名城論叢 85 2014 年 12 月 中小企業の存立条件論における今日的課題に関する一考察 ――ジョセフ・スタインドルの『小企業と大企業』の再検討から―― 大 目 前 智 文 次 はじめに 1.『小企業と大企業』の構成と論理展開 1.1 第一章「マーシャルと代表的企業」について 1.2 第二章「大企業と小企業の相対的地位に影響する諸要因の一般的な調査」について 1.3 第三章「資本の集約度の問題」について 1.4 第四章「企業の金融構造と危険の問題」について 1.5 第五章「集中化にかんするある証拠」について 1.6 小括 2.第六章「どのような要因が小企業の存続をたすけるか?」の再検討 3.中小企業の存立条件論における今日的課題の導出 3.1 外部理論の付加 3.2 スタインドルの経済理論の展開 ―大規模経済と寡占・独占から― おわりに る」という分析視角を読み解き,この理論体系 はじめに 化を自身の研究課題とした。このような課題に 拙稿「アメリカ合衆国における小企業研究の ついて,TNEC 論文集第 17 巻の統計資料を多 端緒に関する一考察―TNEC(臨時国民経済委 数引用し,その問題意識を継承しているとみら (1) 員 会 )の 再 検 討 を 中 心 と し て ― 」 で は, れる J. スタインドルという研究者が存在する。 TNEC 論文集第 17 巻『小企業問題(Problems スタインドルはオーストリア出身の経済学者 of Small Business) 』の検討から,米国における で あ り,1941 年 か ら 1950 年 ま で オ ッ ク ス (2) について考察した。加 フォード統計研究所の研究員として活動し, えて, 「小企業は大企業・独占資本との関係にお 1930 年代から 40 年代の米国における小企業と いて廃業と開業を繰り返す動態的な存在であ 大企業の相対的関係を研究課題とした 。その 初期的な小企業研究 ⑴ (3) 大前智文「アメリカ合衆国における小企業研究の端緒に関する一考察―TNEC(臨時国民経済委員会)の再検討 を中心として―」,『名城論叢』第 14 巻第3号,名城大学経済・経営学会,2013. ⑵ A. マーシャルの経済理論に依拠する研究においては, 「大企業(Big Business) 」の相対的な概念あるいは用語 として「小企業(Small Business) 」が一般的に用いられてきた。本研究においてもそれらを踏襲し, 「小企業」を 使用する。 ⑶ スタインドルが研究対象とした 1930 年代から 40 年代前半までの米国では, 「ニューディール政策」のさらなる 推進,独占禁止政策の強化による「1937 年不況」の打破,戦時経済体制への移行等の諸政策がめまぐるしく展開 されていたという時代背景に留意する必要がある。 86 第 15 巻 第3号 立場は A. マーシャルの経済理論を継承するケ これら先行研究からは,スタインドルの経済 ンブリッジ学派に属するものの,M. カレツキー 理論の本質や意義を正確に読み解くことは難し や P. スウィージー等との親交もあり,マルク い。本研究では,スタインドルの代表的な著作 ス経済学にも理解が深い。統計調査・研究の黎 のひとつである『小企業と大企業―企業規模の 明期において,統計分析を用いた実証的な経済 経 済 的 諸 問 題 ―( Small and Big Business : 理論研究をすすめた先駆者のひとりである。 Economic Problems of the Size of Firms) 』 に しかし,スタインドルに関する先行研究は豊 (4) (9) ついて,拙稿により明らかとなった「小企業は 富に存在するとはいえない 。竹林庄太郎は 大企業・独占資本との関係において廃業と開業 「マルクス理論的立場を理解しつつ,中小企業 を繰り返す動態的な存在である」という分析視 問題の存立を,独占資本段階におけるひとつの 角から再検討し,スタインドルが論じた経済理 基礎的部門につらなる問題として取り扱ったこ 論の本質的な意義を解明する。加えて,その過 (5) とはまことに異色というべきである」 と評価 程において中小企業の存立条件論に関わる今日 した。しかし,竹林の指摘には理論的な根拠が 的な課題を解明し,今後の発展的な研究の基礎 乏しく,スタインドルの経済理論を理解するに とする。 は不十分である。 中小企業研究の立場から,末松玄六は『海外 の中小企業』第四章「不完全競争と経営規模の (6) 1.『小企業と大企業』の構成と論理展開 問題」 において, 「スティーンドルの小企業観 『小企業と大企業』は 1947 年に発表された。 は,徹底して,不完全競争の考え方に立脚して 全七章から構成されており,各章の表題は以下 (7) いる」 と総括した。そして,その分析におけ のようになっている。 る能率的見地の不足を指摘し, 「中小企業問題 第一章 マーシャルと代表的企業 という現実的な問題を捕えながら,……(中略) 第二章 大企業と小企業の相対的地位に影響 する諸要因の一般的な調査 生産性についての徹底的な業種別研究や実態調 (8) 査を欠いている」 と批判した。しかし,これ 第三章 資本の集約度の問題 は「最適規模論」に基づく批判的分析であり, 第四章 企業の金融構造と危険の問題 不完全競争論に基づく小企業の存立がスタイン 第五章 集中化にかんするある証拠 ドルの経済理論の本質であるのかについては疑 第六章 どのような要因が小企業の存続をた 問が残る。 ⑷ すけるか? 藤野正三郎による「スタインドル著『小企業と大企業―企業規模の経済的諸問題―』」,安倍一成による「スタイ ンドル『小企業と大企業―企業規模の経済的諸問題―』」などの書評が存在するが,それらは内容の要約にとどま り,学術的な分析・考察は不十分である。 ⑸ 竹林庄太郎「中小企業経営理論の成果」, 『同志社商学』第 10 巻第5号,同志社大学商学会,1985.同上 p. 120 より筆者が引用する。 ⑹ 末松玄六編『海外の中小企業―中小企業叢書Ⅲ―』,有斐閣,1953. ⑺ 同上 p. 140 より筆者が引用する。 ⑻ 同上 pp. 141-142 より筆者が引用する。 ⑼ Steindl, J., Small and Big Business : Economic Problems of the Size of Firms, Basil Blackwell, 1947.(米田清貴・ 加藤誠一訳『小企業と大企業―企業規模の経済的諸問題―』,巖松堂,1956.) 中小企業の存立条件論における今日的課題に関する一考察(大前) 第七章 技術的進歩と企業の規模 87 (中略)ここでは,主として内部的な経済のみ (11) をとりあつかう」 として,その研究範囲を設 本研究では『小企業と大企業』の構成と論理 定した。そして,マーシャルが遺した大規模経 (12) 展開から,ひとつながりの経済理論を明らかに 済 する。また,中小企業の存立条件論のひとつと シャル自身の見解について,①企業家の能力と して頻繁に引用される第六章「どのような要因 精力の衰退,②企業の市場拡大の困難による大 が小企業の存続をたすけるか?」については, 規模経済の阻害(不完全競争)によるものと解 スタインドルの経済理論との整合性から分析を 説した 。 と小企業の存立との矛盾に対するマー (13) (14) すすめる。 この前提に基づき,各種統計資料 を分析 なお,スタインドルは米国の統計資料を採用 した結果,大企業と小企業における企業規模の した理由について, 「量的にも質的にも比較的 「数千倍」の格差,小企業の借入における制限 (10) すぐれていた」 ためであると記し,1940 年代 と困難, 小企業の高い死滅率が明らかになった。 当時としては随一の統計資料に依拠しているこ スタインドルは「 (マーシャルは)企業家の個人 とを強調した。しかし,スタインドルが引用す 的能力の重要性をはなはだしく過大評価してい る統計資料については,その基本属性,調査対 ること,および,かれ(マーシャル)は,大資 象の地域的特性,調査の手法,全国的かつ普遍 本を所有している大企業家が,容易に,かつす 的な資料の欠如,当時の時代背景等による様々 ぐに,小資本家層からぬけだして成長し,新た な限界性を考慮し,その傾向や結論については に表面にうかび上つてくるということについ 慎重に取り扱わなければならないことを前提と て,完全に非現実的な説明をあたえた」 する。 て,その妥当性を批判した。 (15) とし このような統計的事実に基づく分析は,大規 1.1 第一章「マーシャルと代表的企業」につい 模経済の理論的な分析にとっても有意義なもの て となった。スタインドルは「 『大企業家』の供給 スタインドルはケンブリッジ学派の源流であ (16) が,事実,非弾力的である」 と同時に, 「小企 るマーシャルの経済理論を自身の出発点と位置 業家 (すなはち, あまり多くない自己資本をもっ 付けた。また,同時に「マーシャルは, 『内部的』 ている企業家)にとってのみ,供給が『弾力的』 経済と『外部的』経済とを区別している。…… である」 というマーシャルの仮定を読み解い (17) ⑽ 米田清貴・加藤誠一訳『小企業と大企業』「はしがき」p. 1 を筆者が引用する。 ⑾ 同上 pp. 1-2 を筆者が引用する。 ⑿ 本研究では大規模経済,規模の経済性,収穫逓増,収益逓増等の同じ意味の語句について, 「大規模経済」に統 一する。 ⒀ 同上 p. 3 を筆者が要約する。 ⒁ スタインドルは TNEC 報告集や,W. L. クラムの「企業規模と収益力」に記載・収録されている企業規模別の資 産額,業種別死滅率等を参照した。なお,クラムの著作については,原書・日本語訳ともに日本において入手する ことができなかったため,その内容の確認については今後の課題となる。 ⒂ 同上 p. 11 より筆者が引用する。また,括弧内は筆者が加筆する。 ⒃ 同上 p. 23 より筆者が引用する。 ⒄ 同上 pp. 23-24 より筆者が引用する。 88 第 15 巻 第3号 た。そして,この仮定から大規模経済について 大量で取引する場合の費用は少量で取引す 分析をすすめ, 「小企業の利用しうるすべての る場合の費用よりも大きくはならない。大量 技術的な諸利益は,大企業もまた利用しうる に取引すれば一単位あたりの費用が減少す ……(中略)しかし,これに反して,大企業の る。 ・ 利用しうるある有利な条件は,小企業が利用し ・ ・ ・ えないから,大企業は,小企業よりも高い利潤 (18) ② 「集約的準備の原理(Principle of Massed Reserves)」 という新たな命題を導出した。こ 例えば,ある一定の偶発事故にそなえて準 れは企業規模別の統計資料の諸傾向について, 備金が貯えられている場合,その準備金の効 企業規模と利潤率の階層化(正の相関関係)の 果は,営業の規模が大きくなるにつれて増大 進行という新たな分析視角となった。 する。大量生産すれば製品一単位あたりの準 率をうる」 スタインドルはこれまでのケンブリッジ学派 の議論を踏襲し,自身の研究の出発点を明確に すると同時に,統計的な事実に基づくマーシャ 備金は減少すると同時に,偶発的事故に対す る準備金の効果も高まる。 ③ 「倍数の原理(Principle of Multiples)」 ルの批判的分析を展開した。加えて,大規模経 企業規模(生産規模)あるいは取引規模が 済について,統計資料に示された企業規模によ 大きくなればなるほど,すべての労働者と機 る利潤率の階層化という分析視角から,大企業 械を専門化させ効率的に利用する機会に恵ま と小企業の相対的な関係について考察をすすめ れる。 た。 と い う 三 つ の 原 理 か ら 説 明 し た。加 え て, 1.2 第二章「大企業と小企業の相対的地位に TNEC 論文集第 22 巻に記された,鉄鋼業にお 影響する諸要因の一般的な調査」につい ける生産技術と投下資本の統計資料から「単位 て 費用が工場の規模の増大におうじて減少してい (20) スタインドルは第二章において大企業と小企 る」 業の相対的な関係に影響を及ぼす要因として, た。 ことを論じ,大規模経済の存在を補強し ①大規模経済のような技術的な要因(Technic- また,スタインドルは産業研究の分野におけ al Factors),②借入の費用(Cost of Borrow- る大規模経済についても注目した。産業研究の ing),③不完全競争のような市場要因(Market 費用は巨大企業でなければまかなえないほど巨 Factors)という三側面から分析した。 額になっている点や,1938 年において米国の全 大規模経済の理論については,P. S. フローレ (19) ンスの経済理論 を参考として, ① 「 大 量 取 引 の 原 理( Principle of Bulk Transactions) 」 研究者の三分の一が,最大数の研究部員を有す る三つの企業に雇われていた点を指摘した。こ のことから, 「大規模の経済が巨大企業によつ てのみ実現できるような特殊な分野がある。こ ⒅ 同上 p. 25 より筆者が引用する。 ⒆ スタインドルは P. S. フローレンスの The Logic of Industrial Organization, Routledge, 1933. を参考・引用した。 なお,TNEC 論文集第 22 巻『本邦経済における科学技術(Technology in Our Economy)』においても,フローレ ンスの大規模経済に関わる三つの原理の叙述が引用されている。 ⒇ 同上 p. 36 より筆者が引用する。 中小企業の存立条件論における今日的課題に関する一考察(大前) (21) 89 (26) 響」 に関する詳細な分析を次章の課題とし れは産業研究の分野である」 と論じた。 借入の費用については付随的な問題ではある た。 ものの, 「長期資本市場を小企業も利用できる が,禁止的な費用(a prohibitive cost)を支払わ (22) 1.3 第三章「資本の集約度の問題」について なければ得られない」 ことを確認した。スタ スタインドルは第三章において,企業規模と インドルは TNEC 論文集第 17 巻に依拠して, 資本の集約度の関係について考察をすすめ, 「大 小企業は小企業であるがゆえに短期の高利率な 規模経済と資本の集約化とが,多くのばあいに 融資に依存し,その費用が負担となり,自身の は,分離できない」 財務体質や経営状況の悪化につながるという悪 1937 年の米国収益統計から,製造業における企 循環を論じた。 業規模別の年間売上高に占める使用資本の割合 (27) と仮定した。そして, 最後に,市場要因については大規模経済を阻 について, 「規模が増大するにつれて,売上高に 害する要因としての不完全競争と,大規模経済 たいする資本の比率が増加する」 傾向を見出 の結果生じる不完全競争に基づく寡占・独占 (23) した。このことから,大工場が大規模経済を利 という二側面から考察すすめた。前者の不完全 用する際には,労働に対してより大きな割合の 競争について,原材料市場や労働市場における 資本を使用する必要があると論じ,大規模経済 市場の不完全性から「小企業にとつて,ひとつ と資本の集約化は不可分であることを前提とし (24) の重大な利益をもたらす」 と論じた。 後者の寡占・独占的要素については,その価 (28) た。 次に,大規模経済と資本集約度との関係を代 (29) 格維持による利潤率の高さから 「寡占的要素は, 数形式において分析する過程 経済を全体として考えるならば,やはりより大 経済と不完全競争と寡占とを結合した影響」に (25) きな企業に対して利益をあたえる」 と結論づ から, 「大規模 関する基本的な理論の構築を試みた。 けた。そして,第二章で明らかとなった「大規 模の経済と不完全競争と寡占とを結合した影 3 同上 p. 40 より筆者が引用する。 4 同上 p. 44 より筆者が引用する。 5 スタインドルは「寡占は独占とほとんど同じ意味をもつ」 (同上 p. 22 から筆者が引用する), 「(大企業が価格の 指導力を有する)寡占的な状態は……(中略)産業の独占と比べて基本的には異なっていない」 (同上 p. 23 より筆 者が引用する。また,括弧内は筆者が加筆する)として,全生産高を集中させるような完全な独占を想定してい るのではなく,大企業が価格指導力を発揮する地位を確立し,その支配的な影響力を利用するという意味におい て寡占と独占とは同義であると論じた。本研究ではスタインドルの見解を踏襲し,「寡占・独占」と併記する。 6 同上 p. 42 より筆者が引用する。 7 同上 p. 43 より筆者が引用する。 8 同上 p. 44 より筆者が引用する。 9 同上 p. 49 より筆者が引用する。 : 同上 p. 50 より筆者が引用する。 ; スタインドルの提示した代数形式については,藤野正三郎「スタインドル著『小企業と大企業―企業規模の経 済的諸問題―』」や,大崎正治「寡占と『差額地代』的価格原理⑵―スタインドルの競争寡占論を中心として」を 参考として,その方法に問題がないことを確認した。ただし,スタインドルは費用 p と使用資本 I の範疇を厳密 に設定していないことに留意する必要がある。 90 第 15 巻 第3号 大規模経済を数学的に表現すれば, 費用 p = =F(z) 売上高 s これは規模が増大した結果生じた,売上高に 対する費用の比の減少率である。 F(z)H F(z) F(z)は減少関数となる。 これは規模が増大した結果生じた,売上高に 規模の増大による資本の集約化(集約度)は, 対する資本の比の増加率である。 使用資本 I = =k=F(z) 売上高 s 1 −1 F(z) F(z)は増加関数となる。 これは費用に対する売上利潤の比(利潤差 率・費用利潤率)である。 使用資本に対する利潤率(資本利潤率)は e として以下のように表現できる。 ek=1− e= スタインドルは p s 1 F(z)H F(z)H −1<− # F(z) F(z) F(z) 1−F(z) F(z) 上記の式から「企業の規模が増加すると,売上 高に対する資本の比率の増加率は売上高に対す る費用の比率の増加率を,規模を増加する前の 両辺の対数をとり, log e = log(1−F(z))−log F(z) 規模(z)に関して微分するとともに,利潤率 e が規模(z)から(z)H への増大に応じて増大する 条件を与えると以下の式となる。 1 de F(z)H F(z)H ・ =− − >0 e dz 1−F(z) F(z) (30) い」 と述べ,大規模経済と利潤率の命題を代 数形式から導出した。換言すれば, 「売上高に 対する費用の比の減少率」を「売上高に対する 資本の比の増加率」で割ったものが,「利潤差 率・費用利潤率」を上回れば,利潤率は規模の 増大とともに増大する。 スタインドルは考察をすすめ,上記の命題に おいて「売上高に対する費用の比の減少率」と これを展開すると, F(z)H F(z)H <− ・ F(z) F(z) 利潤率で割ったものよりも小でなければならな 1 1 −1 F(z) 「売上高に対する資本の比の増加率」が不変で あるとしたら,右辺は不変だが,左辺は規模の 増大に応じて増加するため,この式は成立しな くなってしまうと論じた。これは規模の増大と 1 F(z)H F(z)H −1<− # F(z) F(z) F(z) このような関係が明らかになった。 F(z)H − F(z) < 同上 p. 57 より筆者が引用する。 ともに費用利潤率だけでなく資本の集約度が増 大するために,売上高に対する費用の減少が生 じても利潤率が増大し続けるということはな い, という論理の展開である。スタインドルは, 利潤率はある一定の規模を超過すると減少す る (31) ため,ある規模以上では利潤率の低下か 中小企業の存立条件論における今日的課題に関する一考察(大前) 91 ら企業規模の拡大は制約されると論じたのであ あまり著しく異なつていない生産物を生産して る。これは景気の状態,市場規模,技術的諸条 いる産業に適用される」 という限界を有して 件等が一定であると仮定された場合における おり,異なった生産物の大規模生産と小規模生 「最適規模論」的なアプローチである。 産あるいは,大企業と小企業の関係について適 (34) そして,スタインドルは自身の導出した命題 応することはできないとして,その取り扱いに について, 「おそらく独占的支配の欲求が主た は慎重な姿勢を表明した。また,スタインドル る役割を演じるような,現在の発展段階におい は売上,費用,資本,利潤についてシンプルな (32) ては,すこしも法則とはならないであろう」 代数形式をとっていることに加え,その前提と として,寡占・独占的支配がすすんだ場合には して景気の状態,市場規模,技術的諸条件は一 大規模経済の追求が生じないと分析した。寡 定であると仮定し,単純な企業規模の増大モデ 占・独占が進行していれば, 「そのような(これ ルを想定していることに留意する必要がある。 以上規模を増大させても利潤率が上昇しない規 模に到達した)企業は,その地位を強化するた めに,他の方法に,たとえば,独占力を強化し 1.4 第四章「企業の金融構造と危険の問題」に ついて たり,またはいく種類かの事業によって危険を スタインドルは第三章までの論理展開におい 分散したりするような方法に全力をそそぐであ て,利潤率と企業規模の問題について,大企業 (33) ろう」 と推論した。 には特別な技術的基礎があり,その利潤率は高 スタインドルは企業規模の増大が利潤率に く,小企業は大企業のような技術的基礎を持た よって制限されるという命題に加え,不完全競 ず,その利潤率は低くなるという基本的な条件 争から寡占・独占が形成され,競争の質が変化 を提示した。また,企業規模の拡大は,ある規 していくだろうという基本的な競争理論を導出 模以上では利潤率の低下から制約を受けるとい した。前者は「最適規模論」的なアプローチで う傾向から,大企業は規模拡大のみを追求する あり,大規模経済に基づく企業規模の増大には のではなく,他の方面に注力して,寡占・独占 限界があるという主張である。後者は大規模経 の強化に向けた競争を展開する可能性があると 済に基づく企業規模の増大により寡占・独占が 論じた。 進行し,競争の質が変化するという主張である。 このような基本的命題を統計的事実から論証 スタインドルは大規模経済の限界性の有無につ する過程において,W. L. クラムの統計資料で いては,ケンブリッジ学派の議論から逸脱しな は,大企業の利潤率は低く,小企業の利潤率は いかたちで,不完全競争の結果生じる寡占・独 高いという正反対の傾向が示された。スタイン 占という新たな要素を付け加えることから,折 ドルは金融構造,事業の危険性,収益・欠損会 衷的な態度をとった。 社という分析視角から, 「収益会社の利潤率が なお,スタインドルは「 (このような分析は) = 逆の傾向を有することは,小会社が,成功した マルクス経済学においては「利潤率の傾向的低下の法則(資本の有機的構成高度化の傾向)」と理解される。ス タインドルはマルクス経済学に依拠してはいないが,問題意識や課題設定については共通点がみられる。 > 同上 p. 64 より筆者が引用する。 ? 同上 p. 73 より筆者が引用する。また,括弧内は筆者が加筆する。 @ 同上 p. 75 より筆者が引用する。また,括弧内は筆者が加筆する。 92 第 15 巻 第3号 場合には利潤を増大させる機会があるかわり (35) に,大会社よりも高い危険をとる」 い,集中に関するかれの理論は実際に論証され (38) として, てきている」 として,立脚する経済理論は異 小企業の特徴を述べた一方, 「会社の規模が増 なるものの,マルクス経済学における資本の集 大するにつれて,安全性は堅実に増加する。し 積・集中の理論に対する理解を示した。しかし, かし,その安全性は,ひじように高い利潤を得 マルクス経済学に依拠しない,スタインドル独 る確実な機会を放棄することをともなつてい 自の「絶対的集中」と「相対的拡大」は,動態 (36) る」 とし,大企業の特徴を述べ,自身の経済 的な経済理論としては不完全なものであった。 理論との接合を試みた。 特に,ひとつの産業内で淘汰・廃業した企業・ 企業家が他産業において新生・開業するメカニ 1.5 第五章「集中化にかんするある証拠」につ ズムや,大企業が小企業産業に参入しないメカ いて ニズムについて問題意識は有していたものの, スタインドルは統計的事実から企業規模拡大 その理論は欠落していた。 の傾向を見出すことが可能であるのかについて 1.6 論をすすめた。 小括 米国の統計資料からは製造業における企業規 『小企業と大企業』におけるスタインドルの 模の増大と企業数の減少が読み取れた。しか 論理展開を再検討することから得られる知見を し,小売業,サービス業,運輸業における企業 まとめる。大企業は小企業が利用しうる条件を 数の増大についても明らかになった。スタイン 利用することができ,事業の安全度は高く,利 ドルは業種別の「集中化」の傾向が異なってい 潤率も高い。小企業は大企業に比して基本的に ることに着目し,あまり異ならない製品を製造 不利な状況に立たされている。小企業は急速か するひとつの産業内における企業規模の増大と つ容易に大企業に成長するということはなく, 企業数の減少傾向を「絶対的集中」とし,産業 その利潤率は低く,常に危険を伴い,小売業・ 全体における新産業の誕生・企業数の増大を 「相 サービス業・運輸業等の「小企業産業」におい 対的拡大」とした。また,両者の関係について て,廃業と開業とを繰り返す存在である。 は, 「絶対的集中」により淘汰され,ひとつの産 スタインドルの主張は以下のように要約でき 業からはじき出された企業家や資本が他の参入 る。それぞれの規模にある企業と企業との相対 の容易な産業に移動する,あるいは全く新しい 的関係を特徴付けているのは大規模経済であ 産業分野,これを称して「小企業産業」が誕生 る。ひとつあたりの生産物にかかる費用は企業 し,そこで新たな競争が進行していることを論 規模が大きければ大きいほど低くなる。しか じた。しかし,「大企業が小企業産業になぜは し,諸条件が一定であると仮定すれば,企業規 (37) いつていかないか」 という問題に対しては十 分な説明を提示することができなかった。 最後に, 「マルクスが『資本論』を書いていら A 同上 p. 104 より筆者が引用する。 B 同上 p. 104 より筆者が引用する。 C 同上 p. 114 より筆者が引用する。 D 同上 p. 118 より筆者が引用する。 模の増大に伴い資本集約度も増大するために, 企業規模の増大を継続させると利潤率が低下す (39) る点が生じる 。現実には不完全競争による寡 中小企業の存立条件論における今日的課題に関する一考察(大前) 占・独占が進行しており,これ以上規模を増大 2.第六章「どのような要因が小企業の させても利潤率が上昇しない規模に到達した企 存続をたすけるか?」の再検討 業は,その地位を強化するために,独占力の強 化や事業の多角化による危険の分散を志向する というように競争の性質を変化させる。 このように,スタインドルは「小企業は大企 業・独占資本との関係において廃業と開業を繰 93 スタインドルが小企業の存立条件として,主 に4つの要因を提示したことはあまりに有名で ある。以下に,その主張の要点をまとめる。 ① 大資本の漸進的発展 り返す動態的な存在である」という分析視角を 「小企業が,大企業の発展する程度に応じ 継承し,寡占・独占段階における競争のあり方 てのみその地歩を失う……(中略)このこと について,その理論化を試みようとしていたこ はまた,一定の速度で,おこなわれる。…… とが読み解ける。 (中略)小資本を犠牲として,大資本の発展 しかし,スタインドルは大規模経済の限界性 する過程は,したがって,時間のかかる・漸 (40) の有無について折衷的な態度を示した。スタイ 進的な・過程である」 ンドルは景気の状態,市場規模,技術的諸条件 する過程は時間が必要であるため,小企業を 等が一定であると仮定たうえで,利潤率の低下 駆逐する場合にも時間が必要であると論じ から生じる企業規模拡大の制限による大規模経 た。 済の限界性を論じた。しかし,このような非現 ② 不完全競争による市場の保護 実的な仮定から導出される大規模経済の限界性 に関する理論には疑問が残る。 また,スタインドルは寡占・独占に関する問 「不完全競争は,小企業の市場を保護する ことによって,小企業の残存能力に重要な要 (41) 因となる」 題意識を有していたが,寡占・独占の理論化に は課題を残した。寡占・独占は大規模経済の貫 とし,大企業が発展 とし,不完全競争が小企業の市 場を保護すると論じた。 ④ 徹により進行しており,大規模経済の限界性と 独占的大企業による偽装 「あるひとつの産業における寡占的状態は, は矛盾する。加えて,スタインドルは寡占・独 その産業において,ある一定数の小企業の存 占的な大企業に対する小企業を絶対的な弱者と 続を保証する傾向がある」 とし,寡占・独 して捉えており,小企業が本来的に有する発展 占的な産業において, 大企業の意図に基づき, 性や拡大性には論述が及んでいない。 寡占・独占が存在しないことを偽装すると論 (42) 『小企業と大企業』にはこのような問題が内 包されており,スタインドルの経済理論には矛 盾や限界が存在する。 じた。 ⑤ 企業家の「賭博的」態度 「小企業の根強い残存は,小企業家の「賭博 (43) 的な」態度によって説明される」 とし,小 企業家は社会的地位や自身の雇用のために非 E 諸条件が一定であるという仮定は非現実的であることに留意する必要がある。 F 同上 p. 123 より筆者が引用する。 G 同上 p. 124 より筆者が引用する。 H 同上 p. 126 より筆者が引用する。 I 同上 p. 127 より筆者が引用する。 94 第 15 巻 第3号 常に低い報酬で異常に高い危険を引き受ける 本的な不利に立たされているために,非常に低 と論じた。 い報酬で異常に高い危険を引き受け,自身の社 会的地位と雇用を確保するという表現と,「賭 これらは第六章までの論述において論証ある 博的」という表現は同義であり,これを繰り返 いは理論化することができなかった小企業の しても理論的根拠とはならない。また,小企業 様々な特徴に対する言及であり,スタインドル の開業・新生のメカニズムについて,小企業家 の問題意識の発露である。第六章におけるスタ は「賭博的」であるということは意味を持たな インドルの考察は『小企業と大企業』の主要な い。しかし,高い利潤率を有し,事業として成 構成や論理展開からは超越している。これらに 功し,成長する小企業の存在を無視することは ついては理論的な限界性を正確に把握したうえ できない。 で,小企業の存立に関わる意義を分析しなけれ ばならない。 このように分析すると,スタインドルには大 企業と小企業の相対的関係について,動態的分 スタインドルの経済理論には「大資本の漸進 析視角があるものの,自身の理論からそれを論 的発展」による時間制限的な存立が小企業の理 述できないことに矛盾と問題を感じていること 論的な存立であるという論旨は存在しない。し が読み取れる。加えて,スタインドルは小企業 かし,時間制限的な小企業の存立そのものにつ の実態や,小企業の存立と寡占・独占との関係 いては新たな問題意識あるいは分析視角として を強く意識していることが確認できる。 読み解くことができる。 スタインドルは大企業,独占資本,これ以上 規模を増大させても利潤率が上昇しない規模に 3.中小企業の存立条件論における今日 的課題の導出 到達した企業等がどのように発展し,競争を展 開するのかという課題を残した。これは「独占 スタインドルはケンブリッジ学派の議論を継 的大企業による偽装」にも関連する。これらは 承し,大規模経済の限界性の有無については折 寡占・独占の分析を展開し,大企業と小企業を 衷的な態度を示しつつも,大企業と小企業の相 相対的に把握するためのさらなる理論の必要を 対的関係に関するひとつなぎの経済理論の構築 説くという問題意識として読み解くことができ を試みた。 『小企業と大企業』のひとつの意義 る。 は,不完全競争における競争モデルに寡占・独 「不完全競争による市場の保護」については, 占の要素を取り込み,理論化を試みた点に求め 原材料市場や労働市場における市場の不完全性 ることができる。また,残された課題を虚心坦 が小企業の有利になる場合を論じた。スタイン 懐に受け入れ,マルクス経済学的な近接法も含 ドルは不完全競争に基づく寡占・独占の影響を めて,多角的にアプローチしている点も特徴で 主眼としているため,不完全競争そのものをス ある。 タインドルの経済理論の核心とすることはでき しかし,小企業の存立条件に関する理論とし ない。しかし,今日的な中小企業の存立条件論 ては不完全なものとなった。 「大企業の絶対的 において,不完全競争の理論体系化や様々な類 集中と小企業の相対的拡大」という命題には動 型の不完全競争の分析は必要である。 態理論が不足している。スタインドルの分析は 「小企業家の『賭博的』態度」は,理論的根拠 統計上の企業数の推移の傾向としては正しい を欠いた同義反復的表現である。小企業家は基 が,ひとつの産業内において大企業により廃 中小企業の存立条件論における今日的課題に関する一考察(大前) 95 業・淘汰された小企業が他の産業において開 企業と小企業の相対的関係をひとつなぎの経済 業・廃業しているという,その内実に関わる研 理論として体系化するというスタインドルの特 究調査も理論構築も行われていない。加えて, 徴とも矛盾する。これは中小企業の存立条件論 スタインドルは第三章の分析について,代数形 としてスタインドルに注目するという本研究の 式の前提として,諸条件が一定であると仮定し 根幹を揺るがすため,選択肢たり得ない。 ていることに加え,製品の性質が著しく異なら ない産業に限定しているため,その理論の適用 範囲は狭い。また,大規模経済の限界性の有無 3.2 スタインドルの経済理論の展開―大規模 経済と寡占・独占から― については理論的な曖昧さを残している。この スタインドルは詳細な統計分析から大規模経 ため,大企業と小企業の相対的関係に関する動 済を実証した。これは P. S. フローレンス,J. 態的な分析・理論の構築は不十分である。 ロビンソン,E. A. G. ロビンソン等による実証 本節では,スタインドル理論を発展させるこ 的な経済理論研究の展開とも重なる。 とによって動態的理論を体系化することができ しかし,大規模経済の限界性について,諸条 るのか,あるいは外部的な理論を付加する必要 件が一定であるという非現実的な仮定に基づく があるのか,という課題について考察をすすめ 折衷的な結論が導出され,理論的な矛盾を残し る。 ている。また,大規模経済の作用,資本集約度 の増大,利潤率の増減等に関する動態理論が不 3.1 外部理論の付加 足している。このため,後年の著作『アメリカ スタインドルは小企業の存立について,企業 資本主義の成熟と停滞』において,スタインド 家の賭博的な態度や政治的要因という外部から ル自身が大規模経済に関する議論をどのように 開業・新生の動機を導入し,理論に動態的な性 決着させたのかについて確認し,小企業の存立 質を付加しようとしている。このような傾向は に関する基本的な前提条件として確立する必要 マーシャルの論述のなかにもみられる。 『経済 がある。 学原理』では, 「森の木の比喩」から社会・経済 一方,スタインドルは寡占・独占段階におけ の発展あるいは企業の成長の準則を導入した。 る競争と資本蓄積とがどのように変化するのか また,1907 年の The Economic Journal 誌にお という問題について,簡素ではあるが議論の方 いて発表した論文では「経済的騎士道(Econo- 向性を提示している。 mic Chivalry)」という概念から,社会・経済の 例えば,スタインドルは第三章において,こ より良い発展の方策を探求した。マーシャル自 れまでの大規模経済の追求を規模の拡大により 身も均衡理論と社会・経済の発展の現実,大規 実現させていく競争ではなく,寡占・独占段階 模経済という拡大・膨張の経済法則との統合に における競争のあり方は多様であることを示唆 (44) 苦慮した形跡がある 。 した。加えて, 「技術的進歩は,……(中略)大 しかし,外部理論を導入するということは, 企業が用いることができ,かつ大きな資本の集 「内部的な経済のみをとりあつかう」としたス 約化を伴う大規模の経済が存在するかもしれな タインドルの分析視角から逸脱する。また,大 いが,それは実際には利用されない」 とし, K (45) マーシャルの経済理論を継承した J. M. ケインズは『雇用・利子および貨幣の一般理論』において, 「血気(Animal Spirits)」という人間本性の不安定性から,非合理的あるいは偶然的な企業活動・行動の特質を論じた。 96 第 15 巻 第3号 さらなる資本の集約化を伴う大規模化,技術的 あり方等の新たな分析視角も存在した。本研究 進歩は停滞するという傾向を論じた。加えて, により, 『小企業と大企業』第六章における論述 第七章「技術的進歩と企業規模」では, 「大規模 は,スタインドルの経済理論からは超越してい で,しかも成長中の会社は,より大きくなった るが,スタインドル自身の問題意識を端的に表 規模を有利にするような手段を自由に使用し しているものとして正確に把握することができ て,そういう手段を使用するばかりでなく,さ る。そして,スタインドルが提示した問題意識 らにこうしてつくりだされた状態のもとでは, は,寡占・独占による中小企業の基本的な不利 費用の引き下げや技術的進歩を無視する傾向と を前提としながら,その多様な存立のあり方を (46) として,寡占・独占段階に到達すると どのように理論体系化するのかという,中小企 競争のあり方に加え,資本蓄積のあり方にも変 業研究における今日的課題として読み解くこと 化が生じることを分析した。 ができる。 なる」 これらは後年の『アメリカ資本主義の成熟と 停滞』につながる分析視角である。そして,こ こからは大規模経済の貫徹する産業部門におけ おわりに る寡占・独占の進行と経済的停滞,競争と資本 『小企業と大企業』は『アメリカ資本主義の成 蓄積のあり方の変化が,他部門を新生・開業と 熟と停滞』の前段階であるために,その内容も 淘汰・廃業とを繰り返す熾烈な競争が展開され エッセンスにとどまるが,本研究からその意義 る「小企業産業」として成立させているという と課題が明らかになった。スタインドルはマー 発展的考察が可能となる。これは競争の理論か シャルやケンブリッジ学派が熟考し,TNEC が ら,資本蓄積の理論を経て,大企業と小企業の 課題とした動態的な小企業の廃業・開業の理論 相対的関係を読み解く分析視角となる。このこ の必要という問題意識を有し,まさに大規模経 とから,寡占・独占の分析と理論化が小企業の 済と寡占・独占の研究から着手しようとしてい 存立の分析と理論化につながるというスタイン た。しかし,中小企業研究において取り上げら ドルの経済理論の独自性を読み解くことができ れる『小企業と大企業』では,小企業の存立の (47) 要因にのみ注目が集まっており,大企業と小企 最後に,スタインドルは『小企業と大企業』 業の相対的関係から論じられるスタインドル理 第六章において,不完全ではあるものの小企業 論の本質が欠落している。また,『小企業と大 の存立に関する問題意識を列挙した。そこには 企業』そのものには小企業の新生・開業に関わ 寡占・独占に基づく小企業の存立のあり方に加 る理論的根拠,独占競争の特徴の分析,独占競 え,時間制限的な小企業の存立,不完全競争に 争における資本蓄積のあり方等の緻密な理論が 基づく特殊的な小企業の存立,寡占・独占が進 欠落している。加えて,スタインドルは大規模 行するなかでも発展あるいは拡大する小企業の 経済の限界性の有無については折衷的な態度を る 。 L 同上 p. 73 より筆者が引用する。 M 同上 p. 133 より筆者が引用する。 N なお,晩年のマーシャルは『産業と商業』第三篇「独占的諸傾向。公共の福祉との関係」のように,寡占・独占 に関する研究をすすめようとしていた。ケンブリッジ学派による寡占・独占理論の展開について,これを中小企 業研究として再検討することは今後の研究課題のひとつとなる。 中小企業の存立条件論における今日的課題に関する一考察(大前) 示しており,企業規模拡大の制限に関する論述 と,現実における寡占・独占の進行に関する論 述との間で論理的な矛盾が生じている。これら については,『アメリカ資本主義の成熟と停滞』 において,スタインドルがどのような考察・分 97 沢越郎訳,『産業と商業』,岩波ブックサービスセ ンター,1986.) Marshall, A,. 1Social Possibilities of Economic Chivalry2, The Economic Journal, The Royal Economic Society, 1907. in Pigou, A. C., ed., Memorials of Alfred Marshall, Macmillan, 1925. 析をすすめたのか,スタインドルの着想を突き Steindl, J., Small and Big Business : Economic Prob- 詰めることによって理論化することが可能であ lems of the Size of Firms, Basil Blackwell, 1947. るのか,という分析視角から,中小企業の存立 (米田清貴・加藤誠一訳『小企業と大企業―企業 条件論における今日的な課題として研究をすす める。 謝 規模の経済的諸問題―』,巖松堂,1956.) Steindl, J., Maturity and Stagnation in American Capitalism, Basil Blackwell, 1952.(宮崎義一訳『アメ 辞 リカ資本主義の成熟と停滞―寡占と成長の理論 ―』,日本評論社,1962.) 本研究は名城大学経済・経営学会から受けた 安倍一成「スタインドル『小企業と大企業―企業規模 2013 年度研究助成による研究成果の一部であ の経済的諸問題―』」, 『山口経済学雑誌』第6巻第 る。この助成に対する謝意をここに記す。 参考文献 Problems of small business (Investigation of concentration of economic power : monograph/Temporary National Economic Committee ; NoW 17), United States Government Printing Office, 1941. Technology in our economy (Investigation of concentration of economic power : monograph/Temporary National Economic Committee ; NoW 22), United States Government Printing Office, 1941. Florence, P. S., The Logic of Industrial Organization, Routledge, 1933. Keynes, J. M., The General Theory of Employment] Interest and Money, Macmillan, 1936. Marshall, A., Principles of Economics, Macmillan, 1890.(馬場啓之助訳『経済学原理』,東洋経済新報 社,1965.) Marshall, A., Industry and Trade, Macmillan, 1919.(永 5・6 号,山口大学経済学会,1955. 大崎正治「寡占と『差額地代』的価格原理(一)―ス タインドルの競争寡占論を中心として」,『経済論 叢』第 94 巻第4号,京都大学経済学会,1964. 大崎正治「寡占と『差額地代』的価格原理⑵―スタイ ンドルの競争寡占論を中心として」,『経済論叢』 第 95 巻第2号,京都大学経済学会,1965. 大前智文「アメリカ合衆国における小企業研究の端緒 に関する一考察―TNEC(臨時国民経済委員会) の再検討を中心として―」, 『名城論叢』第 14 巻第 3号,名城大学経済・経営学会,2013. 末松玄六編『海外の中小企業―中小企業叢書Ⅲ―』,有 斐閣,1953. 竹林庄太郎「中小企業経営理論の成果」, 『同志社商学』 第 10 巻第5号,同志社大学商学会,1985. 藤野正三郎「スタインドル著『小企業と大企業―企業 規模の経済的諸問題―』」,『一橋論叢』34(3),一 橋大学,1955.
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