1 理事コラム「安倍内閣が打ち出した子どもの貧困対策事業」の現状

理事コラム「安倍内閣が打ち出した子どもの貧困対策事業」の現状
中村文夫
はじめに
グローバル人材の育成が政府による公教育政策の光の部分であるとすると、新自由主義政策
によって生み出された子どもの貧困への対策は影の部分に当る。片方だけを見ていてもその意
味を理解することはできない。新自由主義政策の建前は、自立と自己責任である。貧困者への
対策は自立支援であり、同様に子どもの貧困への対策も自立支援としての「学力保障」である。
この政策がどのように展開され、その財源保障がどのようになっているのか、そしてそれが子
どもの貧困を解決する有効な方策であるのかが、検討されなくてはならない。ここではコラム
なので、この検討に向けた素材を提供することにしたい。
子どもの貧困対策事業の現状と来年度概算要求
安倍第3次内閣による子どもの貧困対策事業は、基本は貧困対策の一環として厚生労働省が
所管している。文部科学省は、公教育に係わる部分が所管となる。2013 年に子どもの貧困対策
法が成立し、2014 年に 5 年間の重点施策を掲げた子供の貧困対策大綱がつくられ、2015 年度予
算から対策事業が始まった。この間も、子どもの貧困対策会議が大綱に基づいて開催され、2015
年 8 月 28 日に第3回目が開催されて、
年末に向けて財源確保を含めた実効的な政策パッケージ
をまとめる段取りであることが示された。
ここでは、2015 年度の文教予算と 2016 年度の文教概算予算とについて、どのような内容が
特徴的なのか、検討してみる。まず、大綱である。
子供の貧困対策大綱
子供の貧困対策大綱で示された5年間の重点施策は5項目に分かれている。
1 教育の支援として、
(1)
「学校」をプラットフォームとした総合的な子供の貧困対策の展
開(2)
貧困の連鎖を防ぐための幼児教育の無償化の推進及び幼児教育 の質の向上 (3)
就学支援の充実 (4)大学等進学に対する教育機会の提供 (5)生活困窮世帯等への
学習支援 (6)その他の教育支援
2 生活の支援として(1)保護者の生活支援 (2)子供の生活支援 (3)関係機関が連携
した包括的な支援体制の整備 (4)子供の就労支援 (5)支援する人員の確保等 (6)
その他の生活支援
3 保護者に対する就労の支援(親の就労支援)
4 経済的支援
5 その他(国際化社会への対応)
「学校」をプラットフォームとした総合的な子供の貧困対策の展開など、注目する視点が示
1
されている。
この重点施策の 2015 年度の予算にどのように反映されたのか次にもて見よう。
「子
どもの貧困対策会議(第3回)
」
「参考資料2」には以下の実施状況が報告されている。
子供の貧困対策に関する大綱(平成26年8月29日閣議決定)の策定から、現在までの主
な子供の貧困対策の実施状況は以下のとおり。
1.教育の支援
○スクールソーシャルワーカーの配置を拡充し、児童生徒の家庭環境等を踏まえた教育相談体
制を整備
・H26年度 1,466人 → H27年度 2,247人(予算上)
○家庭での学習が困難な中学生等を対象とした地域住民の協力による原則無料の学習支援(地
域未来塾)の実施
・H26年度 700中学校区 → H27年度 2,000中学校区(予算上)
○生活困窮世帯の子供を対象とした、居場所づくりを含む学習支援事業を実施
・H26年度 約200自治体 → H27年度 約300自治体
○幼稚園等の保育料について、低所得世帯の保護者負担を軽減
・市町村民税非課税世帯(年収270万円まで)の負担額
H26年度 9,100円 → H27年度 3,000円(月額)
○高校生等奨学給付金(奨学のための給付金)制度について、学年進行による対象者数の増員
及び生活保護受給世帯・非課税世帯における支援内容の充実
・対象者 H26年度 15万7千人 → H27年度 34万人(見込)
○大学等奨学金事業における無利子奨学金貸与人員の増員
・H26年度 44万1千人 → H27年度 46万人(予算上)
2.生活の支援
○生活困窮世帯の子供を対象とした、居場所づくりを含む学習支援事業を実施(再掲)
・H26年度 約200自治体 → H27年度 約300自治体
3.保護者に対する就労支援
○生活困窮者自立支援法施行に伴う就労準備支援事業の実施
・H26年度 約100自治体 → H27年度 約250自治体
4.経済的支援
○児童扶養手当の公的年金との併給調整に関する見直し
・H26.12.1児童扶養手当法が一部改正され、年金額が児童扶養手当額より低い場合、その差額
分の児童扶養手当を受給
○養育費相談支援センターにおける相談支援の実施及び自治体職員に対する研修等の実施
・H26年度相談件数:7,363件、全国研修会:2回、地方研修会:9回
5.国民運動の展開
○「子供の未来応援国民運動」趣意書に基づき、基金による支援の内容等を検討 ・ホームペー
2
ジのオープン、マッチングサイトへの登録受付、募金の受け入れスタートに向けて準備中
文部科学省と厚生労働省との事業を合わせた取り組みの進捗状況である。このうち文部科学
省による予算措置はとしては、
「学校をプラットフォームとした総合的な子供の貧困対策の推進」
として教育相談の充実(スクールソーシャルワーカー増員、学校地域支援本部を活用した「地
域未来塾」による学習支援)
、高校生等の就職・就学支援等、である。
「子どもの貧困対策会議(第3回)
」によれば、2016 年度予算に向けて、
「ひとり親家庭・多
子成体等の自立支援及び児童虐待防止対策の充実策」
「子供の未来応援国民運動の今後の展開」
「子供の貧困対策に関する有識者会議の開催」について論議され、年末をめどとした実効的な
政策のパッケージをまとめるとしている。その主な内容としては学習支援や食事の提供など地
域の居場所を 2019 年までに年間延べ 50 万人分を整備する。幼児教育の段階的な無償化、そし
てスクールソーシャルワーカーを同じく 2019年までに全中学校区に1名配置する、
ものである。
さらに、民間からの寄付を募る「子供の未来応援基金」を 10 月から始めるとしている。
このような方向性の中で、文部科学省の 2016 年度概算要求(2015 年 8 月 28 日)にはどのよ
うに反映されているのかを見てみる。総合的な子供の貧困対策の推進の項目をみてみる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
15.総合的な子供の貧困対策の推進 (前年度予算額 2,182 百万円)平成 28 年度要求・要望
額 3,562 百万円 内容
(1)学校をプラットフォームとした総合的な子供の貧困対策の推進
◆教育相談の充実 1,009 百万円( 647 百万円)
〔補助率1/3 〔補助〕事業者:都道府県・政令指定都市・中核市〕
・スクールソーシャルワーカー配置の増(2,247 人→3,047 人)
福祉の専門家であるスクールソーシャルワーカーを必要な全ての学校で活用できるよう今後
段階的に配置を拡充
小中学校のための配置(2,200 人→3,000 人)
、高等学校のための配置(47 人)
・貧困対策のための重点加配(600 人→1,200 人)
・スーパーバイザー(47 人)の配置、連絡協議会の開催・研修を通じた質向上の取組の支援
【新規】
[目標]平成 31 年度までに、スクールソーシャルワーカーを全ての中学校区(約 1 万人)に
配置(ひとり親家庭・多子世帯等自立応援プロジェクト)
◆学習支援の充実
○地域未来塾による学習支援の充実 628 百万円(207 百万円)
※「学校・家庭・地域の連携協力推進事業」の一部〔生涯学習政策局計上〕
〔補助率1/3 〔補助〕事業者:都道府県・政令指定都市・中核市〕
経済的な理由や家庭の状況により、家庭での学習が困難であったり、学習習慣が十分に身につ
3
いていない中学生等への学習支援を実施するとともに、新たにICTの活用等による高校生へ
の支援を行う。
◆高校生等の就職・就学支援等 595 百万円( 491 百万円)
○多様な学習を支援する高等学校の推進事業経費 101 百万円( 79 百万円)
〔委託費〕
〔委託事業者:都道府県、学校法人等〕
生徒の多様な学習ニーズに応じた教育活動を展開する定時制・通信制課程の高等学校や総合学
科の高等学校、ICTを活用した遠隔教育を実施する高等学校における生徒への支援体制の充
実を図り、生徒の学習意欲を向上させ、確かな学力を身につけさせるなど、高等学校教育の質
の確保・向上に向けた一層の取組を推進する。
○補習等のための指導員等派遣事業(高等学校分)
【再掲】494 百万円( 412 百万円)
〔補助率1/3〕
〔補助事業者:都道府県・政令指定都市〕
学習や学校生活に課題を抱える生徒の学力向上、進路支援、就職支援等を目的とし、学校教育
活動の一環として、補習・補充学習、進路選択への支援等を行うために、退職教員や学校と地
域を結ぶコーディネーター、就職支援員など、多様な人材を高等学校等に配置する取組を推進
する。
◆要保護児童生徒援助費補助 837 百万円( 837 百万円)
〔補助率1/2〕
〔補助事業者:都道府
県・市町村〕
要保護児童生徒の保護者に対して学用品費、修学旅行費、学校給食費等の就学援助を行う。
≪関連施策≫
・教職員定数の改善(家庭環境などによる教育格差の解消 150 人)
・高校生等への修学支援
・幼児教育の段階的無償化に向けた取組の推進
・特別支援教育就学奨励費負担等
(2)フリースクール等で学ぶ子供への支援
◆フリースクール等で学ぶ子供への支援の在り方等に関する実証研究事業【再掲】492 百万円
( 新規)
〔委託費〕
〔委託事業者:都道府県〕
フリースクール等で学ぶ義務教育段階の子供への支援策について、
総合的な検討を進めるため、
学習機会を確保するための新たな仕組みの試行及び検証、経済的支援に係る実証的な研究を実
施。等
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まとめと若干のコメント
2016 年度概算要求を見てみると、スクールソーシャルワーカーの配置と未来塾とが基本とな
り、高校生にたいしても同様の「学力保障」的な学習支援が掲げられている。
その中で、注目されるのはフリースクール等で学ぶ子どもへの支援への実証的な研究への予
4
算がついていることである。このように公立学校での正規の授業の充実ではなく、学校外での
多様な学習機会と「居場所」の提供が全体的な傾向として目立つ。多様な学習機会とは多様な
社会的背景をもつ子どもたちがそれぞれ分離して居場所・学習機会を設定する手法につながる
危険性をもつものである。このうち未来塾は補助率が 1/3 であり、同種の先行する厚生労働省
の学習支援事業の補助率が 1/2 と競合している。その他、高校生等への授業料無償化は、所得
制限はそのままであり、また大学生等への奨学金制度についても給付型ではなく、無利子貸与
型を進めようとしている。
現在、働く者の非正規率は 40%である。子どもの貧困は、保護者の貧困であり、そこへの給
付が最も重要な施策である。つまり、教育にかぎっていえば、公教育にお金はかからない制度
設計こそが検討すべきことである。当面、就学援助制度の拡充こそが検討すべきことである。
このベースとなることを無視して、子どもの貧困対策を子どもの「学力保障」に特化し、高校
受験や大学受験に向けた取り組みを中心とすることは、卒業した後の正規職場 60%を奪い合う
図式の中に子どもたちを突入することでしかない。
労働環境の改善と社会保障制度の拡充という仕組みを作り直し、その一環としての公教育の
無償化を実現することが、基本政策とすべきであると考えている。この点についての根本的な
対応策をなしにして、子どもの貧困対策をするのは安直である。子どもの貧困対策を影の部分
として扱う限り、貧困の世代間連鎖は続いていく。
5