基本解近似法によるインパルス応答の計算 ∗

2-9-1
基本解近似法によるインパルス応答の計算
☆鈴木菜穂子, 矢田部浩平, 及川靖広 (早大理工)
まえがき
1
⎧%
&
2
⎪
⎨ △ + k u(x) = 0
' ∂
ik (
⎪
⎩
−
u(x) = g(x)
∂n
z
波動音響解析の手法として代表的なものには時間
領域差分法や有限要素法,境界要素法が挙げられる.
これらの手法は基盤が確立し,音響問題に広く用い
られている [1, 2].一方で基本解近似法(Method of
Fundamental Solutions,MFS)[3–5] のような Trefftz
系解法も存在し,その基礎研究は古くから行われてい
るが近年音響分野への応用は少ない.その大きな原
因として,各基底の独立性が低いため,解くべき連立
一次方程式の条件数が悪いことが挙げられる.しか
しこの解法は,支配方程式を満たす関数を基底とし
て用いているため数値分散誤差がなく,少ない自由度
ただし,
である.
g(x) = −
uN (x) ≈
(3b)
' ∂
ik (
−
us (x)
∂n
z
N
)
j=1
(1)
aj H0 (k∥x − ξj ∥)
は等式となる.これを式 (3b) に代入し
⎡
⎤
⎤ a1
⎡
⎤
|
|
|
⎢
⎥
|
⎢
⎥⎢ a 2 ⎥
⎥
⎥ ⎢
⎣ f1 (y) f2 (y) . . . fN (y) ⎦⎢
⎢ .. ⎥ ≈ ⎣ g(y) ⎦
⎣ . ⎦
|
|
|
|
aN
⎡
基本解近似法
吸音性の境界 ∂Ω に囲まれた二次元領域 Ω 内で,単
一のインパルスを発生させたとき,その音響モデル
をインピーダンス境界条件を用いて
⎧%
&
2
⎪
⎨ △ + k u(x) = −δ
' ∂
ik (
⎪
⎩
−
u(x) = 0
∂n
z
(4)
によって近似する.この近似式は N が無限のときに
調べた.
2
on ∂Ω
仮想点音源を用いる.すなわち式 (3) の解を
したがって受音点を部屋の中心付近に設定した場合
ンパルス応答を計算し,自由度と解析精度の関係を
(3a)
ではそのような関数として,領域の外側に配置した
近傍で最大となり,境界から離れるほど小さくなる.
得られると考えられる.本研究では MFS を用いてイ
in Ω
Trefftz 法は境界値問題の解をその支配方程式 (3a)
を満たす関数の線形結合で近似する方法である.MFS
でも精度よく計算できる.また,近似解の誤差は境界
は,極端に少ない自由度でも音響的に有効な結果が
∗
(5)
から最小二乗法を用いて {aj }N
j=1 を求めることで,一
般解が定まる.ただし,
in Ω
(1a)
on ∂Ω
(1b)
fj (y) =
' ∂
ik ( (1)
−
H0 (k∥y − ξj ∥),
∂n
z
y ∈ ∂Ω
である.式 (2) と式 (4) は連続関数であるので,これ
らの和も連続関数である.したがって,任意の受音点
と考える.ただし △ はラプラシアン,k は波数,δ は
における値を計算することができる.
Dirac のデルタ関数,∂/∂n は境界に対する法線方向
求めた近似解は支配方程式を満たしているので,数
微分,z は垂直入射インピーダンス,i は虚数単位,x
値分散誤差がない.また,各基底の振幅は境界上で最
は位置ベクトルである.式 (1a) は Helmholtz 方程式
大となるため,近似解の誤差は境界近傍で最も大き
であり,その基本解は第 1 種 Hankel 関数
く,境界から離れるほど減衰する.したがって,境界
いて
us (x) =
(1)
H0 (k∥x
− s∥)
(1)
H0
を用
上の誤差を調べれば真の解との誤差の上限が与えら
(2)
と表される.ただし,点音源の位置を s とした.特殊
解は式 (2) で与えられるので,足し合わせて式 (1b)
の境界条件を満たせるような一般解を求めれば,式
(1) の解が得られる.この一般解は次の境界値問題の
解として特徴付けられる.
∗
れる.本研究では,式 (5) を最小二乗法で解く際にス
ペクトル法を用い,数値分散の誤差をマシンイプシ
ロンのオーダーに抑えた.
実験
3
表–1 に示す条件でシミュレーションを行った.計
算したインパルス応答を図–1 に,インパルス応答の
Simulating impulse response with Method of Fundamental Solutions.
By Naoko SUZUKI, Kohei YATABE and Yasuhiro OIKAWA (Waseda University).
日本音響学会講演論文集
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2015年9月
Power [dB]
Power [dB]
Power [dB]
Power [dB]
Power [dB]
40
20
0
-20
40
20
0
-20
40
20
0
-20
40
20
0
-20
40
20
0
-20
100
1,000
Frequency [Hz]
図–1 計算したインパルス応答
上から自由度 N = 52, 80, 108, 136, 164
シミュレーション条件
点音源の座標 (x, y)
受音点の座標 (x, y)
境界の寸法(縦 × 横)[m]
垂直入射インピーダンス
境界と仮想音源の距離 [m]
音速 [m/s]
音源
0
(0.5, 0.5)
(−0.3, 0.2)
4×6
5.83
1
340
インパルス
-20
-40
Error [dB]
表–1
図–2 計算したインパルス応答の周波数特性
上から自由度 N = 52, 80, 108, 136, 164
周波数特性を図–2 に示す.これらより,自由度が大
きくなると計算できる周波数帯域が増え,インパル
ス応答の高周波数成分が増えていることがわかる.
自由度を変えた場合の各周波数に対する境界上の
相対誤差の大きさを図–3 に示す.全体的に自由度が
大きい方が誤差が小さくなっているが,N = 164 で
は低周波数域の誤差が大きくなっている.これは解い
-60
-80
N
N
N
N
N
-100
-120
102
= 52
= 80
= 108
= 136
= 164
103
Frequency [Hz]
図–3 自由度 N それぞれについての周波数 [Hz] に対する
境界上の相対誤差の大きさ [dB]
ている連立一次方程式の条件数が悪く,数値的に解け
ていないことが原因である.また図–2 と図–3 を比べ
ると,高周波数域においては,誤差が増えるとスペク
トルのパワーが減ることがわかる.すなわち,高周波
数域についての誤差は,近似解の振幅が 0 に近いこ
とに起因している.以上より,MFS は極端に小さい
和する正則化について検討し,また MFS による解析
結果を音響指標や聴覚的な視点から評価することで,
どの程度小さな自由度でも音響的に実用的な結果を
得られるか検討する所存である.
参考文献
自由度で音響問題を解くことができるが,行列の条
件数に常に気を配りながら自由度を決定する必要が
あることが示唆される.
4
むすび
本研究では,MFS を用いて長方形の二次元領域に
ついてインパルス応答を計算し,自由度と解析誤差の
関係を求めた.結果より,自由度が小さいことによる
式 (4) の近似誤差よりも自由度が大きいことによる連
立一次方程式の悪条件性の方が解析結果の信頼性に
関わってくることがわかった.今後は,悪条件性を緩
日本音響学会講演論文集
[ 1 ] B. Pluymers, B. van Hall, D. Vandepitte and W.
Dsmet, “Trefftz-based methods for time-harmonic acoustics,” Arch. Comput. Methods Eng., vol.14, no.4, pp.343–
381, 2007.
[ 2 ] 日本建築学会編,音環境の数値シミュレーション:波動音響
解析の技法と応用,丸善出版株式会社,東京,2011.
[ 3 ] G. Fairweather and A. Karageorghis, “The method of
fundamental solutions for elliptic boundary value problems,” Adv. Comput. Math., vol.9, 1–2, pp.69–95, 1998.
[ 4 ] A. Julieta, A. Tadeu and L. Godinho, “A threedimensional acoustics model using the method of fundamental solutions,” Eng. Anal. Bound. Elem., vol.32, no.6,
pp.525–531, 2008.
[ 5 ] 緒方秀教, “波動問題などに対する代用電荷法の数理的性質,”
数理解析研究所講究録, vol.1719, pp.168–181, 2010.
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2015年9月