生をはじめ、さまざまな形でご助言、
が限定されていました。これらに対して、 amiR-MGD1
ご協力いただいたみなさまに、心より感謝申し上げます。
では正常な種子形成のあと、任意の段階で MGD1 を抑制
できる、という大きな利点があります。これを使えば、
発芽後や器官分化の際の葉緑体形成のしくみがわかるの
シンポジウム開催報告 2
ではないか。この構想は、私を普段指導してくださって
第 57 回日本植物生理学会年会シンポジウム
いる小林康一先生と、共同研究者の中村友輝先生(台湾・
「Lipid-based microstructures and microdomains」
アカデミアシニカ)が学生時代に練られたもので、MGD1
抑制系を使った解析はお二人の長年の夢だったそうです。
2015 年 3 月 18 日、東京農業大学で行われた第 57 回
そしてついに、中村さんの大変な苦労の末、それが現実
日 本 植 物 生 理 学 会 年 会 に お い て 、「 Lipid-based
のものになったのです。
microstructures and microdomains」と題したシンポジ
私は 2 年前に希望していた和田元先生の研究室に所属
ウムを開催しました。この企画は、日本植物生理学会の
できることになり、この系を使った葉緑体形成メカニズ
学会誌である Plant & Cell Physiology 誌の Editor であ
ムの解明を仕事のひとつとして提示していただきました。
る Ljerka Kunst 博士(カナダブリティッシュコロンビ
3
GRC on plant lipids 参加報告
ア大学)が、編集者会議で初来日されるのに合わせて企
画されたものです。ご存知の方も多いと思いますが、
Kunst 博士は植物のワックス合成研究におけるフロント
今回は、ゴードン会議(GRC on plant lipids)に初めて
ランナーの1人で、数多くの先進的な研究を展開されて
参加された、埼玉大学理工学研究科産学官連携研究員の
います。今回は、最近明らかとなった、超長鎖脂肪酸合
栗田朋和さんに寄稿いただきました。
成における CER6 と CER2、およびそのホモログの
CER2-like の役割について、cer 変異株を用いた研究を
2015 GRC (Galveston) に参加して
解説して頂きました。
埼玉大学理工学研究科
cer 変異株は eceriferum (cer: wax-deficient) mutant
産学官連携研究員
のことで、これまでの研究から CER6 は C26 から C28
栗田
朋和
への鎖長伸長、CER2 は CER6 と共に働くことで、C28
から C30 への鎖長伸長に関わることが明らかとなってい
2015 年 2 月 1 日から 6 日にかけてアメリカのテキサ
ました。今回 Kunst 博士らの研究グループは CER2 のホ
ス州ガルベストン市で開催されたゴードン会議(Gordon
モログである CER2-like1/2 が CER6 と協働して C28 か
research conference、GRC on plant lipids) に参加しま
ら C32/C34 への伸長に関わることを明らかにしました。
した。ゴードン会議は世界中のその分野の権威ある研究
また、CER2/CER2-like の多重変異株は花粉表層形成に
者が集まって未発表の結果を議論し合う場と聞いていた
異常がみられ、雄性不稔となることも示しています。
ので、語学はもちろんですが、そんな所に私が行っても
Kunst 博士の講演されたセッションでは細胞外もしくは
大丈夫だろうか、とか誰からも相手にされないのでは無
細胞膜機能に関わる脂質構造を主題とし、東京工業大学
いかといろいろ緊張していました。テキサスは暖かいイ
の太田啓之先生に車軸藻植物クレブソルミディウムの細
メージがあったのですが、しかし 2 月なので空港から外
胞表層脂質に関する講演を、埼玉大学の川合真紀先生に
に出ると風は冷たく冬だなーと感じました。会場である
細胞膜ラフト構造と酸化ストレスの関係についての講演
ホテル ガルベス&スパは道路を挟んで向かい側がすぐ
をして頂きました。
にビーチで観光ホテルとしてとても立地が良く、また昔
シンポジウム後半は、一転して細胞内構造、オルガネ
ラと脂質に関する研究を軸とした講演を集めました。ネ
ブラスカ大学リンカーン校の Rebecca Roston 博士には、
小胞体から葉緑体への脂質輸送に関わると考えられてい
る TGD 複合体に関する最新の話題を提供して頂きまし
た。粟井はシアノバクテリアを用いた解析から、チラコ
イド膜の主要脂質であるガラクト脂質が、光合成にもチ
ラコイド膜の構築にも必須ではないという結果を紹介し
ました。東京大学の有村慎一先生からは、ミトコンドリ
アの形態と、ミトコンドリアに特徴的な脂質であるカル
ジオリピンの関係を講演していただきました。
(GRC の会場、栗田さん撮影)
シンポジウムを通しての参加者はおよそ 100 名程度で
のアメリカ大統領も宿泊した伝統あるホテルでした。朝
あったと思われます。また、途中退室する聴衆も少なか
の 9 時から昼の 12 時半まで午前のセッションがあり、
ったことから、特定の講演ではなく、脂質研究分野への
午後の 4 時から 6 時までがポスターセッション、7 時半
関心が高まっていることを実感できたことも大きな収穫
から 9 時半までが夜のセッションでした。ランチを食べ
でした。
てからの午後は自由時間なので近くの観光施設へ行った
(東京工業大・下嶋美恵、静岡大・粟井光一郎)
り、部屋で休んだりしていました。学会で朝から夕方ま
4
で一日中発表を聞くとかなり疲れてしまって何もできま
せんが、間に長い休みがあるのでかなり体力的に楽でし
た。この午後の時間、私は基本的に時差ぼけで部屋で寝
ていたのですが、NASA に行くツアーなどもあり、行け
ば良かったと後悔しています。食事はバイキング方式で、
テキサス料理が好きなだけ食べられて夜にはお酒も飲め
て本当に良い所でした。つい食べ過ぎて時差の影響もあ
ってセッション中眠くなってしまう事もありましたが、
大切な発表は気合いを入れて聞きました。そして私のポ
スター発表の時間がやって来ました。私は緑藻クラミド
モナスの遺伝子破壊についてポスター発表していたので
すが、会議では代謝の話が中心ですので、全然人が来な
いかもしれないなと思っていました。実際あまり多くは
なかったのですが、何人か話しかけてくれ議論できたの
がとてもよかったです。ただ英語は本当に苦労しました。
私は韓国の研究室に三ヶ月居た事があったので、会話く
らいはなんとかなるかなーと甘く考えていましたが、ネ
イティブの人の英語はとても早く、人に依っては全く聞
き取れないので、議論するのはとても大変でした。韓国
の研究室の方々の優しさに感動すると共に自分の英語力
の無さを痛感し、仕方ないので持って行ったノートに単
語や図を書いたり、相手の人に書いてもらったりしてな
んとか意志の疎通を謀りました。こんなに英語もできな
いし、私を知っている人も殆どいないのに、ポスターを
聞きに来てくれたり私が話に行った多くの方々は丁寧に
説明をしてくれ中には握手をしてくれたり、日本語を少
し習っていたという女性が「こんにちは」と挨拶してく
れたりと、当初のイメージと全く違って参加者の方々は
とても親切で会場全体の雰囲気も和やかでした。ビール
やワインを片手にポスターの前で議論している人も多く、
日本の学会ではちょっと考えられないなーと思いました。
このような環境でいろいろな国の一流の研究者と交流で
きるは研究者にとって本当に最高だと思います。それと
同時に英語のコミ二ケーション能力は本当に大事だと深
く感じました。是非、研究をさらに進め、英語力も鍛え
日本植物脂質科学研究会
会長:西田生郎(埼玉大学)
ホームページ:http://park.saitama-u.ac.jp/~japlr/
て再度 GRC 参加したいと思いました。
*編集や記事に関するご意見は、甲南大学・今井までお寄せください
([email protected])
http://park.saitama-u.ac.jp/~japlr/
Japanese Association of Plant Lipid Researchers
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