第26回日本急性血液浄化学会学術集会 ランチョンセミナー6 日時 2015年10月10日 (土)12:15∼13:15 場所 京王プラザホテル コンコードC 本館5階 司会 演者 東京女子医科大学 自治医科大学医学部 腎臓病総合医療センター 内科学講座血液学部門 血液浄化療法科 講師 准教授 木全 直樹 先生 鈴木 隆浩 先生 血 液 内 科 で 診 療 す る 疾 患 に は 、再 生 不 良 性 貧 血( a p l a s t i c a n e m i a:A A )や 骨 髄 異 形 成 症 候 群 (myelodysplastic syndromes:MDS)など、長期間の赤血球輸血が必要になる疾患が存在する。輸血を継 続しなければならない血液疾患では、輸血に伴う鉄過剰症が懸念されるというが、果たしてその病態と治療は どうなっているのか。 鉄は赤血球造血や細胞の機能維持に不可欠な元素である。本セミナーでは、 「輸血後鉄過剰症の診療ガイド」策 定にも携わられた自治医科大学の鈴木隆浩先生に「輸血による鉄過剰症 過剰鉄の弊害とその対策 」という テーマでご講演いただいた。ここでは、そのお話の中から体内鉄動態と輸血後鉄過剰症の診療ガイドの話題を 中心に紹介する。 生体内での鉄代謝は閉鎖系である 鉄は体内で合成できず、食物から摂取される。食物中の鉄 れて貯蔵されるが、 大部分は血管側に存在するフェロポーチ にはヘムと2価鉄、 3価鉄があり、 それぞれ吸収機構が異なる。 ンにより血中に運ばれ、 そのほとんどは骨髄で造血に使用さ 食物組織は胃酸によって溶解し、 遊離したヘムと2価鉄は、 上 れる (図1) 。 造血に使用される鉄は1日20∼25mgとされるが、 部小腸の腸管上皮細胞からそのまま吸収される。 一方、 3価鉄 通常1日に吸収される鉄は1mg、 血清中の鉄プールは3∼4mg は腸管上皮細胞の酵素により2価に還元され吸収される。吸 しかない。不足分は寿命を終えた赤血球から網内系(脾臓) 収された鉄の一部は鉄貯蔵蛋白質のフェリチンに取り込ま マクロファージにより取り出され、 再利用される。 生体内での鉄代謝と輸血後鉄過剰症 鉄代謝を担うもう1つの臓器として肝臓が挙げられる。肝 細胞は鉄をフェリチンとして貯蔵するほか、 腸管上皮細胞と 図1 生体内での鉄代謝 造血 同様にフェロポーチンを介して鉄を血中に放出する。肝臓、 Hepcidin 腸管、脾臓、骨髄といった鉄代謝に携わる臓器は解剖学的に 離れた部位に存在するため、 以前から鉄代謝を調節する何ら かの因子の存在が予想されてきた。研究の結果、今世紀に入 り肝臓で産生されるペプチドホルモンの一種ヘプシジンが フェロポーチンを抑制することがわかった(図1)。ヘプシジ ン産生が亢進すると各臓器の細胞表面に発現するフェロ 老化赤血球 20∼25mg 20∼25mg Ferritin 血清鉄プール 3∼4mg Transferrin Receptor (TfR) Ferritin 20∼25mg Ferroportin 肝細胞 網内系マクロファージ Ferritin ポーチンが減少し、細胞外への鉄移動が抑制され、血清鉄が 腸管上皮細胞 低下する。 以上が生体内での鉄代謝の概略である。 1mg 本日のテーマである輸血後鉄過剰症で問題となるのは、 体内鉄の偏在ではなく、 体内鉄の総量が増加することにある。 腸管 DMT-1 Heme Fe2+ すなわち、1単位あたり約100mgの鉄を含む赤血球輸血製剤 排泄 (腸管上皮の脱落) 1mg 鈴木 隆浩氏 提供 を1回2単位、 月2回輸血したとすると約400mgが体内に入り、 1ヵ月で経口摂取約1年分に相当する鉄が負荷される (myelodysplastic syndromes:MDS)であることが知られて ことになる。日本における長期赤血球輸血患者の大部分は おり、 輸血後鉄過剰症は血液内科領域では重要な問題となっ 再生不良性貧血(aplastic anemia:AA)や骨髄異形成症候群 ている。 血清フェリチン値を上昇させる疾患は複数ある 鉄過剰症の診断は肝生検による肝臓内鉄濃度の測定が基 起こすような骨髄不全患者では施行できないことが多いた 本である。 しかし、 肝生検は侵襲性が高く、 輸血後鉄過剰症を め、実際の臨床現場では、血液中の血清フェリチン値を測定 図2 血清フェリチン値と考えられる病態 フェリチン値 (ng/mL) 5,000 1,000 500 250 12 高度上昇 鉄過剰症・血球貪食症候群 中等度 上昇 鉄過剰症・成人Still病・血球貪食症候群 軽度上昇 がん・鉄過剰症(初期) やや上昇 がん・造血器悪性腫瘍・慢性肝障害 慢性炎症・自己免疫性疾患・感染症 正常域 正 常 低値 鉄欠乏 厚生労働省 特発性造血障害に関する調査研究班:輸血後鉄過剰症の診療ガイド,2008 している。 血清フェリチン値は体内鉄量を示す良いマーカー のかを判断することも重要である」と話した。血清フェリチ であるが、 血清フェリチン値を変動させる原因が複数あるこ ン値を上昇させる疾患としては、がんや造血器悪性腫瘍、慢 とにも注意が必要である。鈴木氏は「血清フェリチン値は体 性肝障害、慢性炎症、自己免疫性疾患、感染症が知られてお 内鉄量を示す良いマーカーである。ただ、病態を判断する際 り、特に血液内科としては成人Still病、血球貪食症候群など はフェリチン高値が鉄過剰によるものか、 別の原因によるも も想定しなければならないという (図2) 。 輸血後鉄過剰症では血清フェリチン値500∼1,000ng/mLを維持目標とする 実際に、 総赤血球輸血量40単位の患者の75%は血清フェリ 鈴木氏は次いで、 鉄キレート療法の予想外の効果について チン値1,000ng/mLを超え、 輸血後鉄過剰症となると臓器障害 も触れた。 難治性の貧血を呈するMDSの治療目的で輸血を継 を引き起こすことが示されている。 輸血後鉄過剰症への処置 続し総赤血球輸血量148単位 (鉄として約14g) 、 血清フェリチ としては鉄キレート療法があり、 鉄キレート剤を使用するこ ン値が5,000ng/mLを超えた症例に対して、 経口鉄キレート剤 とで臓器障害を予防・改善し、一部の疾患では予後を延期さ を開始したところ、 血清フェリチン値は順調に低下したが、 そ せる効果が示されている。 従来の鉄キレート剤は注射剤のみ の過程で血球数が自然に回復したという。 MDSに対する特異 であったが、 生物学的半減期が5∼10分と短く、 確実な効果を 的治療を行わず鉄キレート療法だけで造血が回復したわけ 得るには1日あたり8∼12時間の連日投与が必要であった。 そ である。 本症例は投与後約2年で血清フェリチン値500ng/mL のような状況の中、生物学的半減期が長く、外来で治療可能 を下回るようになり、 経口鉄キレート剤は投与を中止したが、 な経口鉄キレート剤が臨床応用された。これを受けて、鉄キ その後も輸血不要状態がしばらく継続した。 同様の症例は海 レート療法の1つの指針として、厚生労働省の特発性造血障 外からも報告されており、 この鉄キレート療法による輸血依 害に関する調査研究班より「輸血後鉄過剰症の診療ガイド」 存離脱の解明が血液内科領域において注目されている。 同ガイドによれば、 鉄キレート療法は が発表された (図3) 。 最後に鈴木氏は 「輸血後鉄過剰症に対する鉄キレート療法 総赤血球輸血量40単位超、 血清フェリチン値1,000ng/mL超を は臓器障害を予防・改善する。 輸血後鉄過剰症では、 血清フェリ 目安に開始し、また治療開始後は、血清フェリチン値500∼ チン値500∼1,000ng/mLを維持目標として治療を行う。 今後よ 1,000ng/mLを維持目標とし、 血清フェリチン値が500ng/mL り適切な鉄管理を行うためには、 医療従事者の輸血後鉄過剰症 を下回ったら鉄キレート剤の投与を中止するとされている。 への理解がますます重要になる」 と述べ、 講演を締めくくった。 1) 図3 輸血後鉄過剰症の診療ガイド (フローチャート) 輸血後鉄過剰症*1 ・総赤血球輸血量 ≧20U ・血清フェリチン値 ≧500ng/mL 血清フェリチン値・臓器機能を定期的に測定 下記の2つの指標を総合的に判断 ● ● 総赤血球輸血量 ≧40U 血清フェリチン値 >1,000ng/mL(≧2ヵ月) 鉄キレート療法開始 血清フェリチン値*2増加 鉄キレート剤の増量*3 血清フェリチン値*2 ≧500ng/mL 血清フェリチン値*2 <500ng/mL 鉄キレート剤の投与維持*3 鉄キレート剤の投与中断 *1:赤血球輸血依存状態(≧2単位/月の赤血球輸血を6ヵ月以上継続) にあり、1年以上の余命が期待できる例 *2:鉄の体内蓄積量の指標として、少なくとも3ヵ月に1回血清フェリチン値を測定すること。 *3:鉄キレート剤の使用中は、腎機能・肝機能・感覚器に有害事象が出現する可能性があるため、腎機能検査・肝機能検査を定期的に、視力検査・聴力検査を毎年実施すること。 厚生労働省 特発性造血障害に関する調査研究班:輸血後鉄過剰症の診療ガイド,2008 引用文献 1) 厚生労働省 特発性造血障害に関する調査研究班:輸血後鉄過剰症の診療ガイ ド,2008 2015年10月作成
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