広がるデモ、迷走する答弁、迫る採決

集団的自衛権問題研究会 News & Reviews vol.10
2015/09/08 第10号
News
&
Review
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第10号の内容
●広がるデモ、迷走する答弁、迫る採決(川崎 哲)
●安保法制と文民統制の危機(吉田 遼)
このままいけば反対運動はさらに広がり、法案が仮に
採決されるとなれば、深刻な混乱を伴う事態となるだろ
う。野党の中には足並みを乱す動きもあるが、国民の懸
念は明白であり、深まるばかりだ。そうした中で強行採
決された法案は、歴史的にその正当性が疑問視されるも
広がるデモ、迷走する答弁、迫る採決
のとなるだろう。
私たちはまた、この法案における各論の議論を深める
川崎 哲(研究会代表)
ことと同時に、日本の外交・安全保障政策の全体にかか
わる対抗構想を論じていく必要がある。
国会前に10万人を超える人たちが集まり、抗議の声
第一に、法案が「離島防衛」と想定するところの領土
を上げるなか、政府・与党は当初のもくろみ通り、安保
問題をめぐる緊張が実際の武力紛争へとエスカレートさ
関連法案の今国会での採決と成立を力づくで進める構え
せないこと。
だ。
第二に、自衛隊の活動を国民がしっかりと監視し、本
この間の国会審議でいくつかの重要なことが明らかに
当の意味で「民主的に統制」するメカニズムを作り出し、
なった。
現場の暴走を許さないこと。
まず、この法案がつぎはぎだらけで、法体系としての
第三に、さまざまな国際紛争の現場に関して、米国の
一体性をもたないということだ。首相が当初説明してい
政府やメディアに依存せず、独自の情報網を作り出し、
た「邦人母子を乗せた米艦の防護」にせよ、「ホルムズ
国際平和協力の名の下で紛争を悪化させたり、日本自身
海峡の機雷掃海」にせよ、国会審議のなかでその想定の
が紛争やテロに巻き込まれたりすることのないようにす
前提は崩れていった。もともと、何としても「集団的自
ること。
衛権の容認」という名を残したい安倍自民党と、過去の
第四に、「有事」と称して自衛権が発動されうるシナ
政府答弁と矛盾していないと強弁したい公明党との妥協
リオが拡大するなか、国家によって国民や地方自治体の
で作られた「限定的な集団的自衛権」なる概念は、不明
確で欠陥だらけのものだった。政府が掲げる事例はどれ
権利・財産を制約する動きを警戒し制御すること、など
も、個別的自衛権で可能であるか、あるいは歯止めなき
である。
米軍との一体化につながるものであり、「限定容認」な
安倍政権は世論無視、国会軽視、行政権力への「委任」
る論理の説得力は完全に失われた。審議が進めば進むほ
を強要する政策を推し進めている。主権者たる私たち国
ど国民にとって「わかりにくくなる」というのは、この
民が民主主義を立て直す取り組みこそが求められている。
(かわさき・あきら)
ためである。
また、自衛官が戦場で事実上の戦闘に参加することに
なる可能性は高まるものの、自衛官の安全が物理的にも
平和学会が安保法制100の論点公開
法的にも真剣に検討されている様子はみられない。
さらに、国民の懸念をよそに、自衛隊においては米軍
どれだけ審議しても、
尽きない疑問。広範囲
にわたる複雑な法案を
詳細に解剖し、その問
題点を整理する「100
の論点」を、平和学会
との協力を実質的に進める体制が法案の審議前から当然
のように進められていることが明らかになった。自衛隊
統合幕僚監部の内部文書や統合幕僚長の訪米記録といっ
た資料が暴露されたことによるものだ。
欠陥だらけの法案でも結論ありきで推し進め、細かい
ことは政府そして最終的には首相に任せろという。しか
がWEBサイトで公開
しました。
し安倍首相自身をはじめ、政府・与党の言動にはおごり
と思い上がりが顕著で、とても「任せる」気にはなれな
http://www.psaj.org/
い。与党議員による数々の「失言」は、そのことを浮き
彫りにした。
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集団的自衛権問題研究会 News & Reviews vol.10
は、現行の防衛出動(個別的自衛権の行使)と同じとし
て、「原則事前承認、緊急時には事後承認」とするとさ
安保法制と文民統制の危機
――「民主的統制」の実現へ向けて
れている。また、「周辺事態」概念を廃棄して、政府が
「日本の平和と安全に重要な影響を与える」と見なせば
地理的制約なしに自衛隊を派遣できるようにする「重要
吉田 遼(NPO法人ピースデポ研究員)
影響事態」の場合も、現行の周辺事態法の規定を引き継
■深まらない「民主的統制」をめぐる議論
いで、やはり「原則事前承認、緊急時には事後承認」と
安保法案をめぐる議論は、憲法学者らによる「違憲」
なっている。だが、国会の事前承認を「原則」とする規
との声を受けて、憲法論の観点からの批判が多くなされ
定は、例外であるはずの「事後承認」が多用されること
ている。それに比べれば、安全保障政策の観点からの批
によって、「国会の関与」が形骸化される恐れがある。
判は必ずしも十分とは言えない。とはいえ、これは当然
「存立危機事態」にしろ「重要影響事態」にしろ、既存
のこととも言える。そもそも、これまで「憲法上の制約
の自衛隊活動の範囲を大きく拡張することが意図されて
から認められない」とされてきた集団的自衛権の行使を
いるにもかかわらず、その歯止めのあり方は「これまで
たった一つの閣議決定で容認してしまうなどということ
通り」でよいはずがない。最低限の歯止めとして、全て
は、立憲主義の立場を守る限り、正当化される余地がな
の事態や活動に関して例外なく「国会の事前承認」を必
い。大きな批判を集めている礒崎首相補佐官の「法的安
要とすべきである。
定性は関係ない」、「法的安定性で国が守れますか」と
一方、「国際平和協力」のための他国軍支援を可能に
いう発言は、安保法案がこうした最低限の憲法規範を踏
する「国際平和支援法」については、「例外のない事前
みにじる性格のものであることを如実に示している。政
承認」とされている。これは最低限の要件として当然で
策の内容以前に、その反立憲主義的な性格に批判が集中
あるが、重大な問題が残されている。たとえば、首相が
するのは当然である。
国会承認を求めた場合、衆参両院がそれぞれ7日以内に
だが、こうした安保法案の非民主的な性格に対する批
議決するよう求める努力義務が盛り込まれている。これ
判は、法案の内実に対しても向けられるべきだろう。そ
では、十分な国会審議が行われないまま派遣決定がなさ
の具体的な焦点の一つは、安保法案が拡大させようとし
れかねない。また、派遣後2年を超えて活動を継続する
ている自衛隊の海外派遣をめぐって、その派遣決定の手
場合は国会承認が必要とされているが、ここでは「例外
続きをどうするか、国会の関与をどのように保証するの
として事後承認」も可能となっている。だが、一度海外
か、という「民主的統制」の問題である。
派遣された部隊を撤退させることは容易ではなく、その
法案を推進する政府も、「国民の理解が得られるよう、 うえ事後承認を許せば、派遣部隊の活動に対する国会の
国会の関与等の民主的統制が適切に確保されること」
実質的統制は確保できなくなる可能性が高い。最初の派
(自公両党による与党合意)の必要性を認めている。だ
遣決定のときにだけ、それも形式的に「例外のない事前
が、その内実をどう確保するのかは、今に至るまでほと
承認」が盛り込まれたとしても、それで民主的統制が確
んど議論されていない。
保されると楽観することはできないのである。
自衛隊の海外派遣に対する「民主的統制」を実質的に
確保するには、本来なら「統制」の対象とその方法をめ
■国会承認の方法と内容
ぐって多岐にわたる議論が求められる。具体的には、派
ここで重要な点は、国会承認の具体的な対象とその方
遣決定の可否だけでなく、活動内容と予算措置の検討、
法である。言い換えれば、問われるべきは国会承認の
派遣後の活動の定期報告とその検討、活動継続の是非の
「中身」である。
審議に至るまで、幅広い範囲にわたっていかに民主主義
まず方法については、現行の防衛出動の際の国会承認
に基づく政治的統制を実現するかが議論されなければな
は「衆院の承認」であり、衆院解散中は「緊急集会によ
らない。だが、これまでほとんどこうした議論はなされ
る参院の承認」を行なうとされている(武力攻撃事態法
ておらず、このままでは適切な「民主的統制」の確保は
第9条4項)。だが、「存立危機事態」も含めて自衛隊
覚束ない。
の海外派遣の可能性が飛躍的に高まることが懸念される
限り、国会承認のあり方は個別的自衛権の行使のための
■「国会の事前承認」をめぐって
防衛出動よりも厳格なものとすべきである。衆参両院の
現在、「民主的統制」をめぐる事実上、唯一の具体的
承認を必要とすることに加えて、その要件を「議員の過
な争点となっているのは、派遣決定の際の「国会の事前
半数かつ投票の三分の二以上の賛成」とするなどの厳格
承認」のあり方である。
化を検討すべきである。また、両院の承認に加えて委員
安保法案に盛り込まれたほぼ全ての事態や活動に関し
会承認を求めることも考えられる。さらに、継続的な活
て、国会の事前承認は「原則」とされている。たとえば、 動への国会の監視を確保する上では、派遣後の活動の具
集団的自衛権行使の対象となる「存立危機事態」の場合
体的内容について国会に半年ないし一年ごとの定期報告
2
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家」が軍事組織を指揮していれば確保されるというもの
を行なうよう義務づけることも必要だろう。
政府が国会に承認を求める内容も、より厳格に規定す
ではない。それどころか、政治的意図から戦争を望む政
べきである。ドイツでは、2005年にドイツ連邦軍の
治家が、軍事行動に消極的な軍を動かして紛争を惹起す
国外派遣の手続きを定めた「議会関与法」が制定された
るという事例さえ、世界を見渡しても決して少なくない
が、そこでは、「武装した軍隊を海外派遣する場合」に
との指摘もある(◆2)。
政府が議会に提出する「承認議案」には、任務、派遣地
この点、「違憲」との指摘を意にも介さずに安保法案
域、法的根拠、派遣部隊の上限人数と能力、予定派遣期
の成立へ猛進する首相が、「国民によって選ばれた首相
間、費用見積もりと予算措置が記載されなければならな
が(自衛隊の)最高指揮官で、文民である防衛相が指揮
いと定められている(◆1)。
する。これこそがシビリアンコントロールだ。首相が最
安保関連法案のうち唯一の新法である「国際平和支援
高指揮官であることで完結している」(3月6日の衆院
法案」では、「基本計画」に含まれるべき内容として、
予算委員会での答弁)などと言って退ける日本の政治状
経緯と影響、国際社会の取組みの状況、対応が必要な理
況では、「文民政治家」の暴走によって紛争が引き起こ
由、基本方針、そして、活動の種類・内容、区域の範囲、 される危険性は無視できないリアリティがあると言うべ
部隊の規模・構成・装備・派遣期間などが盛り込まれて
きだろう。このような危険性が現実となることをいかに
おり、ドイツの議会関与法と同程度の厳格さがあると言
阻止できるかが、日本の政治と市民社会に課せられた大
ってよい。
きな課題である。
日本の平和と安全に影響があると認定すれば地球規模
こうした問題意識に立って今こそ議論されるべきなの
の後方支援活動が可能になる「重要影響事態法案」(周
は、国会による恒常的な自衛隊活動への監視と統制を確
辺事態法改正案)も、同様の内容を規定している。だが
保する「議会統制」の手段の構築である。
一方、存立危機事態への対応として集団的自衛権を行使
参考になる先例の一つは、議会統制を詳細かつ厳格に
する場合に策定される対処基本方針には、経緯、事態の
規定したボン基本法(憲法)をもつドイツである。たと
認定と認定の前提となった事実の他は、「対処措置に関
えば、ドイツでは議会下院に設置されている防衛委員会
する重要事項」を定めるとされるだけであり(武力攻撃
が調査権限も有しており、4分の1の委員の申立てがあ
事態法改正案第9条)、上記2法案のような具体的内容
る事項に関して調査を行なう義務を負うため、少数派の
は規定されていない。これは、安保法案で容認する集団
要請による調査も可能となっている。
的自衛権の行使はあくまで「日本の存立」が危機に瀕す
さらに、これとは別に、「防衛監察委員制度」と呼ば
るような限定的な事態での自衛権行使であるとの政府の
れる「軍事オンブズマン」が議会下院の補助機関として
立場に立って、既存の防衛出動(個別的自衛権の行使)
設置されている。防衛監察委員は35歳以上のドイツ市
の際の対処基本方針に準じているためであるが、すでに
民の中から、下院によって任期5年(再選可能)で選出
国会審議を通じて明らかにされているように、実際には
され、軍人の基本権侵害等の調査を自らの裁量で行なう
集団的自衛権行使が日本から遠く離れた地域での米軍等
ほか、下院や下院防衛委員会の指示に基づく一定の調査
との共同作戦となることが懸念されるのであり、こうし
も行っている。資料請求権や事前の予告なしの「部隊訪
た危険性を考慮すれば、存立危機事態への対処にあたっ
問権」などの強い権限をもち、議会統制の手段の一つと
ても、厳格な内容規定を含む対処基本方針を国会に提出
なっている(◆3)。
現在の日本の国会は、こうした議会統制のための具体
させ、審議することは不可欠である。
◆1
的なツールをほとんど持ち合わせていない。少なくとも、
ドイツを含めた各国の軍隊の海外派遣手続きに関しては、
福田毅「欧米諸国における軍隊の海外派遣手続き(事例紹介)
これらの議会統制の手段を構築する政策論が議論される
―議会の役割を中心に」(国立国会図書館調査及び立法考査
べきである。
局編『レファレンス』2008年3月号)が参考になる。
だが、さらに言えば、これらはあくまで必要条件に過
ぎない。こうした統制手段が確保されたとしても、実際
■実効ある議会統制のための手段と条件を形成せよ
に軍事組織の活動の内容と実態を不断に監視し、政策的
「国民の理解は進んでいない」と言いながら形式的な
見地から批判する力量を国会がもたなければ、これらの
衆院審議で強行採決を行った安倍政権の国会軽視は、目
手段は有効に機能しないだろう。その点では、政治家や
に余るものがある。誠実な答弁は少なく、抽象的で一般
政策秘書など立法に携わる者が、軍事問題と安全保障政
的な言い回しを繰り返すなど、国会審議を通じて自衛隊
策に関する専門的知見に依拠した批判と議論を展開する
の海外活動のあり方を正面から公論に付そうとする意思
力量を形成することが不可欠である。だが、現在の日本
は見えない。
の議会制度では、政策秘書の少なさ等をはじめとした制
本来、「文民統制」とは、軍事に対する政治の優越で
度的な不備・不足も手伝って、このような力量形成は困
あり、「民主主義に基づく政治」による軍事組織に対す
難に直面していると言わざるを得ない。こうした日本の
る監視と統制を意味する。だが、それは単に「文民政治
現状を踏まえれば、よりいっそう重要性を増してくるの
3
集団的自衛権問題研究会 News & Reviews vol.10
は、市民社会による監視と批判の知的実践である。具体
などと述べて憚らない安倍首相に、民主的統制の確保を
的には、市民社会レベルで活動するNGOが軍事・安全
委ねることなどできようはずもない。安保法案への批判
保障問題に関する一次情報を入手、分析し、批判と対案
の社会的広がりを、こうした本質的な課題への長期的視
を提示していく活動を、さらに拡大させることが求めら
野に立った取組みへとつなげていけるか――問われてい
れる。こうした市民社会アクターから議員に信頼性のあ
るのは、日本社会における民主主義的実践の質そのもの
る情報と専門性のある知見をインプットすることで、議
である。
そのことを肝に銘ずるために、文民統制研究の古典的
会統制の活動を活性化させることができる。
こうした条件を形成することを通じて、上述のような
名著であるルイス・スミス『軍事力と民主主義』(1954
議会統制の手段は実効的に機能する可能性を高めること
年)から、「あるべき文民統制」に関する次の一文を引
ができるだろう。
用して稿を締めよう。
◆2 三浦瑠麗『シビリアンの戦争―デモクラシーが攻撃的に
なるとき』(岩波書店、2012年)、参照。
「おそらく適切に表現すれば、それは「民主的な文民統
◆3 水島朝穂『現代軍事法制の研究』(日本評論社、1995年)、
山田邦夫「文民統制の論点」(国立国会図書館調査及び立法
考査局調査資料「シリーズ憲法の論点13」、2007年3月)参照。
制」というべきであろう。けだし、すでに述べたとおり、
シーザリズムのように民主的でない文民統制が存在する
こともありうるし、慢性化した戦争の危機が存在し、そ
の恐怖が長く続くと、選挙民や、選挙された代表者が必
■「民主的統制」の危機の時代に
安倍政権は、安保関連法案とは別枠として「防衛省設
然的に軍事的緊急措置の体制をとり、ひいては「兵舎国
置法改正案」を提案し、すでに去る6月10日に成立さ
家」が出現するように、民主的なプロセスで軍事的統制
せている。これは、防衛省内局を中心とする官僚(背広
をもたらすことができるからである。兵舎国家は、民主
組)による制服組に対する統制として、戦後形成されて
的に体制づけられたところでは、久しくその存在を続け
きた「文官統制」を明文上も廃止し、防衛大臣に対する
うることはできないが、恐怖にとりつかれた民主主義が
軍事面の補佐を制服組に一元化するものである。こうし
続くと、兵舎国家を招くことは明らかである」(◆5)。
た動きは、まだしも存在した「軍の論理」に対する数少
◆4
ない歯止めを解除することを意味しており、文民統制の
「自衛隊の存在を否定する立場の政治勢力の側にも、防
衛政策に対する統制制度の整備を積極的に推進することがで
弱体化を招きかねない危険がある。海外派遣の可能性が
きないジレンマがあった。……政府の防衛政策を原理的に批
拡大する中で、文民統制の弱体化は危機的事態をもたら
判する野党側の政治路線の基本は護憲であり、軍事力の保持
しかねない。
を認めない立場をとっている。そのために野党側は、自衛隊
戦後日本に特有の「文官統制」は、そもそも同じ自衛
の存在を前提にしたうえでそれを統制するような制度の設置
隊員である官僚が制服組を統制するという点で、それの
には、原則として賛成できない。しかし、そのことによって、
防衛政策の運営過程へのアプローチの手段はますます少なく
みで十全な民主的統制を確保できる制度ではなかった。
なり、野党にとって、現実に存在している自衛隊に対するコ
こうした戦後日本の文民統制の特殊性は、これまでの安
ントロールの手段を自ら限定することになってしまうことに
保や平和をめぐる論議のある「欠落」を反映していたこ
なる」(廣瀬克哉『官僚と軍人―文民統制の限界』、岩波書
とを忘れるべきではない。すなわち、戦後日本社会では、
店、1989年、248-9頁)。
安全保障問題を憲法上の正当性をめぐる問題(憲法9条
◆5 ルイス・スミス『軍事力と民主主義』、法政大学出版局、
をめぐる自衛隊の合憲/違憲論の対立など)や理念論・
1954年、42頁。なお、スミスの言う「シーザリズム」とは、
規範論としては盛んに議論されてきた一方で、現に存在
軍を私兵化することによる独裁を意味している。一方、「兵
舎国家」(兵営国家)とは、戦争の脅威の存在や紛争の不安
する軍事機構への民主的統制をいかに確保するかという、
を背景に、軍の影響力が拡大し、文民優位が曖昧になった民
民主主義にとって不可欠の要件に対する関心は概して希
主主義国家を意味しており、それは単なる「軍による政治の
薄だった(◆4)。そのような状況の下で、自衛隊という
簒奪」ではなく、「世論の名を借りて」軍国主義が台頭する
実力組織への統制を実質的に担ってきた数少ない存在が、
状況を指している。前掲山田論文参照。
防衛官僚(背広組)だったのである。
このような経緯を踏まえると、これからの日本が直面
する重い課題が見えてくる。すなわち、不十分で特殊な
形態ではあっても機能してきた「文官統制」すら廃止さ
れてしまった後、果たしてこの社会が実力組織を民主主
集団的自衛権問題研究会 News & Review vol.10
2015年9月8日発行/編集発行責任者・川崎哲
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義の下で統制することができるかどうか、という課題で
ある。この課題は、部隊派遣に関する国会承認が「事前」
か「事後」か、などといった形式的な議論のみでは到底
乗り越えられるものではない。ましてや、「首相である
私が最高司令官であることで、文民統制は完結している」
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