監査提言集(一般用) - 日本公認会計士協会

監 査 提 言 集
監 査 業 務 審 査会
日本公認会計士協会では、会員の行った個別の監査業務について、必要と認めた
場合には、監査手続の実施状況及び監査意見の妥当性等に関する調査を実施してお
ります。監査業務審査会の審査内容の公表は行っておりませんが、近年の不適正な
会計処理事例が後を絶たない現状を踏まえ、会員の監査業務改善のために、監査業
務審査会の審査内容を参考にした上で監査提言集にまとめ、平成 20 年より、毎年、
公表しております。
監査業務審査会の役割は、監査業務の瑕疵の有無について会則に基づく懲戒処分
を行うことではありません。会員の監査業務の改善指導を主たる目的とするもので
ありますが、調査事案の審査を通して浮き彫りとなった業務改善事項は、全ての監
査人にとって有意義なものであることから、実際の調査事案を参考にして監査提言
集に取りまとめ、会員・準会員に送付しています。
また、会員のみならず会員以外の一般の方にも公表してはどうかというご意見も
あることから、
「監査提言集」におけるポイントを集約した「監査提言集(一般用)」
を日本公認会計士協会ウェブサイトに公表することとしています。
概要について
本提言集を概観すると次のように要約できる。
○
監査人は、内部統制を含む企業及び企業環境の十分な理解を通じて、財務諸表
の重要な虚偽表示リスクを識別し評価することが必要である。
○
監査人は、業界慣行や一般的なビジネスに関する知識、一般常識を踏まえるこ
とも必要である。
○
経営者不正又は経営者の主導する組織的不正が行われる場合、監査上、不正に
よる重要な虚偽表示を発見することが難しくなる。不正リスクを適切に識別・評
価するため、経営者の誠実性は慎重に検討することが必要である。
○
会社が作成する財務諸表は、様々な立場の人がその信頼性に注目している。監
査人は、財務諸表に信頼性を付与するという監査の目的と役割を忘れてはならな
い。
(11 の提言)
1.契約書等の証憑が揃っていることと取引が実在することとは必ずしも同じでな
い場合があるので注意が必要である。
2.監査証拠の証明力の強弱の適切な評価が必要である。
3.重要な虚偽表示リスクは、常時変化する可能性があるため、変化を見過ごさな
い対応が必要である。
4.監査手続は、監査人として納得感を得るまで慎重に実施することが大切である。
5.新しい業務や事業等は、新たに重要な虚偽表示リスクを生み出すことがある。
6.投融資は、経済合理性だけでなく、事業上の合理性を吟味し、その内容を十分
把握できるまで監査の結論を出せない場合がある。
7.損失処理することと重要な虚偽表示リスクが解消することとは別の問題である。
8.時間的制約のある監査人交代は、重要な虚偽表示リスクを著しく高めることが
ある。
9.会計基準の適用には、その設定趣旨を尊重した正しい理解が必要である。
10.連結子会社等にも虚偽表示リスクは親会社と同様に存在する。グループの全体
統制と構成単位の環境の理解を深めることが必要である。
11.監査調書は、監査人の行為の正当性を立証する唯一のものである。
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■
ポイント
タイトル
第Ⅰ章
ポイント
リスク評価及び評価したリスクへの対応
1.会計記録の矛盾
不正の可能性に関する取引先
からの連絡
監査の過程において「不正による重要な虚偽表示を示
唆する状況」を識別した場合、
「不正による重要な虚偽
表示の疑義」があるか否かを判断しなければならない。
期末日近くの未完成工事の売
上計上
・
「不正による重要な虚偽表示の兆候を示す状況」があっ
た場合には、リスク評価の見直しを検討する。
・期末日近くの取引は不正リスクが高まる可能性が高い。
度重なる通例でない修正
・誤謬が度重なるときは不正リスクを示す場合がある。
・安定的な利益率が不正リスクの兆候を示すこともある。
・会社の取引は、一般常識と相反するものではない。社
会通念に反する取引かどうか、監査の全過程を通じて、
職業的懐疑心を保持する。
2.証拠の矛盾又は紛失
偽造されたおそれのある証憑
書類等
・変造又は偽造されたおそれのある証憑等が存在する場
合、
「不正による重要な虚偽表示の兆候を示す状況」か
どうか、不正リスクの評価を適切に判断する。
・売上債権について、入金の事実のみをもって、実在性
や回収可能性を判断してはいけない。
未成工事支出金の通例でない
変動
・個別原価の付替えは普遍的な不正取引である。
・リスク評価に見合ったリスク対応手続が必要である。
重要性のない子会社で発見し
た異常点
・重要性のない子会社であっても、異常点を発見した場
合は、慎重な手続が必要である。
・現預金は不正リスクの高い勘定科目である。
利益率の高いソフトウェア売
上の計上
・異常点を発見した場合は、納得感を得るまで慎重に監
査手続を実施する。
・不正リスク要因や不正の兆候を見逃さないことが大切
である。
・リスク評価手続の修正の要否も慎重に検討する。
異常なリベート率及び原価率
・リベート取引は一般的にリスクの高い取引であること
から、証明力の強い監査証拠を入手する。
・分析的手続の実施に当たっては、何が正常値又は異常
値であるかについて、会社の環境、実態を十分に理解
することが必要である。
売価還元率の操作と手作業の
集計による在庫の過大計上
・売価還元法による在庫評価は虚偽表示リスクが高い場
合がある。
・手作業により作成されたデータは、システム出力され
た元データとの整合性を確認する必要がある。
直送品による架空循環取引
・直送取引は入出庫を把握できない場合が多く、重要な
虚偽表示リスクが高まる場合がある。
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タイトル
ポイント
・直送取引の実在性を検証するために物品の移動を直接
裏付ける外部証憑を入手する。
3.経営者の監査への対応
外部証憑入手に係る監査手続
に対する会社の不合理な対応
・会社の説明に関しては、それを裏付ける監査証拠を入
手する。
・監査手続に対する会社の不合理な対応は、
「不正による
重要な虚偽表示の兆候を示す状況」である可能性が高
くなる。
システム出力データ入手に対
する会社からの制約
・会社が作成した情報を利用する場合には、その情報の
正確性、網羅性及び目的適合性を評価しなければなら
ない。
・先入観で監査手続を省略すべきではない。会社の説明
や事象について合理的な証拠を入手することが必要で
ある。
4.留意すべき通例でない取引等
匿名組合出資を偽装した循環
取引
会社の事業内容を理解し、取引の事業上の合理性を裏
付けることが必要である。
新規事業における架空循環取
引
・新規事業や新規取引については、重要な虚偽表示リス
クが高まる場合がある。
・新規事業等については、通常、過去のリスク評価結果
をそのまま利用することはできないため、改めて評価
する。
・新規事業等について、ビジネスモデルの理解や取引の
合理性について検討する場合もある。
ファンド投資を偽装した資金
循環による架空売上の計上
企業の通常の取引過程から外れた期末日近くの重要な
取引は、不適切な売上計上に結びつく可能性がある。
不動産共同事業への拠出を偽
装した資金還流
・支出については事業実体・経済実態を見極めることが
大切である。
・不明瞭な資産について損失処理をすれば監査責任が果
たされるという判断は適切ではない。
・個々の取引だけでなく一連の取引全体を見る必要があ
る。
期末月に集中する関連当事者
とのソフトウェア売買
期末日近くの関連当事者との取引は不適切な売上計上
を示唆する場合がある。
事業上の合理性が不明瞭な取
引による資金還流
疑念を有したまま監査を終了することはできない。
「不
正による重要な虚偽表示の疑義」がある場合は、疑念
が払拭されるまで、監査手続を実施する。
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タイトル
ポイント
5.確認
確認状の回答の不合理な一致
確認状の回答の一致が不正リスクの兆候を示すことが
ある。
度重なる確認回答の不一致及
び未回答
・確認回答が不一致又は未回答の場合は、内部証拠だけ
ではなく、適合性と証明力のある監査証拠を入手する。
・重要な取引残高に、繰り返し残高不一致や確認の未回
答がある場合は、
「不正による重要な虚偽表示の兆候を
示す状況」かどうかを検討する。
確認差異の調整に利用する証
憑書類の信頼性
確認手続で入手した証拠の評価に当たっては、回答の
信頼性、適合力と証明力のある監査証拠が入手できた
か、又は追加的な監査証拠の入手が必要であるか、に
ついて評価する。
海外取引先の購買部門担当者
への確認状の発送
・リスク評価を適切に行うため、会社のビジネスモデル
は十分に理解する。
・確認依頼先からの回答の信頼性の評価には、返送され
た場所、相手先の国、通貨、回答の期間等も検討対象
となる。
6.その他
ノンコア事業における不適切
な取引
ノンコア事業においては、一つの指標で重要性がない
と判断するのではなく、事業の実態を把握して、虚偽
表示リスクを識別・評価する。
グループ会社に対する長期貸
付金の監査手続
グループ会社に対する貸付金に関しては、グループ全
体の理解が必要である。
機械設備に係る不適切な建設
仮勘定の計上と本勘定への振
替漏れ
建設仮勘定の金額的重要性が高い場合は、重要な虚偽
表示リスクが高いこともある。その場合は、リスクに
対応した監査手続を慎重に計画し実施することが必要
となる。
外部倉庫の残高確認と倉庫視
察
外部倉庫の残高確認だけでは実在性の検証は十分とは
いえない場合もある。
工事原価の過大計上による利
益操作
視察を計画する際には、工事に関する不正リスクを踏
まえ、十分かつ適切な監査証拠を入手するよう策定す
る。
第Ⅱ章
会計上の見積りの監査
工事進行基準における工事総
原価の見積り誤り
・工事原価の見積りは、通常、重要な虚偽表示リスクを
識別する。
・見積りの測定根拠について、十分かつ適切な監査証拠
を入手する。
繰延税金資産の回収可能性に
関する監査手続
・繰延税金資産の回収可能性は、将来の税金負担額を軽
減できるかどうかである。
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タイトル
ポイント
・会社の置かれている状況を総合的に勘案する。
子会社株式とのれんの評価
事業計画の変更は、当初の事業計画の実現が困難であ
ることを示唆する場合がある。
大口債権の回収可能性の評価
大口債権の回収可能性に関し、取引先の信用リスクが
高まった場合には、重要な虚偽表示リスクに反映させ
る。
事業用資産の減損処理
減損の見積りに関する会社の説明は、その裏付けとな
る客観的な資料等を入手することが必要である。
第Ⅲ章
継続企業
継続企業の前提とシンジケー
トローン契約の更新可能性
シンジケートローンの更新を前提とした資金繰り計画
の実現可能性の評価は、証明力の強い監査証拠が必要
である。
継続企業の前提に関する評価
と検証手続
継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象
又は状況を識別した場合の判断における経営者の対応
策等の検証は慎重に行う必要がある。
第Ⅳ章
他者の作業の利用
1.グループ監査
グループ監査における重要な
構成単位の識別
重要な構成単位の識別は、単一の指標だけでなく総合
的な重要性を考慮する。
業態の異なる子会社のリスク
評価
グループ全体、構成単位の環境の理解を深め、グルー
プ財務諸表の重要な虚偽表示リスクを適切に評価す
る。
2.専門家の業務の利用
会社が入手した不動産鑑定評
価の利用
監査証拠として利用する情報が、
「経営者の利用する専
門家」の業務により作成された場合と、
「監査人の利用
する専門家」の業務により作成された場合は手続が異
なる。
特殊な無形資産に対する減損
損失の計上不足
監査人の専門外の特殊な取引については、他の専門家
の利用が必要である。
第Ⅴ章
監査の結論及び報告
比較情報に虚偽表示が存在す
る場合の意見形成
比較情報に重要な虚偽表示が存在する場合には、訂正
報告書が提出された上で、進行期の意見表明を行う。
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タイトル
第Ⅵ章
ポイント
その他の考慮事項
1.監査人の交代
継続企業の前提が整わない状
況での監査人の交代
・監査人の交代は、引継と新規受嘱に留意する必要があ
る。
・監査受嘱から意見表明までの間が短期の交代は、受嘱
リスクが高い。
・監査業務の引継を十分に行い、前任監査人の辞任理由、
辞任時期にも留意する。
・監査契約の締結の可否を判断するに際し、時間及び人
的資源等を確保できるかを慎重に検討する。
2.訂正後の財務諸表に対する監査
訂正後の財務諸表に対する監
査
・訂正後の財務諸表に対する監査(訂正監査)のみの監
査受嘱リスクは極めて高い。
・訂正監査は、訂正箇所のみの監査ではなく、訂正後の
財務諸表全体を対象とした監査である。
・訂正監査では、従来識別していた重要な虚偽表示リス
クの評価が変更される可能性があり、さらに、従来識
別していなかった重要な虚偽表示リスクを識別する可
能性がある。
訂正後の財務諸表における繰
延税金資産の回収可能性
・訂正後の繰延税金資産の回収可能性の判断は、訂正対
象期時点の状況で検討する。
第Ⅶ章
学校法人監査
寄付金収入に係る監査手続
・学校法人の運営環境を理解することが重要である。
・周辺会計の実態把握も必要である。
・簿外処理の可能性についても留意する必要がある。
預り金とリベートの簿外処理
・外部からの入金は、全て学校会計を通じて処理する。
・後援会等の周辺会計において、担当者以外の者が定期
的に帳簿と証憑を照合しているかを確認する。
以
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上