インド:日本企業の新たなフロンティア? - The Economist Insights

インド:日本企業の新たなフロンティア?
ザ・エコノミスト・インテリジェンス・ユニット報告書
協賛
インド:日本企業の新たなフロンティア?
目次
エグゼクティブ・サマリー
2
本報告書について
4
はじめに
5
1) インド市場の全体像
7
若年人口と経済成長がもたらす機会
7
輸出市場としてのインド
8
日本のインド向け海外直接投資
9
M&A
11
2) シナジーと成長機会
12
インフラストラクチャ
12
エネルギー・武器
14
メイク・イン・インディア
15
日立:グローバル・ハブとしてのインドの魅力
16
小売・消費財
17
3) 今後の課題
18
規制環境・税制
18
物流
19
人材・文化の問題
コクヨ: M&A成功の秘訣と世界戦略におけるインドの位置づけ
4) おわりに
20
22
23
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
1
インド:日本企業の新たなフロンティア?
エグゼクティブ
サマリー
インドは世界第2位の人口規模を誇り、アジアで最
本報告書の主要な論点は以下のとおり:
も急速な成長を遂げる経済大国の1つだ。同国は
これまで、世界的なビジネス展開を視野に入れる
日本企業に多くの機会をもたらしてきた。現地企業
との提携をつうじて圧倒的なシェアを確立するこ
とに成功したスズキやホンダの例は、インド市場が
秘めたポテンシャルの証しだ。
しかし、両社のケース
が目を引くのは、成 功 例が比較 的 少ないことの裏
返しでもある。日本・インド両国間の貿易・投資関
係がもたらす潜在機会は、
これまでのところほとん
ど活用されていないといってよい。例えば、インドは
日本の輸出先として20位にとどまっており、海外直
接投資額の1.5%を占めるにすぎない。また日本か
らの進出企業数でも、インドはタイを下回っている。
複雑な官僚制度や高い規制の壁、難解な司法制
度、
インフラの不備といった様々な問題は、
インドでの
ビジネスを困難にし、海外投資家が同国市場を敬遠
する要因となってきた。
しかし、2014年の総選挙で
圧倒的な勝利を収めてモディ政権が誕生したことに
より、新たな楽観ムードが生まれている。
グジャラート
州首相を3期務めたモディ氏は、
ビジネス重視の姿勢
をとる改革派として知られており、投資家の求める改
革やインフラ整備の新たな推進力として期待が高まっ
ているのだ。
もし同首相の政策が実を結べば、海外企
業の投資拡大や迅速な景気回復につながる可能性
は高い。
そして、変化の兆しが見られるインドは、
日本
企業にもさらなる機会をもたらすはずだ。本報告書
では、新たな機会が生まれる分野、それを求める企
業が今後も直面する課題などについて検証を行う。
2
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
l インドの人口構成と経済的変化は大きなビジネス
機会に
ザ・エコノミスト・インテリジェンス・ユニット
(EIU)の予測によると、インド経済は2020年
まで年平均7.1%のペースで成長する見込みだ。
人口に占める若 年 層の割 合が 多く、中間 所 得
層も急速に拡大している。また同国の都市人口
は、2015年から2030年の間に39%増加し、約
6億人に達すると予測されている。インフラ整備
だけでなく、消費財や金融サービス分野などでも
需要拡大が期待できるだろう。新興市場での経
験が豊富な日本企業は、
インドの変化がもたらす
機会を活用するのに絶好の立場にあるといえる。
l 日本の資金と技術はインドのインフラ需要を満た
すことができる
余剰資金を抱える日本と資金不足に悩むインド
は、恰好のパートナーだ。日本企業には、新興国
のインフラ整備プロジェクト向けに長期・低利の
円借款を提供してきた長年の実績がある。
そして、
日本企業はすでにインドでも重要な役割を果たし
ている。900億米ドル規模のデリー・ムンバイ間産
業大動脈構想(DMIC)
や、
チェンナイ・バンガロー
ル間産業大動脈構想
(CBIC)
はその一例だ。
日本は
インド初の高速鉄道プロジェクトにおける新幹線
の売り込みでも他国に先行しており、
日・印共同の
予備調査が現在行われている。
また、
日立・東芝・
三菱・日揮などの日本企業は、上記の産業大動脈
構想の一環としてスマートシティ事業を推進中だ。
インド:日本企業の新たなフロンティア?
l エネルギーも有望分野の1つだが、
原子力事業で
の協力関係構築は容易でない
つまり同国市場向け製品だけでなく、中東・アフ
リカ向け製 品の開 発 拠 点とする計 画を進めて
2019年までに24時間の電力供給を全国規模で
いる。またコクヨも、同国を 海外市場向け製品
エネルギー・インフラの脆弱性克服を重要課題
増強を視野に入れた現地企業の買収を行った。
実現するという目標を掲げるなど、モディ首相は
の1つに位置づけている。
この目標を達成するた
めには、
エネルギー・セクターに対する2500億米
ドル規模の投資が必要だといわれている。モディ
政権初の通年予算案には、電力問題解消に向け
て、4000メガワット規模の巨大発電所を5つ建
設する計画が盛り込まれた。また同国は、日本と
の原子力協定締結を模索している。
しかし、核保
有国であるインドと日本の協力実現のためには、
大きな外交上の障害を乗り越えなければならない。
l 日本企業は、メイク・イン・インディア を呼びかけ
るインドへの関心を高めている
の一 大 生 産 拠 点 と位 置づけており、生 産 能力
l インドの投資環境には依然として大きな課題が存
在する
モディ首相が掲げる経済改革のビジョンは、今の
ところ現実というよりも希望的観測だ。建設許可・
納税・契約履行・電力事情などの項目で評価され
る世界銀行のビジネス環境ランキングで、
インドは
189カ国中134位にとどまっている。特に大きな
問題となっているのは、
インフラの不備や、恣意的
な傾向の見られる課税措置、知財法施行の不徹
底、複雑な官僚制度(とりわけ用地取得に関して)
だ。モディ首相が2月に発表した初の通年予算案
ソニーにとって、
インドは世界第4位の規模を誇る
には、
インフラ投資の拡大や、税制の簡素化、不動
来、同国での生産を行っていない。
これは、両国経
込まれており、今後状況が改善する可能性もある。
市場だ。
しかし2004年に製造拠点を閉鎖して以
済関係の現状を象徴するケースだ。
モディ首相は、
製造業が経済成長に果たす役割の重要性を認識
しており、同セクターがGDPに占める割合を現在
の15%から25∼30%に拡大する意向を示した。
政府はその方策として、規制緩和や税制の簡素
化、メイク・イン・インディア(すなわち同国内に
生産拠点を置く企業に対する優遇措置)
を打ち出
している。
こうした取り組みはまだ始まったばかり
だが、人件費が新興経済圏の中でも低いレベルに
あるなど、同国のコスト競争力は外国企業にとっ
て大きな魅力だ。
ソニーを含む多くの日本企業は、
インドへの進出
(あるいは再進出)
を検討しており、
最近ではTOTO・日本電産がインド工場の稼働を
開始。
ダイキンも同国で2つ目の製造拠点の建設計
画を明らかにするなど、具体化している例も多い。
l 多くの企業は、
インド以西の市場に向けた製造・輸
出ハブとして同国に注目
インドは、中東・ヨーロッパ・アフリカ市 場 向け
の 製 造・流 通 ハブとして大 きな 魅 力を 持って
産規制の緩和(議会で審議中)
といった政策が盛り
l 日本企業によるM&Aの成否を分けるのは 文化の
壁 の克服
インドにおけるM&Aで、
日本企業は必ずしも良好な
実績を残していない。
第一三共によるインド系ジェネ
リック製薬企業ランバクシーの買収
(2008年実施)
や、
NTTドコモによるタタ・グループとの資本提携の
ケースは、失敗例として引き合いに出されることが
多い。
しかし現在、
日本企業のM&A活動は増加傾
向にある。
M&A情報データベース ZEPHYRによる
と、
日本企業は2014年に前年の2倍にあたる46件
のM&Aを実施した
(少数株式取得・合弁事業を含
む)
。
今回の聞き取り調査では、
買収先企業の管理に
細心の注意を払い、緊密なコミュニケーションをつ
うじて 文化の壁 を克服することの重要性が指摘さ
れている。
両国の文化ギャップは、
両国スタッフの個
人的なコンタクトが少ないことにより、
埋まるどころ
か広がっているようだ。
中国の在留邦人は15万人を
超えているのに対し、
インドの在留邦人は約7000人
(2012年時点)
と、状況の違いは歴然としている。
いる。今 回 聞き取り調 査の対 象となった日立・
コクヨは、インドの持つこうした魅力に注目する
企業の一例だ。日立はインドを プロダクタイゼ
ーション
(productisation)のグローバル・ハブ
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3
インド:日本企業の新たなフロンティア?
本報告書について
本報告書は、スタンダードチャータード銀行に
日本における追加リサーチ・取材は長野アミ・
ンス・ユニット(EIU)が作成したもので、詳細
オリジナル版を作 成し、その後日本 語 版の翻
よる協賛の下、ザ・エコノミスト・インテリジェ
にわたるリサーチやデータ分析、インド・日本
両 国を拠 点とする企 業 役員の聞き取り調 査
に基づいている。本報告書の執筆はデビッド・
ラインが 、編 集はローレル・ウェストが 担当。
4
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
森 隆 人が 担当した。なお本 報 告 書は、英 語で
訳・編集を行っている。報告書内で示される見
解は見解は、協賛企業の見方を反映するもの
ではない。聞き取り調 査にご協力いただいた
皆様には、この場を借りて御礼申し上げます。
インド:日本企業の新たなフロンティア?
はじめに
インドと日本の関係は、おそらく過去にないほど
少子高齢化に直面する日本の消費財メーカーも、
深まっている。ナレンドラ・モディ首相と安倍晋
海外市場に活路を求めている。若年層の多い巨大
三首相の親密ぶりは、その明確なサインだ。両
な人口を抱え、経済成長と都市化が急速に進む
リーダーが首相に就任した際の状況には類似
インドは、
こうした企業にとって魅力的な市場だ。
点が 多い。例えば 両 政 権は、総 選 挙で圧 倒 的
勝 利をおさめ、国 民の厚い信 任を得て誕 生し
た。また両者はともに、長年にわたる景気低迷
からの脱 却と経 済 成 長を最 優 先 課 題の1つと
して掲げており、国 家 主 義 的な政 治 姿 勢を前
面 に押し出している。中 国 を間 にはさむ 両 国
が、協力関係の強化によって得る戦略的メリッ
トは大きい。モディ首 相 が 政 権 発 足 後 わずか
数ヶ月内に日本を公式訪問したことは、日印関
2011年に締結された日本・インド経済連携
協定は、貿易・投資分野における新たな2国関係
の幕開けとなった。
しかし現在のところ、両国の
連携はそのポテンシャルを十分に活用しきれてい
ないのが実情だ。
たしかに多くの日本ブランドは、
インド市場で広く知られている
(例えば、二輪車・
自動車市場のホンダ・スズキなど)。
日本貿易振興
機構(JETRO)の調査によると、同国に進出した
係の深化・強化に対する期待感の表れだろう。
日本企業の数は約1000社に上るという。
しかし、
両 首 相の個 人 的な信 頼 関 係は、モディ氏が
1400社超、上海で2400社超に上っていること
グジャラート州の首相を務めていた時期から、長
年にわたって培われてきたものだ。
モディ氏は同州
で、
いわゆるグジャラート・モデル
(電力セクターや
1
インフラ投資、産業自由化などを重視する開発 )
を推進した。
その際には、多くの日本企業が投資を
行い、
現在も60社以上が同州で事業を展開してい
モディ首相が進め
る。2 こうした背景を考えれば、
る国レベルの改革で、
日本が重要な役割を期待さ
れるのも自然なことだ。
インドが特に投資を必要と
するインフラ・エネルギー・製造セクターは、
日本
企業が最も得意とする分野だ。
また、国内市場で
日本商工会議所(JCC)の登録企業数がタイで
を考えれば、必ずしも多いとはいえない。3 日本
の海外直接投資にインドが占める割合もわずか
1%ほどで、総貿易量の1.2%程度を占めるにすぎ
1
インド人民党
選挙キャンペーン・パンフレット
Modi s Gujarat Model
2
インド PTI通信
ない。
これまで行われた首脳会談(例えば2013
2014年8月20日
年5月に実現した安倍首相とモハン・シン首相の
to invest in Gujarat: Japan s
会談)
でも、
日本の投資拡大が大々的に謳われた
40 more Japanese firms
envoy
が、現状を打破するような結果につながったとは
3
いいがたい。インドに進出する日本企業は、依然
2013年9月
として様々な困難に直面しているのが現実だ。
しかし、
ビジネス重視の姿勢とグジャラート州
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
日本貿易振興機構
(JETRO)
Challenges for India-Japan
Investment Promotion
and Proposals to Both
Governments
5
インド:日本企業の新たなフロンティア?
4
での実績を持つモディ氏が首相に就任し、両国
を上回る7.5%の成長率を記録した。4 )一方で
関係は新たな段階に入っている。同首相は昨年
安倍首相は、インド向け直接投資額と進出企業
9月に日本を訪問し、経済界関係者に向けたス
数を今後5年以内に倍増させ、官民で総額3.5
ピーチを行った。その中で同氏は、第1四半期に
兆円の投融資を行う意向を示した。両首相の望
前年比5.7%と過去2年で最高の成長率を記録
みが実現すれば、日本企業は大きな恩恵を受け
したことを明らかにし、インド経済が失望を招い
ることになるだろう。本報告書では、日本企業に
てきたのは過去のことだと強調している。
( その
どのようなビジネス機会がもたらされるか、また
後の発表によると、インド経済は2014年に中国
どのような課題が残るのかについて検証を行う。
インド政府はその後、
基準
年を2004/05年から2011
年/12年に変更する新たな
GDP算出方法を導入。
この変更
により、
成長率は押し上げられ
る可能性が高い。
6
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
インド:日本企業の新たなフロンティア?
1
インド市場の全体像
若年人口と経済成長がもたらす機会
ると、
インドの経済規模ははるかに小さい
[図1参
照]。
しかしEIUの推計によると、
同国経済は2020
インド経済が大きなポテンシャルを持つことは、疑
年まで年率7.1%のペースで成長を遂げる見込み
いの余地がない。同国は世界第2位の人口規模を
だ。国民1人あたりの平均所得は低いものの、中
誇り、
購買力平価ベース
(米ドル)
では世界第3位と、
間所得層が急速に拡大しており
[図2参照]、
(特
日本を上回る経済大国だ(1位は米国、2位は中
に日本と比べると)若年層の多い人口構成など経
国)。市場為替レートベース
(販売利益の本国送還
済成長に有利な条件が整っている[図3参照]。
を行う輸出企業にとってはより関連性の高い)
で見
図1:大きな経済規模と低い所得水準
2013年の GDP
(G20のうち18カ国を比較)
(単位:10億米ドル)
購買力平価ベース
16,000
市場為替レートベース
12,000
8,000
4,000
ト
ル
イ
ン
ド
ネ
シ
ア
国
メ
キ
シ
コ
韓
カ
ナ
ダ
オ
ー
ス
ト
ラ
リ
ア
イ
ン
ド
イ
タ
リ
ア
ロ
シ
ア
国
ブ
ラ
ジ
ル
英
フ
ラ
ン
ス
サ
コ
ウ
ジ
ア
ラ
ビ
ア
ア
ル
ゼ
ン
チ
ン
南
ア
フ
リ
カ
資料:EIUによる調査
ド
イ
ツ
日
本
中
国
0
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
7
インド:日本企業の新たなフロンティア?
図2:所得レベルの向上
2005年の物価水準をベースとした所得レベル
(単位:米ドル)
4,000
平均世帯収入(左縦軸)
年間所得3,000米ドル以上の世帯割合(右縦軸[%]
)
60
50
3,500
40
3,000
30
2,500
20
2,000
1,500
10
0
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2017
2018
資料:EIUによる調査
図3:豊富な若年人口
年齢層別の人口内訳
(単位:1000人[男女両方])
2030年
2010年
351,239
363,764
0-14才
15-24才
25-49才
50-64才
65才以上
0
100,000
200,000
300,000
400,000
500,000
600,000
資料:UN World Population Prospects 2012(予測値は出生率の中間値をベースに算出)
図4:日本の対インド輸出は限定的
輸出市場としてのインド
日本の国別輸出割合 2013年
インド 市 場 の 大 きな 潜 在 能 力 にもか か わら
(単位:%)
インド
その他
カナダ
米国
パナマ
フィリピン
メキシコ
ベトナム
ロシア
英国
オランダ
マレーシア
オーストラリア
インドネシア
ドイツ
シンガポール
1
1.2.20
1.3 2
1.3 5
1.365
1.48
1.53
1.55
13.65
65
2. 3
9
2.
5.03
資料:国連商品貿易統計データベース
(UN Comtrade)
を元に算出
ど少 ない( 輸 出 相 手 国として2 0 番目・図 4 参
照 )。日本のインド向け輸出量は、経 済 規 模が
より小さな 国( 例えばメキシコやフィリピン)
を 下 回っている 。その 要 因 の1つとして考 え
中国
5.23 5.82
られるの が 、国 民 所 得 のレベ ル だ 。メキシコ
は 1 0 6 3 0 米ドル 、フィリピンは 2 7 9 0 米ドル
18.1
1.94
2.13
2.37
8
2.3
タイ
8
18.81
ず、同 国 が日本 の 輸 出に占める割 合 は 驚くほ
と、インドの1505米ドルよりもはるかに多い。
7.9
韓国
香港
台湾
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
日本の対インド輸出額は105億米ドル(貿易総
額の2%)
だが、
その内訳には非常にユニークな傾
向が見られる。世界的に見れば、
日本最大の輸出
インド:日本企業の新たなフロンティア?
品は自動車をはじめとする車両だ(総輸出量の
21%)。
しかし、高い貿易障壁に守られたインド
市場への輸出は難しく、同国向け輸出品の5%を
占めるにすぎない。
こうした事情もあり、大手日系
自動車メーカーの多くは、
すでにインド国内に生
産拠点を構えている。工業化の進展とともに需要
が拡大する資本設備の分野では、両国の需給関
係がよりスムーズな形で成立しており、機械類は
インド向け最大の輸出品となっている
(29億米
ドル相当で総輸出量の27%を占める:図5参照)。
日本とインドは、2011年に包括的経済連携
協定(CEPA)を締結した。同協定には、貿易自
由化(10年間でインドから日本への輸入品の
97%、
日本からインドへの輸出品の90%につい
て関税を撤廃)や、サービス貿易・知的財産権・
投資・ビザに関する障壁の削減などの条項が含
図5:インドが求める日本製品とは?
日本のインド向け輸出品内訳(2013年)
(単位:10億ドル 全体に占める割合[%]
)
その他
1.35
鉱物燃料・蒸留物
0.22
ゴム・ゴム製品
0.3
機械
2.87
13%
2%
27%
3%
プラスティック・プラスティック製品
0.37
4%
4%
有機化学薬品
0.4
4%
鉄鋼製品
0.42
15%
5%
5%
車両
0.55
7%
鉄鋼
1.54
11%
電気設備・電子機器
1.16
光学機器・写真装置・技術機器・医療機器
などの機器類 0.57
船・ボート
0.75
資料:国連商品貿易統計データベース
(UN Comtrade)
を元に算出
まれている。CEPAが発効した2011年8月以
降、
インドに進出する日本企業は14%増加し、
イ
ンド向け輸出も前年の90億米ドルから110億
米ドルへと拡大した。
しかし翌年以降、
こうした
流れは失速する。新たな進出企業数は2012年
に減少し、インド向け輸出も同年に106億米ド
ル、2013年には86億米ドルへと下落。皮肉なこ
とに、日本企業はインドと他国間の自由貿易協
定(FTA)により、同様のメリットを享受した。例
えば2004年に現地生産拠点を閉鎖したソニー
図6:伸び悩む日本の対インド投資1
日本の海外直接投資残高 国別内訳(2013年)
(単位:10億米ドル 円グラフ:全体に占める割合[%])
台湾 13.3
1
1 %
1 %
1 %
1%%
1%
カナダ 14.5
インド 15.1
ドイツ 16.9
外拠点からインドに自社製品を輸入している。5
フランス 20
11%
28%
2%
2%
2%
2%
2%
香港 18.3
インドネシア 18.4
C E PAは、日本による対インド海 外 直 接 投 資
米国
285.8
マレーシア 13.3
は、インドが他国と締結したFTAを活用し、海
日本のインド向け海外直接投資
その他 109.7
ベトナム 8.4
フィリピン 10.4
3%
3%
韓国 25.5
9%
3%
タイ 35
5%
ブラジル 35.3
6%
シンガポール 36
9%
6%
英国 53.8
(FD I )の急 速な拡 大につながると考えられて
オランダ
94.2
中国
93
オーストラリア
61.2
ケイマン諸島
59.6
いたが、現在のところそうした兆しは見られない。
150億米ドルという額は、
日本によるFDI総額の
1.5%を占めるにすぎず、他のアジア諸国に対す
る投資規模とほぼ同レベルにある
(例えば台湾や
マレーシアなど、
はるかに経済規模の小さな国と
それほど変わらない)
[ 表6参照]。たしかに日本
5
インド Economic Times紙 2014年8月26日
Sony mulls setting up a manufacturing plant in India enthused by
policies of new government
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
9
インド:日本企業の新たなフロンティア?
の対インド投資は、2000年代初頭の1∼2億米ド
図7:伸び悩む日本の対インド投資2
ル程度から2008年には56億米ドル*に達するな
日本の対インド海外直接投資 年別推移
6
ど、
近年大幅に増加した。
しかし現在は20億米ド
(単位:10億米ドル)
インドのデータ (UNCTAD経由で入手)
日本のデータ (JETRO)
6,000
ル程度に落ち着いており、拡大のペースを維持で
5,000
きていない。
インド準備銀行のデータによると、
日
4,000
本からのFDIはCEPA発効後に倍増したが、その
3,000
後は前年レベルに落ち着いている
[図7参照]。7 こ
うした傾向の背景として考えられるのは、インド
2,000
の参入障壁の高さや日本企業によるM&Aの失
1,000
敗などの要因だ
[後者については第3部で詳述]。
0
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
*2008年の投資額の大部分は、
第一三共によるインド系後発医
薬品メーカーランバクシーの買収
(推定約5000億円=46億米ド
ル)
が占めている。
2013
図8:高まるインド市場への期待
(回答者の割合[%])
今後10年間有望な市場
今後3年間有望な市場
順位
国
%
順位
国
%
1
インド
53.1
1
インドネシア
44.9
2
中国
38.6
2
インド
43.6
3
インドネシア
37.5
3
タイ
38.5
4
ブラジル
31.7
4
中国
37.5
5
タイ
27.5
5
ベトナム
30.3
6
ベトナム
26.7
6
ブラジル
23.4
7
ミャンマー
20.8
7
メキシコ
17.2
8
ロシア
18.1
8
ミャンマー
13.1
9
メキシコ
13.1
9
ロシア
12.3
10
米国
13.1
10
米国
11.1
資料:国際協力銀行
図9:M&Aブームのはじまり?
インドにおける日本企業のM&A
6
日本経済新聞
(英語)
(取引件数)
2014年4月8日
50
6-year Ranbaxy debacle
40
Daiichi Sankyo to end
with sale
7
インド・日本・サードパーティ
ーが提供するFDIフローのデー
30
28
タは、
必ずしも一致していない。
20
するデータを利用した。
インド
10
のデータ
(UNCTADによる照合
0
本報告書では、
JETROが公開
準備銀行
(RBI)
が公開する同様
済)
は、
図4を参照。
RBIのデータ
に含まれるのは公的ルートを経
由したFDIのみで、
4月からの年
度単位で掲載されている。
10
46
20
20
2008
2009
27
23
18
2010
2011
2012
注:該当年に完了した
(あるいは完了したと考えられる)取引件数。少数株式取得・株式買増し・合弁事業・買収を含む
資料:ビューロー・ヴァン・ダイク Zephyr データベース
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
2013
2014
インド:日本企業の新たなフロンティア?
こうした現 状にもかかわらず、インド市 場は
がインドで手がけたM&Aは比較的限られてお
依然として日本企業の関心が高い投資先(特に
り、大々的に報道された失敗例もいくつか存在す
長期投資)の1つだ。国際協力銀行(JBIC)が日
る
(詳細については下を参照)。M&Aデータベー
系 製 造 業を対 象として2 0 1 3 年に実 施した調
スのZephyrによると、2014年に日本企業が同
査によると、今後10年間の有望進出先ランキン
国で実施したM&A(少数株式取得・ジョイントベ
グでインドは1位に選ばれており、今後3年間の
ンチャーを含む)は46件と、前年の23件から倍
カテゴリーでも2位にランクされた
[図8参照]。)
増している[図9参照]。その例として挙げられる
8
のが、日立システムズがITサービス企業 Micro
M&A
Clinic India社の株式76%を取得したケース、
そ
インドでのM&A(業種によっては義務化されて
して明電舎が変圧器メーカー Prime Electric
いる事業提携も含む)に対する日本企業の関心
社の株式23%を取得したケースだ
[図10参照]。
は高まりつつある。
しかし、
これまでに日本企業
図10:M&Aブームの兆し?
2014年にインドでM&Aを実施した日本企業の例
買収企業
ターゲット企業
取引タイプ
業種
シロキ工業
シロキ・テクニコ・インディア
合弁事業
自動車部品
F.C.C.
Rico Auto
合弁事業の全株式を取得
自動車部品
日本生命
Reliance Capital Asset
Management
出資比率を49%に引き上げ
金融サービス
日立造船
ISGEC Hitachi Zosen
合弁事業
プロセス機器製造
アウトソーシング
Alp Consulting
買収
人材
椿本チエイン
Mahindra Conveyor
Systems
買収
産業機械
日立システムズ
Micro Clinic India
買収
ITサービス
シーエーシー
Accel Frontline
買収
ITサービス
近鉄エクスプレス
Gati
合弁事業
物流
ロート製薬
Deep Care Health
合弁事業
製薬
東芝
Vijai Electricals(電力・配電用
変圧器および開閉装置事業)
買収
電力
東芝三菱産業システム
AEG Power Solutions (バンガロール工場)
買収
電力
明電舎
Prime Electric
合弁事業
電力
エン・ジャパン
New Era India Consultancy
買収
人材
ソフトバンク
InMobi Technologies
出資拡大
電気通信
資料:ビューロー・ヴァン・ダイク Zephyrデータベース、メディア、企業情報
8
国際協力銀行
2014年3月
Survey Report on
Overseas Business
Operations by Japanese
Manufacturing Companies
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
11
インド:日本企業の新たなフロンティア?
2
シナジーとビジネス機会
インフラストラクチャ
インドの課題を克服するために日本が貢献できる
分野は数多くある。大規模インフラの整備は、特
に支援が必要な分野だ。
「 過剰な議論と汚職の
横行が、道路・高速道路・エネルギー・工業地帯
といったインフラの不備を招いてきた。インドは
インフラ面で後れをとっている」
と語るのは、
日本・
インド間のビジネスに特化したコンサルティン
グ企業 サンアンドサンズアドバイザーズの代表
取締役社長 サンジーヴ・スィンハ氏。
「 優れた技
術力を持ち、長期投資の傾向が強い日本の貢献
が期待されているのは、
まさにこうした分野だ。」
余剰資本を抱える日本にとっても、資金ニーズ
が高いインドは恰好のパートナー候補だ。日本
はこれまで長い間、国際協力機構(JICA)
や国際
9
JICA 海外投融資データ
下記ウェブサイトより入手可能
(英語)
http://www2.jica.go.jp/
en/yen_loan/index.php/
module/search
10
JBIC 年次報告書2014年版
94ページ
12
協力銀行(JBIC)などを経由した政府開発援助
という形で、新興国のインフラ開発プロジェクト
に低金利の長期資金を提供してきた。JICAの推
施している。9 JBICの2014年版年次報告書によ
ると、同行は同年3月時点で832件(総額約1.2
兆円)の融資・資本参加をインドで行っている。10
ま た J B I C は 、低 金 利 で 償 還 期 間 4 0 年
と い う 長 期 資 金 の 融 資 も 提 供 して い る 。
スィンハ氏はこうした例を挙げ、
「 融資額や長期
貸 付の 条 件を考えても、日本 は 世 界ナンバー
ワンの 投 資 国 だ 」という見 方 を示している。.
プロジェクト・ファイナンスでは、日本の建設
会社・建設機械メーカーや物流企業の参加が上
記のような融資の条件となることも多く、
こうし
た分野の日本企業に大きな機会をもたらしてい
る。JICAが融資を行った、
デリーメトロ
(インド最
大規模の地下鉄ネットワーク)の建設プロジェク
トはその一例だ。
またJICAは、900億米ドル規模
のデリー・ムンバイ間産業大動脈構想(DMIC:
総延長1483kmの貨物専用路線をはじめとす
計では、日本は現在までに道路・地下鉄・水道・
る数多くの建設計画を含む)や、チェンナイ・バン
公 衆 衛 生 施 設・電力など様々なインフラ・プロ
ガロール間産業大動脈構想(CBIC)など、モディ
ジェクトを対象とした240以上の融資契約を結
政権が優先課題として掲げる数々のインフラ・
び、
インドで約4.2兆円規模の政府開発援助を実
プロジェクトでも大きな役割が期待されている。
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
インド:日本企業の新たなフロンティア?
図11:デリー・ムンバイ間産業大動脈構想(DMIC)
ジャンムー・
カシミール州
ヒマーチャル・
プラーデシュ州
パンジャブ州
アルナーチャル・プラデーシュ州
ハリヤナ州
シッキム州
デリー
ラージャスターン州
ブータン
ウッタル・
プラデーシュ州
イクバルガル
アッサム州
ビハール州
グジャラート州
マディヤ・
プラデーシュ州
アフマダーバード
メーガーラヤ州
西ベンガル州
トリプラ州
マハーラーシュトラ州
ナガランド州
マニプル州
ミゾラム州
オリッサ州
ムンバイ
アーンドラ・
プラデーシュ州
ゴア州
カルナータカ州
ケーララ州
タミル・ナードゥ州
こうしたプロジェクトは決して目新しいもの
のため、インドにおけるビジネス機会は非常に
ではないが 、日本 企 業は初 期 段 階の想 定より
大きい。エネルギー・交通・ヘルスケアをはじめ
も多くの困難に直面しがちだ。DMICの実現に
としたあらゆる分 野 、そしてそれら全てに不 可
向けて両国が合意に達したのは2007年のこと
欠な情報技術にインフラ需要がある。そのポテ
だ。
しかし異なった政党が運営する域内州政府
ンシャルは計り知れない。」同社は2012年末、
間の対立により、計画に大幅な遅れが生じてい
2015年度までに総額700億円を投資すること
る。しかし、昨 年の総 選 挙でモディ氏が率いる
などを盛り込んだ『インド地域戦略2015』を発
インド人民党が圧倒的勝利を収めた結果、政治
表。
2014年末時点で、
その6∼7割を投資済みだ。
的障害の多くが取り除かれたことは楽観材料だ。
交通網とスマートシティの整備は、インフラ分
11
双日 プレスリリース
(英語)
2013年6月10日
「インドは、社会インフラ整備のスタートライン
野でも日本企業の関心が特に高い分野だ。双日
に立ったところだ」
と指摘するのは、
日立インドの
は2013年、インド Larsen & Toubro社との
代表取締役社長から、最近、
日立グループ アジア・
パートナーシップの下で、貨物専用鉄道(DFC
Works for Western
パシフィック総代表に就任した飯野一郎氏。
「そ
西線)の軌道敷設工事を受注した。11 1100億
Project in India
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
Sojitz Receives the
Contract of Civil & Track
Dedicated Freight Corridor
13
インド:日本企業の新たなフロンティア?
円という受注額は、円借款をつうじた契約として
や、高効率発電システム、最先端の公共交通シス
過去最大規模のものだ。またインド初となる高
テムの整備などをつうじて、持続可能な居住空
速鉄道プロジェクトでも、日本は新幹線で培っ
間を実現するのがプロジェクトの目的だ。選挙
た技術で売り込みをかけている。モディ首相が
公約として100都市のスマートシティ化を掲げ
鉄道システムを外資に開放する意向を示してい
たモディ首相は、2014年9月に京都を訪問した
ることもあり、日本が受注する可能性について
際に、ヒンズー教の聖地であるバラナシの再開
様々な憶測が飛び交っている。現在両国は、ム
ンバイーアメダバード区間を対象として事業調
査を行っており(2015年7月に完了予定)、受
道路インフラの整備も日本企業にとって有望な
大規模かつ急速に進む都市化の流れは、イン
子会社 Pune Sholapur Road Development
C o m p a n y L i m i t e d の株 式を約 9%取 得し
た。同 社 はマハラシュトラ州 の 道 路 拡 幅 事 業
への試 行 参 入をつうじ、日本で培った技 術や
インド Business Standard
Japan going whole hog
with investment in Indian
infrastructure
13
インドEconomic Times紙
2013年7月27日
IL&FS, East Nippon
Expressway to jointly work
for PPP projects
14
インド IBNLive 2014年9月1日
PM Narendra Modi s plan
to turn Varanasi into a
smart city : Will the Kyoto
model work?
14
設するとし、日本のデザインや技術が再開発計
画の中で重要な役割を果たすことを示唆した。14
の道路PPP(官民パートナーシップ)運営会社の
紙 2014年1月27日
で、京都をモデルにした スマート文化遺産 を建
注 先 に関する決 定 はまだ行 われていない 。1 2
分野だ。東日本道路公団は2013年、インド最大
12
発計画について言及している。同氏はバラナシ
ドがもたらす機会の巨大さを物語っている。国
連の推計によると、同国の都市人口は2015年
から2030年にかけて39%増加し、約6億人に
達するという[図12参照]。需要の拡大はイン
フラ分野だけでなく、消費財や金融サービスに
も及ぶため、日本企業にとって大きなビジネス
ノウハウが適用可能か見極めを行っている。13
チャンスだ。
しかし、都市インフラ開発需要が拡
一 方 、日立・東 芝・三 菱 重 工・日揮の企 業 連
国・米国といった国との競争が激化する可能性
合は、インドで計画される産業大動脈構想の1
は高い。また中国も同国におけるプレゼンスの
つDMICの域内4都市で スマートシティ イン
拡大を視野に入れている。モディ首相が日本か
フラの整 備を手 がけている。環 境 負荷の削 減
ら帰 国したすぐ後にデリーを訪 問した習近 平
大するにつれて、韓国・シンガポール・ドイツ・英
図12:インドで進行する急速な都市化
都市人口の推移予測
100万人
(左縦軸)
人口に占める割合[%]
(右縦軸)
900
55
800
50
700
45
600
40
500
35
400
30
300
25
200
20
2015
2020
2025
2030
2035
資料:国際連合 経済社会局人口統計課 World Urbanisation Prospects: The 2014 Revision
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
2040
2045
2050
インド:日本企業の新たなフロンティア?
国家主席は、今後5年で200億米ドルに及ぶ対
国であるインドに、
日本政府は核実験の凍結と核
インド投資を実施する計画を明らかにした。
施設へのより厳格な査察受け入れを求めている。
15
エネルギー・武器
脆弱なエネルギー・インフラの整備は、インドに
とって最重要課題の1つだ。モディ首相は、2019
年までに全国規模で24時間の電力供給体制を
整えるという目標を掲げている。
しかしその実現
には、発電能力の大幅な増強が不可欠だ。2014
年11月、電力省・石炭省・再生可能エネルギー省
のピユシュ・ゴヤル大臣は、同計画の実行に2500
億ドル規模の投資が必要になるという見方を示
した。急速な都市化への対応と農村部の電化を
進めるには、送配電網に対する投資も必要だ。
リスク許容度などの様々な問題を背景に、電力
セクターに対する投 資は長 年の間 低 迷してき
た。最 近では、石 炭の配 分・採 掘 権をめぐる対
立や、インド石炭公社の非効率性などを原因と
する燃料供給不足が大きな問題となった。
しか
し、東芝を中心とする企業連合が2014年に2件
の大型M&Aを実施するなど、
日本企業は送配電
インフラへの投資を行っている。2015年2月28
日に提出されたモディ政権初の通年予算案では、
電力不足解消に向けて4000メガワット級の巨大
( 特に中 国との外 交 関 係 が 冷え込んでいる
現在)インドへの武器輸出も、同様にセンシティ
ブな問題をはらんでいる。安倍首相が2013年
に行った武 器 輸出三 原 則の見 直しにより、条
件 付きながら兵 器 輸出が 可 能となったが 、日
本からの武器購入(新明和工業製の水陸両用
救 難 飛 行 艇 U S - 2 型 )についてはそれ以 前か
ら検 討が 行われていた。昨 年のモディ首 相 訪
日の際に署名した武器・技術・軍事協力協定に
より、両 国の関 係は 特 別 戦 略 的グローバル・
パートナーシップ へと格 上 げされた。U S - 2
型 1 5 機( 総 額 1 5 0 億 米ドル 以 上 )の輸 出に
向けた交渉の加速も、同協定に含まれている。
メイク・イン・インディア
インドはローコストの生産拠点、
あるいは世界向
けの輸出拠点として、日本企業に魅力的な機会
をもたらすはずだ。過去数十年にわたる日本の
東南アジア向け投資はこうした考え方に基づい
15
日本経済新聞
(英語)
ており、モディ首相はインドにもその流れがおよ
2014年9月19日
ぶことを期待している。同氏は独立記念日(8月
India over next 5 years
China to invest $20B in
発電所を5つ建設する計画が明らかになった。
またインドは、原子力分野での協力を求め、
日本
と粘り強い交渉を行っている。外交上の障害が
解消されれば、米国GE(ゼネラル・エレクトリック)
との提携をつうじて大規模な原子力事業を展開
する日立がサプライヤーの1つになる可能性は高
い。
しかし、協力実現を阻む壁は依然として厚いの
が現状だ。昨年のモディ首相訪日の際には、原子
力協定交渉の進展に期待が高まった。だが結局
図13:増加傾向も依然として低い賃金水準
製造業の1時間あたり平均賃金比較
(EIUによる試算・予測[単位:米ドル])
中国
5
タイ
インド
4
3
2
のところ妥結にはいたらず、両国間の交渉を加速
させることで合意するにとどまった。日本にとっ
て、核兵器保有宣言を行ったインドとの協力は特
にデリケートな問題だ。核不拡散条約の非署名
1
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2017
2018
資料:EIUによる調査
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
15
インド:日本企業の新たなフロンティア?
15日)に行ったスピーチで、
「インドでモノづくり
慎重だ
(その背景については後に詳述)。例えば前
を
(Come, make in India)」
と海外企業に呼び
述のとおり、
ソニーは同社にとって世界第4位の
かけた。翌月の訪日の際にも、
「これからは、官僚
形式主義(red tape)を排除し、
ビジネスに好ま
しい環境(red carpet)を用意して待っている」
市場であるインドでの生産をやめてしまっている。
しかしモディ首相によるイニシアティブの影響
16
と発 言し、外 資 歓 迎の姿 勢を強 調している。
もあり、
インド市場で韓国企業の価格攻勢に苦し
製造業がGDPに占める割合を、現在の約15%か
む日系電機メーカーは、同国での生産に関心を
ら25∼30%まで拡大するのが同首相の目標だ。
インドがもたらすコスト削減のポテンシャルが
大きな魅力であることは間違いない。同国の平均
賃金は他の新興国と比べても低いレベルにあり、
高めつつある。インドのエコノミック・タイムズ紙
は、外資によるオンライン直販が可能になり、経
済成長と為替レートの安定が見込めれば、薄型
テレビやスマートフォンの現地生産を検討すると
(EIUの予測によると)少なくとも短期的にはこの
いう日比賢一郎 ソニー・インド社長のコメントを
トレンドが続く見込みだ[図13参照]。生産性の
報じている。17 仮に同社が再進出を果たせば、
す
向上と
(若年層の多い人口構成を背景とした)豊
でにインドに生産拠点を構えるパナソニックや
富な労働力によって、将来的な実質賃金の上昇が
抑制される可能性も高い。
しかし現在のところ、
日
ダイキン、シャープ、日立の後に続くことになる。
本企業はインドが持つこうしたメリットの活用に
日立:グローバル・ハブとしてのインドの魅力
ナレンドラ・モディ首 相は製 造 業の発 展を重
飯 野 氏の評 価は非 常に高い。
「ここ2 ∼ 3 年の
野 一 郎 氏 によると、生 産 拠 点としてのコス
アなど、製 造 業の電 気 設 備を動かす基 盤とな
い。同 社はインドを プロダクタイゼーション
がわかった」と同氏は語る。こうした分 野での
グル ープ のアジア・パシフィック総 代 表 飯
ト競 争 力は 同 国 が 持 つ 魅 力の 1 つにすぎ な
(productisation)のグローバル・ハブ 、つま
り国内市場向け製品だけでなく、中東・アフリカ
向け製品の開発拠点とする計画を進めている。
「ミャンマー西側の国境を超えると、日本や
東 南アジアで 売 れている製 品 がそのまま売
インドNDTV 2014年9月2日
Red Carpet, Not Red
Tape, Awaits You in India,
Says PM Narendra Modi to
技 術 的 な 専 門 知 識と世 界 基 準 設 計のノウハ
ウを兼 ね 備えるインド人 は 、日本 人 にとって
特に相 性の良い相 手といえるかもしれない。
飯野氏によると、
「 インドには柔軟でイノベー
ティブな考え方ができる優 秀な人 材が 多い」
に対する信 頼・敬 意は大きな強みになる。し
のもとで働くことに慣れている。一 方で、日本
かしインドでビジネスを成 功させるには、む
しろ日本でできなかったことをやるチャンス
だという考え方を持つことが重要だ」という。
もあり、インド人はグローバル・スタンダード
人はルールを決めてプロセスを整 理し、均 一
な 品 質のモノを作ることが 得 意だ。日本 人と
インド人 は 互 いの 長 所 を上 手 に補 完し合え
る関 係 にあると思う。両 国 のパートナーシッ
プ が 持 つ ポ テンシャル はきわめて 大 きい 。」
脚注5を参照
16
るような 製 品 の 設 計・製 造 に適していること
という。
「 欧 米 企 業のプレゼンスが 大きいこと
Japan
17
取り組 みで、インドはモ ー ター やスイッチギ
れるという考えは通用しない」と同氏は指 摘
する。
「インドでも、日本ブランドとその品 質
16
インドの 人 材 が 持 つ 技 術 スキル に 対 する
要 課 題 の 1つに位 置づけている。だが 、日立
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
インド:日本企業の新たなフロンティア?
他分野の日系メーカーも、今後予測される需要
拡大に対応するため、現地工場の生産能力を増
強している。例えばTOTOは、三井物産とともに設
立した現地合弁会社をつうじ、最先端設備を備え
る工場をグジャラート州に建設。2014年8月に稼
同社初とな
働を開始した。18 日本電産も昨年6月、
る100億円規模の新工場を、
ラジャスタン州のニ
ムラナ工業団地(同地には、
すでにダイキンが工場
を所有)
に建設することを発表。19 永守重信 社長
はその後、インドで5つの工場を追加建設する意
向を明らかにしている。20 その他にも、横浜ゴムが
今年2月に新工場建設を完了。JFEスチールも、同
国大手のJSWスチールと冷間圧延工場(カルナ
タカ州)を対象とした事業提携を行っている。
21
についても100%外資参入が可能となり、モディ
政権下でもさらなる市場開放が期待されている。
小売セクターの一例を挙げると、アパレル分
野の市場規模は年間400億米ドルだが、2020
年までに50%の成長を遂げると見込まれてお
り、
ビジネス機会は大きい。23 これまで日本企業
は、インドの市場自由化の動きに対し、
(スペイン
のInditex・英国のMarks & Spencer・イタリア
のBenettonなど)海外の競合企業に後れをとっ
てきた。しかし、モディ首 相の外 資 歓 迎の姿 勢
が、日本企業の背中を押す可能性は高い。現在
最も大きな脚光を浴びているのは、無印良品を
展開する良品計画のケースだ。日系大手小売企
18
三井物産 プレスリリース
2014年8月20日
Mitsui & Co., TOTO joint
venture opens sanitary
ware factory in India
19
Globe Newswire
2014年6月4日
Nidec to Set Up Its First
Manufacturing Foothold
in India
20
日本経済新聞
(英語)
2014年6月18日
Nidec to build five plants
in India: President
業で初となるインド進出を目指し、同社は今年
21
日立やコクヨ
(下の囲み記事を参照)
をはじめと
末をめどに現地企業との合弁会社設立に向け
2014年7月2日
する多くの日本企業は、海外向け製品の生産ハブ
た交渉を進めている。政府による認可のタイミ
としてインドが持つポテンシャルに魅力を感じて
ング次第で、2015年∼2016年にデリーあるい
いる。同国で最大の成功を収めている日本企業の
はムンバイで第1号店をオープンする予定だ。
1つスズキは、グジャラート州で建設を開始した
新工場を、
ヨーロッパ・アフリカ市場向け輸出拠
点としても活用することを明らかにした。同社の鈴
木修 会長兼社長は、2015年1月に投資サミット
が 行われたグジャラート州で日本 経 済 新 聞の
インタビューに応じ、
「日本企業にとって、
インドは
中東・アフリカ・欧州への玄関口になる」
とコメント
22
しかし、
インドが輸出拠点としての潜在
している。
力をさらに発揮するためには、物流・貿易の円滑化
など数多くの課題を克服しなければならない。
Japanese investment in
India growing, but for how
long?
24
一方モディ首相は、2014年6月にファースト
リテイリングの柳井正 会長と会談を行った。そ
の際、同首相はインド進出を要請し25 、柳井氏も
日本経済新聞
(英語)
22
日本経済新聞
(英語)
2015年1月14日
India on cusp of breaking
out, says Suzuki chief
23
Wall Street Journal
同国から衣料品を調達する意向を示したといわ
2014年8月22日
れている。26 同社は2013年初頭、10億米ドル
Stores to India
の売上を目指しアパレル大手Arvindとの合弁
会社設立を検討したが、交渉は不調に終わった
(Arvindはその後、米国GAPとの提携をつうじ
て40店舗をフランチャイズ展開すると発表)。
27
都市化の加速と所得拡大が予測されるインド
小売・消費財
では、食品市場も有望な分野だ。日本経済新聞
前述のとおり、
急速に拡大するインドの都市人口と
は、東洋水産と味の素がタミル・ナードゥ州を拠
中間層がもたらす潜在的な商品・サービス需要は
点として即席麺事業の合弁会社を設立したと報
きわめて大きい。
しかし小売セクターは、現在最も
じている。日清もインド東部のオディシャ州で国
参入障壁が高い分野の1つだ。デリケートな政治
内3番目となる即席麺工場を稼働開始した。ま
的問題をはらみ、動きは遅いが、それでも同市場
た三井物産とヤンマーは、Murugappa Group
の自由化は徐々に進展している。2012年に実施
との合弁事業をつうじて田植え機・コンバイン
された規制緩和によって、単一ブランドの小売業
などの生 産・販 売を行う計 画を進めている。2 8
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
Arvind to Bring Gap
24
日本経済新聞
(英語)
2014年9月1日
Muji stores to open in
India as country eases
restrictions
25
脚注21を参照
26
Reuters 2014年6月25日
Japan s Uniqlo may source
garments from India
27
インドTimes of India紙
2013年1月16日
Japanese giant Uniqlo set
to partner Arvind in India
JV
28
脚注21を参照
17
インド:日本企業の新たなフロンティア?
3
今後の課題
インドは 決 してビ ジ ネ ス が 容 易 な 国 で は な
進出を図る日本企業にとって大きな課題だ」
と
い。建設許可や納税、契約履行、電力事情など
語るのは、インドステイト銀行の在日代表 サン
の項目で評価される世界銀行のビジネス環境
ディープ・テワリ氏。JETROによると、地域によっ
年 間ランキングで、同 国は1 8 9カ国中1 3 4 位
て税務当局の対応や判断にばらつきがあり、申
にとどまっている。 しかしインド国内の状 況
29
は、州や都市によって様々だ。世界銀行が同様
の基準でインド17都市を評価したランキング
では、北部のパンジャーブ州ルディヤーナーが
1位、西ベンガル州のコルカタが最下位となっ
た。一 例を挙げると、ルディヤーナーでは建 設
許可の取得に17の手続きが必要で、平均所要
日数は143日だ(OECD加盟国の平均値は手
続数13・所要日数147日)。一方で、
コルカタで
は手続き数27、所要日数258日となっている。
29
世界銀行グループ
Doing Business:
Measuring Business
Regulations
下記ウェブサイトにて閲覧可能
http://www.doingbusiness.
org/rankings
30
インド商工省
特別経済区ウェブサイト
インド各 地 方・都 市のメリットや問 題につい
て詳細な分析を行うことは、本報告書の目的で
はない。しかし、同国 進出にあたって日本 企 業
が直面する課題には、数多くの共通点がある。
請結果の予測が難しいことを問題視する日本企
業は少なくない。モディ首相は問題解決に前向
きな姿勢を見せているが、テワリ氏は「状況を改
善するのに一定の時間がかかる」
と考えている。
モディ政権は、今後4年間で法人税を25%
(現在
は約30%)
に軽減し、2016年4月を目処に物品・
サービス税を全国レベルで導入するなど、2015
年度予算案にいくつかの対応策を盛り込んでいる。
用地取得の問題は長い間、
( 海外企業だけで
なく)国 内 企 業の大 規 模 投 資をも阻む要 因に
なってきた。政府が対策の1つとして打ち出した
のは、土地利用許可・使用権の取得が容易にな
る特別経済区(SEZ)の導入だ。ただし、これは
新しい政策ではない。SEZが最初に導入された
のは1965年のことで、国内各地に190以上の
規制環境・税制
特区が存在する
(2014年5月現在)。30 今のとこ
2015年1月21日
特に深刻なのは、税制と土地取得の問題だ。
「複雑
ろ、中国で実施された同様の施策ほど市場自由
Economic Zones
な税制[と]工場建設のための用地取得は、
インド
化につながっていないが、モディ首相の積極活
Fact Sheet on Special
18
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
インド:日本企業の新たなフロンティア?
用策により効果が加速する可能性もある。2015
造・偽造品の製造・販売業者の横行に頭を悩ま
年 度 予 算 案には、手 続の煩 雑な2 0 1 3 年 土 地
せる日本企業の例を数多く挙げ、様々な分野で
収用法の改正*に関する大統領令が盛り込まれ
現状を改善する必要性を訴えている。JETROの
た。これが 実 現すれば 事 態の改 善も期 待でき
推計によると、知的財産権侵害による2012年の
るが、改正案の施行には議会の承認が必要だ。
*土地が一定の目的に使用される場合、
所有者の同意と社会影
響評価を義務づける条項を廃止。
また現政府は、海外企業進出の足かせとなる外
資規制の緩和も重視している。
JETROの石毛博行
理事長は、最近行われたWall Street Journalの
インタビューの中で、官僚形式主義(red tape)
をインド最大の問題として挙げた。同氏によると、
「新工場を建設する際には、監督当局への申請
書 類を全て保 管するための倉 庫が1つ必 要に
なった」
と不満を述べる日本企業が多いという。31
行政プロセスの簡素化に向けた取り組みの一環
として、モディ首相はこれまで経済政策を主導し
てきた計画委員会を廃止している。同委員会への
被害総額は、
ソフトウェア分野で収益の80%、
自
動車部品分野で30∼40%に達するという。33
物流
道路・橋・発電所など、基幹インフラの需要が日本
の建設関連企業にもたらす機会はきわめて大きい。
しかしこうしたインフラ設備の不備は、他業界の
企業にとっては頭痛の種だ。JETROによると、多く
の日本企業は電力・水の供給不足(工業団地も例
外ではない)、交通渋滞と道路網の不備*、
インフラ
整備の許認可の遅れといった問題に直面している。
*トラック輸送の平均距離が1日あたりわずか300kmにとどまる
一因となっている。
中でもとりわけ深 刻なのが、物 流・配 送の問
行き過ぎた権限集中は、グジャラート・モデルの
題だ。サンアンドサンズアドバイザーズのスィン
改革を他の州政府が推進する妨げになるという
ハ 氏 は 、インド進 出の検 討 時に助 言を行った
のがその理由だ。モディ政権誕生の際に期待さ
ローソンのケースを一 例として挙げている。個
れたほど改革は進んでいないが、今後様々なセク
人 経 営 商 店 が 圧 倒 的 な 割 合を占める小 売 セ
ターで外資規制の緩和が実現する可能性は高い。
クターで外 資 開 放を進めるのは政 治 的に難し
インドの 政 治 構 造 上 、行 政 組 織 の 大 幅 な
簡 素 化・スリム 化 を 実 現 するの は 難しい 。だ
が、JETROが2013年に発表した報告書で指
摘したように、
( 例えば 特 別 経 済 区など)進出
企業が必要とする情報を一元的に提供するだ
けでも利 便 性の向 上 が 図 れるだろう。同 報 告
書 によると、タイ投 資 委 員 会 が日 本 に2つの
事 務 局を構える( 1 9 7 9 年 設 立の東 京 事 務 局
と1 9 9 5 年 設 立の大 阪 事 務局)一 方で、インド
は現 在のところ窓口を1つも設けていない。
32
く、同市場への進出は常に投機的リスクをともな
う。ローソンの新浪剛史 社長(当時)がインド進
出を見送る決定を下した理由は、人材の問題そ
してインフラと物流ネットワークの不備だった。
しかしスィンハ氏によると、
こうした状況は変わ
りつつある。
「小売向けの配送・物流は、eコマース
の普 及とともに進 化している。フリップカート
(インドのオンライン小 売 最 大 手 )をはじめと
する小売企業が、物流[改革]の推進力となって
おり、状況は徐々に改善している。5年前は非常
に遅れていたが、ローソンやユニクロも、今なら
インドが抱える問題の全てが、過剰な規制に由
もっと前向きにインド進出を考えるかもしれな
来するわけではない。特に知的財産権保護などの
い。」ただ、水準の向上には時間がかかる。
「よく
分野では、規制の不備(あるいは施行の不徹底)
整 備された国 内のサービスに慣 れていること
が問題の原因となっている。前出の報告書は、模
もあり、インドの物流は今後も日本企業にとっ
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
31
Wall Street Journal
Japan RealTime blog
2014年6月3日
Japan, India Look to
Reenergize Economic Ties
32
脚注3を参照
33
同上
19
インド:日本企業の新たなフロンティア?
図14:インド進出の課題
インドで日本企業が直面するビジネス上の課題とは?
(回答者の割合[%])
インド
%
1 人件費の上昇
71.1
2 原材料・部品の現地調達が難しい
66.4
3 電力不足・停電
66.4
4 競合企業のシェア拡大
63.5
5 複雑な通関手続き
55.6
資料:JETRO Survey on Business Conditions of Japanese-Affiliated Firms in Asia and Oceania 2012年度版
て悩みの種となる」というのが同氏の見 方だ。
しかし、セクターによっては、
日本企業はインド
のビジネス環 境への適 応 法を身につけつつあ
る。例えば 、デリー・ムンバイ産 業 大 動 脈 構 想
(DMIC)のような大規模プロジェクトでは、
これ
まで計画実施の遅れに悩まされてきた。スィンハ
氏によると、その原因の一端は「全エリアを対象
とするマスター・プランに沿って作業を進めると
いうアプローチを好む」日本 企 業にある。複 数
の行政区域にまたがって行われるプロジェクト
では、
こうしたやり方は現実的でない。だが現在
計画中のチェンナイ・バンガロール産業大動脈
構想(CBIC)では、日本企業がより柔軟な対応
をい見せているようだ。同氏によると、
「このプロ
ジェクトでは、 マスター・プラン 重視のアプロー
チをとっていない。日本企業は起業家の参加を
促し、政府のモデルとは異なる官民パートナー
シップ形式でプロジェクトを進めている」
という。
34
Wall Street Journal
2015年2月28日
India s Budget Focuses on
Infrastructure
35
総務省統計局
海外在留邦人数調査1990
インド政府は、投資先としての魅力向上にインフ
ラ投資が必要なことを認識している。
2015年度予
算を発表したモディ政権は、道路・鉄道などのイン
フラを対象とする追加予算(110億米ドル)
を活用
し、運輸セクターへの投資を倍増させる意向だ。34
∼2012年
下記ウェブサイトにて入手可能
持つ大きな魅力の1つだ。
しかし、南アジアの近隣
諸国バングラデシュ・ミャンマーなど、
こうした強み
を持つ国は他にもある。
インドは非熟練労働者が
豊富な国だが、賃金レベルは着実に上昇しつつあ
る。JETROが日本企業を対象として2012年に実
施した調査では、人件費上昇を課題として挙げる
回答者が最も多かった
(物流やインフラの問題を
挙げる回答者の割合を上回っている)
[図14参照]
。
前述のように、
ローソンがインド進出を見送った
2つ目の理由は、労働力の質の低さだった。
「 教育
は、インドが抱えるウィークポイントの1つだ。物
理・科学・工学などの技術系教育は充実している
が、
職業教育は十分に行われていない。
」その結果、
日本企業の現地での業務を期待通りに監督できる
中間管理職の人材が特に不足しているのだ。
また、
日本人・インド人スタッフのコミュニケーション
不足が、両国の文化ギャップをさらに広げてい
るのも問 題 だ 。中 国 の 在 留 邦 人 の 数 が 1 5 万
人を超えているのに対し、インドの在留邦人は
わずか7000人(2012年時点)しかいない。35
相互理解の不足は、
インドでM&Aを実施する際
にも問題となる。
同国における日本企業のM&Aに
は、成功例よりも失敗例が目立つ。例えば、第一三
共が2008年に行った後発医薬品メーカー ラン
バクシーの買収は、
よく引き合いに出されるケー
http://www.stat.go.jp/data/
人材・文化の問題
スだ。買収成立後まもなくランバクシーの製品管
xls
豊富で比較的ローコストな人的資源は、
インドが
理が問題となり、米国食品医薬品局(FDA)から
nenkan/zuhyou/y0215000.
20
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
インド:日本企業の新たなフロンティア?
禁輸措置を受けたが、第一三共は問題を改善す
し か し 、日 本 の インド 進 出 を 象 徴 す る の
ることができなかった。複数のアナリストはその
は、むしろスズキ・ホンダのような成 功 例の方
一因として、経営管理体制の不備を挙げている。
だ。スズキはマルチとの提 携を3 0 年にわたっ
ランバクシーの執行役員10名の中で、
日本人役員
て継 続し、インド最 大 の自動 車メーカー に成
はわずか1名しかいなかったのだ。 第一三共は
長 を 遂 げ た 。また ホンダ も、ヒー ロ ーとの 合
2014年、
わずか9%の株式と引き換えに、同社を
弁 事 業( 1 9 8 4 年に成 立し、2 0 1 1 年 解 消 )を
サン・ファーマシューティカルに売却している。
もう
つうじてインド二 輪 市 場の最 大 手 企 業となっ
1つの著名なケースは、
NTTドコモとタタ・グループ
た。下の囲み記 事で取り上げるコクヨ( 2 0 1 1
の資本提携だ。大きな注目を浴びながら2009年
年 にカムリン 社 を買 収 )の 例 が 示 すように 、
にスタートした合弁事業は、NTTドコモが撤退を
文化の違いがもたらす課題を克服するためには、
表明したことで、黒字に転ずることなく幕を閉じた。
オープンなコミュニケーションが重要なカギとなる。
36
36
日本経済新聞
(英語)
2014年4月21日
Culture clashes threaten
quality standards for
Japanese companies in
India
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
21
インド:日本企業の新たなフロンティア?
コクヨ: M&A成功の秘訣と世界戦略におけるインドの位置づけ
文具、オフィス家具、事務機器の製造・販売を
行うコクヨが、
ムンバイを拠点とする文具・画材
メーカーのカムリンを2011年に買収した理由
の1つは、インドが持つ大きな潜在能力に魅力
を感じたからだ。
しかし、M&A成立後に事業体
を可能にすることも重要だ」と住谷氏は語る。
インドの異なった習慣や事 業 環 境がもたら
制を整備・管理することは必ずしも容易でない。
す課 題は、その他にもある。
「 例えばコンプラ
コクヨS&Tで取締役 兼 常務執行役員を務
ギャップが存在する」
と同氏は指摘する。
「インド
める住谷勉氏によると、
「およそ4年前にインド
でビジネスを始めた際には、価値観の違いが
もたらす沢山のことに驚かされた」という。同
社は、カムリン社がブランド力と流 通 網を背
イアンスといった分野では、依然として意識の
の法 律や社 会 通 念と照らし合わせながら、日
本で定めた基 準の最 適 化を図るとともに、毎
年1回インドの全 社 員を対 象とした説 明・議
論の場を設けることで、グループとしてコンプ
景にインドの大 手 文 具・画 材メーカーとして
ライアンスに対する理解を深めている」
という。
いた。しかし、
「 商 品 開 発力やデザイン力、そ
こうした様々な課題に直面しながらも、
コクヨ
の地 位を築き上げてきたことを高く評 価して
して部 門 間コミュニケーションなど、さらな
る強化が必要な分野もあった」
と同氏は語る。
こうした課題に対応するためにコクヨが選
んだのは、日本で培ってきたビジネスモデルを
そのまま持ち込むというやり方ではなかった。
はインド市場に大きな可能性を感じている。
「若
年 層 の 割 合 が 多いインドの 人 口 構 成 は中 国
と質 的に異なり、新 中 間 層も着 実に増えてき
ている」と住 谷 氏は語る。マハラシュトラ州で
建 設中の新 工 場は、インドを重 視する同 社の
姿 勢 の 表 れ だ 。2 0 1 6 年 の 操 業 開 始 を目 指
「(M&Aを成功に導くために)重要なポイント
す同 工 場は、コクヨの海 外 工 場として最 大 規
分野でインドの環境に適した効果的なアレンジ
ている生 産 施 設を再 編・集 約させる予 定だ。
となるのは、ビジネスモデルや商品開発などの
を行うことだ」
と住谷氏は指摘する。
「このやり
方は、既存のモデル・商品を導入するよりも最
模になる見 通しで、現 在 同 州を中心に分 散し
また同社は、M&Aの分野でも依然として意欲
初の段階で時間がかかるかもしれない。しか
を見せている。住谷氏によると、
「今後は、
アジアや
言葉で語れるビジネスモデルや商品を作り上
生産・流通拠点としてインドを活用することを目
し、インド人メンバーが本当に納得し、彼らの
げなければ、真の成長は実現できない」
という。
価 値 観の違いを背 景とした課 題の解 決 法
中東・アフリカ・中南米といった海外市場向けの
指す」
という。同社が、中南米を中心にノートの輸
出を行うリッディ・エンタープライジズ社を2013
年に買収(事業譲渡契約)
したのは、
こうした戦略
として同 氏 が 挙 げるのは 、
「 密 接 なコミュニ
の一環だ。
「リッディ社の生産能力とグローバル
るのか 相 互 理 解を図る」ことだ。また、
「自社
ゼンス拡大を視野に入れていく」
と同氏は語る。
ケーションをつうじて、何を大 切に考えてい
のマネジメントノウハウやシステムを惜しみ
22
なく提供するとともに、
トップマネジメント間の
コミュニケーションを密にし、迅速な意思決定
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
な販 売 網を活用し、新たな海 外 市 場でのプレ
インド:日本企業の新たなフロンティア?
4
おわりに
インドは長い間、期待された真価を発揮できない
様々なセクターで投 資ルールや規 制当局の効
でいる。最も似た市場規模を持つ中国は、わずか
率化に取り組みとともに、かねてから懸案だった
1世代で比較的閉ざされた経済圏から世界最大
インフラ整備に予算を重点配分しており、インド
の経済国に成長を遂げた。インドにとっては不本
のビジネス環境に変化の機運をもたらしている。
意ながら、両国のこうした現状が比べられること
は少なくない。中国が成功を収めた理由の1つ
は、海外投資をうまく活用したことにある。そし
て昨年誕生したモディ政権は、
この事実を認識
しているようだ。日本・インド両国首脳は親密な
関 係を保っており、2 国 関 係の深まりがもたら
す戦略的メリットもきわめて大きい。
こうした状
況は、インドの市場開放を活用した成長を模索
する日本企業にとって、またとないチャンスだ。
こうした取り組みの結 果 、様々なセクターの
日本企業がインド市場への関心を高めている。短
期的にとりわけ有望なのは、モディ首相が重点
分野の1つとして メイク・イン・インディア を提
唱する製造業だ。中国における人件費上昇を受
け、グローバル企業は チャイナ・プラスワン 戦
略(あるいは中国に代わるグローバル・サプライ
チェーンの新たな拠点探し)を進めている。日本
企業もこうした目的を持って東南アジア市場進出
しかし、モディ首相がグジャラート州で行った
に長年取り組んできた。そして今、その舞台を南
ような経済改革を国レベルで実現するのは容易
アジアに拡大するチャンスが訪れている。スズキ
でない。実際、同氏が政権発足後数ヶ月で見せ
やホンダといった先 駆 的 企 業の例が 示すよう
たパフォーマンスに対しては、急速な変化を期待
に、同地 域はアフリカ・ヨーロッパ主 要 市 場へ
する関係者から失望の声が上がった。だが、政治
の玄関口として大きなポテンシャルを持ってい
的に分断化された(そして巨大で非効率な官僚
る。加えて長期的には都市化と国内消費の拡大
組織を持つ)インドのような国で、迅速な改革を
が進み、若年層の人口が多いインドが、国内市
求めるのは非現実的だ。
ことの成り行きを、もう
場で需要縮小と人口の高齢化に直面する日本
少し辛抱強く見守る必要があるだろう。政府は
企業にとって重要な市場となることは間違いない。
© The Economist Intelligence Unit Limited 2015
23
本 報 告 書 に記 載された 情 報 の 正 確を期すために
あらゆる努力を行っていますが、エコノミスト・イン
テリジェンス・ユニットは 第 三 者 が 本 報 告 書 の 情
報 、見 解 、調 査 結 果に依 拠することによって生じる
損害に関して一切の責任を負わないものとします。
LONDON
20 Cabot Square
London
E14 4QW
United Kingdom
Tel: (44.20) 7576 8000
Fax: (44.20) 7576 8500
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NEW YORK
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HONG KONG
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Hong Kong
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GENEVA
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