山陰地域の企業における雇用・賃金設定スタンス

Bank of Japan Matsue Branch
Sanin Research Papers
2016 年 3 月 1 日
日本銀行松江支店
山陰地域の企業における雇用・賃金設定スタンス
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1. 雇用・賃金設定スタンスの総括評価
管内の労働需給をみると、09 年後半以降、有効求人倍率が上昇基調にあるほ
か、短観の雇用判断 D.I.も、13/6 月以降、不足超が続くなどタイト化している。
(図表1)有効求人倍率
1.4
(図表2)雇用判断 D.I.
(季調済、倍)
20
(「過剰」-「不足」、%ポイント)
山陰
全国
1.2
0
点線は予測
1.0
▲ 20
0.8
山陰
全国
▲ 40
0.6
12年
13
14
1 2年
15 16
(出所)厚生労働省、島根・鳥取労働局
1 3
1 4
1 5
16
(出所)日本銀行
こうした状況の下で、企業の雇用スタンスを窺うと、早めに人員を確保した
いと考える先が少なくないなど、総じて積極化している。
一方、企業の賃金設定スタンスをみると、ここ数年、人材の確保や繋ぎ止め
を企図した賃上げ等を実施する先が業種・規模を問わず、幅広くみられている。
また、賃上げ等が困難な先でも、休暇制度や育児環境、福利厚生の充実などに
取り組み、他社との差別化を図っている。
1
2.雇用スタンスの現状と特徴
(1)足もとの状況と特徴
前述のように、管内企業の雇用の不足感が強まる中で、雇用スタンスの特徴
を纏めると、以下のとおりとなっている。
① 業種別
医療・福祉分野では高齢化の進展を映じ労働需要が高まって
いるほか、飲食・宿泊業、小売業など労働集約的な業種でも雇
用を積極化させている。この間、業績不芳先や先行きの需要を
慎重にみている先では、自社人員は現状を維持し、不足があれ
ば派遣企業など他社の協力でカバーする先もみられている。
② 規模別
大手有名企業等では採用が順調に進んでいるが、その煽りを
受けて、中小企業を中心に大卒の人員確保が困難となり、高卒
の採用に切り替えている先がみられる。もっとも、高卒の採用
でも人員の獲得競争が進んでおり、高校からの紹介等が受けら
れない事例も散見されている。
③ 雇用形態別
正規社員、非正規社員ともに不足感が強まっている。このう
ち、雇用不足をカバーしてきた非正規社員についても、景気が
回復する中で、①県外での受入先の選択の幅が増えたことや、
②人材確保のため、都市部の大企業を中心に派遣会社への支払
額を好条件で提示していること等から、山陰地域の企業の中に
は人材を確保できないケースがみられ始めている。
(2)雇用確保のための工夫等
こうした中で、雇用スタンスを積極化させている企業では、採用活動エリアの
拡大や学校への訪問回数の増加で対応しているが、一部の企業を除き、大方の先
で採用計画が未達となっている。このため、①従業員のマルチタスク化や、②非
正規社員の正規社員化といった対応のほか、③求人募集に応募してきた人材をひ
とまず採用し、職場教育で必要な技能や資格を身につけさせようとする先が増加
している。
2
また、山陰地域では、もともと子育て女 (図表3)25~44 歳の育児をしてい
る女性の有業率(2012 年)
性の有業率が高いが、時間休、短時間勤務、
(%)
転勤の免除等の制度を新たに導入するな
順位
県名
1
島根県
74.8
保育施設や従業員の休憩室の整備など勤
2
山形県
72.5
務環境を改善するなどして、従来の条件で
3
福井県
72.1
は働きづらかった女性を活用する動きが
4
鳥取県
71.8
みられている。このほか、仕事の工程を細
5
富山県
68.3
ど多様な働き方ができるようにするほか、
有業率
全国平均
分化するなどして、シニア層を活用する動
きもみられている。
52.4
(出所)総務省
この間、十分な人手を確保できない先の
中には、省人化投資や業務プロセスの改善で人手不足をカバーする動きも強まっ
ている。
3.賃金設定スタンス
(1)企業の賃金設定スタンスの現状と特徴
山陰地域では、業況不芳先を除き、人材の確保や繋ぎ止めのために、ここ数
年、幅広い業種や規模の企業において正規社員を中心に賃上げ等に取り組む先
が増えており、全体として定例給与、賞与ともに増加傾向にある。
具体的には、一部の大企業の初
任給引き上げやベースアップの動
(図表4)一人当たり現金給与総額
8
きにつれて、大・中堅企業を中心に
6
競合他社との競争力を維持するた
4
めに、初任給やベースアップに取り
2
組む企業が増えている。
0
こうした中で、中小企業において
も、従来は内部留保の積み増しを図
る先が多かったが、先行きの仕事や
資金繰りに目途がついた先では、賃
(前年比、%)
特別に支払われる給与
所定外給与
所定内給与
山陰
全国
▲2
▲4
▲6
└ 12
┘ └ 13
┘ └ 14
┘ └ 15
(出所)鳥取・島根労働局、厚生労働省
上げ等を図る先が着実に増加して
3
┘
いる。このほか、最低賃金をベースに給与体系を決めている先が少なくないが、
こうした先では、2 年連続となる最低賃金の引き上げを反映させるかたちで、実
質的なベースアップが行われている。もっとも、ベースアップは固定費の増加
に繋がることから、最低賃金の引き上げ幅以上のアップにまで取り組めている
先は少なく、業績変動の大きい先や先行き不透明感の強い先を中心に、一時金
を増やすことで対応する先も多い。
(図表5)最低賃金
2014 年度
実額
2015 年度
前年差
前年比
実額
前年差
前年比
島根県
679 円
+15 円
+2.3%
696 円
+17 円
+2.5%
鳥取県
677 円
+13 円
+2.0%
693 円
+16 円
+2.4%
(出所)厚生労働省
この間、非正規社員の賃上げ状況をみると、人手不足感の強い地域では人材
の確保や繋ぎ止めのために、時給を他社よりも引き上げる先がみられており、
地域内での時給の高低による非正規社員の移動がみられるところも出ている。
一方で、非正規社員のウェイトの高い先を中心に、既存の非正規社員の時給ま
で上げなければならず、負担が大きいとして、最低賃金の引き上げ幅以上の
アップに踏み切れない先も相応にみられている。
(2)賃金設定スタンスの背景
山陰地域で賃上げ等を行った先に、その背景を確認すると、①人手の確保を
行ううえで影響の大きい周辺企業や県外の同業他社の賃上げの動き、②政府の
要請やマスコミ報道により賃上げ期待感が醸成されている中で、従業員のモチ
ベーションを維持・向上する必要性、③14/4 月に消費税率が上がり、物価も上
昇する中で、従業員の生活水準を維持する責務、を掲げる先が多い。
一方、賃上げ等に慎重な先は、業況不芳や先行き不透明感を理由とする先が
大勢となっている。
4
4.先行きの展望
山陰地域の雇用環境をみると、供給面では生産年齢人口が一段と減少してい
くことが予想される。一方、需要面では県外からの進出企業に加え、既存企業
でも多くの先で積極的な雇用スタンスを継続する方針にあることから、当面、
労働需給が逼迫した状況が解消さ
(図表6)生産年齢人口の推移
れないことが想定される。こうし
た中で、供給面の制約(生産年齢
人口の減少)を理由に、将来的に
生産・販売の軸足を他地域に移す
ことを検討する動きもみられてい
る。
一方、生産年齢人口の減少を食い
止めるために、県や市町村では、産
(1970年=100)
125
120
115
110
105
100
95
90
85
80
75
鳥取県
全国
70
業振興や子育て支援などを重点課
題として取り上げ、各種施策に取り
島根県
75
80
85
90
95
00
05
10 年
(出所)総務省
組んでいる。また、当地における代表的な事例として、県境を挟んだ 5 つの市や
経済団体等が一体となり、中核的な都市機能を有した圏域を作り、産業と人口の
集積を図っていこうとする広範な取り組みも始まっている。
もっとも、こうした中長期的な施策は、効果が出るまでには時間を要する。こ
のため、山陰地域の個々の企業が新技術・新商品の開発や販路の開拓、生産性を
引き上げるための合理化・効率化投資等によって成長力や収益力を高めることで、
若者などの域外流出をせき止め、I ターンや U ターンなどの受け入れを増やすた
めの魅力ある職場づくりに取り組んでいくことが期待される。
以
5
上