都道府県単位化で国保制度はどうかわるか 神奈川県職員労働組合総連合 1 神田敏史 はじめに (1)国保制度の都道府県単位化に地方団体が合意 2015 年 2 月 12 日。厚生労働大臣と全国知事会、市長会、町村会の代表の間で「国民健 康保険の見直しについて(議論のとりまとめ)」の協議が行われました。これは、2014 年 1 月からプログラム法((「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する 法律」2013 年 12 月)に基づいてすすめられてきた「国民健康保険制度の基盤強化に関す る国と地方の協議会」(以下、「国保基盤強化協議会」といいます。)のとりまとめで、地方 団体が協議を踏まえ厚生労働省が提案した内容を合意了承するために持たれたものです。 これにより、国民健康保険法の改正案が閣議決定され、国会審議により法案が成立する と、2018 年度から国民健康保険制度の都道府県単位化が行われることとなります。 1958 年に国民皆保険制度として、現在の「市町村運営」である国民健康保険制度(以下 「国保制度」といいます。)が誕生して 60 年。その運営主体が変わる大改革が行われるこ とになります。 国保制度の都道府県単位化については、2003 年 3 月に閣議決定された「医療保険制度体 系及び診療報酬体系に関する基本方針」に盛り込まれてから 10 年余り議論されてきました が、ここで一つの区切りを迎えることとなります。 (2)都道府県単位化に対する市町村の期待 運営に長年苦労してきた市町村長や市町村職員、そして運動団体の方も含め、多くの関 係者の間では、今回の「国民健康保険の見直し」で、その運営主体=保険者は都道府県に なると考えてきました。 現在の国保制度は、国保法第 1 条にもあるとおり日本国憲法第 25 条で規定する国民の 生存権を保障する我が国の社会保障制度の根幹をなす制度であり、国民皆保険制度として 国民の健康と命を守るものですが、財政責任と運営は市町村に委ねられています。 医療技術の高度化や加入者の高齢化により国保会計の歳出は増える一方、歳入では地域 経済の低迷や就業構造の変化に伴う非正規労働者の増加等で保険料(税)収入が低下して いるのが実態です。国や都道府県の財政負担な不十分ななかで、市町村は制度を維持する ために加入者負担を上げるかまたは市町村負担(一般会計から国保会計への法定外繰入) を増やすかという厳しい選択を絶えず迫られてきました。保険料(税)の収入確保と医療 費支出を抑制するため、市町村窓口では加入者との緊張関係を強いられる状況が生まれて います。 こうしたことから、市町村の役割を都道府県が担ってくれる=都道府県単位化への期待 が広く出されることとなります。 (3)運営主体=保険者は「都道府県と市町村」、住民窓口は「市町村」 そうした都道府県単位化への期待からすると、今回まとめられた「国民健康保険の見 直し」は、全くの「期待外れ」になります。 現在、市町村が行っている「資格」「給付」「保険料賦課・徴収」「保健事業」といった 保険者機能は、全て市町村に残ることとなります。 「財政をはじめ国保運営の責任を負う」 とされる都道府県の役割は、保険給付費を保険医療機関(国保連)に払う財政責任を除 けば、保険給付費等を踏まえ市町村に請求する「分賦金」と市町村が保険料(税)率を 定める際に「参考」とする「標準保険料率」の算定程度にとどまっています。 「分賦金」は市町村ごとの保険給付費と被保険者所得をもとに算定されることから、 「都 道府県内統一保険料率」となることは原則としてありませんし、「標準保険料率」も、過 去の保険給付費や被保険者所得、被保険者数、収納率等の実績をもとに算定されるため、 実際の当該年度の住民税データや被保険者数等をもとに算定される市町村の保険料(税) 率とは解離し、それこそ「参考」程度にしか使えないものです。 今回の都道府県単位化は「都道府県が保険者」になることではなく「都道府県と市町 村が保険者」になることであり、被保険者から見た場合、加入脱退手続きや保険料率の 決定するのも、高額療養費など現金給付の支払いをするのも、全て市町村であることに 変わりはありません。 何のための都道府県単位化なのかと、多くの市町村関係者の間から意見が上がってい ます。 2 都道府県単位化の本当のねらい (1)国民会議報告に書かれた「都道府県単位化」の目的 今回の都道府県単位化は、民主党政権下の社会保障制度改革推進法(2012 年 8 月)に 基づく「社会保障制度改革国民会議」(2012 年 12 月発足)の報告書(2013 年 8 月)に 基づき行われています。 この報告書で「都道府県単位化」は、「Ⅱ 医療・介護分野の改革」の「 2.医療・介護 サービスの提供体制改革」の項目において登場します。 そこでは、まず、2014 年 6 月に成立した医療介護総合推進法(「地域における医療及 び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」)に盛り込まれ た内容である、効率的な医療供給体制の整備をはかるための都道府県による地域医療ビ ジョンの作成と医療機関の病床機能報告が触れられています。 それに続いて、「効率的な医療提供体制への改革を実効あらしめる観点からは、国民健 康保険に係る財政運営の責任を担う主体(保険者)を都道府県とし、さらに、地域にお ける医療提供体制に係る責任の主体と国民健康保険の給付責任の主体を都道府県が一体 的に担うことを射程に入れて実務的検討を進める」としています。 つまり、都道府県単位化は、「医療提供体制の見直し」を進めるために行われ、国保財 政の運営責任を都道府県が負うことで「効率的な医療提供体制」=「医療費抑制」を進 める仕組みをつくりあげることが目的となっています。 このことは、保険料水準のあり方に対する記載にも現れています。 保険料負担(標準保険料)のあり方に関し報告書では、「都道府県が地域医療の提供水 準と標準的な保険料等の住民負担の在り方を総合的に検討することを可能とする体制」 として都道府県単位化をあげています。都道府県が医療提供体制(医療費水準)に見合 う保険料水準を決めていくこととされ、保険料負担との関係で医療供給体制を考えてい くしくみとして都道府県単位化が提起されています。 (2)都道府県保険者論とは全く違う国民会議報告書の「都道府県単位化」 これは、2003 年以来、国と地方の間で議論されてきた「都道府県単位化」とは全く異 なったものです。 従前議論されてきた「都道府県単位化」は、地方からの「国が財政責任を持って運営 し公的医療保険制度の一元化(一本化)すべき」という要望も踏まえ、「保険料を平準化 する」「国への一元化のステップとして財政責任を市町村から都道府県に上げていく」と いうものでした。 2010 年や 2012 年の国保法改正にある「広域化等支援方針」の作成や 2015 年度からは じまる「保険財政共同安定化事業の対象範囲の拡大」は、そうした視点があり、後期高 齢者医療制度のように都道府県が保険者になり「保険料が都道府県単位で平準化される」 という考え方がありました。 しかし、国民会議報告書では、同じ「保険料平準化」についても、「地域医療の提供水 準と標準的な保険料等の住民負担のあり方」の中で論じられており、都道府県単位化に よる「保険料平準化」=「統一保険料率の設定」は、地域医療体制の改革が進み、どこ の市町村も同じような形での医療費になった段階で行われることになります。 保険料平準化のためには、保険料の高い地域では地域医療体制の改革により医療費を さげることを迫られ、保険料の低いところにそろえるなら医療費適正化を進めることに なります。そういう医療費適正化(医療費抑制)体制として都道府県単位化を進めると いうものです。 (3)医療費適正化計画の見直しと保険給付抑制の動き 今回の国保制度の見直しとあわせて、高齢者の医療の確保に関する法律で規定された 「医療費適正化計画」の見直しが議論されています。 都道府県が作成する「医療費適正化計画」は、特定健診保健指導の実施率、療養型 病床への転換率、入院時在院日数等を計画の目標数値としておき、目標達成に向け、 都道府県は医療計画との整合を保ちながら取組みをすすめるというものですが、今回 の見直しでは「医療費」が新たに目標に加えられる方向です。 これは、地域医療体制改革と一体となった「医療費」削減目標を都道府県に持たせ、 国保の保険給付費をその範囲とするというもので、医療費適正化計画に掲げる「医療 費」を超えるものは、国保も含め公的医療保険対象外とし、被保険者負担とするしく みを作り上げる一歩とも考えられます。 「医療費適正化計画」の次期見直しは 2018 年度と、国保の「都道府県単位化」と同 時期になります。計画策定には都道府県の裁量も一定認められると思われますが、国 保の保険料率にも結びつく可能性もあり注視する必要があります。 3 国保の都道府県単位化は何をもたらすのか (1)どうなる高い保険料負担 2014 年 1 月に協議会を開始した国保基盤強化協議会での議論は、①国保の財政上の 構造問題の分析と解決方策 ②都道府県と市町村の役割 ③その他、地方からの提案 の 3 点を課題として議論が行われ、2 月 12 日の「国民健康保険の見直しについて(議 論のとりまとめ)」でまとめられました。 このうち、財政上の構造問題の分析と解決方策の協議では、国保の高い保険料負担 が問題とされ、被用者保険(職域における公的医療保険(協会けんぽ、健保組合、共 済組合など)との負担較差の解消に向け、国保に対する公費(国費)負担を増やすよ う地方団体から多くの意見が出されました。 被用者保険のなかでも保険料負担が高い協会けんぽと比較した場合でも、所得 200 万円から 400 万円層で、こどもを 2 人以上抱える場合には国保は 1.5 倍~2 倍近くなり、 所得の 2 割近くの負担となる場合があります。 そして、国保の保険料負担は限界に来ており、負担増を抑制するために市町村は法 定外繰入をしているというのが、保険基盤強化協議会や社会保障審議会医療保険部会 における地方団体の主張でした。 出典:神奈川県ホームページ この負担較差を解消するためには 1 兆円近くの財政支援が必要となるとされていま すが、今回の見直しでは、3400 億円の財源に留まりました。それでも、厚生労働省資 料では、被保険者一人当たり約 1 万円の負担減となります。 具体的には、2015 年度から、7 割 5 割 2 割軽減を受けられない中間所得者の負担軽 減を図る「保険者支援制度」の拡充(1700 億円)が行われます。また、保険料負担が 高くなる特別な事情(精神疾患患者が多い。子どもの数が多い。)に対して特別調整交 付金により新たな財政支援策等。700~800 億円)が行われることになります。 しかし、この 3400 億円は、市町村が一般会計から繰入れている法定外繰入 3500 億 円(2012 年度決算)に匹敵する規模であり、財源投入がそのまま保険料負担軽減につ ながるためには、法定外繰入を現行水準に維持する必要があります。 今回の見直しでは、被用者保険との保険料負担の完全な較差解消には至りませんで したが、地方団体の主張により、法案附則で「医療保険間の公平に留意しつつき(中 略)必要な措置を実施する」とされたことになりました。 今回の保険基盤協議会における議論と、取りまとめられた方向を踏まえ、限界を迎 えた「高い保険料負担」の軽減を求める取組みをすすめることが重要です。 (2)どうなる高い窓口負担 医療機関における窓口負担については、国保基盤協議会での協議の前に、法改正が 行われ 2014 年 4 月からの 70 歳以上の者の負担増(1 割から 2 割)と 2015 年 1 月か ら負担限度額の見直し(高額所得者は負担限度額が引き上げ。非課税世帯等の低所得 世帯の負担限度額の引き下げ)が行われました。 しかし、現在一部の市町村が実施している低所得者層に対して実施している窓口負 担減免制度への財政支援の拡充について、地方団体側からの意見(保険料も含め市町 村が独自に行っている低所得減免への財政支援の拡充として。)もありましたが、必ず しも国保基盤強化協議会における協議課題とはされず、取りまとめの中でも具体策が 触れられていません。 しかし、(1)で触れた「特別な事情」に対する特別調整交付金の対象は、保険料負担 だけでなく窓口負担も含まれ、今後の協議によっては、市町村が行っている独自減免 措置も対象となる可能性もあります。 市町村における独自減免実施、対象範囲の拡大に向け、特別調整交付金の取扱いに 対する取組みを進めていくことが重要です。 なお、窓口負担軽減に関連して、地方団体側から強く要求した「地方単独事業(重 度障害者・乳幼児・ひとり親への医療費助成)実施による国庫補助金減額調整措置の 廃止」については実現することができませんでした。 「国民健康保険の見直しについて(議論のとりまとめ)」では、子どもの被保険者に 対する新たな保険料軽減措置とあわせ、地方団体からの提案のあった課題として引き 続き協議していく課題と整理されました。市町村と一体となって重度障害者医療助成 制度など窓口負担軽減制度の充実とあわせ、事業実施に伴う財政ペナルティ廃止を求 め取組みをすすめていく必要があります。 (3)どうなる市町村の国保財政赤字 上記(1)のところでも触れた 3400 億円の財政支援策と、今後造成が進む 2000 億 円の財政安定化基金(都道府県設置)により市町村の法定外額繰入が一定圧縮するこ とが考えられます。 しかし、法定外繰入の圧縮ないし解消は、保険料負担や窓口負担の軽減・減免の方 向とは相反するものであり、現在、法定外繰入を実施している市町村では対応に苦慮 することになろうかと思います。 そうした中で、いま多くの市町村で、2018 年度からの「都道府県が中心となった国 保運営」「都道府県が財政運営主体」を受け、これまでの「基金の取崩し」「法定外繰 入解消」の動きが強まっています。 被保険者側からすると、一時的にせよ、それが保険料率の引き下げあるいは引き上 げの抑制につながれば好ましいこととなりますが、2018 年度以降も、財政基盤強化策 が行われるといえ「高い保険料」「高い窓口負担」は変わらず、料率決定や減免措置の 主体が市町村であることを考えると安易な「基金の取崩し」法定外繰入解消」は避け る必要あります。 都道府県設置の財政安定化基金も、原則市町村への貸付であり、一時的に料率引き 上げ抑制に結びついたとしても、後年度負担が生じることになります。 4 住民の命と健康守る地方自治体の役割の発揮を 国保制度が国民皆保険制度の基礎となっているのは、国保制度が利用者住民に最も 身近な行政単位である市町村が運営していることにあります。 市町村は、健康や医療に関する要望を的確にとらえ、加入者住民の生活実態をもと にした措置をとることができます。現在、後期高齢者医療制度は都道府県ごとに設置 された広域連合が保険者となっていますが、実際の事業運営は市町村なくしては進み ません。広域連合と市町村の役割分担の中で、保険料徴収や保健事業、医療費適正化 対策でいくつかの課題も生じています。さらに、保険料賦課決定をはじめ後期高齢者 医療制度の運営に対する加入者参加、加入者実態の反映も困難な面があります。 国による社会保障制度の解体の動きが強まるなか、国民皆保険制度の中核であり、 最後のセイフティーネットである国保制度を持続可能なものとしていくためには、国 保制度の運営主体は市町村におき、市町村が運営しやすい環境を、財政面でも人材面、 運営システム面でも地方自治体である都道府県が作り上げていくことが求められてい ると考えます。 社会保障制度に対する責任は国にあり、そのことは「国民健康保険の見直しについ て(議論のとりまとめ)」でも触れられていますが、制度として国に運営責任を持たせ ればいいかといえば、決してそういうことはありません。 社会保障制度の中でも社会保険制度は加入者である被保険者の実態や声を細かくと らえ運営できることがメリットであり、財政措置を国や事業主にしっかり求めながら、 そうした運営上の有利さを生かしたものとしていくことが重要です。 医療費適正化計画や地域医療提供体制改革との関係など「危険な側面」を残してい る点や、必ずしも十分な財政基盤強化策を国から引き出しきれなかったなど課題はあ りますが、そうした点で、今回の「国保制度の見直し」は社会保障制度として国保制 度をある程度守ったと思われます。 今回の改革を踏まえ、住民の命と健康を守るのは基礎自治体である市町村であり、 その市町村を支えるのが都道府県の役割です。地方自治体が運営することを生かした 取組みすすめていくことが求められています。
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