問題解決による手指衛生の 改善にむけた当院の取り組み

問題解決による手指衛生の
改善にむけた当院の取り組み
社会医療法人 製鉄記念広畑病院
感染対策チーム(薬剤師)
播戸 太樹
アルで開封後6ヵ月間と規定しています。そのため、
はじめに
開封された手指消毒剤の中には、6ヵ月以内に全量を
当院は、兵庫県姫路市および南西部を医療圏とした
使いきれず、残量を廃棄することがあることも使用部
救命救急センターが併設された急性期病院です(写真
署への調査により明らかになりました。
1)。そのため、昼夜を問わず様々な患者を受け入れて
上記内容から鑑みると、残念ながら当院では手指消
おり、医療関連感染対策の基本である【手指衛生の遵
毒剤を適正に使用できておらず、手指衛生が遵守でき
守】は、当院の医療スタッフにとって避けて通ること
ていないことが容易に推測できました。
のできない課題といえます。
そこで、感染対策室と ICTが中心となって、職員が
手指衛生に関しては、米国疾病予防管理センター
より適切に手指消毒剤を使用できる施策の検討を行う
(CDC)によって2002年に公開された『医療施設にお
ことにしました。
ける手指衛生のためのガイドライン (以下 、CDC ガ
1)
ない場合は「アルコールによる手指消毒」が推奨され
わたしの病院の感染対策
イドライン)』等において、手指に目に見える汚れが
問題点の抽出と改善に向けた取り組み
ています。当院においても、感染対策室・感染対策
まず、当院で手指衛生が遵守できない問題点の抽出
チーム
(以下、ICT)が中心となって、CDCガイドライ
を実施しました。その結果、問題点として「①院内に
ンに基づいた手指衛生の遵守に取り組んでいます。
おける手指消毒剤の使用実態が正確に把握できていな
い。」
「②職員が手指衛生を遵守できない理由を病院と
して把握できていない。」の2点が挙がりました。
①使用実態の正確な把握
平成25年2月まで当院における手指消毒剤の平均
使用量(回数)は、手指消毒剤の払い出し総量から算出
していました
(式1)。しかしながら、前述したとおり
使用期限内に手指消毒剤を使い切れずに廃棄している
実態があることから、消毒剤の払い出し総量と実使用
写真1. 製鉄記念広畑病院
量との間には差が発生していることが推測できました。
そこで、当院で実際に使用した手指消毒剤の実態把
手指衛生の改善に取り組んだきっかけ
握に取り組むことにしました。正確な手指消毒剤の使
用量の把握にむけて、それまで行われていた各部署で
当院では、年2回の院内研修などを介して「アル
の廃棄を中止し、使用後の手指消毒剤を薬剤部に回収
コールによる手指消毒」の徹底を全職員へ継続して呼
することにしました。回収対象は、薬剤部から各部署
び掛けてきました。しかし、週に1度の抗菌薬適正使
へ払い出された手指消毒剤の使用済み空容器から開封
用に関するラウンドや環境ラウンド時に、業務の煩雑
後6ヵ月間で使い切れなかった残量を含めたすべてと
さのためか手指衛生が徹底できていない場面が散見さ
しました。なお、調査期間は手指消毒剤の使用期限で
れました。その都度、注意喚起はするものの、その効
ある6ヵ月間の平成25年3月∼8月としました。
果は永続的なものではありませんでした。
同時に、手指消毒剤の平均使用回数を求める計算式
また、当院におけるアルコール性手指消毒剤(以
も、手指消毒剤の払い出し総量から使用残量を差し引
下、手指消毒剤)の使用期限は、院内感染対策マニュ
いた実使用量を用いることに変更しました
(式2)。
2015 FEB No.1
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式1 旧計算式:平均使用回数(回)
=
払い出し本数×1本当たりの用量(mL)
1回使用量(mL/回)
平成25年3月に変更
=
式2 新計算式:平均使用回数(回)
払い出し本数×1本当たりの用量(mL)− 総使用残量(mL)
1回使用量(mL/回)
手指消毒剤の平均使用回数の計算式の見直し
その調査結果から、手指消毒剤の月平均使用回数は
院内研修を通じて改めて教育することにしました。
約4,057回であり、計算上では院内全体で1日約135
3)に関しては、手指消毒剤の使用実態を調査した
回しか手指消毒剤が使用出来ていないことが明らかに
結果、液剤(ウエルセプト®)は1回使用量が多く少量
なりました。本結果は、調査期間中に払い出された手
でも手指消毒が十分できたように感じてしまうため、
指消毒剤の回収が徹底できなかった病棟もあったこと
多くの職員が1回1プッシュを厳守できていないことが
から、計算上の使用回数が減ったことも考えられます。
判明しました。そのため、前述した5つのタイミング
わたしの病院の感染対策
しかしながら、本使用回数は感染管理を担っている感
で手指衛生を適切に実施していても、1回1プッシュ
染管理室と ICTにとって非常に衝撃的な数値であるこ
が厳守できず使用回数が少なく算出されたことも推測
とには変わりありませんでした。本調査から、当院は
されます。
手指衛生が不十分な状況であり、医療関連感染の発生
手指消毒剤は1回1プッシュすることで消毒効果を
やアウトブレイクのリスクが非常に高い環境にあると
発揮するように設計されており、未達成時には消毒効
考え、早急に手指衛生の改善に向けた対策を図ってい
果が減弱することが報告されています。そこで、当院
くことにしました。
の研修においても手指消毒剤の1回1プッシュと0.5
プッシュ時の消毒効果を実際に確認し(写真2)、手指
②手指衛生を遵守できない理由の把握と対策
前述の手指消毒剤の使用回数結果を受け、当院で手
衛生時には1回1プッシュを厳守する必要性について
繰り返し職員に教育しています。
指消毒剤が適切に使用できない理由を抽出することに
しました。
環境ラウンド時の手指消毒剤の使用実態の抜き打ち
確認や職員への聞き取り調査の結果、主に以下の3点
の理由が挙がり、対策を図ることにしました。
1) 手洗い場が近くにあるので、手洗いが優先さ
れている。
2) 手袋の着脱前後の手指衛生の必要性を認識し
ていない。
3) 手指消毒剤の使用時に、1回1プッシュの徹
底が出来ていない。
手指消毒剤1回1プッシュ
1)に関しては、CDCガイドラインに従い、出来る
だけ手指消毒剤を使用するように指導しました。
【手指衛生が必要な5つのタイミ
2)に関しては、
2)
ング】 (表1)に関する教育不足が示唆されたため、
表1. 手指衛生が必要な5つのタイミング
タイミング1 患者に接する前
タイミング2 清潔 / 無菌処置を行う前
タイミング3 体液曝露の可能性があった後
タイミング4 患者に接した後
タイミング5 患者周囲環境に接した後
*手袋を装着して手技を行っても、その前後の手指衛生は必要
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丸石感染対策 NEWS
手指消毒剤1回0.5プッシュ
写真2. 当院における手指消毒剤の消毒効果比較
1に示します。3月は院内研修(2月)の効果もあって
③ 手指消毒剤の変更に向けた取り組み
当院では、ゲル剤と液剤の手指消毒剤の使用経験が
使用回数の増加が認められましたが、4月には使用回
ありますが、両製剤共に使用感の悪さに関する声が
数が減少してしまいました。この減少は、一時的な教
職員から寄せられていました。そのため、手指衛生の
育だけでは手指衛生の持続的な改善に繋がらないこと
改善には職員にとっての使用感の良さも加味する必要
を示していると捉えています。また、当院における月
があると考え、採用製品の変更を検討することにしま
使用回数は手指消毒剤の回収後に算出しているため、
した。
使用中の実使用量を月毎に把握できず、その結果とし
まず、当院で使用経験のあるゲル剤と液剤の使用
て使用回数の変動が大きくなっているとも考えます。
感に関して調査を実施し、課題の把握を行いました
なお、5月以降はウエルフォーム への移行期ではあ
®
りますが、全体を通じて手指消毒剤の使用回数の増加
(表2)。
表2. ゲル剤と液剤の使用感に関する調査結果
製剤
上記課題を克服できる製品を探した結果、ヨレもな
®
く1回使用量の少ないウエルフォーム の使用を検討
®
することにしました。病棟等へウエルフォーム を一
出てきたと期待しているところです。
14000
手指消毒剤の使用回数
課 題
使用後に手指にヨレが発生し、使用感が悪い。
ゲル剤
ノズル口にゲルの塊ができて衛生的でない。
1回の使用量が多く、乾燥までに時間がかかる。
液 剤 手から零れ落ちた薬剤で床などが滑り危険である。
手荒れが起こりやすく感じる。
が観察されており、これまでの取り組みが成果として
12000
10000
8000
6000
4000
2000
院内研修
0
時的に配置し、液剤との比較アンケートを実施しまし
®
た(表3)。その結果、ウエルフォーム の使用感が優
®
26年5月から手指消毒剤をウエルフォーム へ採用変
更することにしました。
なお、ウエルセプト® については、ノンエンベロー
プウイルス対策として現在使用しています。
総合的な使用感
使用時の液だれがない
使用後のべたつき感
普通
26.3%
8.9%
41.5%
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
図1. 手指消毒剤の使用回数推移
また、今回の取り組みによって手指消毒剤の廃棄率
にも変化が出ています。平成25年3∼8月の手指消毒
剤の平均廃棄率が約45%であったのに対し、平成26
年10月の廃棄率は約15%まで減少させることが出来
ました。本結果は手指衛生の改善とともに、手指衛生
表3. 液剤と比較したウエルフォーム®に対するアンケート結果
良い
65.0%
84.8%
42.7%
3月
わたしの病院の感染対策
れていると65%の職員が回答したこと等から、平成
2月
前回調査結果
(月平均4,057回)
手指消毒剤変更
悪い
8.8%
6.3%
15.9%
手指衛生遵守に向けた取り組みと使用実態
手指衛生遵守には、手指衛生の重要性を全職員が理
解し、実際に実行に移す必要があります。そこで、平
成25年9月に結成された医師・看護師・技師・事務
にかかるコストも改善できたと受け止めています。
最後に
手指衛生の遵守は医療関連感染対策の基本であり、
医療従事者として完遂する義務がありますが、一気に
改善できるものではありません。当院での手指衛生遵
守に向けた取り組みはまだまだ道半ばではあります
が、日々のチェックと職員への継続的な教育・啓発を
通して少しずつ改善させていきたいと考えています。
員・薬剤師などの多職種から構成される感染制御ス
タッフ
(以下、I CS)会議や平成26年の2月上旬に開催
した院内感染研修を通じて、標準予防策と手指衛生の
重要性について繰り返し教育しました。さらに、手指
消毒剤の使用回数を増やすための対策を、ICS会議に
おいて職種の垣根を越えて I CS 自ら検討してきまし
た。実際の対策として、手指消毒剤の個人管理や週毎
の使用量確認などがあがりました。まだ院内での統一
した対策は確立できていませんが、多くの職種が関わ
写真3. ICTメンバー
って対策を検討することで手指衛生の重要性が徐々に
参考文献────────────────────
浸透され始めたと感じています。
1)CDC:Guideline for Hand Hygiene in Health-Care Settings, 2002
平成26年3月以降の手指消毒剤の月使用回数を図
2)WHO:Guidelines on Hand Hygiene in Health Care, 2009
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