技術報告 CLTを用いた建物の現状と展望 Present and Future of the CLT buildings 中島 洋*1 1. はじめに CLT(クロス・ラミネイティド・ティンバー)は木材の ひき板を繊維方向が層ごとに直交するように重ねて接着し たパネルおよび、それを用いた建築工法を示す用語である (写真-1)。CLTは1990年代の中頃から、木材産業先進国 であるオーストリアを中心としてヨーロッパで開発・実用 化が進められてきた。床や屋根や壁としてCLTを利用する ことで、木造の中・高層建築が可能になる(写真-2)。こ のため、ヨーロッパではレンガや石材、鉄筋コンクリート (RC)などに代わる建築材料として利用が増加してきて いる。 オーストラリアのメルボルンでは、CLTを使った10階建 てのマンションが2012年に完成、カナダではケベックに13 写真-1 CLTパネル 階建てマンションの建築が決まるなど、ヨーロッパだけで なくCLTの利用は世界中に広がりつつある。CLTの年間 3 生産数量は今年には全世界で70万m に達するという見方 もある。 2.CLTの特長 木材は繊維方向によって収縮率が異なるが、CLTの場 合、その構成がひき板を直交させて積層しているため、互 いの層が変形を抑え合い、従来の木材製品と比較して寸 法安定性に優れている。この寸法安定性に優れるパネル は、図面に基づきコンピューター制御の自動化機械による 高い精度での加工を工場であらかじめ行うことで建築現 場での施工性が高まる。 また、CLTは大判のパネルであり(欧州でのパネルサイ ズは最大で3.5×20m程度。日本でも2016年には最大3× 写真-2 CLTの9階建て公営住宅(イタリア ミラノ) 12mの製造が可能になる見込み)、これまでの柱や梁など *1 NAKASHIMA Yoh:一般社団法人 日本 CLT 協会 事業部 1 GBRC Vol.40 No.4 2015.10 の木質構造材料とは異なり、大きな面として利用できる 森林では、樹木はCO2を多く吸収して大きくなるが、成熟 (写真-3)。 した森林では、その吸収能力は低下していく。スギの場 接合部は主にセルフタッピングスクリューと呼ばれる大 合、ある程度の体積を持つところまで育った樹齢20年頃が 型のビスやL型金物、ホールダウン金物などを利用したシ 最も CO2を吸収し、そこをピークにだんだんと吸収量は下 ンプルなものであり、このことも施工性の良さの理由とな がっていく。森全体でそれ以上成長をしないとなると、 っている。 CO2吸収源としてはほとんど期待できない。これまでに推 RC造の建物に比べて大幅に軽量化できることもメリッ 進されてきた間伐だけでなく、皆伐も視野に入れて、育っ トである。建物の軽さは設計時にプラスに働くものであ た樹木は伐採して利用し、再び植林をして山を若返らせ、 り、また、地盤改良の簡素化など基礎費用の軽減にもつな 循環させることが求められてくる。 がる。 3 現在の日本における年間の森林成長量はおよそ1億m だ 3 さらに、環境面でも高い優位性がある。建築材料として が、利用量は約2,000万m にとどまっている。中高層や大 木材を使えば、その建物が壊されるまで、その木材が成長 規模な建物に利用できる可能性を持つCLTへの期待は、 時に吸収した大気中のCO2を固定したまま貯蔵することに 木材関係者からも高いといえる。 なる。CLTを製造する際に使われるエネルギーは、他の木 3.2 スギを中心とした研究開発 質材料と同様に鉄骨やコンクリート製造時に比べて小さ CLTの研究は戦後植林された中でも最も蓄積量が多い く、環境負荷が少ない。再生可能な資源である木材を利用 スギを中心にして始まっている。CLTの原材料となる木材 しようという環境意識の高まりも、CLTを建築材料として の強度性能などに関するデータ収集のための各種実験は、 選択する大きな動機になっている。 国立研究開発法人森林総合研究所や国立研究開発法人建 築研究所などの機関において、取り組まれている。もちろ ん樹種はスギ以外でも可能で、ヒノキやカラマツなどを利 用した研究も並行して進められている。 構造計算に関する検討は、2012年に茨城県つくば市に ある独立行政法人防災科学技術研究所(現 国立研究開発 法人防災科学技術研究所)において、3階建て振動台実験 が実施され、これ以降継続して検討が行われている。 今年2月には兵庫県三木市にある防災科学技術研究所兵 庫耐震工学研究センター(E-ディフェンス)で5階建てと3 階建ての実大震動台実験が行われた(写真-4)。阪神大震 災を再現した地震波でもこのCLT建物は倒れることがな く、良好な実験結果を得ることができた。このデータは 写真-3 海外でのCLT施工現場(オーストリア) CLTの設計法にいかされる予定である。 3.日本での取り組みの背景 3.1 育てる時期から利用する時期へ 日本では、2011年頃よりCLTを利用するための検討が本 格的にスタートした。他国と異なり、日本では建築基準法 で定められた材料以外で建物を建設することができない ため、CLTについての情報はあったものの、検討に至るに は時間がかかったともいえよう。 検討がスタートした背景には、戦後に植えられた人工林 の樹齢が50年以上となって、伐期にさしかかり、その有効 活用が急務となっていることが挙げられる。成長期の若い 2 写真-4 2015年に行われた震動台実験(兵庫県 三木市) GBRC Vol.40 No.4 2015.10 4.海外の実例紹介 4.2 オーストリアのCLT建物紹介 4.1 高層建築も数多く建設 当協会では6月に「C L T視察ツアー i n ヨーロッパ CLTはおよそ20年前から開発・実用化が進められ、ドイ 2015」と題して、CLTの先進地であるオーストリアとドイ ツ語圏を中心に、その後、イタリアやフランス、イギリス ツのCLT工場や研究機関、建物などを巡る視察ツアーを などのヨーロッパ各国でCLTを利用した建物が広まってき 行った。このツアーは協会会員を対象として計40名の参加 た。ヨーロッパでは1990年代に耐火に関する建築基準の見 があった。ここからは少し、このツアーで訪問した建物を 直しが行われ、それまでは木造建築物が2階建てまでしか 紹介したい。 認められていなかったものが、多くの国で5階建て以上が 4.2.1 ショッピングリゾートG3 可能になってきた。そこに、構造的に木造でも高層階を現 2012年にオープンしたショッピングモールで、ゆるやか に起伏する屋根のデザインが特徴的である(写真-5)。こ 実のものにするCLTが出てきた。 3 ここ数年で、CLTの利用はヨーロッパのみにとどまら の屋根部分は梁に集成材が3,500m 、パネル材としてCLT ず、オーストラリアやカナダでもCLT建物が建てられるよ が8,000m 使われている。CLTを屋根材として採用したの うになってきており、世界中にCLT建築の波が広がってき は、構造的に強固になることや、大判のパネル(最大のも ているといえるだろう(表-1)。 のは24m)による切れ目のない構成により高い断熱性が確 3 CLT建物は壁式の構造であるため、高層建物の場合の 保でき、冷暖房費のランニングコストが軽減されることな 用途は集合住宅がほとんどであるが、公営の集合住宅だ どの理由による。およそ6万m に及ぶ屋根の建設はわずか けでなく、分譲のマンションもこの中に含まれている。 3か月で完了したとのことで、綿密な施工計画により達成 2 されたとのことであった。 表-1 CLTを利用した主な海外高層・大規模建物 1) 2) 写真-5 ショッピングリゾート G3(オーストリア ウィーン) 3 GBRC Vol.40 No.4 2015.10 4.2.2 ハラインの高齢者施設 4.2.3 リフ教会 ザルツブルク近郊の町、ハラインにある高齢者福祉施設 ザルツブルク近郊のリフという町にある木造の教会建築 で2013年に完成した(写真-6, 7)。5階建てで1階とエレベ にCLTが利用されている(写真-8)。斜めに合わさった壁 ーターシャフトと階段室部分はRC、その他の高齢者用の が特徴的で、平面が強調された内装と十字架の形にくり抜 部屋部分はCLTが使用されている。 いた採光が教会にふさわしい荘厳さを与えている。内装は 3 合計144室に使われたCLTは1,900m で、各部屋は工場 CLTを見せず、化粧張りとしている。施主から写真を見せ でプレファブ化されたユニットとして製造と加工がなさ てもらい建て方時の様子を確認できたが、一部に集成材を れ、トレーラーで輸送して積み上げていく形で建設が行わ 使いながら大判のCLTパネルを利用したからこそできた れた。工場では1日当たり4部屋の作成、現場では1日当た 空間であることが判る(写真-9)。 り12部屋の施工がなされた。プレファブ化による現場工期 の短縮がCLTを採用した理由のひとつで、RCで建設する のに比べて半年工期が短縮できたと、設計者からの説明 があった。 部屋の天井部分はCLTを現しに、バルコニー部分には 210mm厚のCLTを使って3mはね出しするなど大きな面と して利用できるCLTの利点をいかし効果的な活用が行わ れていた。 写真-8 リフ教会(オーストリア リフ) 写真-6 5階建て高齢者施設(オーストリア ハライン) 写真-9 リフ教会、建て方時の状況(施主より写真提供) 4.2.4 BMWホテル アマーバルト ドイツとの国境近く町、ロイテにあるBMWが所有する ホテル「アマーバルト」は、BMWの社員のための福利厚 生施設であると同時に、一般の人も宿泊ができるホテルで 写真-7 5階建て高齢者施設 内観 4 ある(写真-10)。 GBRC Vol.40 No.4 2015.10 する材料強度が告示で設定されることと、設計法の告示 が必要である。2014年の11月に国土交通省と林野庁が連 名で出した『CLTの普及に向けたロードマップ』による と、これらの告示は2016年度の早期の施行となっている。 5.1 これまでに建てられたCLT建物 このような中、現状でCLTを利用するには2通りの方法 がある。ひとつは、個別に大臣認定を取得する方法で、超 高層ビルなどの設計時に使われる時刻歴応答解析を行 い、認定を取得するものである。この方法を使って日本で 初めてCLT構造で建てられたのが高知おおとよ製材社員 写真-10 BMWホテル アマーバルト 寮で、2014年3月に竣工した(写真-12)。 2 CLT構造による3階建てで、延床面積267m 、使用した 3 CLTはスギを原料として120m 、先述の防災科学技術研究 周囲5km圏内には他の建物が1軒もない自然に囲まれた 所における3階建て振動台実験で得られたデータにより解 このホテルは、5階建てで1~2階がRC、客室のある3~5階 析がなされ、設計されたものである。CLT部分の工事は実 がCLTによるユニット工法となっている。客室は110室あ 質わずか2日間で完了している。 り、各部屋のデザインは同じである。同じ形状の部屋の特 同様の大臣認定ルートで、2015年には4ヶ所で計6棟の 長からCLTによる工場でのユニット化が採用された。将来 建物が竣工している(表-2)が、設計に関して膨大な費用 的にさらに1階分のCLTユニットを載せて客室数を増やす と時間を要するため、CLT建物の実績を重ねる意味では ことも可能となっている。 有効であるが一般的な方法とはいえないだろう。 各部屋の内装は、CLTが全面に見えるように使われ、宿 泊客は木に囲まれて過ごすことができる(写真-11)。 写真-12 高知おおとよ製材社員寮(高知県長岡郡大豊町) 表-2 2015年に竣工したCLT構造の大臣認定取得建物 写真-11 BMWホテル アマーバルト 客室 5.日本での実例とこれから 先述の通り、日本でのCLT利用のための取組みはここ 数年で活発化しており、2013年12月にCLTのJASである 「直交集成板の日本農林規格」(「直交集成板」はJAS上 でのCLTの名称)が制定されている。しかしながら、構造 用の建築材料としてCLTを利用するためには、CLTに対 5 GBRC Vol.40 No.4 2015.10 もうひとつの方法は、軸組構法の枠組みの中で利用す CLTは再生可能な資源を使った環境負荷の少ない21世 る、もしくは、構造的な要素以外で利用するものである 紀型の材料である。2020年には東京オリンピック・パラリ (写真-13)。例えば、写真のくりばやし整骨院では、軸組 ンピックが開催される。関連施設には仮設の建物も多い 構法をベースとしながらCLTで床構面を構成したもので、 が、CLTを利用した建物であればオリンピックでの利用後 CLTを利用することで2階部分の特徴的なはね出しを実現 に、解体して別の場所に移設することや、ほかの建物の材 している。 料として転用することも可能である。2014年に開催された 告示の整備がなされるまでの間は、このような形での ソチオリンピックでは仮設のメディアセンターにCLTが利 CLTの利用が主流となる見通しで、今年度CLTを部分的 用された実績もある。これから、日本国内での利用のため に使った建物が多数建設されることになっている。 の環境整備を進めていき、ぜひオリンピック施設でCLTが 利用できるようになればとも考えている。 【参考文献】 1)F orestry Innovation Investment and the Binational Softwood Lumber Council: Summary Report: Survey of International Tall Wood Buildings, pp.2, 2014 2)P ablo Crespell & Sylvian Gagnon: Cross Laminated Timber: A Primer, FPInnovations, pp.14-15, 2010 【執筆者】 写真-13 くりばやし整骨院(神奈川県藤沢市) 5.2 これからの展望 このように、現在は告示化前のスタート準備期間のよう な状況であるが、基準強度が出ると、まず限界耐力計算が 可能になる。そして、設計法告示により保有水平耐力計 算、許容応力度等計算による設計も可能になる見込みであ る。設計法の具体内容については主に国土交通省の住宅 整備推進事業「CLTを用いた木造建築基準の高度化推進 事業」委員会で検討が進められている。 日本でのCLT利用のための取り組みはまだスタートした ばかりであり、実際に構造用の建築材料として利用できる ようになるまでには、まだ課題も多い。しかし、ヨーロッ パでの実例や、国内での実験などを見るにつけ、CLTは大 きな将来性を秘めたものであると確信している。日本は地 震多発国であるが、将来的には中層(少なくとも5~6階程 度)の建物の建築材料にCLTがどんどん活用されていく ことを期待したい。 日本は資源に乏しい国ともいわれるが、木材に関しては 資源国である。2010年には「公共建築物等における木材の 利用の促進に関する法律」が施行され、低層の公共建築 物について、原則として全て木造化を図ることになってい る。 6 *1 中島 洋 (NAKASHIMA Yoh)
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