子宮筋腫組織を用いた新たな癌の 浸潤モデルの確立

日大歯学 , Nihon Univ Dent J, 89, 131-138, 2015
子宮筋腫組織を用いた新たな癌の
野
本
翔
浸潤モデルの確立
太
日本大学大学院歯学研究科歯学専攻
(指導:大木秀郎 教授,小宮山一雄 教授,岩瀬孝志 専任講師)
要 旨: ヒ ト 子 宮 筋 腫 か ら 作 製 し た myoma disk で 3 次 元 器 官 培 養 シ ス テ ム を 確 立 し, 口 腔 癌 の epithelialmesenchymal transition(EMT)について検討した。ヒト口腔癌由来の HSC-3 細胞および Ca9-22 細胞,Ca9-22 細
胞の secretory leukocyte protease inhibitor 遺伝子を欠失させた NUSD-1 細胞を,myoma disk 上で 3,7 および
14 日間培養した。癌細胞の浸潤・増殖および EMT を組織学的に評価した。また,matrix metalloproteinase(MMP)
の発現を RT-PCR と gelatin zymography で調べた。HSC-3 細胞,Ca9-22 細胞および NUSD-1 細胞は,培養 3 日
目で myoma 上に単層の上皮として観察された。しかし,HSC-3 細胞および Ca9-22 細胞は培養 7 日目で小集団を
形成し,myoma 内への浸潤を認めた。浸潤細胞は,keratin および vimentin 陽性を示し,活性型 MMP-2 および
MMP-9 の産生を認めた。一方,NUSD-1 細胞は,myoma disk 内への浸潤は示さず,MMP-2 の産生を認めなかった。
その結果,口腔癌浸潤に EMT および MMP の関与が,また myoma disk を用いた 3 次元器官培養モデルが,浸潤・
増殖およびメカニズム解明に有用であることが示唆された。
キーワード:
浸潤モデル,口腔癌,子宮筋腫,マトリックスメタロプロテアーゼ,EMT
緒
の細胞成分が欠落している。また,多くの腫瘍胞巣では
言
線維芽細胞が間質中で最も多い割合を占め,これらは
myofibroblast としての性格を示し,cancer associated
腫瘍の浸潤および転移機構を解明するため,現在まで
にさまざまな
および
fibroblast(CAF)と呼ばれる。CAF は ECM をはじめ,
で実験モデルの作
製および病理組織学的検索が行われてきた
1-8)
protease,growth factor,chemokine などを産生して
。その結果,
腫瘍の浸潤・増殖に多大な影響を与えている 12, 13)。
腫瘍細胞の浸潤・増殖時における形態学的変化に始まり,
腫瘍細胞へのマクロファージや NK 細胞などの細胞性免
本研究では,CAF と同様に myofibroblast が存在する
疫による抗腫瘍反応や,α -SMA や TNF などのサイトカ
ヒト子宮筋腫の組織片を用いて,再現性があり,よりヒ
イン発現による腫瘍浸潤に対する防御作用などについ
トの生体内の環境に近い 3 次元器官培養モデルを作製し
て,組織学的検討が行われ報告されている
9, 10)
て口腔癌細胞の浸潤・増殖およびその機構を検討した。
。
口 腔 癌 の 浸 潤・ 増 殖 を 評 価 の す る た め に epithelial-
実験モデルでは,腫瘍細胞をヌードマウスに移植し,腫
瘍形成能や転移の動態などが検討されている。その結果,
mesenchymal transition(EMT)14-18) お よ び matrix
腫瘍の増殖および浸潤は,腫瘍細胞自身の性状によるだ
metalloproteinase(MMP)の 発 現 を 免 疫 組 織 化 学,
けでなく,線維芽細胞および extracellular matrix(ECM)
RT-PCR および gelatin zymography により検討した。
など微小環境の影響を受けていることが示された 8)。一
方,
材料および方法
実験モデルでは,Alt-Holland らはヒトの腫
瘍環境を再現すべく,腫瘍細胞の 2 次元培養モデルに変
1.
細胞株および培養
えて,腫瘍細胞を皮膚結合組織細胞上で培養して浸潤能
本研究にはヒト舌扁平上皮癌由来細胞株(HSC-3),ヒ
を観察する 3 次元培養モデルを作製した 11)。さらに,線
ト歯肉扁平上皮癌由来細胞株(Ca9-22)および Ca9-22 細
維芽細胞を混入したⅠ型コラーゲンゲル上に腫瘍細胞を
胞の secretory leukocyte protease inhibitor(SLPI)発現
播種し,ヒトの間葉組織の mimic とした 3 次元の器官モ
を欠失させた NUSD-1 細胞 19,
デルが作製されて腫瘍の初期浸潤の検討が行われ
の培養には,100 unit/ml ペニシリンと 0.1 mg/ml スト
た 4, 6, 10)。腫瘍間質では,線維芽細胞は,腫瘍胞巣の形成,
レプトマイシンを含む 10% FCS 加 RPMI-1640 培地を用
腫瘍の進展や制御に深く関与している。しかし,線維芽
いた。細胞は,通法に従って 5% CO2,37℃の環境で培
細胞を埋め込んだコラーゲンゲルでは,腫瘍微小環境を
養した。
充分に再現しているとはいえず,腫瘍胞巣でみられる他
(受付:平成 27 年 1 月 29 日)
〒 101 8310 東京都千代田区神田駿河台 1 8 13
131
20)
を用いた。これらの細胞
2.
間反応させた。各ステップ間では,切片を PBS で 10 分
Myoma disk 調整
間,3 回洗浄した。発色にはジアミノベンジジンを用いた。
器官培養に用いる子宮筋腫組織片は,聖母病院産科(東
京都新宿区)で治療のため手術により摘出され,供与さ
発色後,ヘマトキシリンで核染色を施し,マリノールに
れた。なお,本研究は日本大学医学部の倫理委員会の許
て封入した。
可(倫許 23-25)を得ている。
4.
Gelatin zymography 法
3 次元器官培養システムの概略を第 1 図に示す。3 次
Ca9-22 細胞および NUSD-1 細胞を FCS 非添加 RPMI-
元器官培養に用いる myoma disk は子宮筋腫組織を生検
1640 培地で一晩培養した後,培養上清を 2000 rpm で 5
ト レ パ ン(KAI)で 直 径 8 mm に く り 抜 き, 作 製 し た。
分間遠心した。得られた培養上清と loading buffer(0.125
Myoma disk は 10% DMSO 加 RPMI-1640 培 地 に 浸 漬
M Tris-HCl buffer pH6.8, 4% SDS, 10% sucrose, 0.01%
し,使用するまで−70℃で凍結保存した。
bromophenol blue; BPB)
を同体積で混合し,1.0% gelatin
加 10% acrylamide gel を用いて電気泳動を行った。
は じ め に myoma disk を 37℃ の 温 浴 で 解 凍 後,10%
FCS 加 RPMI-1640 培地に 1 時間,室温で浸漬した。次
泳動後,ゲルを 50 mM Tris-HCl buffer,pH7.4, 2.5%
い で,myoma disk を ト ラ ン ス ウ ェ ル イ ン サ ー ト
Triton X-100, 5 mM CaCl2, 1 mM ZnCl2 で 1 時間洗浄し
(Corning)に 入 れ, 培 養 癌 細 胞 を 10% FCS 加 RPMI-
て SDS を除去した。再びゲルを蒸留水で洗浄した後,反
5
4
応 溶 液(50 mM Tris-HCl buffer pH7.4, 5 mM CaCl2,
個)を myoma disk 上に播種した。一晩 CO2 インキュベー
1 mM ZnCl2)中で 37℃,一晩反応させた。反応後,ゲル
タ ー 内 で myoma disk に 細 胞 を 付 着 さ せ た。 次 い で
を 0.5% coomassie brilliant blue G250 で染色後,脱色
1640 培地で 7×10 個 /ml に調整し,その 50μl(3.5×10
myoma disk を取り出し,12 ウェルプレート内に置いた
を行い写真撮影した。
ステンレス製グリッド上の無コーティングナイロンメッ
5.
RT-PCR 法
シュ上へ移した。プレート内は myoma disk の基部が浸
1) 培養細胞から RNA の抽出
るまで培地を注入し,CO2 インキュベーター内で培養し
RNA は RNeasy(Qiagen)を用いて通法に従って抽出
した。すなわち,培養細胞を PBS で洗浄した後,350μl
た。培養の期間中,培地を 3 日目ごとに交換した。
3.
の細胞溶解液を加え,シリンジと注射針で DNA を機械
組織学的および免疫組織化学的検索
培養 3,7 および 14 日目に myoma disk を,10% 中性
的に切断した。次いで,同量の 70% エタノールを加え,
緩衝ホルマリンで固定し,パラフィンに包埋した。連続
RNeasy column に入れて 10,000 rpm で 1 分間遠心した。
切片を 5μm の厚さで作製して組織学的検索に供した。
添付の buffer で column を 3 回洗浄した後,30μl の蒸留
組織学的検索には H-E 染色を施し,免疫組織化学的検索
水 で RNA を 溶 出 し た。 得 ら れ た RNA は 使 用 時 ま
には抗 cytokeratin AE1/AE3(DAKO),抗 vimentin(ニ
で−80℃で保存した。
チレイバイオサイエンス)の各一次抗体を用いた。切片
2) RT-PCR 法
を脱パラフィン後,0.3% H2O2 加メタノールで 30 分間反
上記で得られた RNA 1μg を,65℃で 5 分間加熱した
応させて内因性ペルオキシダーゼ活性を阻止した。続い
後,5 分 間 静 置 し, こ れ に RNase inhibitor(Takara)
て,切片を 0.01 M クエン酸バッファー(pH6.0)中で 98℃
1 u n i t,10× R T b u f f e r 1 μl,25 m M d N T P 2 μl,
または 121℃で 20 分間加熱して抗原を賦活化した。非特
random primer および RAV-2 reverse transcriptase
異的反応のブロッキングは,切片に 10% 正常ブタ血清 /
0.5 U を含む混合液に加え,滅菌蒸留水で 10μl に調整し,
PBS を加え,30 分間反応を行った。次いで,一次抗体を
42℃で 1 時間反応させた。その後,94℃で 5 分間加熱し
切片に加え,室温で 60 分間あるいは 4℃で一晩反応させ
て反応を停止し,cDNA を得た。得られた cDNA 溶液
た。二次抗体は EnVision(DAKO)を用い,室温で 60 分
1μl に 対 し て,10×PCR buffer 10μl,sense お よ び
第 1 図 口腔癌器官培養システムの概略
132
子宮筋腫組織を用いた癌の浸潤モデル
Ca9-22 細胞および NUSD-1 細胞は,myoma disk 培養
antisense primer 100 pmol,2.5 mM dNTP 16μl および
Taq DNA polymerase(Takara)2.5 units を加え,滅菌
3 日目には,disk 表層に連続する一層の細胞が生着してい
蒸留水で 100μl に調整した後,サーマルサイクラーを用
た
(第 2 図 A, D)。Myoma disk 培養 7 日目には,Ca9-22
い増幅した。PCR は denature:94℃ 1 分間,annealing:
細胞は disk 表層にほぼ連続して配列するようになり,一部
55℃または 60℃ 2 分間,extension:72℃ 3 分間のサイ
で 2 ∼ 6 層程度の細胞の重層化がみられた
(第 2 図 B,E)
。
ク ル を 25 ま た は 35 回 行 っ た。PCR-product は,1.6%
しかし,上皮表層が口腔粘膜のような錯角化や正角化を
agarose gel(Bio-Rad)で電気泳動を行い,エチジウムブ
示すような像は認めなかった。また,重層化部に顆粒細
ロマイドで染色後,写真撮影した。
胞も出現していなかった。Ca9-22 細胞は数十個の小集団
を形成して,disk 深部へ浸潤増殖する像を多数認めた(第
本 研 究 に 用 い た 各 primer の シ ー ク エ ン ス お よ び
2 図 B)。Myoma disk 培養 14 日目には,Ca9-22 細胞の
product size を第 1 表に示す。
disk 深部への浸潤は,表層から連続性あるいは不連続性
結 果
1.
に 浸 潤・ 増 殖 像 が 観 察 さ れ た( 第 2 図 C)。 一 方,
NUSD-1 細胞は myoma disk 培養 7 日目には,Ca9-22 細
Myoma disk 器官培養モデルの組織学的所見
Myoma disk には,組織学的に錯綜する筋線維芽細胞
胞とは異なった組織所見を示した。NUSD-1 細胞は disk
および筋細胞と,細胞周囲に太いコラーゲン線維や好酸
表層で 3 層から 7 層の重層を示し,一部で上皮突起のよ
性マトリックスの形成がみられた。しかし,生細胞はみ
うに disk 内へ突出する像を認めたが,浸潤増殖する所見
られなかった。
は観察できなかった。また,NUSD-1 細胞は表層で粘膜
上皮のように細胞が扁平化する像をみたが,錯角化や正
角化は示さなかった。また,厚く重層化した部において
基底層の形成や棘細胞のような豊富な細胞質などはみら
第 1 表 本研究に使用した primer 配列
れなかった(第 2 図 E)。Myoma disk 培養 14 日目には,
両細胞ともに 7 日目とほぼ同様な挙動を示したが,時間
の経過とともに細胞層はより重層化がみられた(第 2 図
F)。なお,HSC-3 細胞は,Ca9-22 細胞とほぼ同様な浸
潤増殖像を示した(データ示さず)。
免 疫 組 織 化 学 に お い て,myoma disk へ 浸 潤 性 の
Ca9-22 細胞と非浸潤性の NUSD-1 細胞は keratin 強陽性
を示し,扁平上皮癌細胞であることが確認できた(第 3
第 2 図 ヒト口腔癌器官培養システムを用いた Ca9-22 細胞と NUSD-1 細胞
矢印は disk 深部へ不連続性に浸潤する腫瘍細胞を示す。
133
図)。癌細胞が,既存の脈管腔を介して浸潤する可能性
bp として確認されたが,NUSD-1 細胞では認められな
も 考 え ら れ た こ と か ら, 連 続 切 片 を 用 い た keratin と
か っ た。 ま た,MMP-9 遺 伝 子 発 現 は Ca9-22 お よ び
vimentin の免疫組織化学で検討した。その結果,keratin
NUSD-1 細胞の両方で PCR 増幅産物 359 bp として認め
陽性細胞の周囲には vimentin 陽性像を認めないことか
られた(第 6 図)。
ら,HSC-3 細胞は脈管腔を介さずに浸潤していることを
MMP-2 の gelatin zymography では,RT-PCR 法によ
確認した(第 4 図)。また,一部の胞巣では,HSC-3 細胞
る解析と同様に,Ca9-22 細胞培養上清でサイズ 62 kDa
自身が上皮間葉転換の指標である vimentin 陽性と細胞
に MMP-2 活性バンドを認めたが,NUSD-1 細胞では活
形態が多角形ないし紡錘形を示していた(第 5 図)。
性 バ ン ド を 認 め な か っ た( 第 7 図 )。MMP-9 の 活 性 は
2.
Ca9-22 細 胞 培 養 上 清 で 活 性 型 MMP-9 を 認 め た が,
Ca9-22 細胞および NUSD-1 細胞における MMP の発現
NUSD-1 細胞では非活性型のみであった。
MMP-2 遺伝子発現は Ca9-22 細胞で PCR 増幅産物 368
第 3 図 培養 7 日目の Ca9-22 細胞と NUSD-1 細胞の HE 染色と keratin 染色
第 4 図 HSC-3 細胞の myoma disk 内浸潤細胞の免疫染色
Myoma disk 内に keratin 陽性細胞の浸潤を認めるが(矢印),同部位の浸潤細胞周囲には vimentin 陽性像を認めない(矢印)。
134
子宮筋腫組織を用いた癌の浸潤モデル
考 察
癌 は, わ が 国 の 死 亡 原 因 の 第 1 位 を 占 め る 疾 病 で あ
る 21)。癌細胞には高い浸潤能および転移能があり,これ
らは予後を決定する重要な因子となっている。癌細胞の
浸潤と転移についてこれまで数多くの研究が行われてき
た 1-8,
10-18, 22)
。本研究では口腔癌の初期浸潤のメカニズム
を明らかにするために,ヒト myoma 組織を母床とした
3 次元器官培養法を試みた。その結果,培養 3 日目には
ヒト myoma disk 上で口腔癌細胞が生着し,培養 7 日目
には myoma 組織内へ浸潤・増殖する像がみられ,本実
験モデルが癌浸潤と転移のモデルとして有用であること
が示された。
これまでに,腫瘍の転移・浸潤機構を検索する方法に
は,基底膜成分をコートしたメンブレンを用いて癌細胞
を培養し,メンブレンを通過した細胞数から細胞浸潤能
を測る方法や 23),コラーゲンゲル上に癌細胞を播種し浸
潤・増殖を観察する方法が用いられてきた 4, 24)。
しかし,これらの方法で用いられる基質はラットなど
の動物から分離精製された純粋なコラーゲンのみであ
り,より正常組織に近い検索条件の必要性が求められて
いた。また,cadaver の皮膚組織から線維芽細胞を分離
してコラーゲンゲルに埋め込んだ母床を用いて 3 次元培
養を行い,口腔癌の浸潤を検討した報告もある 7)。これ
らは
に近い環境での 3 次元的な細胞の挙動,分
化,治療薬の効果,細胞とマトリックスの相互作用を
で検索する方法として用いられている。しかし,ヒ
ト腫瘍の微小環境を再現しているとはいえず,より生体
に近い 3 次元器官培養モデルの開発が求められている。
Nurmenniemi ら 6)はこのような 3 次元器官培養法の欠
第 6 図 RT-PCR 法による MMP-2 および MMP-9 の発現
M:φx174
Ⅲ 1:NUSD-1 細胞 2:Ca9-22 細胞 3:HSC-3 細胞
点を補う方法として子宮筋腫の切除組織を用いた方法を
報告している。子宮筋腫は良性腫瘍であり,1 検体から
第 5 図 HSC-3 細胞の myoma disk 内浸潤細胞の免疫染色
Myoma disk 内に浸潤した少数の keratin 陽性 HSC-3 細胞に vimentin 陽性を認める(矢印)。
135
第 7 図 Gelatin zymograhy による MMP-2 の発現
Pro MMP-2 : 非活性型 MMP-2 (72 kDa)
Act MMP-2 : 活性型 MMP-2 (62 kDa)
Pro MMP-9 : 非活性型 MMP-2 (92 kDa)
Act MMP-9 : 活性型 MMP-2 (83 kDa)
M : marker
多くの培養用 disk が得られる。また,筋腫組織には平滑
浸潤する癌細胞では EMT が起きているものと考えられ
筋由来の腫瘍細胞の他,多量のⅠ,Ⅱ,ⅢおよびⅣ型コ
た。これらの結果から,本 myoma disk モデルを用いて
ラーゲン,ラミニン,α -SMA,vimentin やマクロファー
簡便に癌細胞の EMT を 3 次元的に捉えることができた
ジが存在することから,悪性腫瘍の転移機構を解明する
ことは意味深く,今後さらに詳細な検討が必要である。
癌の転移の初期過程は,胞巣を構成する細胞同士の結
方法として非常に有用な方法であると考えられる。しか
しながら,本方法を用いた報告はほとんどなく,また,
合を解除することから始まる。E-cadherin は catenin と
実験条件の厳密性が求められる。
複合体を形成することで上皮細胞間接着の機能を果たし
今回の実験に用いた口腔癌細胞株 HSC-3 細胞および
ている。本来,癌細胞間は E-cadherin などの働きにより
Ca9-22 細胞は,myoma disk 上で多層化し,myoma 組
強固に結合しており,容易には解離しないが,E-cadherin
織内への浸潤を示した。この結果は,今後このモデルを
または catenin に変化が起こると細胞接着能が低下し,
応用して癌浸潤の促進因子あるいは抑制因子の解明や,
癌細胞が解離すると報告されている 28)。この作用を高め
治療応用への基礎的検討に役立つと考えられた。
る因子としては,TGF-βがよく知られている 12)。近年,
癌細胞が周囲組織への浸潤・増殖する際の癌細胞の生
乳癌由来の培養細胞や卵巣癌由来などの培養細胞を用い
物学的性状については,古くから検索されてきた。今日,
て,SLPI に よ る 転 移 機 構 へ の 影 響 が 検 討 さ れ て い
組織の分化・成熟に関与する EMT の,癌細胞の増殖・
る 29-31)。Rosso ら 31)は乳癌由来 F3 II 細胞の培地に SLPI
転移への関与が注目されている
13-17, 25-27)
を添加することで,同細胞の E-cadherin の発現低下や
。癌細胞が脱分
化し,間葉系の性質を得て遊走性を獲得した後に臓器へ
β-catenin の核への移動などの局在変化を報告している。
転移すると,癌細胞が転移しない表現型へと変換して局
さらに卵巣癌由来 SKOV3 細胞や胃癌由来 SNU638 細胞
所へ定着すると考えられている。本研究で,myoma 組
の検索では,SLPI により MMP-2 および MMP-9 発現の
織 内 へ 浸 潤 す る 紡 錘 形 を 示 す 癌 細 胞 に keratin と
増加が報告され 29,
vimentin の共発現をみたことから,本モデルにおいても
作用があることが知られている 32)。本検索で SLPI の発
136
30)
,EMT における TGF-βと同様な
子宮筋腫組織を用いた癌の浸潤モデル
3.
現を欠失した NUSD-1 細胞は,myoma の表層で重層し
Ca9-22 細胞は,組織を破壊して myoma disk 内へ浸
潤した。
て myoma 内 へ の 浸 潤・ 増 殖 は 認 め な か っ た。 一 方,
4.
SLPI を発現する Ca9-22 細胞や HSC-3 細胞では myoma
Ca9-22 細 胞 の 浸 潤・ 増 殖 に は,MMP-2 と MMP-9
の関与が示唆された。
内への浸潤・増殖が認められ,これらの報告を裏付ける
以上の結果から,myoma disk を用いる 3 次元器官培
ものと考えられた。
養法は,口腔癌の浸潤・増殖のメカニズム解析に有用で
ヒト口腔癌において,粘膜下結合組織に浸潤増殖する
あることが示唆された。
ためには,上皮と結合組織との境界である基底膜を破壊
しなくてはならない 33)。基底膜は,Ⅳ型コラーゲンとラ
本研究遂行にあたり,格別たるご指導ご鞭撻を賜りました日本
大学歯学部口腔外科学講座の大木秀郎教授,同学部病理学講座の
小宮山一雄教授に謹んで心より感謝申し上げます。
また,本研究を通じ多大なるご協力と助言を賜りました本学部
病理学講座の岩瀬孝志専任講師を始め,同講座の皆様に深く感謝
いたします。
ミニンやヘパラン硫酸プロテオグリカンなどを基本構造
と し て い る。Sato ら
34)
は 癌 の 浸 潤 増 殖 に 際 し て は,
MMP-2 の他,MMP-9 および MMP-13 が活性化され,Ⅰ,
Ⅱ,ⅢおよびⅣ型コラーゲン,ラミニン,フィブロネク
チンなどの細胞外マトリックスなどの構成成分の破壊を
す る こ と を 示 し た。 ま た, 臨 床 研 究 の 結 果 か ら も
本研究の一部は,JSPS 科研費 24593066 および日本大学歯学部
佐藤研究費(平成 25,26 年度)によってなされた。
MMP-2 の活性化と癌の浸潤・転移とが,正の相関を示
すことが認められている
35)
。
今回用いた myoma disk モデルにおいて,基底膜Ⅳ型
文 献
コラーゲンを分解するとされる MMP-2 と MMP-9 の関
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与を検討するために,Ca9-22 細胞と NUSD-1 細胞におけ
る両プロテアーゼの産生を遺伝子発現レベルで検討し
た。 興 味 深 い こ と に myoma 組 織 へ 浸 潤 増 殖 を 示 し た
Ca9-22 細胞と非浸潤の NUSD-1 細胞とでは MMP 発現
パターンに差がみられた。また確認のために行った細胞
培養上清の gelatin zymograph においても,Ca9-22 細胞
と NUSD-1 細胞では遺伝子発現と同様に活性型 MMP 産
生に差があることが確認できた。
以上の結果から,myoma disk を用いる口腔癌 3 次元
器官培養法は,線維芽細胞とコラーゲンゲルを用いた母
床による従来の 3 次元器官培養法に比べ,よりヒトの腫
瘍環境を反映しており,癌の浸潤増殖のメカニズムの解
析 に 有 用 で あ る と 考 え ら れ た。 な お, 今 後 は tissue
inhibitor of metalloproteinase(TIMP)の発現を調べるな
ど,詳細な検討が必要である。
結 論
口腔癌の浸潤・増殖機構について,ヒト子宮筋腫組織
から作製した myoma disk を用いて HSC-3 細胞,Ca9-22
細胞および NUSD-1 細胞を用いて 3 次元器官培養を行
い,その有用性を病理組織学,免疫組織化学,RT-PCR
および gelatin zymography を用いて検討した。
Myoma disk を用いた検索により,以下の結果および
結論が得られた。
1.
HSC-3 細 胞 お よ び Ca9-22 細 胞 は, 培 養 7 日 目 に
myoma disk 深部に連続あるいは不連続に浸潤・増
殖した。一方,NUSD-1 細胞は表層で重層化するが,
培養 14 日目でも浸潤はしなかった。
2.
HSC-3 細胞の myoma disk 内への浸潤には EMT が
関与していた。
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