直流給電技術の現行と動向 - ITU-AJ

直流給電技術の現行と動向
つ むら
株式会社NTTファシリティーズ 研究開発本部 パワーシステム部門
てつ し
津村 哲史
1.はじめに
の蓄電池など、直流給電技術が適用される範囲が、近年、
近年、スマートフォンやクラウドコンピューティングな
急速に拡大している[1]。
どの普及に伴い、通信やデータセンタの需要はますます拡
今日における直流電力の応用例を図1に示す。消費電力
大し、ICTは社会に広く普及し、社会インフラとしての重
や負荷・システム規模の大小などアプリケーションに応じ
要性は増している。その一方で、ICT装置数の増加が進み、
て、直流電圧は1V程度から数百kVまでと幅広い電圧の範
消費電力も増加の一途をたどっており、この傾向は国内だ
囲で使用されている。
けではなく、国際的にも共通であり、ICT装置・設備の省
電力化への取組みは国際的にも喫緊の課題として認識さ
3.ICT分野での取組み
れている。近年、この省電力化のキーテクノロジとして、
データセンタや通信用施設で用いられている交流、及び
データセンタや通信施設内で直流電力を配電し、直接サー
直流の給電方式比較を図2に示す。ICTシステム用施設の
バへ給電する高電圧直流(HVDC:High Voltage Direct
代表格であるデータセンタでは、電源トラブルに備え交流無
Current)給電が世界的に注目されており、その実用化が
停電電源装置(UPS:Uninterruptible Power Supply)を設
始まっている。
置する場合が多い。一般的なUPSはバックアップ電源とし
本稿では、消費電力量の伸びが著しいデータセンタや
て蓄電池を用いるため、AC/DC(整流器)とDC/AC(イ
通信用施設内の直流給電の取組みを例にとり、国内外の
ンバータ)の変換器が必要であり、バックアップ動作以外
検討状況やHVDC給電方式普及のための国際標準化の動
の通常の給電時にも電力変換に伴う損失を発生させてしま
向について報告する。
う。また、
ICT装置の内部(CPUやメモリなど)は、
5V、
3.3V
等の直流で動作するため、交流給電の場合、交流と直流
2.直流給電の特徴
の変換を一般的には4回行うことから、変換損失が都度発
今日における一般的な電力は、電力会社など電気事業
生している。一方、通信用施設では、整流器を用いた直
者を通して供給される、周波数が50若しくは60Hzの交流
流給電方式が多用されている。直流方式の場合、交流方
電力である。これは1880年代に起きた、直流派のエジソン
式と比べ電力変換段数が少ないことで、原理的に効率の
と交流派のテスラによる電気事業の黎明期における激しい
改善が図られることに加え、蓄電池を給電線に直接接続で
競争に起因している。結果は前述のとおり、当時の技術と
きるため、設備構成がシンプルになり給電システムの信頼
して大容量化と長距離送電が容易である交流給電が市場
度が一桁以上高くなるというメリットも有する。また、負
を獲得した形となり、現在の電力システムへと続いている。
荷需要施設近傍に、直流を出力する分散型電源を設置す
しかし、これまでも直流給電は完全に衰退していたわけで
ることも数多く検討されており、蓄電装置、及びICT機器
はなく、様々な分野において活用されてきた。代表的には、
との接続性、親和性の高さからも直流給電方式が期待さ
通信用施設で100年以上も前から直流48Vが使用されてき
れている。
ており、その他鉄道や航空産業においても直流は積極的に
また、通信用施設では従来直流48Vの低い直流電圧が使
活用されてきている。また、一般的な電気機器においても、
われてきたが、ICT装置の負荷容量や発熱密度増大に対処
近年のAV機器、情報通信機器などのデジタル家電や、イ
するため、400V程度のHVDC給電方式が提案され、実用
ンバータ付きのエアコンや冷蔵庫に代表されるように、機
化され始めている。ICT機器は入力電圧に依存せず、常に
器内部では最終的に直流、若しくは、機器に入力した交流
一定の電力を消費する特性があるため、同じ容量の負荷
を直流に変換して電力を利用する形式の負荷が増えてい
に対しては、電圧を上げ、負荷への給電電流を小さくする
る。また、太陽電池を始めとした再生可能エネルギーの導
高電圧化が、敷設ケーブル断面積の減少やケーブルに生
入拡大、及びそれらの出力変動の不安定さの解消のため
ずる損失の抑制の観点で有効となるためである。一例とし
ITUジャーナル Vol. 46 No. 3(2016, 3)
27
スポットライト
■図1.直流電力の応用例
■図2.データセンタ・通信用施設における交流給電と直流電力の比較
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ITUジャーナル Vol. 46 No. 3(2016, 3)
て、直流48Vと比較すると、電流を約8分の1に抑制できる
証が開始されており、その導入・応用領域は広がりを見せ
ことから、配線の細径化とともに配線損失、発熱の抑制が
ている[2][3]。
可能となり、配線・施工コストの低減や、設置自由度の向
上を図ることが可能である。そのため、近年の省電力化の
5.国際標準化の動向
キーテクノロジとしてHVDC給電が世界的に注目されてい
HVDC給電の国際標準については、主にITU-TやIEC、
る。
ETSI(European Telecommunications Standards Institute)
な お、400V 程 度 の 直 流 電 圧 は、IEC(International
にて議論されており、これら3団体はリエゾン関係を維持
Electrotechincal Committee)などの標準や電気設備基準
した活動を行っている。
の区分からは、低圧の範囲に含まれるが、ICT分野では俗
ITU-Tでは、データセンタ及び通信用施設を対象とした
称的に高電圧と呼んでおり、以降、本稿では、同様にHVDC
HVDC 給電の規格策定が進み、2012年5月に SG(Study
若しくは高電圧直流と表現する。
Group)5にて、
「電気通信及びICT装置の入力端における
400Vまでの直 流 給 電インタフェース」
(L.1200:Direct
4.世界各国における高電圧直流給電の検討事例
current power feeding interface up to 400 V at the input
ICTシステム向けHVDC給電システムの世界各国の導入
to telecommunication and ICT equipment)の勧告化が
状況を図3に示す。日本国内のみならず、世界各国にその
承認され、ETSIでも同年に同様の規格が欧州の標準仕様
動向は拡大しており、同時に国際標準が求められている。
として発行されている。L.1200は、HVDC給電対応のICT
直近の一例として、NTTグループにおいてはHVDC対応
装置用電源に関する基本的な仕様であり、主にICT装置の
システムの通信用施設への導入を本格化させ、米国のテ
動作電圧範囲、過度電圧変動に対する対応、接地・絶縁
キサス大学では、データセンタにおいて太陽光発電システ
に関する仕様を勧告している。
ムとHVDC給電システムとの系統接続による運転制御の実
IECにおいても積極的な活動が行われており、2014年よ
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NTT Group
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■図3.HVDC給電システムの導入・実証事例
ITUジャーナル Vol. 46 No. 3(2016, 3)
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スポットライト
りSMB(Standardization Management Board) / SEG4
全保護、SC22E(Sub Committee)では安定化電源及び
(Systems Evaluation Group - Low Voltage Direct Current
電力変換装置、SC22Hでは直流用無停電電源装置(UPS)
Applications, Distribution and Safety for use in Developed
など幅広い分野でHVDC給電に関する国際標準に向けた
and Developing Economies)を設置し、1,500V以下の直
具体的な議論が進められている。
流配電における課題及び必要な標準化項目について検討
している。通信用施設やデータセンタ以外にも、分散型電
6.おわりに
源や蓄電池、直流機器(設備)の住宅・建物・マイクログ
本稿では、今後の成長が期待されているICT分野で必要
リッドへの展開、また発展途上国の未電化地域へ適用など
とされるHVDC給電システムの検討状況や普及のための国
の応用も視野に入れ、各TC(Technical Committee)の
際標準化動向を中心に報告した。HVDC給電は、電力変
技術分野を横断する形で直流配電に関する技術的課題の
換による損失が原理的に少ないため、ICT装置・設備の消
検討や体系的な標準化のあり方について幅広く議論してい
費電力を削減するうえで大変有望な技術である。また、太
る。
陽光発電や、電気自動車、燃料電池など、直流出力の分
また、TC23 / WG(Working Group)8では、直流400V
散型電源との親和性が高いことも特徴であり、幅広い応用
用のコンセント・プラグ(2.6kW及び5.2kW定格)に関す
が期待される。日本における通信用施設への本格導入を
る審議を行っており、2.6kW定格に関しては、2015年8月
先駆けとし、世界的な展開を推進すると同時に、省エネル
に「IEC TS 62735-1:Edition 1.0 2015-08 DC plugs and
ギーによる環境負荷低減など社会的課題解決の一助とな
sockets-outlet for ICT equipment installed in data center
ることが期待できる。
and telecom central offices」として先行して承認されて
いる。残る5.2kW定格に関しても、安全性を高める機構等
を付加する方向でドラフトの審議が進められている。現在
世界各国で使われている交流方式は周波数、電圧、また
コンセント・プラグの形状がまちまちであり、統一化され
ていない。今後導入が拡大すると期待されている直流給
電においては、形状や規定に関して国際標準として統一化
されることで、多くのプレイヤにとってメリットを享受で
きるものとなる。その他、直流に関する活動状況の一例と
して、TC64では建物内電気施設に関する施工保守及び安
30
ITUジャーナル Vol. 46 No. 3(2016, 3)
参考文献
[1]
廣瀬 圭一、
“直流技術と応用の動向”
、電気学会誌、Vol.
131, No. 4, pp.358-361(2011)
[2]
日本電信電話株式会社(NTT)報道資料、
“世界初、次
世代給電インタフェースに関するテクニカルリクワイヤメ
ントの公開について”
、
http://www.ntt.co.jp/news2014/1408/140804a.html(2014)
[3]
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構
(NEDO)報道資料、
“米国テキサス州において省エネ実
証事業を実施へ”
、http://www.nedo.go.jp/news/press/
AA5_100422.html(2015)