[第 1 回] 高速道路の逆走を考える 高速道路の逆走を考える

[第 1 回] 高速道路の逆走を考える
1. 高速道路の逆走問題
高速道路上で通行方向とは逆に走行する「逆走」の発生件数は、高速道路 6 社が 2014 年
に確認できた分だけで 198 件、未確認の分を入れると、年間 1,000 件近くに上っていると
も言われている。高速道路 6 社の確認できた逆走件数は、2011~2014 年の 739 件、発生場
所別では、インターチェンジやジャンクションが 50.6%で過半数を占めている。また、65
歳以上の逆走が約 7 割を占めていると報告されている。運転免許保有者の全数約 8,100 万
人に占める 65 歳以上の割合が 15.7%であることを考えると、高齢社会の問題と言える有意
な数値である。なかでも、ドライバーの脳機能の低下、いわゆる認知症による交通事故防
止が課題となる。
交通ルールを無視したり、目的地を忘れてしまったり、脳機能の低下による病気、すな
はんちゅう
わち認知症は、本人が自覚を持ちにくく、これまでのように道路管理者や交通管理者の範 疇
では『自覚なき事故』
『自覚なき事故』であるため対応に限りがある。そのため、交通環境のみの対応に止
『自覚なき事故』
まらず、運輸環境や社会環境まで含めての対策であらねばならないと考えている。このよ
うな観点から本稿をまとめてみた。
なお、本稿は拙著『高田邦道編著:シニア社会の交通政策、成山堂書店、2013.5』第 5
章第 5 節に加筆したものであり、シニア社会の交通政策に興味ある方は、本書を参照され
たい。
2. 高速道路で起きた逆走の事例
逆走は高速道路上のどのような場所で起きるのか、事例から分析すると、次のとおりで
ある。
① インターチェンジ〔ジャンクション〕の出口を通過してUターンする。
② サービスエリア*(SA)やパーキングエリア(PA)の入口から本線に戻る。
③ 本線への合流地点で右折する。
④ 高速道路の出口から流入する。
⑤ 料金所が 1 ヶ所のケースで、上下線からの流出時合流部分で、反対車線の流出ルート
へ流入する。
⑥ 本線上にある料金所通過後Uターンする。
以上の事例地点を図示すると図-1
図-1のとおりである。
これらの逆走事例は、
『勘違い』
、
『意
図-1
図的なUターン』に加えて『認知症(自分が高速道路を走っていることを意識していない)』
の3つに大きくパターン分類できる。
他にサービスエリア(SA)やパーキングエリア(PA)に流入した場合、わが国では、レ
ストハウス、トイレなどの施設が一般的に進行方向に向かって左側にあるので、地形や用
地面積・形状、あるいは眺望の関係で右側にある場合には、サービスエリア(パーキングエ
リア)から流出する際には、施設を左側と勘違いして逆方向に走ることもあるといわれてい
る。
*休憩施設の一種で、修理所・給油所・食堂などの施設を含むもの。これに対し、パーキングエリアは、
短時間の車の点検、整備および運転者の疲労回復のために限定された休憩施設。サービスエリアとの
違いは、営業施設として給油所がないこと、また、食堂があってもうどん・そばの立ち食い程度の簡
便な店舗。
①
②
③
①
料料料料 金金金金 所所所所
③
③
⑥
⑤
サービスエリア
料 金 所
一般道
④
図-1 高速道路での逆走の主たる種類
3.高速道路で起きた逆走問題の対策
3-1 道路管理者の逆走防止対策
逆走問題は、多くがドライバーの要因によるものである。前章で示したように、ふとし
た勘違いから出口から逆流するケース、高速道路出口の見過ごしや車線変更できずに通り
過ぎて、あわててUターンして逆流するケース等である。これらのケースは比較的対策が
とられているが、いわゆる「認知症」といわれる病気の場合はその対策が難しい。若年層
認知症もあるが、高齢社会に突入し、65 歳以上の逆走原因者が多くなっていることは、こ
の問題からは避けられない。
以下逆走問題の対策について整理してみる。
(1) 逆走防止対策
まず、NEXCO西日本の取り組み1)をまず整理してみる。
①
インターチェンジ合流部から本線へのUターンによる逆走防止対策として合流
部にポストコーンや路面表示の設置
②
逆走防止装置の設置-逆走車両を検知する装置と検知した場合に表示板や回転
灯を使って逆走を警告する装置の設置
③
先進的な逆走防止対策-②の警告装置では、これも見落とす可能性もあるので、
自動車のカーナビゲーションシステムを活用して、画像と音声により注意喚起シス
テム装置の設置
最近、逆走が複数検知された箇所の対応策を報道から拾うと、
④ 側道から高速本線に合流する部分で、ゴム製ポールの追加
⑤ 一般道から高速道路に入る部分の路面を目立つ色に塗り替えるカラー舗装
⑥ 正しく本線に誘導するための大型の方向案内板の設置
などである。
このような逆走問題は、地方自治体の道路公社の自動車専用道を含めた高速道路網が地
方部に展開し始めた 1990 年代にすでに顕著になり始めていた。特に、部分開通を始めた高
速道路は経費削減のため料金所を中間点の1ヶ所に設けた運用を行っていた。この場合、
一般道から自動車専用道に入り、料金所まで距離があって、交通量も少ないため逆流走行
が増えてきたとして、ある県の土木部長から著者に個人的な相談があった。
そこで、図-
図-1
図-1 で示した②と④を合わせた内容の対策として「逆流」車両停止装置(2000
年 11 月 25 日出願、2008 年2月 13 日特許発行、特許番号 4046597 号)を著者は日本信号
(株)と共同開発した。この提案時の技術的議論が、このような問題解決のための限界で
もあり、課題でもあるので、ここに記しておくことにする。
現在の技術レベルでは路面センサーでも、光センサーでも逆走車両の検出は、可能であ
る。問題は、逆走車両をどのような方法で停止させるかである。最も無難な方法は、スピ
ーカーや可変標識などによる逆走車両の報知手段による方法である。この程度の報知で気
がついてもらえればそれほどの大事に至らない。しかし、逆走行為に気づかず、あるいは
気づいたとしてもその修正に懸命に取り組んでいるので、報知事項が自分のためのものと
いう認識がないので、逆走事故が起こるのである。また、正常に走行しているドライバー
が知ったところで逆走してくる車両を避けるのは、せいぜい端部に車を寄せて、クラクシ
ョンを鳴らし、フラッシングをして逆走車両に知らせる程度である。
写真-1
写真-1 Tiger Claw(虎のかぎつめ
Claw(虎のかぎつめ)
虎のかぎつめ)
最も重要なことは、逆走車両を停止させることである。ひとつは遮断機であり、他は路
面にツメを出して強制的に逆走車両のタイヤをパンクさせて停止させる写真-
写真-1
写真-1 に示す
「Tiger Claw(虎のかぎつめ)の意」を導入させても物理的に停止させる方法である。Tiger
Claw は、アメリカのレンタカーの営業所などで、盗難予防によく使用されている。前者に
ついては、正常に走行している車が、これに衝突したらどうするのか、すなわち誰の責任
なのかということである。①料金所を通過する場合に一時停止させることは法的根拠があ
るが、逆送には法的根拠がない、②逆流車両停止ゲート(Tiger Claw)を避けた車両が順
行車にぶつかる危険があり、順行車を危険にさらさせない手段が必要、というわけである。
また、Tiger Claw で「お客様」の車にキズ(パンクさせる)をつけるなど、とんでもない
話だということである。また順行二輪車に障害があるのではという理由でもある。管理瑕
疵責任が問われるわが国では無理からぬ議論かもしれない。
しかし、果たしてそうであろうか。逆走する車の原因に「認知症」患者が挙げられている。
認知症は病気であり、事故を起こしたことも記憶にない場合もあるという。このような『自
自
覚なき逆走車』
覚なき逆走車』がいるとすれば、正常に走行しているドライバーはたまったものではない。
仮に両者が 80 ㎞/時走行だとしても相対速度は 160 ㎞/時であり、高速道路ではこれ以上
の速度で走行している。したがって、正常走行車両の安全確保を第一とすれば、車両を強
制停止させることは許容できるのではないかと考えている。しかしながら、管理者側にと
っては、パンクさせるだけで治まるとは限らないので装置として準備することには消極的
である。この論議は、国民世論として危険を放置するか、管理者の強制介入を許すか、高
齢社会の道路交通管理の方法について議論して、その態勢の中で検討すべきだと考えてい
る。「逆走」のマスコミ取材に際し、この件にについて著者の意見として述べてきたが、一
度も取り上げられることはなかった。
3-2 免許返納制度
高齢化による認知機能の低下問題に際し、地方自治体は最も緩やかな方法『免許返納制
免許返納制
度』をとっている。すなわち、高齢者のなかで危険が考えられているケースのドライバー
に自ら運転免許の返納をさせることである。この返納に際し、タクシー運賃の割引、温泉
やプールの無料利用券の発行、近隣商店やスーパーでの割引など、特典割引による免許返
納を促進している都道府県が半数を超えている。また、家族に協力を求め、返納の進言を
するよう広報している。これをバックアップする「認知症高齢者の自動車運転を考える家
族介護者のための支援マニュアル2)」も作成されている。同マニュアルには表-
表-1
表-1 のような
「認知症の原因症患による症状の違いと運転行動の特徴3)」などもまとめられている。
表-1 認知症の原因別による症状の違いと運転行動の特徴
アルツハイマー病
ピック病
血管性認知症
記憶
いつ、どこでといった
記憶を思い出せない
(出来事記憶の障害)
言葉の意味、物の名前が
分からず会話が通じない
(意味記憶の障害)
いつ、どこでといった
記憶を思い出せない
(出来事記憶の障害)
場所の理解
侵される
保たれる
侵されることもある
普段の態度
もっともらしい態度や
反応を示す
(取り繕い・場合わせ)
同じことを繰り返す、
こだわり続ける
(我が道を行く行動、
常同行動・固執)
運転行動
・運転中に行き先を忘れる
・駐車や幅寄せが下手になる
・交通ルール無視
・運転中のわき見
・車間距離が短くなる
・わずかなことで急に泣き
出したり、怒ったりする
(感情失禁)
・意欲低下
・運転中にボーッとするなど
注意散漫になる
・ハンドルやギアチェンジ、
ブレーキペダルの運転
操作が遅くなる
※佐藤好美:認知症の運転中止~家族向けマニュアル作成,産経新聞(2010-3-18 付)記事で「認知
症高齢者の自動車運転を考える家族介護者のための支援マニュアル」からまとめた表の引用
運転免許の返納については、
『写真付の身分証明書』がほかにないという理由が返納を渋
る理由として多かったが、警察庁は、2002 年から運転経歴証明書を交付しており、解決済
の課題となったが、他に次のような課題がある。
a. 週末の買い物に家族が同行できるか。核家族、独居老人、少子化などの問題と連
動している。
b. 車に代わる公共交通機関のネットワークが衰退している。特に、地方部や大都市の
郊外部では不採算事業となって、衰退の一途をたどっている。
c. 運転免許を返納させても、長い間運転してきているので、実質運転ができるので
ある。したがって、車のキーの管理と本人の行動を家族が十分にできる状態でない
と、従来どおり車を乗り回すことも可能であり、無免許運転を助長しかねないとい
う 2 次的課題が残る。
d. 買い物、医療など車社会において、車ほどの行動半径がとれなくなるので、本人
のコミュニティが小さくなり、実質「他人の助け」がないと生活できなくなる。
したがって、これらの課題は、家庭内問題であるとともに、「少子高齢化」という社会環
境問題として、国民的議論が必要である。
3-3 道路交通法の改正
国は、このような課題に対し、免許更新の際、70 歳以上向けの「高齢者講習」のほか、
2009 年 6 月からは 75 歳以上を対象に「認知機能検査」を実施している。しかしながら、
運転免許の強制的な返納は難しい。それは、認知症の症状のレベルが強制的に返納させる
レベルか否かの判断が、身体に障がいのある人などほかの緩和されている運転免許条件と
比べるとその境界が難しいからである。
しかし、今月 11 日(2015 年 6 月 11 日)に、
「認知症の疑いがある 75 歳の運転免許所有
者に医師の診断を義務づけ、発症していたら免許を停止か取り消すことを盛り込んだ改正
改正
道路交通法」が衆議院本会議で可決成立し、近く公布され
道路交通法
2 年以内に施行される運びとな
った。現行の道路交通法は、75 歳以上の人に対し 3 年に一度の運転免許更新時に記憶力と
判断力を測る筆記式テスト「認知機能検査
認知機能検査」を義務づけている。この検査で、記憶力・判
認知機能検査
断力が低いが 1 分類、少し低いが 2 分類、記憶力・判断力に心配ないが 3 分類となってい
る。このたびの改正法では、検査と医師の診断の機会を増やした。検査は免許更新時に加
えて、特定の交通違反をした場合も義務づけられるようになった。すなわち、認知機能と
交通違反の関係でみると、逆走、信号無視、および一時停止違反がこれにあたる。3 分類と
2 分類は、この特定の違反で臨時の認知機能検査が必要となる。1 分類は違反の有無に関係
なく、医師の診断が必要となる。したがって、3 分類と 2 分類の検査で、1 分類と判断され
ると、医師の診断が必要となる。医師の診断結果、認知症と判定されれば、
『運転免許の停
止・取り消し』となる。この改正で、認知症の早期発見が可能になったが、軽度の認知症
に対しては、個人あるいは家族の判断に任せられたままである。
4.シニア社会におけるドライバーの家庭内対策
一部重複するが、シニア社会における逆走問題と位置づけてその対策を整理してみる。
逆走発生のパターン分類で「自覚なき逆走」や「勘違いによる逆走」を取り上げた。これ
を防ぐには、できれば高齢者を 1 人で運転させないことである。しっかりした家族が一緒
に行動し、運転そのものを基本に戻って安全確実に行うようアドバイスすることが重要で
ある。どうしても 1 人で出かける時には、ドライブに出発する前に、地図で経路を確認す
ることが基本である。最近はナビゲーターシステムに依存するきらいがあるが、この表示
は、あくまで補助手段であり、これに頼ると運転が疎かになって危険である。特に高齢者
は多動作ができにくいきらいがある。目的地までのアクセスに関する情報を運転開始前に
インプットすること、すなわちイメージトレーニングは特に高齢者にとって重要である。
一般には、高速道路は脇からの人や車の飛び出しもなく、幅員も広く、高齢者にとって
も安全な道路である。しかし、高速ゆえに高齢者の生・心理学的特性によると思われる認
知の遅れ、誤認、反応の遅れによってミスが生じる。このことは、加齢につれ誰でも起こ
りうることである。通常の馴れた道路では通常大きな問題にならないことでも 100 ㎞/時
の速度になると、重大事態になる。たとえば、流出を予定していたインターチェンジを通
過してしまうと、それにどう対処すればよいか。特に、めったに行かない場所では、その
ことが大パニックになるはずである。その時は、次のインターチェンジで降りて態勢を整
え直すことが必要である。このような高速道路の運転教育は、高速道路の開通時には、当
時の日本道路公団や自動車運転教習所、さらに運転免許更新時の教育で徹底していた。た
とえば、通常通行時の左側車線通行の原則、高速道走行開始時に加速して流れの速度に馴
れる、車線変更は意思表示をして後続車を確認後に行うなどの高速道路の基本運転教育を
繰り返すことが必要と考える。この基本が高齢者といえども習慣的に身に付いた行動行為
になっておれば、突然の課題に対応することは、容易であると考える。このような、車の
運転の初心者としての心得と基本の運転行為を家庭内で確かめ合うことが必要と考える。
5.おわりに
地方や大都市の郊外では、車がなければ買い物にも行けないという現実もある。この状
態は、買い物難民とも呼ばれている。通院も同様である。運転免許証返納も実質的な解決
になっていない。少子化や核家族化で高齢者の周囲に若い人たちがおらず、運転に不安を
持つ高齢者を制止できなくなっている。例え近所に送迎してくれる人がいてもガソリン代
なにがし
「白タク」行為になる。
として 某 かのお金を渡すと、
したがって、このような社会では、個人で移動する高齢者がより多くなり、当然逆走も
多くなる。この逆走を高速道路の出入口で感知し、
『Tiger Claw』などによる物理的方法で
強制的に止めるしか方法がないと考えておりますが、皆さんはどう考えますか。実際に、
実施となるとコスト面などで難しいし、現行の法制度では、このような方法に関して別の
管理者責任が発生するような課題があり、現時点では望ましい対策ではないことも重々承
知している。しかし、逆走問題を運転免許証の返還だけで片付けるには、無理がある。前
述したように問題が多すぎる。
『逆走問題』は、単に道路管理や交通管理だけで解くことが
できない。少子高齢化問題、家族問題、公共交通の衰退問題を含んでおり、これらの問題
との連立方程式から解を求める必要がある。したがって、これまで管理瑕疵責任の世界で
の解決だけでは到底対処し得るものではない。
一方、人間社会の中のシステムとして交通を考えると、高齢者の反応の変化は、加齢に
ともなう自然の変化であり、かつこれからも高齢者が増加することは間違いないわが国の
人口構造を考えると、このような逆走問題を折り込んだ制度、設備、道路のシステムの構
築整備はなくてはならないと考える。と同時に人間社会全体で、危険をはらんでいる高齢
者が 1 人で行動しなくてもよい環境づくりに務めなければならない。そのうえで、逆走を
強制的に停止させるような処置も必要となってくる。したがって、政治や行政に任せるだ
けでなく、国民判断ができるような議論のための仕組みを作っていかなければ到底解決策
を産むことはできないと考えています。しかし、先ずは、「高速道路友の会」の中で議論し
ましょう。
そこで、先ず会員および読者に意見を求めたい。
Tiger Claw をどう考えますか。
運転免許を返納させるのは良いのですが、その後の面倒をどうみたらよいと思います
か?特に、独居老人の場合はどうすればよいのでしょう。
③ 自分自身が、逆走に遭遇したらどう対処しますか。
④ 自分自身が、認知症と判断されたら、どう対処したらよいと考えますか?
一項目でもすべての項目でも回答をいただければと思います。著者自身は、①~③は、本
文で述べておりますが、④の意見は述べておりません。次回にお答えいたします。
①
②
<参考文献>
1) 足立智之・山岡賢弘・辰巳正人:NEXCO 西日本における逆走防止対策について
車、Vol.52,No7,pp46-50,2009-7
2) http://www.nils.go.jp/department/dgp/index-dgp-j.htm
3) 佐藤好美:認知症の運転中止 家族向けマニュアル作成、産経新聞、2010.3.18
高速道路と自動