中小企業の経営者様必見! 1月号 明治安田生活福祉研究所 000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000 新しい制度を活用した事業承継 第10話 金銭贈与信託の活用 信託と贈与、 そして 「別の財布」 この連載の第7話で示したように、中世ヨーロッパの十字軍を起源とする「信託」という制度の根本的 な目的は 「条件付贈与」である。 自分が所有する財産を、自分が居なくなった後も変わらず大切に守ってくれる人のために遺したいと いう純粋な願いを叶えようというもので、まさに現代の 「事業承継」 にも相通じる想いであろう。 また、 民事信託の機能の一つとして「財産分離機能」 というものがあるが、 この機能を分かり易く例えて 言うなら、人 (または法人)が「別の財布」を持ち、その財布に特定のミッションを与えることにより、その 中身である財産については、他の財産とは別に管理・運用・処分され、 最終的には指定した人に 「贈与 (また は相続) 」 することができる機能ということになる。 一人の人は通常、全財産が入っている一つの 「財布」 しか持ってないが、 その人が元気な間は本人の意思 でもって自由にその「財布」から財産を出し入れできるので問題ない。 しかし、 認知症等になって自らの意 思で財産管理ができなくなった際には全てが後見人の管理下に入って自由に使えなくなり、また死亡す れば全ての財産が混在しながら相続されて行くというのがわが国の制度となっていることが、事業承継 も含めて遺産相続等において数々の問題が発生する原因となっている。 そこで信託の財産分離機能を使って、元々の財産所有者(委託者)が、財産の名義のみを受託者 (=別の 財布)に移転し、その権利(財布の中身)は自らを「当初受益者」として確保しておき、かつ自分が認知症に なったり死亡した後の「財布の中身」の管理方法や相続先に関して事前に信託契約等で決定しておくこと によって、少なくとも信託した財産に関しては、元々の所有者の希望通りに権利が移転し、最終的には誰 かに贈与 (相続)されることになる。この機能を活用することによって、 実にいろいろなことが実現可能と なるのだ。 また、 信託法は民法に対する「特別法」となるので、 例えば、 いわゆる家督相続のような、 民法の規定では 不可能なことも実現できるし、また遺留分制度などの民法上では絶対的な効力を持つ制度に対しても、 合 法的に信託を組成することによって、その影響を回避することが可能となるなど、 本当に無限の広がりを 持つ制度となっている。まさに民事信託がどこまで活用できるかについては、 それを提案する者の想像力 次第とも言えるであろう。 【民事信託の考え方】 金銭贈与信託について 民事信託においては、プラス財産でありさえすれば、 どのような種類の財産であっても信託の対象とし て「別の財布を作って、そこに入れておく」ことが可能なので、 不動産や株式に限らず、 例えば 「将来誰かに 贈与するための金銭」も信託財産とすることができる。 資産家の方がよく子や孫に対して「暦年贈与」 と呼ばれる贈与税非課税範囲内での金銭贈与を毎年行っ ているケースを目にするが、これはあくまでも 「贈与契約」 であるため、 贈与をする本人自らの意思が明確 でなければならない。 例えば認知症になった後は贈与が継続できず、また成年後見人には本人に代わって贈与をする権限は ないため、結果的に暦年贈与はストップすることになる。 また贈与契約は一方的にできるものではなく、贈与される相手方が 「受贈の意思」を示さなければなら ない。例えば孫の知らないうちに祖父母が孫への贈与という名目で孫の預金通帳に金銭を入れておいて も、これは「名義預金」と呼ばれて法律上でも税務上でも残念ながら有効な生前贈与とはならず、 結果的に 孫名義の預金であっても祖父母の相続財産とされ、 よく課税上の問題になっている。 そこで民事信託を活用し、上記の例であれば祖父母が元気なうちに、 将来にわたって孫に暦年贈与や教 育資金贈与をするつもりの金銭を、自らを委託者兼当初受益者として設定した民事信託契約上の受託者 (孫の両親等)にあらかじめ移転しておく。その受益権のうちの毎年110万円相当分を孫に移転するとか、 孫に教育資金が必要になった時に相当額を移転するという契約内容にし、かつ「受益者代理人」という登 場人物を設定しておけば、孫に知らせる必要もなく、かつ名義預金にもならず、問題なく生前贈与を完了 することが可能となる。 民事信託契約であるから、委託者兼当初受益者の認知症は障害にならず受託者と受益者代理人によっ て贈与は継続できるし、さらに相続になった際にはスムーズに信託財産を孫に移転させることになる (孫 を二次受益者とする方法と、遺言で移転させる方法が選択できる) 。 これが金銭贈与信託の仕組みである。 この仕組みを使えば、金銭以外の自社株式や不動産を暦年贈与しても、 民事信託契約によって受益権化 されているため、 財産自体は共有物にならないというメリットを享受することもできるので、 事業承継の 局面でも活用することが可能であろう。 ただ、 暦年贈与に関しては、祖父母が認知症になった後には必ず孫に毎年贈与されるというような契約 にした場合、これを「一括贈与」とみなして課税される危険性があるので、民事信託契約の内容を工夫し て、そうならないように注意しなければならない。 そこで次の図表では、孫を直接の受益者として当然に贈与を受けられるようにするのではなく、 あくま でも一定の事由が生じた場合に限って金銭の贈与が受けられる可能性がある存在、すなわち「期待権者」 という立場とすることにより、一括贈与とみなされることを回避する構造を取っている。 【金銭贈与信託】 以上が金銭贈与信託の仕組みである。事業承継の局面において、 生命保険の活用も非常に有効である。 次回は、その詳細について説明する。 (CRC企業再建・承継コンサルタント協同組合 常務理事 河合 保弘)
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