日本保健物理学会第48回研究発表会 若手研究会セッション(9:30-‐10:30) 緊急時作業における 放射線防護の課題 2015年7月2日 若手研究会 1. 東電福島第一原子力発電所事故の検討 1. ベント作業と線量上限値 2. 甲状腺被ばくと実効線量 2. 放射線による確定的影響の検討 1. 閾値250mSvの根拠 2. 健康影響の重篤度 注意: 本発表の内容は、若手有志勉強会での議論に基づいたものであって、学会や所属組織の意見を代表するものではありません。 1 本セッションの進め方 前半:話題提供(約30分) 福島事故の教訓を踏まえた緊急時作業の 線量上限値(参考レベル)*に関して 若手で議論した結果を会場内で共有 *本発表では計画被ばく状況で用いる「線量限度」ではなく、緊急時被ばく状況の参考レベルとして「線量上限値」を用いる 後半: 総合討論(約30分) 2 背景:緊急作業時の線量上限値の改定と考え方 日本の緊急時被ばく状況の線量上限値の変遷 100mSv→250mSv→100mSv→二段階(100mSv and 250mSv) (厚生労働省)東電福島第一原発作業員の長期健康管理等に関する検討会報告書 平成 27 年5月1日 緊急被ばく限度の考え方 複数の原子炉の炉心が溶融する過酷事故であった東電福島第一原発事 故においても、緊急被ばく限度250 ミリシーベルトで緊急対応が可能であっ た経験を踏まえると、今後、仮に、緊急作業を実施する際に、これを超える 線量を受けて作業をする必要性は現時点では見いだしがたい。 [検討]福島における緊急対応は成功したと言えるのか? 厚労省報告書 h4p://www.mhlw.go.jp/file/04-‐Houdouhappyou-‐11303000-‐Roudoukijunkyokuanzeneiseibu-‐Roudoueiseika/0000084402.pdf 3 東電福島第一原子力発電所事故 (福島事故)の被害 緊急時作業者の急性被ばくによる 死亡者はゼロ 約8万人→避難指示区域 約1150km2 約2.5万人→帰還困難区域 約337km2 震災関連死 福島県1914人(/3331人) (H27年3月末) 福島事故において緊急時作業が成功したとは決して言えない 250mSvで壊滅的状況を回避可能か?→福島事故を検証 4 緊急時における放射線防護の目的 作業員の 健康リスク 壊滅的状況の回避 住民の 生命・生活 正当化、最適化の原則 緊急時作業に伴う被ばくによる作業員の健康リスクを下げつつ、 「壊滅的状況」の回避による住民の生命・生活を防護 →線量上限値が250mSvで壊滅的状況を回避できるかを検討 5 1-‐1.ベント作業と線量上限値の検討 [背景]東京電力はベントを実施する事により作業員が100 mSv を超える恐れがあったため、線量上限値の引き上げを要望 →3月14日に線量上限値が250 mSvに引き上げ 政府事故調中間 [問題] 線量上限値を引き上げたことによってベント作業が可 能になったかどうかの検討は未実施 *想定外の事故が起こった際に遠隔操作できる保証はない。 →福島事故の記録からベント作業に費やす時間と被ばく線量を調査 6 1-‐1. ベント作業と線量上限値の検討 東電事故報告書 平成24年6月版 資料一覧P58より 1号機のベント断念の状況(3月12日) • 9時24分:中央制御室を出発 • 通路(キャットウォーク)を半分程度進んだところで線 量計が振り切れ • 9時32分:中央制御室に戻る • 運転員1名の被ばく量が100mSvを超えたことを確認 検討 ベント弁までの往復の半分→8分、100mSv • ベント弁までの往復→16分、200mSv • 線量上限値が250mSvの場合 →ベント操作に費やせる時間は約4分 →約4分で「ベント操作」を達成できるのか? (参考)人力によるベント操作時間は1弁約50分(浜岡4号、中部電力、平成27年4月7日) 空間線量率は一定と仮定 内部被ばく未考慮 7 h4ps://www.nsr.go.jp/data/000102857.pdf 1-‐1.ベント作業と線量上限値の検討 [検討]線量上限値を何mSvに増やせば、 1号機のベント操作に何分を費やせたか? 線量上限値を増加した場合の 1号機ベント操作に費やせた時間の概算 70 60 操 作 可 能 時 間 分 50 ( 10 ) 0 空間線量率は一定と仮定 内部被ばく未考慮 64 40 44 30 20 24 0 200 4 250 500 750 線量上限値(mSv) 1000 [論点1] 緊急時は訓練通りいかない。 ベント実施の不確定要素を考慮する必要性 • ヒューマンエラー(心理的ストレス) • 停電、余震など [提案] 「壊滅的状況」回避を確実に実現するために 必要な被ばく線量を求めてから上限値を検討 *上限値は裕度を持たせて設定する必要性 l ヒューマンエラーによる作業時間増加 l 内部被ばく測定の不確かさ l 個人線量計測定の不確かさ l 事業者は法で決められた上限よりも低 い制限値を自主的に設定、等を考慮 8 1-‐1.ベント作業と線量上限値の検討 [論点2] 今回の検討は、福島第一原子力発電所1号機の場合のみ →法令には普遍性が必要 [提案] プラント別にアクシデントマネジメント対策に伴う被ばく線量を検討 →プラントの種類、炉内燃料等を考慮 被ばく線量を推定 • 過酷事故時のプラント内の空間線量を推定 • プラント別にAM策の作業時間を検討 線量上限値 →ベントが成功していれば、「壊滅的状況」を回避できたか? 9 1-‐1.ベントによる壊滅的状況回避の検討 1号機格納容器の圧力 [考察] • 9時30分のベント作業が成功していれば、 ベントは約4-‐5時間早く実現 • ベントにより格納容器内の水素ガスが建 屋の外に放出 • 建屋内の水素濃度が低下 • 水素爆発のリスクが低下 国会事故調 14時30分の格納容器圧力低下(原因不明) 15時36分に1号機建屋が水素爆発 [論点] • 線量上限値が十分高く、ベントが成功していれば、 1号機建屋の水素爆発は防げたのか? • 1号機建屋の爆発を防げたならば、3号機の爆発、 2号機からの大量放出は防げたのか? • 瓦礫によるサイト内の作業環境悪化の影響は? ベントによる事故緩和の評価は保健物理の範囲外 →過酷事故解析分野の協力が必須(今後の展開) 10 1-‐2. 甲状腺内部被ばくと実効線量の問題 [背景]福島事故時において、実効 線量で250mSvを超えた6名の男性作 業者の被ばくの内訳は甲状腺への 内部被ばくが主 [問題]線量上限値超過により、高度 な技能を所持している作業者が緊急 時作業や復旧作業等に従事不可 K. Sugai, Jpn. J. Health Phys., 47 (1), 25-29 (2012) [検討]緊急時作業の線量上限値の種類は 甲状腺内部被ばくを含めた実効線量が妥当か? 11 1-‐2. 甲状腺内部被ばくと実効線量の問題 [注目]甲状腺被ばくによる健康リスクは 致死率の低い晩発性の確率的影響 [論点1]晩発性の健康リスクは緊急時が終わってから低減する事が可能 • がん検診により、早期発見、早期治療が可能 東電福島第一原発作業員の長期 • 禁煙指導、生活習慣のサポートでがんリスクを低減可能 健康管理等に関する検討会報告書 [論点2]緊急時作業者は一般的に成人男性 ICRP Pub. 103 →子供と比較して甲状腺がん死亡リスクは低い • 過剰相対リスクは被ばく時年齢が10年増加するごとに56%減少(がん罹患率) • 安定ヨウ素剤投与は40歳以下 防災指針 [論点3]内部被ばくのリアルタイム測定は容易でない • 福島事故時はヨウ素用フィルタ等の防護装置が不足 国会事故調等 検討 [提案]緊急時は実効線量ではなく1cm個人線量当量Hp(10)で管理 *防護マスクや安定ヨウ素剤服用は、合理的に達成できる範囲で実施(防護の最適化の観点から) 12 緊急時被ばく状況の放射線防護に対する その他の論点 • 緊急時被ばく状況は「線量限度」でいいのか? • ICRPは参考レベルを提示(ベンチマークという位置付け) • 実効線量は前向き(ProspecWve)な防護量であって、後ろ向き (RetrospecWve)な評価には用いない • 緊急時は放射線の入射方向が不明 →個人線量計の測定値は不確かさ大(特に中性子) • 線量上限値を超えた作業者・事業者への罰則とは? 13 2. 放射線による確定的影響の検討 [背景]ICRP2007年勧告の緊急時被ばく状況の防護基準とその目的 職業被ばく 救命活動 (情報を知らされた志願者) 参考レベル(実効線量) 他の者への利益が救命者のリスクを 上回る場合は線量制限なし 他の緊急救助活動(壊滅的状況回避) 1,000又は500mSv(*) 他の救助活動 ≦100mSv (*)1,000mSv以下の実効線量は重篤な確定的影響を回避できるはずである。 500mSv以下では、他の確定的影響を回避できるはずである。 ICRPの緊急時被ばく状況の防護基準は 確率的影響の起こるリスクを表現する実効線量で示されているが、 防護の目的は確定的影響の回避と明記 →放射線による確定的影響について詳しく検討 14 2-‐1.確定的影響の閾値の根拠 閾値とは集団の約1%の人に発症する量 [背景]確定的影響の閾値は250mSvと言われている • 数々の放射線生物学のテキストの記述 • 保物学会シンポジウム( 2015年2月28日)の質疑にて、 250の根拠となる文献について言及 調査 Oak Ridge 国立研究所Y12エリア臨界事故報告書(1958)を入手 web.ornl.gov/info/reports/1959/3445602760616.pdf 15 2-‐1.確定的影響の閾値の根拠 [事故概要] 1958年6月16日 Oak Ridge 国立研究所の Oak Ridge 国立研究所 Y12エリア臨界事故報告書(1958) Y-‐12プラントで、作業者がタンクの水を抜き、ドラム缶に 移し臨界事故。8名が被ばく、うち5名は大量の被ばく (2.36~3.65Gy)残り3名は比較的軽微な被ばく(0.7Gy 以下) (厚生労働省)東電福島第一原発作業員の長期健康管理等に 関する検討会報告書 平成 27 年5月1日より 比較的軽微な3人についての血液像の変化 1. 68.6rad(686mGy)の一人は、リンパ球数2,000 を超え続け、 放射線影響の明確な パ ター ンは見られなかった 2. 原因不明の白血球増加症の既往歴があるもう一人の 68.5rad(685mGy)の者については、3日目にリンパ球数が 1,220と最低となった 3. 22.8rad(228mGy)の者については被ばく後2~4週間後に 緩やかなリンパ球増加症が何らかの理由で認められた。 100rad=1Gy 100rem=1Sv web.ornl.gov/info/reports/1959/3445602760616.pdf 確定的影響の閾値を250mSvとした根拠? 16 2-‐1.確定的影響の閾値の根拠 [問題]根拠となるデータが50年以上前 臨界事故→中性子被ばくが問題 当時は中性子の放射線加重係数を未考慮 調査 Y12臨界事故の線量再構築のレポートを発見 評価年 中性子 ガンマ 合計 1958 6.0 (rad) 16.8 (rad) 22.8 (rad) 2006 79.7 (rem) 18.5 (rem) 98.2 (rem) 100rad=1Gy 100rem=1Sv 228mGy→982mSv 古いデータは線量評価に問題 →法的根拠とする場合は要検討 ORAU TEAM Dose ReconstrucWon Project for NIOSH (2006) h4p://www.cdc.gov/niosh/ocas/pdfs/Wbs/or-‐t57-‐r0.pdf 17 2-‐1.根拠とすべき最新の知見⇒ICRP Pub. 118 (2012) 表4.4 成人の組織・臓器のうちおよそ1%が罹患する しきい線量の予測(急性、分割・遷延、慢性曝露) ICRP Publ. 118, Table 4.4 (2012) 造血機能低下 骨髄 3-‐7日後 急性〜0.5 Gy、分割・遷延〜10-‐14 Gy、慢性>0.4 Gy/year 18 2-‐2.確定的影響の重篤度の議論 (厚生労働省)東電福島第一原発作業員の長期健康管理等に関する検討会報告書 緊急被ばく限度の考え方 • これらの文献からは、リンパ球数減少のしきい値は250mGy程度から 500~600mGy程度の間にあると考えられるが、この間のデータ数が少 ないため、しきい値を明確に決めることは難しい。 • 緊急時作業中のリンパ球減少による免疫機能の低下を確実に予防す るという観点から、同事故時に、しきい値を確実に下回る250mSvを緊 急被ばく限度として採用したことは、保守的であるが妥当と言える。 防護の目的が「免疫機能の低下を確実に予防する」事と記載 19 2-‐2.確定的影響の重篤度の議論 [論点]「免疫機能の低下」は 緊急時作業者の防護のエンドポイントとして妥当か? 検討 「免疫機能低下」とそれに伴う感染症は通常医療で治療可能 • 作業環境の改善で感染症リスクは低減可能 • 栄養供給、心理的ストレス緩和等を実施 「免疫機能の低下」は然るべき医療環境があれば 致死性の重篤な確定的影響ではない 20 2-‐2.確定的影響の重篤度の議論 [問題]「免疫機能低下の閾値」に固執すれば、 線量制限が厳しくなり、壊滅的状況回避の作業が困難 作業員がある程度の健康リスクを負わなければ※ 住民の生命・生活は守れない ※事前の意思確認、教育、訓練、 医療環境の構築は必須 [提案]「免疫機能低下の閾値」ではなく、 確定的影響の「重篤度」と「医療環境」を考慮して 緊急時作業員の線量上限値を検討 21 There are risks and costs to program of acWon, But they are far less than the long-‐range risks and costs of comfortable inacWon. 行動にはリスクとコストが常に伴う。 しかしそれらは、楽をして行動しない場合の 長期的なリスクとコストに比べれば、 取るに足らない。 -‐ John F. Kennedy (ジョン・F・ケネディ) -‐ 22 若若⼿手研究会 福島第⼀一原⼦子⼒力力発電所視察 (2014年年11⽉月) 23 まとめ① 東電福島第一原子力発電所事故の検討 ベント作業と線量上限値 [検討]1号機ベント断念の状況 • 線量上限値が250mSvの場合、1 号機のベント操作に費やせる時 間は約4分間と推定 甲状腺内部被ばくと実効線量 [問題]甲状腺内部被ばく線量を 外部被ばく線量と合算したため、 実効線量250mSvを超過 [検討]緊急時作業の上限値の種 • 中部電力報告書から人力でのベ 類は甲状腺内部被ばくを含めた ント操作は1弁につき約50分 実効線量が妥当か? [提案]プラント別に壊滅的状況回 [提案]緊急時作業は実効線量で 避を確実に実現するために必要 はなく、1cm個人線量当量で管理 な被ばく線量を推定したのちに線 量上限値を検討 24 まとめ② 放射線による確定的影響の検討 閾値250mSvの根拠 [調査]Y12臨界事故報告書 • 228mGy作業者のリンパ球が変化 • 線 量 再 構 築 ( 2 0 0 6 年 ) に よ り、 228mGy→982mSv • 古いデータは線量評価に問題 →法的根拠とする場合は要検討 • 最新の知見であるICRPpub.118 では、造血機能低下の閾値は 急性被ばくで0.5Gy 健康影響の重篤度 [検討]緊急時作業者の防護のエ ンドポイントは「免疫機能低下」が 妥当か? →通常医療と作業環境の改善で 対応可能 [提案]緊急時作業者の上限値は 免疫機能低下の閾値ではなく、確 定的影響の「重篤度」と「医療環 境」を考慮して検討 25 総合討論:緊急時被ばく状況の防護の論点 1. 緊急時被ばく状況の線量制限は「線量限度」が妥当か? →法令への参考レベルの導入を検討 2. 上限値の種類は甲状腺被ばくを含めた「実効線量」が妥当か? →緊急時被ばく状況における1cm個人線量当量での管理を検討 3. 緊急時作業者防護のエンドポイントは「免疫機能低下」が妥当か? →確定的影響の「重篤度」と「医療環境」を考慮した線量制限を検討 4. 緊急時作業の上限値を採用するなら「根拠」は何が妥当か? →最新の科学的知見の必要性 5. 「壊滅的状況」回避を確実に実現するための線量上限値は、 実効線量「250mSv」で妥当か? →福島事故検証の必要性 26
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