第一生命チャレンジド

14 2015.4.27 渚の風 4号
特例
子会社
第一生命チャレンジド
「時間はかかるが、できない仕事はない」
誰の指図も受けずに知的障害者が自分で 1 日の仕事を決め、仕上がったものはリー
ダー格の知的障害者が責任をもって点検し、納品する。みんなが自分の特性を生かし
て働き、責任を持たせられることをやる気につなげて生き生きと働いている。そんな
夢のような職場があったらいいのにと誰もが思うだろう。だが、それは夢ではなく、
実在している。第一生命チャレンジド(東京都北区)だ。
(文と写真 森脇睦郎)
Text&Photo by Mutsuro MORIWAKI
自分で仕事を決める
姿からは誰が健常者か誰が障害者か判別
できない。
山手線と京浜東北線の電車が止まる
説明を受けて初めてわかる職場の特徴
JR 田端駅からすぐの田端アスカタワー
は、ブースがずらりと並ぶその先の大
に、特例子会社「第一生命チャレンジド」
テーブルに、コピー用紙の箱を再利用し
の本社はある。田端事業部「書類発送グ
たトレイがずらりと並んでいることだ。
ループ」が働く5階を訪問した。
第一生命「本社コンタクトセンター」
今春からサブリーダーに昇格した(右から)二見さん、渡邊さん、角田さん
=東京都北区の田端アスカタワー
例えば「ダイレクトメール(DM)発送
工程が滞っているということで、それは
同じなのです」と湯浅社長。入社9年目
業務」では、第一生命の契約者に届ける
誰でも一目見ればわかる。
で障害者手帳を持っている二見雄一さん
グループが請け負っている業務はこの
(35)は「入社したころ体調も良くなかっ
ほか、契約者からの問い合わせに応じて
たし、職場で寝てばかりいました。責任
の一角がグループの仕事場となってお
さまざまな書類をパソコンで出力し、き
り、第一生命の社員とともに 40 人が業
ちんと折り、封筒に入れ、糊付するが、
務にあたっている。パソコンの設置され
ひとつの作業が完了すると次のトレイに
必要書類を印刷、発送する「コール業
の重いコール業務にあたったころから
たブースで仕事をしている様子は事務系
戻す流れ作業となっている。書類がた
務」、契約者に送る入院給付金書類に添
『大事な仕事を任された。自分が認めら
職場共通の光景で、スーツにネクタイの
まっているトレイがあると、その部分の
える「折鶴作成業務」がある。折鶴作成
れた』と思ってやる気が出たし、体調も
は一人で完結させるが、コール業務は
良くなりました」と話す。
DM 発送業務と同様のトレイ方式にして
初のサブリーダーに3人
変革の盾 著者 高橋利雄氏に聞く
高橋利雄著、加藤恭子監修
﹃第一生命 変革の盾 生命保険業
る 社 会 貢 界の先駆によ
献事業の通
史﹄
膨大な資料をひも解き、多くの関係
者を取材し、第一生命の社会貢献事業
の歴史を一冊の本にまとめ上げるのに
およそ1年を要しました。書き終え、
改めて「社会事業家の歴史を持つ稀有
な会社だな」と感じました。
「まえが
きにかえて」で『第一生命は、組織そ
のものが社会貢献を目的として設計さ
あり、こちらも滞っている工程が一目で
わかる。折鶴は、完成品を入れる箱を見
その二見さん、9 年目の渡邊敦さん
ればどれだけできているか誰でもわか
(35)
、8 年目の角 田 怜 さん(30)の3
る。つまり、グループ員は出勤したらト
人は今春、そろってトレーナーからサブ
レイと折鶴の箱を見てどの仕事が必要か
リーダーに昇格した。障害者手帳を持っ
自分で判断し、作業にあたる。そこには、
ている社員では初の昇格だ。
トレーナー、
誰の指示もなく、分担もない。自己管理
と自己責任しかない。
ただ、検品の厳しさは徹底しており、
れ、本業そのものが社会貢献なのであ
さらにその下で働く一般職員の指導と
「製品」の点検にあたる。責任は重くな
るが、やる気につながっている。
特に契約者の個人情報を扱う DM 発送
重要なのはマッチングだという。3 年
業務では 6 回もの点検工程を経て封書
間の特別支援学校時代に 2 週間の職場
を完成させている。だが、その点検作業
体験が 3 回行われるが、新卒採用では、
る』と書きました。私は 20 年以上の間、
よって発されたものか不明ですが、確
も障害者のリーダー格に任せられてい
その職場体験の際、本人がどんな業務が
生命保険ジャーナリストとして活動し
かに社員に息づいています。
「人の第
る。
好きでどんな業務に適しているかを見極
ていますが、第一生命ほど生命保険事
一」
という表現をよく耳にします。
「第
業を本気で追及する会社はないと思っ
一生命人」とは、陰で徳を積み、明る
職場環境にしていたわけではありませ
ています。関東大震災、広島の原爆投
い社会を創ろうとする気高い社会事業
ん」
。湯浅善 樹社長(59)は言う。始め
湯浅社長は「マッチングがうまくいく
下、阪神淡路大震災、東日本大震災時
家であろうとする意志を持ち続ける人
は健常者の幹部が勝手に考えて、障害者
と、意欲をもって業務にあたってくれま
の業界を先導した保険金支払い対応に
のことであり、私は「第一生命人」の
にはここまでやってもらえばいい、この
す。健常者より時間はかかるが、彼らに
は、お客さまを守り抜くという強靭な
正体とはそれではないかと思っていま
仕事なら大丈夫だろうと仕事を割り当て
できない仕事はない」と断言した。
意志を感じ、敬意を抱きました。
す。
た。そうすると仕事は際限なく細分化さ
第一生命チャレンジドは第一生命が
「しかし、我々も最初からこのような
める。入社後は、半年間の契約社員期間
に正社員登用の可否を判断している。
実に不思議なことは、そうした驚く
第一生命は、数ある保険会社の中で
れ、例えばある障害者の社員ははさみを
2006( 平 成 18) 年、100 % 出 資 し て
べき実績を無数に持ちながら世間にア
最も契約者を守ろうとしてきた社会事
使った付箋づくりだけ、ある社員は折鶴
特例子会社として設立した。社長以下、
ピールしないこと。例を挙げれば、第
業家の物語を持っている。叙情的な顔
作りだけなどとなり、うんざりするよう
211 人(今年 4 月 1 日時点)の従業員
4 代社長、矢野一郎が戦後間もない昭
があり、人間的な表情と体温がある。
な毎日が続いた。
和 24 年に創設した「保健文化賞」は、
そんな類まれな会社だと私は思ってい
生命保険会社の使命として日本の保健
ます。
(聞き手 森脇睦郎)
衛生の向上に貢献しなければならない
として保健衛生の現場で働く功労者を
讃えてきました。天皇皇后両陛下の拝
謁を賜るこの賞は「国民を代表した感
謝の表彰」として、自社を積極的に誇
ることを決してしません。昭和 58 年
の第 1 回大会から特別協賛を続けて
いる「全国小学生テニス選手権大会」
でも後方支援に徹し運営には関わらな
い。まさに「陰徳の精神」を貫いてい
る会社なのです。社員に浸透している
「陰徳」という姿勢と言葉はいつ誰に
高橋利雄
埼玉県在住、42 歳。
平 成 5 年、 ㈱ 保 険 実 務
研究所入社。同社の「旬
刊保険実務」担当記者
として、20 年に渡って
直販生命保険会社の経営者、支社長、
所長、トップセールスマン、総合代理
店経営者らの取材、執筆、編集にあたっ
た。取材対象は約2千人に及んでいる。
著書に「セールスマインド」「新世紀
真生保の仕事」「安心の絆」がある。
「毎日、言われたことだけ、それも同
がいるが、そのうち 146 人(69%)が
知的障害、精神障害、さらに身体に加え
じ仕事ばかりでは働く意欲が湧いてくる
知的または精神の障害を持った人たち
はずがない。それは、健常者も障害者も
だ。本社の田端事業部、世田谷区の相娯
園事業部、千代田区の第一生命日比谷本
【チャレンジド】
米国で「障害者」を表現する言葉として
使われるようになり、世界的に広まりつ
つある。「神から『挑戦』の使命、課題、チャ
ンスを与えられた人たち」を意味する。
【特例子会社】
障害者雇用促進法に定義される「障害
ある人に配慮した子会社」。障害のある人
の特性に配慮した仕事の確保、就労上の
職場環境の整備、必要に応じた生活指導
を行う。
社に拠点を置く喫茶事業部(日比谷喫茶
G、皇居前 G)
、江東区の喫茶事業部(豊
洲 G)
、神奈川県横浜市の神奈川事業部、
大阪市中央区の大阪事業部−という組織
となっている。
法律で第一生命の業務の内製化だけを
請け負うよう制限されているが、すでに
10 種類以上の業務をこなしており、さ
らに年々増え続けている。「従業員とと
もに成長する会社」がスローガンだ。