グラン・トリノ

映
画
情
報
タイトル/公開年/作成国
グラン・トリノ(邦題) Gran Torino(英題) /
監督・制作/脚本/字幕翻訳
クリント・イーストウッド
制作/ 製作会社
主なキャスト
『グラン・トリノ』
/
2008 年
ニック・シェンク /
ロバート・ローレンツ ビル・ガーバー
/
/アメリカ
戸田奈津子
ワーナーブラザーズ
ウォルト・コワルスキー
(クリント・イーストウッド)
タオ・ロー
(ビー・バン)
スー・ロー
(アーニー・ハー)
~私がとらえた場面と保健医療福祉分野に関わる者としての提言~
この映画を観終った初めの私の感想は次のようなものです。
『なぜ自ら死を選択したの?
せっかく心が通じ合える人達と出会えて、これから残りの人生楽し
く過ごすハッピーな展開だと思ったのに…なぜ?』というものでした。主人公ウォルトが事件の解
決の手段として、自分の死を覚悟して臨んだことに驚きと意外性を感じ、何がウォルトをそうさせたの
か、残りの人生を豊かにする高齢者の生きがいとは何だろうか、ということを考えました。これらをふ
まえた映画の場面と、私からの提言を述べたいと思います。
●私がとらえた場面
ウォルトは、戦争から生還して栄誉を称えられ国の英雄であるという高い誇りを持しつつも、
「一
生頭に焼き付いているおぞましい記憶」と語っているように、戦争で多くの人を殺したという罪悪
感を持って生きてきました。退役後、自動車整備の職人として定年まで働きました。妻を亡くし、
息子らに何度か同居を勧められますが、礼節を欠いた孫たちの行動に価値観の違いを感じ、息子た
ちからは何もできない者のように思われていることに腹を立て、互いに理解し合える関係ではあり
ません。ある日、喀血し、自分の身体状況から余命は短いと悟ります。おそらく死を身近に感じ、
人生の終末をいかに終えるべきか考えたと思います。ウォルトの本音は息子らと心の通い合う生活
を望んでいるようですが、実際には身内とどう関わればよいのかわからず溝が深まるばかりです。
また、近隣の住人に対しても心を開くことなく孤立した一人暮らしを自ら選んできました。
このような生活をしてきたウォルトの隣に、アジア系移民のタオとスーが引っ越してきます。ウ
ォルトは移民を嫌っていました。しかしやがて、タオやスーと深い信頼関係や絆・心の交流を持つ
ようになります。妻を亡くし、息子や孫とは心を通わせることができなかったウォルトでしたが、
タオやスーの成長に関わることで達成感が生じ、自分の信念と相通じる温かいものを感じて若い頃
と同じような自分自身の誇りを取り戻し、生きがいを感じたのだと思います。表情も行動も活力に
満ち溢れていくウォルトの変化が非常に印象的です。
すべてが良い方向に進んでいましたが、不良グループとの事件が発生します。事件のきっかけを
作ったウォルトは、
「これは自分自身のけじめのつけ方」と述べ、自分が起こした行動の決着として
死を選択しました。この究極の選択に影響を及ぼしているのは、軍人としての経験を持つ人生観や、
家族関係、自分の病気の現状などの生活背景があると思います。しかし、決定打になったのは将来
のタオとスーの人生を幸せなものにさせたい、という強い気持ちから生まれた人生の最後まで意味
をもち得ることを望んだことではないかと私は考えます。ウォルトは血縁関係以上に絆を持ったタ
オやスーのために役に立つ存在であるということを望み、熟慮した結果、死を選択することになっ
たのではないかと考えました。
●保健医療福祉分野にかかわる者としての提言
人間は誰しもが幸福な老いを望みます。高齢になるということは、今まで一人でできていたこと
ができなくなるという身体的な衰えや、覚えていたことをすぐ忘れるなど、失う感覚を目の当たり
にし、ネガティブな変化を受け止めざるを得ない現状があります。しかし残りの人生を豊かにする
気持ち、生きがいまで失ってはならないはずです。病気などで健康状態が良くない、または身体的
に不安はないが経済的に厳しい環境にある、という状況であるとしても、家族や人の役に立つ存在
となり、何かを達成あるいは向上した、認めてもらった、という充実感・幸福感を実感して人生を
終えたいものではないでしょうか。
残りの人生を豊かにする高齢者の生きがいの対象は家族など身内ばかりではなく、友人・趣味の
仲間など他者との交流も考えられます。また、動植物、美しい自然や芸術作品に出会うことや過去
の体験などの場合もあり、その人の生活史が大きく影響すると思われます。高齢者の一人一人の生
きがいはその人独自のものでそれぞれに異なるものと言えます。また、高齢者の生きがいについて
の一つとして「自分自身について基本的な満足感を持っている」、「自分の安定した居場所があると
いう感じを持っている」、
「老いていく自分を受容している」ということを視点にとらえる考え方も
あります。
これから我が国は、世界でも類のないペースで超高齢化時代を迎えます。私自身も含めいずれ人
は、高齢者となります。高齢者が、人生の最後まで意味を感じ、自身の誇りを持ち、達成感を持っ
て生きる張り合いを感じて意欲的に過ごすことができるような具体的支援や施策が必要です。
近年、我が国では、生きがい支援は高齢者支援の観点から重視され、施策の対象になっています。
高齢者一人一人の人生観や背景は異なっても、その人にとっての居場所を感じることのできる安心
感をもって、老いていくことに対して肯定的でいられるよう個人に適した支援や施策を模索するこ
とが急務であると考えます。
2012 年度履修学生 緒形明美