熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System Title アフリカツメガエル雄性生殖幹細胞の細胞分裂特性と JAK1遺伝子の発現に関する研究 Author(s) 百武, 慶一郎 Citation Issue date 2015-03-25 Type Thesis or Dissertation URL http://hdl.handle.net/2298/33443 Right 別紙様式8 研 究 主 論 文 抄 録 論文題目 アフリカツメガエル雄性生殖幹細胞の細胞分裂特性と JAK1 遺伝子の発現に関する研究 熊本大学大学院自然科学研究科 理学専攻 生命科学講座 ( 主任指導 高宗 和史 教授 ) 論文提出者 百武 慶一郎 主論文要旨 雄性生殖を行う多細胞生物個体の雄は、その生殖期間を通して多数の精子を放精する。 雄個体における恒常的な精子の生産は、精巣に存在する雄性生殖幹細胞(spermatogonial stem cell; SSC)の分裂特性により可能となっている。SSC が分裂して2つの娘細胞ができると、 その1つは精子形成段階へと移行し精子となる一方で、もう1つは幹細胞として維持され る。このような不均等な分裂によって幹細胞は雄の生涯を通して存在し続け、次の精子の 生産へと備える。しかし、精巣が傷害等を受けて幹細胞の数が減少すると、自己を増殖す るための均等な分裂へとその特性を切り替え、数を一定に保っている。このように SSC は、 特徴的な 2 つの分裂特性を精巣の状態の変化に応じて切り替えているが、その調節機構に は多くの不明な点が存在する。SSC と同様な分裂特性を持つ幹細胞は、皮膚や造血系など 常に新しい細胞を供給する必要がある組織にも存在しており、その分裂特性の調節機構を 解明することは、個体の恒常性維持の観点からも非常に重要である。 アフリカツメガエル精巣においては、第一精原細胞(primary spermatogonium; PG)として 同定される細胞集団内に SSC が存在する。PG は、精巣内で最も大きい細胞で(細胞の直径: 22-25µm)、核が分葉していることが特徴である。また、精巣内に単一細胞として点在して いる。SSC が分裂して生じた2つの娘細胞のうち精子形成段階に入った精原細胞(destined PG)は、その体積を減少させながら体細胞分裂を繰り返す。この時、体細胞分裂によって 生じた娘細胞はお互いに離れずに Sertoli 細胞に囲まれて spermatocyst とよばれるクラスター を形成する。そのため、精巣内で最も大きく単一で存在する PG とは容易に区別することが できる。一方、形態的に PG と同定される細胞群の中には、上述したように SSC と destined PG といった分化段階が異なる2種類の細胞が存在する。これら2つの細胞を形態的に区別 することは現在のところ困難であるが、ろ胞刺激ホルモン(follicle-stimulating hormone; FSH) に対する応答性の違いを利用することにより、SSC のみを単離することが可能になってい る。FSH 存在下で精巣の器官培養を行うと、destined PG はその体積を減少させながら分裂 を繰り返していく一方、SSC は分裂することなくその形態を維持する。そのため、FSH 存 在下で培養することにより destined PG を除くことが可能であり、その結果、大きさを指標 に SSC を信頼性高く単離することができるようになっている。さらに、解離した精巣構成 細胞群に単離した SSC を加えて再凝集塊を作成し、これを別個体の皮下に移植することで 精巣を再構成させると、その中で SSC は幹細胞としての分裂特性を維持していることが分 かっている。これらのことから、アフリカツメガエルは、SSC の分裂特性に関する研究に とって有用なモデル動物であるといえる。 SSC の分裂特性に関する研究は、マウスやショウジョウバエにおいて先行的に行われて おり、両者において JAK/STAT 経路が SSC の分裂・分化制御に重要な役割を担っているこ とが報告されている。そこで、National Center for Biotechnology Information(NCBI)の Expressed Sequence Tag(EST)profile を用いて、アフリカツメガエル精巣における JAK ファ ミリー遺伝子の発現の有無を検索した。その結果、JAK1 遺伝子が精巣において発現してい ることがわかった。アフリカツメガエル精巣における JAK1 mRNA の発現を in situ hybridization 法によって観察したところ、第二精原細胞(secondary spermatogonium; SG)や 第一精母細胞(primary spermatocyte; PC) 、そして一部の PG において JAK1 mRNA が検出さ れた。一方で、精細胞や成熟精子においては発現が見られなかった。JAK1 が増殖期および 減数分裂期の精原細胞や精母細胞で機能していると予想されたことから、まずは JAK1 活性 を阻害した時の増殖への影響を調べた。JAK1 と JAK2 の特異的な阻害剤として AZD1480 が知られている。アフリカツメガエル精巣では JAK2 は発現していないことが NCBI の EST profile で予想されたことから、AZD1480 を JAK1 阻害剤として用いることにした。5mM、 10mM、および 20mM の AZD1480 を添加した培地の中で 24 時間精巣培養した後、終濃度が 10µm になるように BrdU を培地に添加し、さらに 6 時間培養した。精巣を固定・包埋・薄 切後、抗 BrdU 抗体を用いてゲノム DNA への BrdU の取り込みを調べたところ、AZD1480 処理によって、BrdU を取り込んだ PG や SG の割合が減少した。このことから、アフリカ ツメガエル精巣において、JAK1 は少なくとも精原細胞の体細胞分裂において重要な役割を 担っていることが示唆された。 JAK1 mRNA は PC にも多く存在していた。減数分裂期の DNA 複製は第一減数分裂前期の preleptotene 期だけで起こる。この時期の細胞は形態的に SG と 区別がつかないため、今回は preleptotene 期の DNA 複製および減数分裂に対する AZD1480 の影響について明らかにすることができなかった。 in situ hybridization 法により JAK1 mRNA の精巣内分布について詳細に観察したところ、 興味深いことに PG 集団の中に JAK1 mRNA を発現しているもの(JAK1+)と発現していな いもの(JAK1-)が存在することを見い出した。このことを検証するために、幼体精巣より PG を単離し、single cell RT-PCR 法によって JAK1 mRNA の検出を行った。その結果、in situ hybridization の結果同様、JAK1+ PG と JAK1- PG の存在が明らかになった。PG 集団内にお ける JAK1 遺伝子の発現の違いは、そこに含まれる SSC と destined PG の違いを反映したも のではないかと予想し、FSH 存在下で幼体精巣の器官培養を行うことで destined PG のみを 分裂させて小さい SG に分化させ、細胞の大きさで SSC のみを単離して single cell RT-PCR を行なった。その結果、予想に反して SSC 集団の中にも JAK1+ SSC と JAK1- SSC が存在し ていた。SSC には、分化する細胞を生み出すための分裂を行っているものと、自己増殖を 行っているものの2種類が存在すると考えられる。SSC における JAK1 遺伝子の発現の違い は、 このような2つの分裂特性の違いを反映したものであり、 分化している精原細胞で JAK1 mRNA が発現していることから、destined PG を生み出すための分裂を行なう準備をしてい る SSC が JAK1+で、自己増殖を行なっている SSC が JAK1-ではないかと予想した。幼体精 巣における JAK1- PG の割合(36.0%)は、成体精巣での割合(20.7%)に比べて高かった。 幼体精巣では、成長のため自己増殖を行なっている SSC の割合が多いと考えられる。この ことからも、自己増殖している SSC では JAK1-であると考えられた。このことをさらに検 証するため、SSC の自己増殖を人為的に誘導した精巣において、JAK1- PG の割合が増加す るか検証した。雄個体を麻酔後閉腹し、精巣の一部を除去した。閉腹後5週間飼育して精 巣を再び取り出したところ、元の大きさまで再生していた。そこで、同様の外科的手術を 行ない 10 日間飼育した精巣における JAK1 mRNA の発現を in situ hybridization 法によって 調べた。その結果、再生誘導前と比較して、約2倍の PG が JAK1-であった。これらの結果 から、自己増殖を行なっている SSC は JAK1-であることが強く示唆された。 In situ hybridization を行なった切片中の PG を多数観察する中で、樽のような形をして核 が2つ存在する分裂終期にあると思われる PG(barrel-shaped PG)を2つ見つけた。この細 胞にも JAK1 mRNA の存在を示すシグナルがあったが、興味深いことに、細胞の半分だけに 局在していた。しかし、細胞分裂終期の期間が短いためか、この2例以外細胞分裂終期と 思われる PG を見い出すことができなかった。細胞分裂終期で分裂を阻害する方法として Cytochalasin B 処理がある。しかし、Cytochalasin B 処理の為に精巣を雄個体の体外に取り出 すと、SSC は分裂しなくなる。そこで、精巣の Cytochalasin B 処理を体内で行なうため、雄 個体を麻酔後、外科的手術で Cytochalasin B を染み込ませた脱脂綿を精巣に巻き付けた。閉 腹後2日間飼育して精巣を取り出し、in situ hybridization 法により JAK1 mRNA の検出を行 なった。Cytochalasin B 処理の効果が不完全なためか分裂終期と判断できる細胞は7個しか 見い出すことができなかった。しかし、これら細胞の JAK1 mRNA を観察すると、半分側だ けに存在していた。Propidium iodide でこの細胞の核を染めると2個存在しており、その1 個が存在する領域に JAK1 mRNA が局在していた。以上の観察結果から、以下の新規仮説を 提唱した。つまり、destined PG を生み出す SSC で JAK1 mRNA の発現が既に始まっており、 この SSC が細胞分裂する際、転写した JAK1 mRNA を destined PG のみに分配するというも のである。JAK1 は精原細胞の増殖にとって重要な働きをしていることから、destined PG へ と分化してすぐに JAK1 を翻訳する必要があるのかもしれない。このような SSC における mRNA の不等分配はまだ報告例がない。今回の観察は SSC の分裂特性に関して新たな知見 を提供するものである。特に、JAK1 遺伝子の発現の促進と抑制が destined PG を生み出す分 裂と自己増殖といった2つの分裂様式の切り替えによって制御されているという知見は、 JAK1 遺伝子の発現制御解析を通して分裂様式の変換機構解明にもつながる重要な知見であ る。
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