6 研究紹介 難治性 West 症候群の遺伝的原因解明 国立病院機構西新潟中央病院 神経小児科 小林 悠、遠山 潤 はじめに 方法 West 症候群は点頭てんかんとも呼ばれ、小児 西新潟中央病院てんかんセンター神経小児科で における難治てんかんの代表的疾患である。シ 2000年から2015年に加療を受けた West 症候群の リーズ形成性のてんかん性スパズム、ヒプスアリ 症例において、病歴、通常の血液検査、代謝検査、 スミアと呼ばれる特徴的な脳波、精神運動発達の 染色体 G-band、染色体アレイ解析、頭部画像検 停止または退行を古典的三徴とするてんかん症候 査などで明らかな発症誘因が認められない患者25 群であり、好発年齢は生後3~ 12か月で2歳以 例(男児13例、女児12例)について遺伝的要因を 降の発症は稀である。病態としては、多様な脳機 検討し、臨床症状、脳波所見、頭部画像所見、治 能障害が乳児におきる場合、乳児期に特徴的な発 療効果、発達予後について評価した。検体の採取 作型と脳波所見をもつてんかん症状を呈すると考 に際しては書面による患者家族の同意を取得し えられている。病因は多彩で、脳形成障害、結節 た。7例では High-resolution Melt 法または PCR 性硬化症、胎内感染、染色体異常、遺伝子異常な ダイレクトシーケンスを用いて West 症候群の原 どの先天要因、周産期の低酸素性虚血性脳症など 因 と な り う る 候 補 遺 伝 子 ARX、STXBP1、 の周産期障害、頭部外傷や急性脳症後遺症などの SPTAN1、SCN2A の変異解析を行った。4例で 後天性要因などが主な原因となるが、基礎疾患が はターゲットキャプチャーシーケンス法を用いて 不明な例についての病態はいまだ解明されてい 38個の候補遺伝子の変異解析を行った。ターゲッ ない。 トシーケンスで変異が見つからなかった3例を含 近年、遺伝子解析技術の進歩に伴い、乳児期の む16例で全エクソームシーケンスを行った。すべ 難治てんかんの原因遺伝子が数多く同定されつつ ての変異はご両親の DNA を解析し新生突然変異 ある。これまで原因不明とされてきた West 症候 であるかどうか確認した。本研究は西新潟中央病 群の一部の症例でも ARX、STXBP1、CDKL5、 院の倫理委員会の承認を得て実施した。 SPTAN1などの遺伝子に異常が見つかってきて いる1)- 4)。 結果 West 症候群の遺伝的背景を解明し、遺伝子型 1.遺伝子変異について と臨床症状を評価することは、病態の解明に寄与 遺伝子解析を行った25例中14例(56%)で10の するとともに、遺伝的診断アプローチ法の確立に 遺伝子変異を同定した。変異遺伝子は CDKL5が つながる。また、遺伝子特異的な治療法の開発や 3例と最も多く、そのうち1例は体細胞モザイク 効率的な薬剤選択が可能となることが期待され で あ っ た。 次 い で SPTAN1、ARX が 2 例、 る。本研究では、基礎疾患の不明な West 症候群 STXBP1、SCN2A、CASK、ALG13、EEF1A2、 症例について遺伝的要因を解明し、遺伝型と臨床 TBL1XR1、 SETD5がそれぞれ1例ずつであった。 的特徴の検討を行った。 ARX 変異の1例を除いて、すべての変異は de novo であった。マイクロアレイ染色体検査をし 新潟県医師会報 H28.2 № 791 7 た原因不明の11例のうち8例は全エクソームシー 結語 ケンスを施行されたが病的変異は見られなかった。 本研究では約56%で原因遺伝子を同定し得た。 2.臨床的特徴 今後はさらに症例を蓄積して解析することによ West 症候群の発症は2~ 24か月(平均7.2か月) り、遺伝型と表現型の検討が明らかになっていく であった。ARX 変異の2例および CDKL5変異 と思われた。 の2例では乳児期早期に強直間代発作や焦点性発 作などがみられ、その後 West 症候群に変容した。 共同研究者 頭部 MRI は大脳萎縮を認めた例が最も多く(17 本研究の共同研究者は、横浜市立大学遺伝学教 例)、CASK 変異例では橋小脳低形成、SPTAN1 室の才津浩智先生、松本直通先生である。 変異では髄鞘化遅延と脳幹小脳低形成が特徴的で あった。4例(16%)では ACTH 療法により発 謝辞 作は早期に抑制されたが、17例(68%)は発作抑 本研究に対して平成27年新潟県医師会研究助成 制困難で、日単位の発作が残存していた。 金を賜り、 この場をお借りして感謝申し上げます。 経過中 chorea や ballism、dyskinesia などの不 随意運動がみられた例は7例(28%) 、手もみな どの手の常同運動がみられた例は7例 (28%) あっ 文献 た。これらの不随意運動や常同運動を認めた11例 Strømme P, Mangelsdorf ME, Scheffer IE, 1) のうち8例(72.7%)で原因遺伝子が同定され、 et al : Infantile spasms, dystonia, and other 検出率が高かった。CDKL5変異の3例はいずれ X-linked phenotypes caused by mutations も不随意運動を合併した。 in Aristaless related homeobox gene, ARX. Brain Dev 2002 ; 24 : 266-268. 考案 2) Kalscheuer VM, Tao J, Donnelly A, et al. 今回の我々の解析では、約56%の症例で原因遺 Disruption of the serine/threonine kinase 9 伝子を同定できた。これまでの West 症候群に対 gene causes severe X-linked infantile する遺伝子検査では、様々な方法を用いて14− spasms and mental retardation. Am J Hum 72%と報告されている 。今回の結果はこれまで Genet 2003 ; 72 : 1401-1411. 5) と同等か検出率が高い。これは、我々の症例が重 3) Saitsu H, Kato M, Mizuguchi T, et al : De 度発達遅滞の例や、不随意運動を伴う症例を多く novo mutations in the gene encoding 解析した結果と思われる。これまでの我々の研究 STXBP1(MUNC18-1)cause early infantile 結果では、不随意運動など他の随伴症状を伴う乳 epileptic encephalopathy. Nat Genet 2008 ; 児期の難治性てんかんでは原因遺伝子の検出率が 40 : 782-788. 高いことが示された 。 5) 4) Saitsu H, Tohyama J, Kumada T, et al : 今回の結果では、1例の ARX 遺伝子以外は全 Dominant-negative mutations in alpha-II て新生突然変異であった。West 症候群のような spectrin cause West syndrome with severe 重度発達遅滞を来す疾患は、遺伝子異常があって cerebral hypomyelination, spastic も突然変異が多く、この情報は遺伝相談の上で極 quadriplegia, and developmental delay. Am めて重要な情報である。発達遅滞をきたすお子さ J Hum Genet 2010 ; 86 : 881-891. んをもつ両親にとっては、遺伝性があるかどうか Kobayashi Y, Tohyama J, Kato M, et al : 5) も重要な問題の1つである。West 症候群の遺伝 High prevalence of genetic alterations in 子解析は、この点についても重要な情報を提供し early-onset epileptic encephalopathies うると思われる。 associated with infantile movement disorders. Brain Dev 2015 ; In Press. 新潟県医師会報 H28.2 № 791
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