8. 燃料電池 −化学反応を利用した直接発電− ■ 酸化と還元(電池反応の基礎) 電子もしくはイオンの大集団がある方向に移動するとき,我々はそれを電流(elec- trical current)として認識する.しかし,このような荷電粒子の巨視的な運動は,我々 のまわりで容易に発生する現象ではない.というのも,自然界で安定に存在してい る物質内では電子が原子核に強く束縛されているため,電子やイオンの流れが簡 単に発生するとは考え難いからである.ところが,二種類の物質を上手に組み合わ せると,自発的に化学反応が起こって電子の移動が生じることがある.それが酸化 還元反応と呼ばれるものである. 酸化反応とは中性原子やイオンが電子を失う過程,還元反応とは電子を獲得す る過程であり,これらを電子のやり取りがわかるような半反応(half-reaction)の 形で表せば, (1) と (2) の反応は,A が B から e− を奪ったと見ることもできる し,B が A に e− を与えたと見る こともできる.e− を奪うことを 還元( reduction) : A + e− −→ C (1) 酸化( oxidation) : B −→ D + e− (2) 「酸化する」,e− を与えることを と書くことができる.したがって,例えば物質 A と物質 B の溶液を混合すれば,B 「還元する」と言うので,この反 から分離した e− (電子)が自然に A へ移るため,結果的に B から A へ e− の移 応は「A が B を酸化する」あるい は「B が A を還元する」と表現で きる. 動が生じたことになる.しかし,混合された溶液の中では A と B が一様に分布し ているため,e− の移動する向きは空間的にバラバラである.つまり,仮に酸化還 元反応が大量に起きたとしても,このままでは一方向への集団的な e− の流れを作 り出すことはできない.そこで普通は,A と B を混合せず別々の容器に入れるな どして,両者を空間的に分離する.ただし,そのままでは e− が流れないので,各 B は反応 (2) に従って自らの e− 容器に電極を浸して両者を電子伝導体(一般には金属線)で接続する.これによっ を放出し,その e− を A に与えて て,B(還元剤)から A(酸化剤)への e− の通り道が確保される. いる(A を還元する).すなわち, 一方,還元剤から酸化剤へ e− が流れ続けると,還元剤は e− が不足して正に帯 相手を還元する役目を担っている 電し,酸化剤は e− が過剰になって負に帯電してしまう.したがって,この不均衡 ので,B は還元剤(reductant)と よばれる. な状態を解消するため,酸化剤と還元剤とをイオン伝導体によって接続する. A は反応 (1) に従って e− を獲得 する.この e− は B から奪ったも electron のであるから,A は B を酸化した ことになる.すなわち,A は相手 Salt bridge Anode を酸化する役目を担っているので, Cathode これを酸化剤(oxidant)とよぶ. D B A e- e- A B A B B A B e- C D A B B A A B B A e- B C B 図 7-1 酸化・還元反応における電池内での e− の移動 1 A 図 7-1 で見たように,酸化半反応 (2) によって放出された電子は外部回路を通っ てもう一方の電極隔室に入り,そこで還元 (1) を引き起こす.このとき酸化がおこ 電池の場合,電位の高い方の電極 る電極をアノード(Anode),還元が起こる電極をカソード(Cathode)という.そ を正極,電位の低い方の電極を負 のため,(1) をカソード反応,(2) をアノード反応とよぶこともある. 極という.この約束に従えば,カ ソードが正極,アノードが負極と なる. ■ 燃料電池(Fuel Cell) 燃料電池とは,燃料(水素)と空気(酸素)の電気化学反応を利用して電流を取 り出す発電装置である.熱や力学的エネルギーといった複数のエネルギー形態を 介さずに,燃料の持つ化学エネルギーを直接電力へ変換するという意味で,燃料電 池は直接発電装置に分類される. 図 7-2 に,代表的な燃料電池の構造と電池内で生じる化学反応を示す.発電に 寄与する電池反応は,二枚の電極(Anode,Cathode)とそれらに挟まれた電解質 一つのセルからは 1V 程度の直流 (Electrolyte)で進行する.これらの部分をまとめてセル(単セル)とよぶ.セルの 電圧しか取り出せないので,実際 両側には,燃料と空気の通り道となるセパレータ(Separator)があり,外部から常 には数十のセルを積層(直列接続) しなければならない.セルを積層 したものはスタックとよばれる. に燃料と空気が供給される.電解質は,イオンのみを通すイオン伝導体として機能 するが,この電解質の種類によって燃料電池は以下の 5 種類に大別される. 図 7-2 燃料電池の構造と電極反応の例 固体高分子形燃料電池は,PEMFC (Proton Exchange Membrane Fuel (1) 固体高分子形燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell,PEFC) (2) リン酸形燃料電池(Phosphoric Acid Fuel Cell,PAFC) Cell;陽子交換膜形)と呼ばれる (3) アルカリ形燃料電池(Alkaline Fuel Cell,AFC) こともあるが,日本の表記は PEFC (4) 溶融炭酸塩形燃料電池(Molten Carbonate Fuel Cell,MCFC) で統一されている. (5) 固体酸化物形燃料電池(Solid Oxide Fuel Cell,SOFC) ここでは燃料電池内で生じる化学反応として,固体高分子形(PEFC)と固体酸化 物形(SOFC)の 2 つを例にとって説明する. 2 1.固体高分子形燃料電池 (PEFC) 電解質に高分子膜(プロトン導電性ポリマー)を採用した燃料電池のこと.図 7-2 は,この PEFC の構造を示したものである.まず,燃料極(アノード)側 に供給された水素は,電極表面に沿って流れていく過程で電極反応を生じ,燃 料極上で電子を放出して水素イオン H+ となる. アノード(酸化反応): H2 → 2H+ + 2e− このとき水素原子から放出された電子は,電子伝導体で構成された外部回路 を通って空気極へ移動する.一方,H+ は燃料極を通過して電解質(フィルム 状の高分子イオン交換膜)の中を移動し,反対側の空気極に到達する.空気 極側には外部から空気が供給されているため,H+ は空気中の酸素ならびに外 部回路経由で到達した電子と結合し,空気極(カソード)上で水を生成する. カソード(還元反応): 1 O2 + 2H+ + 2e− → H2 O 2 燃料極も空気極も,正確にはカー この一連の化学反応において,電子はアノードからカソードへと連続的に移 ボンペーパーなどのガス拡散層と, 動しているため,電子の流れと逆向きに電流が生じることになる.したがっ 白金や白金合金を用いた触媒層か て,外部回路に適当な負荷を接続すれば,電力を抽出することができる. ら構成される.燃料や空気が最初 に接触する部分はガス拡散層であ PEFC は動作温度が 80◦ C 前後と低いため,このままでは十分な電極反応速度 り,燃料極触媒層で水素原子がイ が得られない.そのため,活性の高い白金系触媒を電極材料に用いて,酸化 オン化し,空気極触媒層で酸素と 還元反応を促進させている.なお,リン酸形(PAFC)も電極反応は PEFC の 水素イオンと電子が反応し水が生 場合と同じである. 成される. 電解質膜とその両側の触媒層,さ らにそれらの外側のガス拡散層を 2.固体酸化物形燃料電池 (SOFC) すべて一体化したものを,MEA (Mimbrane Electrode Assembly;膜 電極接合体)という. 電解質に酸素イオン伝導性酸化物を採用した燃料電池.燃料電池の中では最 も動作温度が高く(800∼1200◦ C 程度),高温型燃料電池と呼ばれることも ある.SOFC の空気極側では,電解質との界面においてイオン化反応 カソード(還元反応): 1 O2 + 2e− → O2− 2 が生じ酸素イオン O2− が発生する.SOFC の場合,電解質を通過するのはこ の酸素イオンである.したがって前述の PEFC と異なり,導電種イオンが空 気極側から燃料極側に移動する.燃料極に到達した O2− はそこで電子を放し, 燃料極側に供給された水素と反応して水を生成する. アノード(酸化反応): H2 + O2− → H2 O + 2e− この電子が外部回路を伝わって燃料極から空気極へ移動し,酸素のイオン化 に寄与する.こうして PEFC と同様,アノードからカソードへ連続的な電子 の流れが実現されるので,負荷抵抗を介して電流を外部に取り出すことがで きる.また,両電極での反応をまとめると,燃料電池全体としては 1 H2 + O2 → H2 O 2 の反応が進行し,水素 1 モルと酸素 1/2 モルから水 1 モルが生成されること がわかる. 3 ■ 水素製造法 水素は,炭素や酸素との化合物として(つまり炭化水素や水として)地球上に多量 に存在しているが,単体としては大気中にごく微量含まれているに過ぎない.した がって,燃料電池の燃料として水素を利用する場合には,炭化水素や水から水素を 取り出す必要がある. 代表的な炭化水素系燃料として,天然ガスや石油などの化石燃料,あるいは木くず や生ゴミなど生物由来のバイオマスがあげられる.これら炭化水素系燃料(メタン CH4 ,プロパン C3 H8 など)から,化学反応を利用して水素を生成する過程のこと を,改質プロセスという. 1◦ 水蒸気改質反応 炭化水素を水蒸気と化学反応させて水素を生成する方法を,水蒸気改質法(steam reforming method)という.ただし,炭化水素には炭素が含まれているので,水素 とともに CO や CO2 も生成される.天然ガスの主成分であるメタン(CH4 )を例 にとれば,改質反応は以下のように表すことができる. CH4 + H2 O → CO + 3H2 − 206.4 kJ ······⃝ 1 このように改質反応は吸熱反応であるから,反応を安定して進行させるためには 熱を供給し続ける必要がある. 2◦ CO 除去プロセス 水蒸気改質反応によって水素と同時に生成された一酸化炭素(CO)は,低温動作 燃料電池で用いられる Pt 系電極を被毒し,活性を劣化させる作用がある.そのた め,改質ガスにさらに水蒸気を加えて CO を酸化することで,改質ガス中の CO 濃 度を低減させる処置が行われる. CO + H2 O → CO2 + H2 + 41 kJ ······⃝ 2 これを水成ガスシフト反応という.したがって CH4 の場合であれば,⃝ 1 と⃝ 2 の反 応をあわせて,以下の改質プロセス CH4 + 2H2 O → CO2 + 4H2 − 165 kJ が進行し,H2 と CO2 が 4:1 の割合で生成される.なお,実際の低温型燃料電池 では CO 濃度を 10 ppm 以下に抑える必要があるので,シフト反応に続き,Pt 系触 媒を用いて残留 CO を CO2 に酸化する. 以上のプロセスを経ることで,水素リッチな改質ガス(H2 ∼75%,CO2 ∼20%,N2 ∼5%,CO < 10 ppm)が得られる.このように,改質反応によって化石燃料(炭 化水素系燃料)から水素を製造する場合,CO2 の発生を避けることはできないが, 化石燃料を燃焼させる火力発電と比較すれば,改質によって得られた水素を利用 する燃料電池発電の方が効率は高くなる.したがって結果的に,燃料電池を用いた 場合の方が CO2 の排出量は削減される. 4
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