第5分科会 学校図書館2 学校図書館における図書館の自由を考える 基調講演 学校図書館と図書館の自由 渡邊重夫(北海学園大学非常勤講師) 報 告 学校図書館と図書館の自由との関わりを振り返る 高橋恵美子(日本図書館協会学校図書館部会部会長,法政大学兼任講師) 報 告 図書館資料への意見に直面して―校内での合意形成から学んだこと― 宮崎健太郎(埼玉県立新座高等学校学校司書) 研究討議 基調報告 基調講演要旨 学校図書館と図書館の自由 「図書館の自由に関する宣言」にあるように,学校図 渡邊重夫(北海学園大学非常勤講師) 書館にも図書館の自由は基本的に妥当します。ユネスコ 学校図書館宣言でも, 「いかなる種類の思想的,政治的, あるいは宗教的な検閲にも,また商業的な圧力にも屈し 『はだしのゲン』の提供制限は,学校図書館に大きな てはならない」と明記されています。しかしながら,学 問題を提起しました。その中心的課題は,学校図書館資 校教育にかかわるという理由から,学校図書館における 料の収集・提供の権限はどこにあるかでした。「図書館 図書館の自由はさまざまな場面で危うい状況に晒されて の自由」に結び付け論ずると,「資料収集の自由」 「資料 います。最近では『はだしのゲン』の提供制限問題が記 提供の自由」とかかわる問題でした。 憶に新しいところです。また,学校図書館にも図書館の 改めて確認されたことは,学校図書館資料の収集・提 自由は妥当するとの考えが,学校図書館全体では共通理 供など学校図書館運営は,各学校の「自主的・主体的」 解になっていない問題があります。 判断の下に行われるということです。しかし,そうした 図書館の自由の担い手たるべき学校司書も,学校図書 判断が適切に行われるには,学校図書館に関する専門的 館法の改正によって法律に位置付けられたとはいえ,専 知識や技能を有する学校図書館担当者(司書教諭・学校 門性の面でも身分の面でもまだまだ不十分な状況があり 司書)の存在が不可欠であり,かつ当該担当者の雇用や ます。本分科会では,学校図書館で図書館の自由を実践 職務形態の安定性が重要だということです。また担当者 することの意義をあらためて確認しつつ,図書館の自由 に対しては,研修を通じた相互の学びの機会が保障され を根付かせるために,課題がどこにあり,どのように克 ると同時に専門的集団としての組織が必要です。 「図書 服していくべきかについて議論します。 館の自由」は, 「人」の問題と深くかかわっているのです。 分科会開催は,日本図書館協会学校図書館部会と図書 館の自由委員会との共同開催です。 (高橋恵美子:日本図書館協会学校図書館部会部会長) ― 1 ― 報告要旨 学校図書館と図書館の自由との 関わりを振り返る 高橋恵美子 (日本図書館協会学校図書館部会部会長,法政大学兼任講師) 1954 年に採択された「図書館の自由に関する宣言」は, 1979 年の改訂で,学校図書館も「図書館の自由に関す る宣言」が該当する図書館であると明記した。その後に 起きた愛知県県立高校の禁書問題(1982 年)をきっか けに,学校図書館の貸出方式についての議論が起こる。 貸出方式についての議論の蓄積,さらには読書の自由・ 知る自由をめぐる新たな実践や議論を振り返り,学校司 書の果たした役割と今の問題を考える。 報告要旨 図書館資料への意見に直面して ―校内での合意形成から学んだこと― 宮崎健太郎(埼玉県立新座高等学校学校司書) 本校では昨年,職員からある資料の提供について意見 が寄せられた。これに対し,分掌として職員会議を通し て見解を示し,意見交換の場を設けて職員の中で合意形 成を行うことができた。一連の経験から,多様な資料を 提供できる図書館を実現するために,日常的に学校図書 館のあり方や選書の方針を職員間で共有することの必要 性を学んだ。その議論の前提として,学校司書が会議等 で対等に議論できる環境が重要と考えられる。 ― 2 ― く憂慮する」との見解を出しました。また,JLA図書 基調講演 館の自由委員会は,「要望」(2013.8.22) のなかで,子ど 学校図書館と図書館の自由 もたちの「自主的な読書活動」を尊重する観点から制限 渡邊重夫(北海学園大学非常勤講師) 措置の再考を求め,諸宣言が規定する関連部分を参照し て学校図書館の利用に与える影響を懸念しました。さら に,学校図書館問題研究会は「申し入れ書」(2013.8.25) Ⅰ .『はだしのゲン』問題の経緯 のなかで,学校図書館の使命,多様な情報や資料に自由 1.「山陰中央新報」の報道 にアクセスできる環境の必要性,子どもたちの意識への 『はだしのゲン』の提供制限問題は, 「山陰中央新報」 影響,学校図書館資料に対する学校内論議の重要性など (2013.8.16)の一本の記事から始まりました。次の記事 をあげ,制限措置の撤回を求めました。 です。 この件以来, 「ゲン」の撤去や閲覧制限に繋がる陳情 (a)『はだしのゲン』描写過激, 松江の全小中学校『閉架』 は「朝日新聞」(2014.5.29)によりますと,7 都県 54 自 に,一部は貸し出しも禁止,市教委が要請…「見出し」 治体の議会や教育委員会にあったそうです。そして,合 (b)原爆や戦争の悲惨さを描いた漫画「はだしのゲン」 計 7 件(自由閲覧,閲覧制限など)の陳情が出された東 の描写が過激として,松江市教育委員会が,子ども 京都練馬区教育委員会では,熱心な審議がされました。 が自由に閲覧できない「閉架」の措置を取るように そのなかで,教育委員会がこのような陳情を採択するこ 市内の全小中学校に求めていたことが分かった。教 とは,「学校図書館資料の選書の公平性や公正性を欠く」 員の許可がないと借りられない上,一部の学校では とか,「選書に対して教育委員会が一律に統制すべきで 貸し出しを事実上禁止した。…「リード」 はない」などの意見が出され,最終的には,次のような 2. 世論の動向,その後の経緯 結論になりました。 この報道の後, この問題は全国的な展開を見せました。 「学校図書館における図書の選定,購入,取り扱い, 全国紙,地方紙を始め,多くのメディアでこの問題が取 廃棄は,指定有害図書以外の図書については学校の り上げられました。また,文科大臣や自治体の長の発言 実情に沿って,各学校長の判断のもとに行われるべ もありました。 きものであり,教育委員会が一律に統制を図るべき そうしたなか,その後この問題は,教育委員会がどの ものではない」(委員長「まとめ」,2013.12.2) ような対応を採るかに移っていきました。そして,その 学校図書館蔵書に対する学校の「自主性・自立性」を 過程で,この閲覧制限措置は,市教委事務局が教育委員 尊重した対応です。この対応は,多くの自治体にとって 会会議に報告せず独自の判断で学校に求めていたことが は,先行的対応として評価されるものだと思います。 判明しました。そのため教育委員会会議では( 『ゲン』 の内容,提供制限の是非なども審議されましたが) ,最 終的には, この措置は「手続きに不備があった」ため「要 Ⅲ . 図書館資料の収集・提供に対する「権限」 請前の状態に戻すのが妥当」 (2013.8.26) との結論になり 『ゲン』問題の核心は,「学校図書館資料の収集・提供 ました。閲覧制限の撤回です。 の権限はどこにあるのか」という点だったと思います。 このことは,「自由宣言」でいう「資料収集の自由」 「資 Ⅱ .『ゲン』の提供制限と学校図書館の「自 主性・自立性」 料提供の自由」とも関連する問題です。そして,改めて 確認されたことは,学校図書館資料の収集・提供の権限 は学校が有しているということです。このことは,法的 『ゲン』 の提供制限問題が報ぜられると, 学校図書館(図 にも明らかだと思います。 書館)関係団体から様々な見解が表明されました。 先ず第一は学校図書館法です。同法は,学校図書館の 全国SLAは「声明」(2013.9.2) を出し, 制限措置は,① . 運営事項の冒頭に,「図書館資料を収集し,児童又は生 教育委員会が,各学校の選定した図書を各学校の司書教 徒及び教員の利用に供すること」を規定していますが (第 諭・学校司書などの意見を聞くことなく閉架措置を求め 4 条 1 項),こうした行為の主体は「学校」となってい た,② . 児童・生徒の情報へのアクセス権を考慮しなかっ ます。学校が,図書館資料を収集・提供するのです。 た,③ . 学校図書館が有する機能及び専門性に対する理 第二は学校教育法です。同法は,校長の職務として 「校 解が欠如していた, などとの観点から, 今回の措置を「深 長は,校務をつかさどり」(第 37 条 2 項)と規定してい ― 3 ― ます。そのつかさどる「校務」のなかには, 「学校教育 なことを了解して,図書係あるいは司書たる職員には, において欠くことのできない基礎的な設備」 (学校図書 この方面の教養を高めるように常に奨励と愛情を注ぎ」 館法第 1 条) である学校図書館の運営も含まれています。 という一文があります。戦後初期の頃から学校図書館の すなわち,図書館資料の収集・提供を含め,学校図書館 運営には, 「専門性」が必要であることが認識されてい 運営は,校長に体現された学校の教育的営為なのです。 たのです。こうしたことを思うにつけ,校長には無条件 こうした規定には, 教育行政が学校図書館資料の収集・ に学校図書館に関する「校務」が委ねられているわけで 提供に関与すべきでないとの意味が含まれていると思い はないのです。学校図書館担当者の専門的知識や技術を ます。換言すれば,学校図書館資料の収集・提供は,個 基礎に学校図書館に関する「校務」を担うことになるの 別の学校の教育目標を実現するために,学校に委ねられ です。 た「権限」であるということです。 その点,全国SLAは,図書館資料の収集・提供の自 このことは,先の全国SLAの「声明」で引用された 主性・自立性の確保とかかわり, 「学校図書館憲章」(1991 『ユネスコ学校図書館宣言』の趣旨にも合致したもので 年 ) において,「学校図書館は,資料の収集や提供を主 す。 「宣言」は,次のように述べています。 体的に行い,児童生徒の学ぶ権利・知る権利を保障する」 「学校図書館のサービスや蔵書の利用は,国際連合 と規定しています。資料の収集・提供に際しては,学校 世界人権・自由宣言に基づくものであり,いかなる 図書館の「主体性」が重要だとの指摘です。こうした「主 種類の思想的,政治的,あるいは宗教的な検閲にも, 体性」の確保を通じて「児童生徒・教職員の多様な要求 また商業的な圧力にも屈してはならない」 に応える」 (憲章)資料の収集が可能となるのです。そ そして全国SLAは, 「学校図書館評価基準」(2008 年 して,その「主体的」任務を中心的に担うのは,学校図 制定 ) のなかで,「ユネスコ学校図書館宣言の理念を全 書館担当者なのです。学校図書館の「主体性」は,学校 教職員が理解し, 担当者は経営や運営に反映させている」 図書館担当者の「主体性」と対になっているのです。 か,を評価項目の最初に上げています。学校図書館にお それだけに,校長には,何よりも学校図書館の意義の ける国際的スタンダードの現場での確認です。 理解を前提に,学校図書館がその目的を十分に発揮でき るように,人的資源を配置し(「人」の配置),財政措置 Ⅳ . 学校図書館担当者―専門的知識・技能の 必要性― 学校図書館の運営には, 専門的知識や技能が必要です。 そのために,学校図書館法では,学校図書館の「専門的 をし(図書館運営費) ,図書館サービスが展開できるよ うな条件整備が求められるのです。 Ⅴ . 学校図書館担当者の条件整備 職務を掌る」ために司書教諭を置くことを規定していま しかし,学校図書館担当者の「専門性」や「主体性」 す(第 5 条) 。そして,その司書教諭には,教員免許状 が十分に発揮されるには,担当者の配置のあり方やその の取得に加えて司書教諭講習の修了が求められていま 身分保障が重要になってくると思います。 す。この規定は,学校図書館の業務は,他の学校業務と 特に学校司書が,どのような資格・要件を有し,どの は区別された専門的なものであることを前提に,学校図 ような形(雇用形態,職務形態など)で配置されるかは, 書館に,そうした専門的力量を備えた「人」の配置を求 学校図書館の「自主性・自立性」と深く関わっています。 めたものです。 そして, 昨年の学校図書館法の改正によっ 雇用形態が不安定(臨時雇用,期限付き雇用)な場合や て,学校司書が法制化され,学校司書の職務の「専門性」 職務形態が他の業務と兼任の場合などは,その専門性 (力 も改めて規定されました ( 附則 )。それゆえ校長には, 量)が十分に発揮されません。またこうした場合,学校 こうした図書館担当者の専門的知識や知見を前提にして 内において他の教職員との連携や担当者間の「協働関係」 資料の収集・提供という「校務」を行うことが求められ の構築が容易でない場合があります。 ています。 また,学校図書館担当者の研修の機会や諸組織がなけ 学校図書館は戦後,法的根拠を有して学校に置かれる れば,学校図書館担当者は孤立のなかで任務を遂行する ことになりましたが,その戦後初期の学校図書館の理論 ことになりがちです。そうした場合,学校図書館に対す 的根拠を論じた文書に『学校図書館の手引』 (1948 年, る「圧力」に対して有効な「反撃」の手立てを持ち得な 文部省編)という書があります。すでにそのなかに,校 いことがあります。それだけに,図書館担当者には,研 長は「図書館経営には,相当の専門的教養や技術が必要 修の機会を通じた相互の学びが必要なのです。そして専 ― 4 ― 門的集団としての組織が必要なのです。そうしたことが してとりあげ,愛知県の禁書問題とともに当時学校図書 なければ,担当者が「自主性・自立性」を有して,日常 館で広く使われていたニューアーク式(個人カード, ブッ 的業務を担うことが困難になるのです。その意味におい クカード二枚のカードを使用する)の貸出方式をプライ て, 「図書館の自由」と「人」の問題とは深くかかわっ バシー保護の観点でみてどうか,という問題提起も行っ ているのです。 ている。 この後,千葉県は県下の高校図書館に学校図書館購入 禁止図書調査を行った。貸出方式については,JLA 学 報 告 校図書館部会神奈川支部や当時できたばかりの学校図書 学校図書館と図書館の自由との関わり を振り返る 館問題研究会が貸出方式についてのアンケートを行って いる。こうした動きは学校司書によってなされている。 そして,購入禁止となった図書の調査は教職員組合に 高橋恵美子 よって行われているが,これも学校司書によるもので, (JLA 学校図書館部会部会長,法政大学兼任講師) 愛知県の場合は愛知県高等学校教職員組合司書問題検討 委員会,千葉県は千葉県高等学校教職員組合学校司書対 1 アメリカでは 策委員会による。 日本では,さまざまな理由で学校図書館が図書館の自 由が該当する図書館であると思われていない。 それでは, アメリカではどうなのか,アメリカの事情をまず紹介す 3 貸出方式について る。アメリカ図書館協会(ALA)のホームページに, 貸出方式をめぐって,学校図書館問題研究会では継続 Banned & Challenged Books(検閲対象となった本)の 的な議論が行われ,1988 年「貸出の 5 条件」,1990 年「の ページがある。ここには,さまざまな情報が載っている ぞましい貸出方式が備えるべき五つの条件 逐条解説」 が,注目すべきは,対象となった事例のほとんどが学校 としてまとめられた。条件の 1, 「貸出中は,何を,い 及び学校図書館で起きているということである。これは つまで,だれが借りているかがわかる」に対する解説文 毎年発表されるトップテンリストの図書が,子ども向け の最後に「だれが何を借りているかは,プライバシーに の本であることからもみてとれる。そして,印象的なの 関することであり,第三者に知られてはならない。」の は こ う し た 事 例 を 集 め て い る の が,Office for 文があり,条件の 5「返却後,個人の記録が残らない」 Intellectual Freedom(日本だと図書館の自由委員会に に対しては,解説文の最初に「学校図書館を利用する児 あたる?)であることで,ライブラリアン向けのサポー 童,生徒にも “ 読書の自由 ” は保障されるべきである。 トページもある。 なぜなら “ 読む自由,知る自由 ” は極めて個人のプライ バシーに属する事柄だからである。」とされている。 神奈川県では個人情報保護条例の制定・施行(1990 年) 2 愛知県県立高校の禁書問題 に伴い,県立高校図書館(なぜか県立高校だけだった) 1954 年に採択された「図書館の自由に関する宣言」は, の貸出方式を変更することとなった。神奈川県の個人情 1979 年に改訂され,この改訂で学校図書館も「図書館 報保護条例の対象に,県立高校図書館の貸出方式がとり の自由に関する宣言」が該当する図書館であると明記さ あげられた問題は,翌 1991 年東京都にも波及する。し れることになった。しかし,この改訂時,学校図書館が かし,東京都立高校図書館の場合は,個人情報保護条例 図書館の自由について意識していたかというと,それほ の対象にならなかった。その後,他都道府県で個人情報 ど意識していたとは思われない。学校図書館サイドが図 保護条例の対象に学校図書館の貸出方式がとりあげられ 書館の自由を意識したきっかけとなったのは,1982 年 たという話は聞かないので,神奈川だけが特異なケース に新聞報道された愛知県県立高校における禁書問題であ ということのようだ。 る。 1983 年,『図書館と自由 第 5 集 学校図書館と図書 館の自由』 (日本図書館協会図書館の自由に関する調査 4 読書の自由・知る自由をめぐって 委員会 日本図書館協会 1983) が刊行された。この『図 1994 年に刊行された『図書館と自由 第 13 集 子ど 書館と自由 第 5 集』は,はじめて学校図書館を特集と もの権利と読む自由』 (日本図書館協会図書館の自由に ― 5 ― 関する調査委員会 日本図書館協会 1994)に,岡山市 深いと感じた。この研究集会では,非正規の小学校司書 立小学校(当時)司書加藤容子が「読みたいとき,知り から,非正規の立場では岡山の「図書館のちかい」を掲 たいときは,すぐに図書館へ」を書いている。この文の 示することはしていても,先生に対して「図書館の自由 中に「図書館のちかい」が出てくる。 「一つ,図書館は 宣言があるので」とは言えません,との発言もあった。 みなさんが読みたいと思うものを読むことができるよう 学校図書館と図書館の自由の問題は,日常的な PR(ま に応援します。一つ,図書館は,みなさんが知りたいと ずは自由宣言ポスターの掲示から)の積み重ねとともに, 思うことを知ることができるように,本やほかの資料を 学校司書の雇用問題の解決,専任・専門・正規の学校司 使って応援します。一つ,図書館は,みなさんの読書の 書を実現することが不可欠である。 ひみつやプライバシーを守ります。 」というものである。 この「図書館のちかい」は,岡山市を中心にとりくまれ ており,司書によって,学校によって表現の違いはある 報 告 ようだが,図書館の自由の精神を子ども向けに表現した 図書館資料への意見に直面して ―校内での合意形成から学んだこと ものである。 最近では次のような形になっているようだ。 「としょかんのちかい ☆図書館は,みなさんが読みた 宮崎健太郎(埼玉県立新座高等学校学校司書) い本を読むことができるように準備します。 ☆図書館 は,皆さんが調べたいことを,本やそのほかの資料で, てってい的におうえんします。 ☆図書館は,だれがど はじめに んな本を借りているか,読書のひみつを守ります。」(漢 字にはすべてルビをつけている) 本報告では校内の職員から申し立てられた選書に対す 2000 年刊行の『図書館と自由第 16 集 表現の自由と る意見について,職員会議を通して合意形成を行った経 「図書館の自由」』 (図書館の自由に関する調査委員会 緯について報告する。 日本図書館協会 2000)には兵庫県市立高校学校司書の 土居陽子が「『完全自殺マニュアル』の予約をめぐって ―学校図書館における「図書館の自由」 」を書いている。 『完全自殺マニュアル』の予約をめぐって(当時は有害 I 本校における選書の方針について 本校図書館は図書視聴覚部(教諭3名,司書1名から 図書ではなかった) ,分掌内で時間をかけて話し合い, なる)が管理運営を担っている。 図書館として結論を出すこととし,管理職や学校全体に 分掌は図書館の運営方針を明示するため,毎年度初め わかってもらう努力をする,図書館で自殺に関するテー に職員会議で「図書館活動方針/選書方針」を提案して マ展示を行う,そのなかで社会科の教諭が『完全自殺マ いる。 ニュアル』を使って授業を行うという経過をたどる。こ 図書館の活動方針は,図書館像として「あなたの<? の事例の意義は大きい。 >を<!>に」をキーフレーズに, 「読書を支援し,読 書の感動を共有できる図書館/興味関心を喚起し,探求 を促す図書館/学習・生活上の課題解決を支援する図書 5 今,学校図書館と図書館の自由は? 館」という 3 点からなっている。 2013 年夏の『はだしのゲン』提供制限問題は記憶に また,その実現のため,以下のとおり「選書方針」を 新しい。2011 年の『学校図書館部会報 No.39』 (日本図 定めている。「選書は図書視聴覚部で行う。提供上問題 書館協会学校図書館部会 2011.12)は,図書館の自由 があると思われる資料(倫理上問題のある資料や特定の について特集した。このときに報告された事例で感じた 政党/宗教団体に加担する資料など)については,特に ことは,今問題になるのは,マンガ,ライトノベルなの 慎重に審議する。 」さらに,選書の優先順位としてリク だということと,検閲をする人が学校図書館担当者(司 エストを最優先に,授業で使うための資料,生徒の好奇 書教諭・学校司書)であるということだった。正確に言 心を喚起する資料の順に選書を進める旨も定めている。 えば,この学校図書館部会報では学校図書館部会報なの この方針は数年にわたって内容の変更はなく,生徒・ で, 司 書 教 諭 が, と い う 例 が 多 か っ た が, そ の 後 の 職員のリクエストに対して積極的に受け入れる姿勢につ 2012 年第 41 回夏季研究集会東京大会「図書館の自由と いても校内で理解を得ているものと私は考えている。 学校図書館」の研究討議からは,司書自身の迷いも相当 実際の選書作業は,ほぼ司書に一任というかたちで ― 6 ― 行っている。ただし,授業や行事に関わる資料について くべきではないと書かれている。こうした資料は公共図 は関連教科や分掌に相談したり,資料の購入が話題にな 書館から借りて提供することもできる。購入までして本 りそうな資料については,実際に購入するかはともかく 校図書館の書架に置くのは不適切ではないか。」 部会で話題にするなど,部会で資料のことについて相談 することで意思疎通を図り,より適切な選書を行うよう 3. 意見に対する分掌としての対応 努めている。 当初,意見の提起がメモによるものだったことから, まず分掌主任にメモを見せて相談,職員会議なかで回答 を報告する方針を固めた。 II 資料への意見とその対応の実際 分掌会では,個人の気持ちとしては兵器について扱う 1. 意見を申し立てられた資料とその選書理由 資料を置くことに躊躇する気持ちはわかるという意見 職員から購入に意見が申し立てられた資料は, 『図解 や, 「戦車のことがもっと好きになる」という資料のサ 戦闘機の秘密 自衛隊の次世代戦闘機自衛隊の次世代戦 ブタイトルが扇動的だという意見が出た。だが,兵器に 闘機 F-35 の情報も満載』 (関賢太郎,PHP 研究所), 『図 関する客観的な資料がなければ,兵器の問題点について 解戦車の秘密 戦車のことがもっと好きになる』 (齋木伸 知ることはできないこと,自衛隊への就職を志望する生 生,PHP 研究所)の 2 冊である。 徒がおり,その進路実現への支援も必要であることを理 この資料については,選書方針の「生徒の好奇心を喚 由に,引き続き提供を行う旨,見解をまとめた。回答は 起する資料」という視点に基づき,司書である私が選書 4月に入ってから, 「図書館活動方針/選書方針」を職 を行った。 員会議で提案する際に,意見を言われた先生の名前は出 直接のきっかけとなったのは,零戦がどのようなもの さず,口頭にて意見と見解を示すこととした。 だったのか,また当時の他国の戦闘機はどのようなもの だったのか,という生徒から投げかけられたレファレン 4. 職員会議を経た議論のなかでの意見集約 スである。この際に,戦闘機や戦車等に関するこれまで 職員会議では 2 回にわたり話題となった。 の資料が古くなっていることが明らかになった。 その 1 回目では,「図書館活動方針/選書方針」の提 また,進路先として自衛隊を受験する生徒が例年若干 案の際,意見を申し立てられた資料に対する見解につい 名いる。面接対策として自衛隊について幅広い知識を得 て触れる前に A 教諭から先に挙げた趣旨の発言があっ たいとの需要もあり,資料の購入が必要と判断した。 た。その発言の最後に「ぜひ他の先生からも,資料を見 購入時にはこの分野についてはいくつかの本が出版さ た上で意見をいただきたい」と A 教諭から提案があり, れているが,網羅的な資料を選びたかったことと,比較 会議後に職員室の司書の机上に資料を置いて図書視聴覚 的安価であるということからこの本を選定した。 部に意見を集つめることになった。 職員からは「生徒が考える材料として,図書館には幅 2. 意見の申し立て内容とその理由 広い資料があるほうがよい」という意見をはじめ,全体 この資料への意見は,メモで申し立てられた。 的にはこの資料の提供について好意的な意見が寄せられ 購入直後である昨年 3 月の末,付箋が貼られた図書館 た。一方,提供を否定するわけではないが,軍事分野に 通信が私の机上に置かれていた。 興味を持つ生徒の関心をよりそそるのではないか,と 付箋には「殺人兵器を賛美するような書物を学校図書 いった懸念の声も寄せられた。 館に備えるのは反対です。 レファレンスで十分では?(署 以上を踏まえ,分掌で再度協議をしたが,結論は変わ 名,本文中では A 教諭とする) 」と書かれ,新着資料一 らなかった。軍事分野に興味を持つ生徒に対しては,こ 覧の購入図書に矢印を引いた形で貼られていた。 の資料が並ぶ兵器の棚(請求記号 559)には兵器による 後述する職員会議の中で A 教諭は概ね次のように発 犠牲について触れた本などもあるため,この資料を窓口 言し,より詳しく理由を述べている。 にしながらも書架の背表紙を通して多様な価値観に触れ 「『図解戦闘機の秘密』と『図解戦車の秘密』について る機会を作るのではないか,というのが分掌としての見 は,特に『図解戦車の秘密』のサブタイトルからも分か 解である。 る通り兵器に好感を持たせることを意図しており,これ 2 回目の職員会議では,分掌としての協議の結果を書面 は戦争を賛美すると考えられる。全国学校図書館協議会 にまとめて提出,会議の結果として,この資料については 1) 図書選定基準の中でも 戦争や暴力を賛美するものは置 引き続き閲覧室に置き,生徒に提供することとなった。 ― 7 ― III 一連のやりとりを経験して この一連のやりとりの間,ある職員が「僕は兵器につ いては興味があるけど,こうして知ることでそれが使わ れたときがどれほど悲惨かも知っている。兵器について 知ることを『戦争を賛美してる』と捉えるのは偏見だ」 と述べていた。この言葉に,学校図書館が子どもたちの 関心に応じた多様な情報を収集し提供することの必要性 を改めて認識した。 そうした活動を作るために,今回のケースでは,図書 館の運営方針と選書の方針を毎年職員会議の中で確認 し,明確にしていたことが校内で理解を得る上で助けと なったと感じている。さらに,日常的に分掌内で,また 校内で選書のあり方について意見を交換し議論し続けて いかなければならないとも考えた。 私を含め多くの学校司書は校内に一人しかいない。学 校図書館が果たすべき役割や選書の方針,また意図を職 員間で日頃から話しあい, 意思を共有していかなければ, 校内で適切な判断をしていくのは難しいだろう。 その前提として,学校司書に分掌会議や職員会議での 発言ができる機会が保障され,対等に議論できるための 土壌がなければ,こうした議論を行うことすらできな かったのではないか。学校司書が正規職員であり,校内 では専門職としての理解があったことは非常に重要な要 素だったと考えられる。 1) 「全国学校図書館協議会図書選定基準」の中では, II「部門別基準」で「まんが」については「戦争や 暴力が,賛美されるような作品になっていないか。 」 との規定がある。 第 101 回 全国図書館大会 東京大会 ホームページ掲載原稿 2015 年 9 月 30 日現在 ― 8 ―
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