2015年7月7日 掲載 キャリア・コンサルティングの企業への貢献~企業

キャリア・コンサルティング好事例 [企業・在職者 26-3]
キャリア・コンサルネット
キャリア・コンサルティングの企業への貢献
~企業実績に結び付けるために~
田中 亮 キャリア・コンサルティング技能士会 中部支部・QC サークル上級指導士
取り組みに至った背景

キャリア・コンサルティングの普及促進
キャリア・コンサルティングについて話を聞く機会は増えてきているように思えるが、
取引企業など周囲を見てもキャリア・コンサルティングが普及している実感がなく、厚
生労働省などのデータを調べてみても普及が進んでいるとは言い難いので、キャリア・
コンサルティングの普及促進の方法の一つを提言したい。

キャリア・コンサルティングの効果の見える化
企業が投資するには、投資に対する効果が必要である。現状ではキャリア・コンサルテ
ィングへの期待がありながら導入が進まない理由の中に、キャリア・コンサルティング
の理解不足やコスト、必要性を感じないといったものがあるが、負担を上回る効果が期
待できるかどうか分かりにくいと思われる。つまり、キャリア・コンサルティングの効
果の見える化ができることがポイントで、短期的に見て投資に対する回収がある程度期
待できればキャリア・コンサルティングに対する投資がしやすくなると考える。そこで、
すでに職場で行われている活動の中で、過去に成功体験や活動の蓄積があり、キャリア・
コンサルティングと共通性があるものと結びつけることができれば、キャリア・コンサ
ルティングに対する理解が得られやすく、普及促進に繋がると考える。
キャリア・コンサルティングの導入状況

キャリア・コンサルティング制度導入事業所
まず、現状把握としてキャリア・コンサルティングの導入状況から見ていくと、例え
ば、私が関わる企業の人事担当者や教育担当者・社員、取引企業の社員の様子からキャ
リア・コンサルティングという言葉を耳にしている方は増えてきているように思われる
が、厚生労働省のデータを見ると、制度として導入している事業所割合は2011年度
までの数年間は5%で推移している。2012年度からは制度化されていなくても、慣
行として導入している事業所割合を含めて調査を行っているが、その結果を見てみて
も、2013年度で正社員が33.5%、正社員以外で20.8%という結果であり、
キャリア・コンサルティングの普及が進んでいるとは言えない状況にある。
1/9
キャリア・コンサルティング好事例 [企業・在職者 26-3]
キャリア・コンサルネット
次に企業規模別キャリア・コンサルティング制度導入事業所割合を見ていくと、制度と
して導入している事業所割合は、2011年度までは企業規模による格差はあまり見ら
れないが、2012年度以降に制度化されていなくても慣行として導入している事業所
割合を含めると、企業規模による格差が見られる。最も企業規模が大きい1,000人
以上の企業では正社員の約50%強、正社員以外でも30%台半ばがキャリア・コンサ
ルティング制度を導入している。一方で、最も企業規模が小さい30~49人の企業で
は正社員でも約20%しかキャリア・コンサルティング制度を導入していない。このこ
とから、中小企業への導入がキャリア・コンサルティングの普及の鍵と考える。
そこで、中小企業の導入状況を見ると、
「職業生涯の長期化や働き方の多様化」「産業・
就業構造の変化や経済情勢の変化」により「個々人の自律的なキャリア形成が必要」と
されていることから、条件が合えば「キャリア・コンサルティングへの期待」がある。
しかし、導入が進まないのは、キャリア・コンサルティングについての「理解不足」や
キャリア・コンサルタントの養成・活用の「コスト」、あるいは職種の幅が限定され
「キャリアについて検討の余地が少ない」ことや経営者の目が全体に届きやすく、キャ
リア・コンサルティングの「必要性を感じない」ことが要因として上げられる。このこ
2/9
キャリア・コンサルティング好事例 [企業・在職者 26-3]
キャリア・コンサルネット
とから、導入のポイントは、「負担を上回る効果」の期待、「経営者の理解の下」でのキ
ャリア支援、経営者と従業員の「双方の利益に繋がる」ようにすることである。

キャリア・コンサルタントの活動
このような導入状況に対してキャリア・コンサルタントの活動を見てみると、活動領域
において企業領域で活動している割合は全体の20.2%である。その中で企業規模が
小さい「従業員数300人未満の企業内」での活動は5.2%である。また、活動内容
においては「一人の支援対象者との相談」が最も多く59.4%であるのに対し、制度
設計に関わる「企業の就業能力開発制度の設計・運用・評価等」は4.8%である。こ
のことから、企業規模が小さい領域での活動が十分でなく、キャリア・コンサルティン
グ制度の導入に結びつく制度設計・運用などの活動ができていないように思われる。

多様化する働き方
『産業競争力会議「雇用・人材分科会」中間整理~「世界トップレベルの雇用環境・働
き方」の実現を目指して~』を参考に働き方を見ていくと、少子高齢化、人口減少の中
で経済社会を持続していくには「労働力の質・量の確保」
、経済のグローバル化の中で
は「優秀な外国人材の定着・能力発揮」が喫緊の課題であり、「働く意欲のある優秀な
女性」
「健康で社会貢献意欲のある高齢者」「プロフェッショナルな働き方を求める若
者」といった人材の確保が必要とされている。しかし、従来の「日本的就業システム」
が足かせとなりかねないことから、新たな「日本的就業システム」の構築が必要であ
り、
「柔軟で多様な働き方ができる社会」「企業外でも能力を高め、適職に移動できる社
会」
「全員参加により能力が発揮される社会」の構築が望まれる。

東海地域の産業構造
産業構造の中から地域の特徴を見つけ、キャリア・コンサルティングの普及に繋がる資
源を見つけ出すため、私が活動する東海地域の産業構造を見てみると、東海地域の産業
構造の特徴は、自動車関連産業を代表とする第2次産業の比率が高いことである。人口
3/9
キャリア・コンサルティング好事例 [企業・在職者 26-3]
キャリア・コンサルネット
は全国1割強の経済圏だが、製造品出荷額は全国4分の1の25.1%を占める。
職場で行われている活動

QC サークル活動
これまでのことを踏まえキャリア・コンサルティングの普及に繋がる資源として「職場
で行われている活動+成功体験+蓄積がある+キャリア・コンサルティングとの共通
性」の視点で考えると、
「QC サークル活動」というものがある。これは、1962年
に日本で生まれ、製造部門から始まり、事務・販売・サービス部門、さらに医療機関・
福祉施設など広く導入されている。第2次産業の比率が高い東海支部では QC サークル
本部登録の割合が全国で最も多く35%を占め、活動の活発さを伺うことができる。

キャリア・コンサルティングと QC サークル活動
既存の資源として QC サークル活動があることが分かったが、キャリア・コンサルティ
ングとの共通性について見てみよう。キャリア・コンサルティングにおいてはクライエ
ントが主体的に自分のキャリアについて取り組みことが大切であるが、QC サークル活
動においても「自主的活動」であることが望まれている。自主的活動においてQCの考
4/9
キャリア・コンサルティング好事例 [企業・在職者 26-3]
キャリア・コンサルネット
え方・手法などを活用し、創造性を発揮し、
「自己啓発」
・
「相互啓発」をはかる活動で
ある。この活動は、QCサークルメンバーの「能力向上」・「自己実現」、
「明るく活力に
満ちた生きがいのある職場づくり」、お客様満足の向上および「社会への貢献」をめざ
すものでもある。そうすると、
「能力開発」や「自己実現」はキャリア・コンサルティ
ングでよく聞かれるし、
「相互啓発」はグループ・ダイナミクスによる効果と言えるだ
ろうし、「明るく活力に満ちた生きがいのある職場づくり」は職場の仲間との関係構築
に結びつくなど、幾つも共通点が見られる。
さらに「能力開発」の面をもう少し見ていくと、キャリア開発を考えた場合、能力開発
は不可欠である。この意味において、QCサークル活動は従業員の能力開発に結びつき
企業への貢献が期待できる活動だと言える。
特に企業規模が小さい会社ほど OFF-JT の実施率が低く、OJT 以外の教育の機会が少
ないことが伺える。このようなことから、日ごろの業務から離れた違った視点で活動を
行い、活動の中から知識や技能を学び、自主的に取り組む職場の改善活動である QC サ
ークル活動には、OFF-JT のような費用をかけることなく、従業員の能力開発が期待
できる。また、QC サークル活動による改善活動は無駄を省き、生産性を上げ、労災防
止に結びつくなど、企業業績に寄与することが期待できる活動でもある。
期待される効果

キャリア・コンサルティングと QC サークル活動のサイクル
キャリア・コンサルティングと QC サークル活動を結びつけ、継続的に効果を上げるに
は、キャリア・コンサルティングと QC サークル活動の間にサイクルをつくることであ
る。まず、キャリア研修により従業員のキャリアに対する関心を高め、自分の将来を考
5/9
キャリア・コンサルティング好事例 [企業・在職者 26-3]
キャリア・コンサルネット
え働くことの意味づけや動機づけを行っていく。次に、QC サークル活動を行う。この
時には、自分自身のキャリア開発と結びつけることを意識させて活動することである。
自分のキャリアを意識することで QC サークル活動に対する意味づけが変わる、あるい
は活動に対する動機づけになり、能力開発を促進する。これにより活動の成果が出やす
くなる。この活動の成果は、「有形効果」「無形効果」で表すことができる。まず、
「有
形効果」は金額換算など数値で把握できるもので、企業にとっては効果を直接確認でき
るものである。これは比較的短期間に効果が確認できることから、企業にとっては「短
期的回収」になると思われる。従業員にとっては効果を金額で捉えることで会社への貢
献を実感し、次の QC サークル活動への動機づけになることが期待できる。次に「無形
効果」については、当人やサークルメンバーの能力向上や職場づくりなどの効果が期待
できる。職場でのネットワークの構築や人間関係の関係構築により職場の活性化が期待
でき、それによりメンタルヘルスの問題の未然防止にもつながる可能性がある。つま
り、こちらは直ぐに効果を確認することは難しいかもしれないが、中長期的視点で効果
が期待できるものであり、「中長期的回収」と言えると思う。
QC サークル活動を行い、定期的にキャリア・コンサルティングを行うことで、自分の
キャリアの確認や QC サークル活動と自分のキャリア構築とを結びつけた振り返りを行
い、次の QC サークル活動においても新たな意味付けをして活動に取り組むことができ
る。つまり、個別のキャリア・コンサルティングを行う中で、自分のキャリア開発と
QC サークル活動を結びつけて考え、能力開発や働くことへの動機づけなどを行う。
QC サークル活動では、個々の能力開発だけでなく、他のサークルメンバーと一緒に活
動したり意見を交わす中でお互いに刺激し合いグループ・ダイナミクス効果でさらに自
分のキャリアを深く考えたり、働く意味づけや動機づけを見つけることが期待できる。
これを何回も繰り返し、一つのサイクルとして継続して回すことで効果を維持すること
が期待できる。
キャリア・コンサルティング

QCサークル活動
キャリア・コンサルタントの役割
キャリア・コンサルティングと QC サークル活動を結びつけてサイクルを繰り替えす活
動の中で、キャリア・コンサルタントの役割には次のようなことが考えられる。
まず、キャリア・コンサルティングの制度設計と提案がある。このときは、キャリア・
コンサルティング単独では投資に対する効果を見える化するのは難しいと思うので、
QC サークル活動と結びつけることで期待する効果を見えやすくすることができると思
う。そのために、QC サークル活動と結びつけた提案を行うことができるようになるこ
6/9
キャリア・コンサルティング好事例 [企業・在職者 26-3]
キャリア・コンサルネット
とである。また、キャリア・コンサルティング、QC サークル活動の成否はいずれも経
営層の理解と関心が鍵になる。経営者が自分の経営ビジョンを語れることは会社の方向
性を決め、従業員のキャリアに与える影響が大きくとても重要なものであり、そのため
に経営者に対するキャリア・コンサルティング、エグゼクティブ・コーチングやプロセ
ス・コンサルテーションを行うこともキャリア・コンサルタントの役割と言える。
今後の展開・課題

キャリア・コンサルタントの課題
今回の提言はキャリア・コンサルティングと QC サークル活動を結びつけることにより
相乗効果と効果のみえる化を狙ったものであるが、両方に精通した知識や経験を持って
いるキャリア・コンサルタントは少ないと思われる。特に既存の資源である QC サーク
ル活動を活用することから、経営者や従業員は QC サークルに対する知識や経験を持つ
ことが考えられる。それだけに、キャリア・コンサルタントは少なくとも提言できる程
度の知識が必要である。そのため、例えば、QC サークル本部がある(一財)日本科学
技術連盟などの研修会に参加することで知識だけでなく、体験的に QC サークル活動を
学ぶことが求められる。できれば実際に QC サークル活動を実践することが望まれる。
また、キャリア・コンサルティングの企業への普及率とキャリア・コンサルタントの活
動領域や活動内容のマッチングを考えることも必要である。特に活動内容においては
「企業の就業能力開発制度の設計・運用・評価等」の割合が低く、この分野で活動でき
るスキルを身につけることが求められる。

経営者視点の提言
キャリア・コンサルティングの導入においては経営者視点で投資効果(期待効果)を見
える化することで提言が可能になる。キャリア・コンサルティングに結びつけて事例を
上げるとわかりやすいと思う。できるだけ数値化して効果を見える化し、数値で語れる
ことが必要である。QC サークル活動を例にあげると、QC サークル活動が活発な会社
は経営者の理解があり、経営者自身が関心を持って活動を支援している。このような会
社は従業員のモチベーションが高く、QC サークル活動の活動内容のレベルが高いため
に、地区開催や支部開催の大会に出場するだけでなく、さらに各大会での上位の成績を
上げ、全国大会に出場している会社が見受けられる。逆に経営者・管理者が活動に関心
がなければ部下である従業員は活動を評価されないために関心が薄れ、自主的に活動を
取り組むことを止めてしまっている。
社内のキャリア・コンサルタントの場合は色々と制約が考えられるだけに直接経営者に
提言することは難しいかもしれない。この場合は経営者に意見提言できる立場にいる方
7/9
キャリア・コンサルティング好事例 [企業・在職者 26-3]
キャリア・コンサルネット
を味方につけるために、キャリア・コンサルタントとしては社内ネットワークの構築と
活用が重要である。私自身組織の大きさもあって上記の問題を抱えているが、組織に見
合った形で慌てずにこれまでの提言を継続して取り組んでいき、より良いキャリア・コ
ンサルティングの実現を行いたいと考えている。
<参考>弊社で行われている活動
弊社のキャリア・コンサルティングに関する活動は、キャリア相談室のような専門部署
を設置するといった明確な制度として導入を行っているものではなく、各年次や昇進時
に行う階層別研修に合わせてキャリア面談を実施している。
また、QCサークル活動においては、工場部門・間接部門に分けて実施しており、職場
の改善活動であると共に、人材育成の場として活用している。
<キャリア・コンサルティング>
・導入時期:2005年度より
・対象部門:営業部門、技術部門、事務部門など
・参加人数:キャリア面談対象研修参加者全員(人数は年度による)
・導入効果:語学教育の受講者の増加
会社の費用負担による社外研修会の参加者の増加
社員の定着化など
<QCサークル活動>
・導入時期:1960年代半ばより
・対象部門:全部門
・参加者 :管理職を除く全社員(全従業員の約8割が参加)
・導入効果:社員の能力向上、職場の活性化、職場や業務の改善など
8/9
キャリア・コンサルティング好事例 [企業・在職者 26-3]
キャリア・コンサルネット
田中





亮(たなか りょう)
2 級キャリア・コンサルティング技能士
QC サークル上級指導士
日本キャリア開発協会 CDA(キャリア・デベロップメント・
アドバイザー)
日本産業カウンセラー協会 産業カウンセラー
大阪商工会議所 メンタルヘルスマネジメント検定 Ⅱ種 ライ
ンケアコース
2005 年より大手メーカーの人事(教育)部門において社員、関係会社社員(2,000 人強/年)
の人材開発を担当しています。階層別教育はもちろん、職能別教育においても学んだことがキャ
リアに結びつくように促していくことを心がけています。また、間接部門QCサークル事務局の
活動を通じて、社員一人一人が自主的にQCサークル活動に取り組むことで自ら能力開発を行
い、主体的なキャリア構築に結びつけることができるように働きかけていくことに努めていま
す。
9/9