相変化型蓄熱材を用いた蓄熱システム

相変化型蓄熱材を用いた蓄熱システム
新村
純矢、 井村 翔多、 桜木
俊一
概要:太陽熱や深夜の余剰電力を利用した蓄熱システムは、現在、一般家庭や産業界で広く利用されて
おり、その代表的製品としてヒートポンプシステムと組み合わせたエコキュートや電気温水器などがあ
る。この場合の蓄熱方法としては、水道水を直接加熱し貯湯槽にため込む方式が一般的である。しかし、
この方式は水の顕熱領域での蓄熱であるため、貯湯槽の容積に依存して蓄熱量が決定される。そこで筆
者らは、限られた蓄熱槽容積の範囲で蓄熱エネルギー量をさらに拡大させる方法として、相変化型蓄熱
材を利用した潜熱蓄熱システムの検討を行った。本研究では、酢酸ナトリウムを主成分とした相変化蓄
熱材(1)を用いた小型蓄熱システムの実験結果を報告する。その結果、本システムは従来の顕熱型蓄熱方式
と比べて 2~3 倍程度の容積エネルギー密度を達成できることが確認された。
キーワード:蓄熱システム、蓄熱槽、相変化、潜熱、蓄熱材、酢酸ナトリウム
1. 緒
式的に表したものである。貯湯槽方式では顕熱状
言
本研究では、相変化型蓄熱材を用いた高エネル
態での温度変化であるため槽内温度は時間ととも
ギー密度蓄熱システムの実現可能性を検討した。
に単純増加していくが、相変化型蓄熱材を設置し
従来の貯湯方式と比べ容積当たりの蓄熱エネルギ
た場合は、蓄熱材が相変化温度 TP に達した場合、
ー量をどの程度まで増大できるかが重要な評価指
相変化が始まり潜熱として大量の熱エネルギーの
標となる。図 1.に相変化型蓄熱槽のシステム概念
吸収が起こる。この潜熱吸収は相変化が終了する
図を示す。熱電併給型ソーラーパネルなどの熱源
まで続く。今回の実験に使用した酢酸ナトリウム
で、循環する熱媒流体に集熱された熱エネルギー
3 水和塩(CH3COONa·3H2O)の場合、相変化温度
を蓄熱槽内に設置された蓄熱材に吸収させる。図
TP は 58℃で、58℃以下の場合は固体となり、58℃
2.は、このときの蓄熱槽内の温度変化の状態を模
以上で液体となる。相変化温度 TP 前後の温度領域
では固体または液体での顕熱移動となる。また、
熱電併給型
ソーラーパネル
蓄熱材が相変化状態にあるときは一定の発熱温度
で多量の熱エネルギーの吸収・放出が起こるため、
長時間にわたりほぼ一定温度の熱供給ができ、蓄
熱槽として非常に使い勝手が良いものとなる。
P
熱媒
ブライン
温度
水道水,温(出)
給湯、床暖房
相変化型
蓄熱材
放熱
P
熱交換器
加熱
水道水,冷(入)
時間
【顕熱型蓄熱材の温度変化】
整流板
図 2. 蓄熱材の違いによる温度特性
図 1. 蓄熱システム概念図
2. 実験装置とデータ解析手法
ズは内容積 0.062m3 (480mm × 310mm × 420mm
2.1 実験装置
(高さ))であり、蓄熱材の総容積は 0.0063m3 であ
図 3.に本研究で使用した実験計測システムの概
略図を示す。主要構成機器として、蓄熱材として
る。したがって、蓄熱材の充填率(=蓄熱材総容積/
蓄熱槽内容積)は 10.1%となる。
の酢酸ナトリウムを内蔵した蓄熱槽と熱供給源の
蓄熱槽への水の出入りは、蓄熱材モジュールの
電気ヒータ(4kW)および放熱時の熱消費量を模擬
設置位置よりも上部と下部に設けられた出入り口
した熱交換器から構成されている。また、ポンプ
より行われる。これにより、蓄熱材の間隙の上下
および各種バルブ類により、熱移動経路の形成と
切り替えを行っている。蓄熱槽を循環する熱媒流
体は冬季の凍結を避けるために、一般的にはプロ
方向に水流が生じ熱交換が行われる。
表 1.に本実験に使用した蓄熱材の物性値を示す。
ピレングリコールやエチレングリコールの水溶液
が使われるが、本実験では水を使用した。蓄熱槽
の入口温度 T1 と出口温度 T2 および熱交換器の入
口温度 T3 と出口温度 T4 は熱電対により測定され
る。蓄熱槽に熱を貯める場合は、太陽熱や深夜電
力を模擬するヒータにより水を加熱し蓄熱槽に供
給することにより蓄熱材に熱の吸収を行わせる
充填部寸法
125mm×80mm×(厚さ約10mm)
内容量 100 グラム
図 4. 蓄熱材パウチ
図 5. 蓄熱材モジュール
(図中、加熱モード)
。一方、蓄熱材に蓄えられた
熱エネルギーを利用する場合は、蓄熱槽から送り
出された高温水を熱交換器に供給し様々な熱負荷
に対して利用される(図中、放熱モード)
。
熱電対
T1
蓄熱槽
熱電対
T2
表 1. 蓄熱材(酢酸ナトリウム 3 水和塩)の物性値
潜
熱
融
点
比熱(液体)
比熱(固体)
220 kJ/kg
58 ℃
2.7 kJ/kgK
4.0 kJ/kgK
密度(液体)
密度(固体)
熱伝導率(液体)
熱伝導率(固体)
1.43 g/cm3
1.50 g/cm3
0.41 W/mK
0.65 W/mK
熱電対
T3
流量計
V1
2.2 データ解析手法
蓄熱材
流量計
V2
AC 200V
熱交換器
冷却水 In
温調器
冷却水 Out
加熱モードでヒータから水に加えられる熱エネ
ルギー入力 Q H と総加熱エネルギー W H は次式で
表わされる。
ヒータ
ユニット
・・・(1)
熱電対
T4
・・・(2)
加熱モード
M
放熱モード
ポンプ
図 3. 実験装置と計測システム
蓄熱槽に装填される蓄熱材はレトルト食品等の
一方、放熱モードで熱交換器に与えられる放熱出
力 Q C と総放熱エネルギー W C は次式で表わされ
る。
・・・(3)
包装材として利用されているアルミパウチの形態
となっている(図 4.)。今回の実験では、内容量
100 グラムの蓄熱材パウチ 95 個をプラスチック製
かご容器に充填し、蓄熱材モジュールとして蓄熱
槽内に設置する方式とした(図 5.)
。蓄熱槽のサイ
・・・(4)
ここで、V1,2:流量(m3/s),
ρ:流体密度(kg/m3),
C:流体比熱(J/kgK), T1~4:流体温度(K)
3. 実験結果と考察
下降勾配が緩やかになっており、蓄熱材の相変化
図 6.は、加熱ヒータ ON 状態(加熱モード)で
の蓄熱槽入口水温 T1 の時間変化を表したもので、
(凝固)による放熱が進行している様子がうかが
える。
蓄熱材モジュールを挿入した場合と入れなかった
図 8.は、放熱モードで熱交換器に供給された総
場合(単なる温水容器として使用)の温度変化を
エネルギー量を表したもので、初期温度(約 72℃)
表している。水温が 72℃を超えると温調器により
から供給温度 T3 までの温度降下に対応して供給
ヒータスイッチを OFF にしている。図中で、蓄熱
された総熱エネルギー量を表し、式(4)に従って計
材を挿入した場合は水温 T1 が 55℃付近から、温
算されたものである。同図より、蓄熱材を有する
度上昇勾配がわずかに緩やかになっており、蓄熱
場合は、55℃付近から潜熱放出による供給エネル
材の相変化(融解)による熱吸収が起こっている
ギー量の増加が確認される。
ことが推察される。
蓄熱材有り
蓄熱材有り (T1)
蓄熱材無し (T1)
70
流量 12.3 (L/M)
10000
蓄熱材有り
8000
60
流量 20.2 (L/M)
6000
50
供給総熱量(kJ)
蓄熱槽入口水温T1(℃)
12000
蓄熱材無し
80
4000
40
2000
30
70
65
60
55
50
45
40
35
30
25
20
熱交換器への供給水温下限温度(℃)
20
0
1000
2000
3000
図 8. 熱交換器への供給総熱量
4000
時間(sec.)
相変化(発熱)領域
図 7.は、ほぼ 72℃で蓄熱槽に貯められた熱を取
供給熱量差
り出し利用する放熱モード運転で、熱交換器に供
給する温度 T3 を表したものである。熱交換器の負
荷となる冷却水は水道水を使用し、流量と水温は
熱交換器への供給水温T3(℃)
一定とした。この場合も、水温 50℃付近で温度の
75
70
65
60
55
50
45
40
35
30
25
20
蓄熱材有り (T3)
70
65
60
55
50
45
40
35
30
25
2200
2000
1800
1600
1400
1200
1000
800
600
400
200
0
20 -200
供給熱量差(kJ)
供給熱量差=WC 蓄熱材有 - WC 蓄熱材無
図 6. 蓄熱槽入口水温(加熱モード)
熱交換器への供給水温下限温度(℃)
図 9. 熱交換器への供給熱量差
蓄熱材無し (T3)
流量 12.3 (L/M)
図 9.は、図 8.中の 2 本のグラフ線の差を表した
蓄熱材有り
もので、蓄熱槽に蓄熱材を装填した場合と水のみ
を満たした場合の供給総エネルギー量の差を表し
ている。図中で、温度勾配が正の値をとる領域(約
55℃~40℃)が、蓄熱材が相変化状態にある温度
0
500
1000
1500
2000
2500
時間(sec.)
図 7. 熱交換器への供給水温(放熱モード)
領域と言える。この温度領域で蓄熱材の最表面か
ら固化が始まり、中心部に向かって固化が進展し
ていく。したがって蓄熱材の厚みに依存してこの
熱交換器への瞬時供給出力(KW)
40
蓄熱材有り
蓄熱材無し
35
度低下により表面から形成される固相の厚みの増
加とともにほぼ直線的に減少する。
流量 12.3 (L/M)
30
4. 結 言
25
酢酸ナトリウムを主成分とする相変化型蓄熱材
20
を用いた蓄熱システムの動作特性に関する実験的
蓄熱材有り
15
研究を実施し、以下の結論を得た。
10
40 ℃
5
(1)本蓄熱材は、58℃付近に相変化温度を有し、理
論潜熱量の 86%程度の熱放出量を確認した。
55 ℃
0
0
500
1000
1500
2000
2500
時間(sec.)
4000
3000
2000
1000
0
55
50
45
40
させると、単純貯湯槽と比較して 2~3 倍程度、容
蓄熱材表面熱流束(W/m2)
5000
5000(W/m2)程度であることが判明した。
(3)蓄熱槽内の蓄熱材充填率を 50%程度まで増加
図 10. 熱交換器への瞬時供給出力
6000
(2)相変化時の蓄熱材表面の熱流束値は、最大で
熱交換器への供給水温 (℃)
図 11. 蓄熱材の表面熱流束
積エネルギー密度の増大が可能である。
最後に、多方面にわたり本研究を支援していた
だいたサンワ化学(株)様に御礼申し上げます。
【参考文献】
(1) 稲葉英男、他 “水和塩の過冷却状態を利用し
た潜熱蓄熱に関する研究:第 1 報, 酢酸ナトリウ
ム 3 水和塩の過冷却状態を含む物性の評価” 日本
機械学会論文集 B 編, 58 巻 553 号 1992, pp204
温度領域の幅が決定される。また、同図より、蓄
熱材モジュールの総発熱量は 1800(kJ)と考えられ、
この値は理論発熱量 220(kJ/kg)の 86%となる。こ
れより、蓄熱材の充填率を実用的な 50%程度まで
引き上げたとすると、潜熱発熱量は約 9000(kJ)と
なり顕熱蓄熱量と合わせると、単純貯湯槽の 2~3
倍の蓄積エネルギー量となる。
図 10.は、式(3)により計算された熱交換器に供
給される瞬時の熱出力である。この場合も、蓄熱
~212.
【著者紹介】
新村 純矢
静岡理工科大学 理工学部
機械工学科 4 年
井村 翔多
静岡理工科大学 理工学部
機械工学科 4 年
材有りの場合、約 55℃~40℃の温度範囲で出力下
降勾配が多少緩やかになっており潜熱放出状態が
桜木 俊一
見て取れる。
静岡理工科大学 理工学部
図 11.に、蓄熱材パウチの表面から放出される熱
機械工学科 教授
流束(W/m2)を示す。これは式(3)により計算される
博士(工学)
瞬時出力を蓄熱材パウチの総表面積で除し、供給
E-mail: [email protected]
温度の関数として表示したものである。この蓄熱
材の表面熱流束は 5000~2000 (W/m2) 程度で、温