日本セトロジー研究 Japan Cetology (21): 9-13(2011) スナメリ Neophocaena phocaenoides の舌形態の観察 進藤 順治1) 岡田 あゆみ1) 真柄 真実2) 田島 木綿子2) 山田 格2) Morphology study on the tongue of the Finless porpoise (Neophocaena phocaenoides) Junji Shindo1), Ayumi Okada1), Manami Makara2), Yuko Tajima2) and Tadasu K. Yamada2) 要 旨 9 頭のスナメリの舌を肉眼および走査型顕微鏡で観察した。舌は舌尖部が円い長方形を呈し、舌 後方 1/3 には舌腺の開口部が散在していた。大きさは舌の長さが 4.5 ∼ 8.5cm、幅は 3.8 ∼ 5.1cm であった。舌背は平坦で乳頭が存在しないが、若齢期において辺縁乳頭が分布していた。舌は成 長に伴い、①辺縁乳頭の退縮、②辺縁乳頭の結合織芯の分岐した二次芯から円柱状の二次芯へ変化、 ③舌尖下面の減少、④舌前縁下部のヒダの肥厚が観察された。スナメリ舌の成長に伴う形態変化 は哺乳と吸引摂餌に関係していると推測された。 Abstract The tongues of nine finless porpoise were examined by macroscopy and scanning electron microscopy. The tongues were rectangle-shaped with a blunt apex and were about 4.5-8.5 cm in length and 3.8-5.1 cm in width. The surface of the tongue appeared relatively smooth with no lingual papillae, but there were marginal papillae on the antero-lateral part of the tongue in the young. With growth in length, the following change was observed; ① degeneration of the marginal papillae. ② the connective tissue cores of the marginal papillae changed from dendriform to rod-shaped. ③ decrease in the dimension of the facies lingual apex inferioris. ④ thickening of the horseshoe-shaped fold under the margin of the tongue. The morphological changes in the tongue of the finless porpoise were thought to be related to sucking and suction-feeding. 目 的 スナメリに関する舌形態は示されていない。 哺乳動物の舌は種により固有の形態を有しており、 スナメリは日本から東南アジア、インドの浅い暖か 舌背表面には舌乳頭が存在する。一般に哺乳動物の舌 な沿岸河口域に生息し、沿岸域の海底や川底の魚類や 乳頭は機械乳頭である糸状乳頭と、味蕾乳頭の茸状乳 エビ類などを採食する小型のハクジラであり、外洋性 頭、有郭乳頭および葉状乳頭が分布し、その形態や分 で魚類を主食とする既知の鯨類とは食性に違いがあ 布は種の間で差がみられる(Dyce et al. 1987)。また、 る。また日本沿岸において数多くの漂着や混獲が見ら 舌乳頭はそれぞれ外見上に違いも見られるが、上皮下 れ、それらから生物学的な情報が得られている(Amano にある結合織芯の立体構造を観察すると種間に明瞭 2002)。今回は、死亡漂着したスナメリの舌を用い、舌 な特徴が現れ、その形態は、食性や咀嚼方法などと関 形態と上皮下の結合織芯を観察し、その特徴や成長に 係のあることが示されている(小林 1992)。しかし同 伴う舌の形態的変化を明確にするとともに、他のハク じ哺乳動物でありながら、水中と言う特殊な環境で生 ジラ類の舌と比較検討した。 活する鯨類についての知見はあまり多くない。これま で、鯨類の舌は、ハンドウイルカ(Suchowskaja 1972, 材料及び方法 Donaldson 1977)、スジイルカ(Yamasaki et al. 1976 観察には漂着又は混獲により死亡した体長 73.5 から 1978)、カ マ イ ル カ( 吉 村・ 小 林 1997, Shindo et al. 183.5cm のスナメリ 9 頭の舌を用いた(表1)。下顎よ 2007a)、オ ウ ギ ハ ク ジ ラ( 吉 村・ 小 林 1997, Shindo り採取した舌は、10%ホルマリンで固定後、肉眼的観 et al. 2007b)およびヒレナガゴンドウ(Pfelffer et al. 察を行い、走査型電子顕微鏡(SEM)による観察標本と 2001)などで観察され、形態的特徴が示されてきたが、 して各部位を切り出し、2.5%グルタールアルデヒド . 1) 北里大学獣医学部生物環境科学科野生動物学研究室 〒 034-8628 青森県十和田市東 23 番町 35-1 Laboratory of Wildlife Science, School of Veterinary Medicine, Kitasato University, 35-1 Higashi23ban-cho, Towada, Aomori 034-8628, Japan. 2) 国立科学博物館 〒 169-0073 東京都新宿区百人町 3-23-1 National Museum of Nature and Science, Department of Zoology, 3-23-1 Hyakunin-cho, Shinjuku, Tokyo 169-0073, Japan. 9 進藤 順治・岡田 あゆみ・真柄 真実・田島 木綿子・山田 格 表1 スナメリの漂着記録・体長と辺縁乳頭の数 Museum No 性別 発見日 34519 35071 35070 35165 35040 34508 35176 35048 34514 メス オス オス メス オス メス メス オス オス 1997.3.5 2008.3.6 2008.2.16 2009.2.7 2007.10.21 1999.3.27 2009.3.5 2007.11.20 2006.1.10 漂着場所 福岡県福津市 長崎県時津町 長崎県雲仙市 長崎県時津町 大分県宇佐市 福岡県福岡市 長崎県南島原市 長崎県長与町 福岡県福岡市 体長(cm) 辺縁乳頭数 73.5 100.5 104.5 118 120 134 150.6 155 183.5 35 26 28 21 18 13 1 3 3 図1 スナメリの舌。左が体長 155cm、右が体長 73.5cm の舌。舌表面は平坦であるが、舌後部に溝(↑)と体長 73.5cm には辺縁乳頭が見られる。 Bar : 2cm A D G B E H C F I 図2 スナメリの辺縁乳頭。舌尖下面および舌前縁下部ヒダの成長に伴う変化。A-C は 73.5cm。D-F は体長 120cm。G-I は体長 155cm。A、D、G は辺縁乳頭の変化。B、E、H は舌前縁下部(↑)のヒダの変化。C、F、I は舌尖下面(↑)の変化。Bar : 1cm 10 スナメリ Neophocaena phocaenoides の舌形態の観察 舌 背 は 平 坦 で 舌 乳 頭 は 観 察 さ れ な い が、体 長 が 73.5cm から 134cm の個体の舌前部辺縁には多くの辺 縁乳頭が存在した。体長 104.5cm より大きな個体では その数が減少、150cm 以上では明瞭な乳頭ではなく、 辺縁が波打った隆起として観察された(表1、図2)。 舌前縁下部には、舌縁に平行に馬蹄形のヒダがみら れ、そのヒダの厚さは体長 73.5cm の舌で 1.5mm ほ どと薄くわずかであるが、成長するに従い舌前部の側 面を取り囲むように盛り上り、120cm 以上では 5 ∼ 6mm の厚さになっていた。また、舌尖下面の長さは 図3 スナメリの舌背上皮とその結合織芯 。細長い円柱状の結合織芯 が密に分布する。Bar : 200μm 体長 73.5cm で約 8mm であったが、120cm 以上では 2.2-3mm と成長に伴い舌尖下面の領域が減少していた (図2)。 スジイルカ(Yamasaki et al. 1976 1978)、ハンドウ イルカ(Donaldson 1977)やカマイルカ(吉村・小林 1997, Shindo et al. 2007a)の舌は舌先の幅が狭く、舌 根部では広い三角形状の形態を呈し、舌根部にはV字 に溝が並んでおり、オウギハクジラ(吉村・小林 1997) では口腔底から隆起した形態である。観察したスナメ リの舌は舌尖部が丸い長方形を呈し、それらの舌とは 異なった形態であった。また、舌背表面は舌乳頭を欠 き、舌前部辺縁に存在する辺縁乳頭は、成長に伴いその 数と大きさが減少していた。 辺縁乳頭は哺乳に関与した部位としてイヌやブ タ(Habermeil 1952) お よ び ヒ ト(Yamasaki and Takahashi 1982)の 胎 児 や 新 生 仔 の 舌 に 観 察 さ れ て い る。 鯨 類 に お い て も、ス ジ イ ル カ(Yamasaki et 図4 スナメリの舌後部の結合織芯 。舌後部は円錐状の結合織芯が分 布し , 溝の底に乳頭 (矢印) が並ぶ . 導管の開口部 (D)が見られる。 Bar : 1mm al. 1976, 小 松 1983)、ハ ン ド ウ イ ル カ(Donaldson 1977)、ネズミイルカやイロワケイルカ(Kastelein and Dubbeldam 1990)の胎児や若齢個体で観察され、また リン酸緩衝液にて再固定した。各部は 3.5N 塩酸にて オウギハクジラの新生児(shindo et al. 2007b)では成 25℃に一週間浸し、上皮剥離標本を作製した後、1%タ 体に見られない非常に発達した辺縁乳頭が存在する。 ンニン酸、1%オスミウム酸で再固定し、エタノール上 これらの辺縁乳頭は成長するに従い、数の減少と退縮 昇系列で脱水した後、t- ブチルアルコールに置換した が見られており、スナメリの辺縁乳頭もこれらと同様 (Inoue and Osatake 1988)。さらに組織標本を凍結乾 変化であった。 燥し白金パラジウムで蒸着後、SEM(HITACHI S4300, 辺縁乳頭の他に観察された舌尖下面の減少と舌前縁 日立 , 東京)で観察した。 下部のヒダの肥厚の変化は、他の鯨類での報告はない。 また、若齢期の鯨類は乳頭を舌と上顎で保持し乳を飲 結果及び考察 み、離乳後摂餌するようになると、舌根部を下方向に 肉眼的観察 引き下げることにより口腔内を陰圧にし、餌を吸い込 スナメリ舌は舌尖部が円い長方形を呈し、舌後方 む吸引摂餌を行う。特にスナメリのように吻がないイ 1/3 には舌腺の開口部が散在していた。大きさは 4.5 ルカの吸引力は強い傾向にある(Ito et al. 2002, 伊藤 ∼ 8.5cm、幅は 3.8 ∼ 5.1cm、体長に比例し舌も大きく 2008)。このように舌の動きは哺乳と吸引摂餌で異なっ なっていた。舌根部には V 字状に溝が走り、個体によ ており、スナメリの成長に伴う舌尖下面の減少と舌前 り溝は左右に 1 本から数本であった(図1)。 縁下部のヒダの肥厚は、哺乳や吸引摂餌時の舌の動き 11 進藤 順治・岡田 あゆみ・真柄 真実・田島 木綿子・山田 格 A B C 図5 スナメリの辺縁乳頭の結合織芯 。A : 体長 73.5cm B : 体長 120cm C : 体長 155cm 成長に伴う棒状の一次芯の退縮と分岐状から円柱状の 二次芯の変化が見られる。Bar : 500μm に関係していると推測される。しかし、これらの関係 発な運動をする辺縁乳頭の上皮と真皮の結合をより強 を明らかにするためには、哺乳時と吸引摂餌時の舌の 固にしているものと考えられる。 詳細な動きを観察することが必要である。 謝 辞 SEM による観察 本研究にご協力いただいた、長崎大学天野雅男教授、 上皮および上皮を剥離した結合織芯を SEM で観察す 並びに長崎県環境部自然環境課、西海パールシーセン ると、平坦な舌背上皮は扁平上皮で覆われ、上皮を剥離 ター、マリンワールド海の中道、大分マリンパレス水族 すると、円柱から円錐状を呈した結合織芯が密に分布 館うみたまごの職員の方々に深く感謝いたします。 していた(図3)。舌後部では溝の底に数個の乳頭が観 察され、溝の周囲に円柱状の結合織芯がみられた。舌 引用文献 根部では多数の導管の開口部と丈の高い結合織芯が分 Amano, M. (2002) Finless Porpoise. In : Perrin, W.F., 布していた(図4)。これらの円柱から円錐状の結合織 Wursig, B., Thewissen, J.G.M. eds. Encyclopedia of 芯や溝の底の乳頭などの形態は、ハンドウイルカ(吉村・ Marine Mammals, : 432-435, Academic Press, San Diego. 小林 1997)、カマイルカ(吉村・小林 1997, Shindo et Donaldson, B.J. (1977) The Tongue of the Bottlenosed al. 2007a)の結合織芯と類似していた。 Dolphin (Tursiops truncatus). In: Harrison, R.J. ed. 辺縁乳頭の結合織芯は、73.5cm と 104.5cm の若齢 Functional Anatomy of Marine Mammals Vol. 3, : 個体では中心に棒状の一次芯とその周囲から派出する 175-198, Academic Press, London. 先端が分岐した二次芯が分布していた。先端が分岐し Dyce, K.M., Sack, W.O., and Wensing, C.J.G. (1987) た二次芯は、成長に伴い先端の分岐が小さくなり、舌辺 Text Book of Veterinary Anatomy. W. B. Saunders, 縁部の隆起として観察される体長 120cm 以上では、舌 Philadelphia. 背部の結合織芯と類似した円柱から円錐状の結合織芯 で覆われていた(図5)。 zunge neugeborener saugetiere. Z. Anat. Entw-gesch., 116 辺縁乳頭の結合織芯は若齢個体において一次芯から : 355-372. 先端が分岐した二次芯が派出しているが、ある程度成 12 Habermeil, K.H. (1952) Uber besondere randpapillan an der Horstmann, V.E. (1952) Uber den papillarkorper der 長し舌の辺縁に波打ったように遺残する辺縁乳頭では、 menchlichen haut und seine regionalen unterschiede. Acta. 舌背部の結合織芯と類似した円柱または円錐状に変化 Anat., 14 : 23-42. している。通常、複雑な構造の結合織芯は摩圧のかか Horstmann, V.E. (1954) Morphlogie und Morphogenese des る部位で観察され、上皮と真皮の結合をより強固にす Papillarkorpers der schleimhaute in der mundhodle des ると言われており(Horstmann 1952 1954)、若齢期の menschen. Zeitschrift fur Zellforschung Bd., 39 : 479-514. 辺縁乳頭で見られる分岐した二次芯は、哺乳に伴い活 Inoue, T. and Osatake, H. (1988) A new drying method of スナメリ Neophocaena phocaenoides の舌形態の観察 biological specimens for scanning electoron microscopy: 吉 村 建・ 小 林 寛(1997)海 生 哺 乳 動 物 の 舌 な ら The t-butyl alcohol freeze-drying method. Arch. Histol. びに舌乳頭に関する比較形態学的研究 . 歯学 , 85 : Cytol., 51(1) : 53-59. 385-407. Ito, H., Ueda, K., Aida, K., and Sakai, T. (2002) Suction feeding mechanisms of the dolphins. Fish. Sci., 68 Suppl 1 : 268-271. 伊藤春香(2008)第 2 章クジラの形態 ,「鯨類学」 (村山 司編著).東海大学出版 , 神奈川 , : 78-132. Kastelein, R.A., and Dubbeldam, J.L. 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