METROPOLIS 2015 年 1 月号 The Game Changers Issue ゲームチェンジャー号 (表紙) 皆川魔鬼子 革新技術と伝統技術の融合 (In Depth の頁) In Depth 徹底研究 2015 年に大変革をもたらす人 本年、本誌はデザイン界の実力者たちに注目:非凡なテキスタイルデザイナー、 皆川魔鬼子[以下省略] (本文テキスト) 2015 年に大変革をもたらす人 テキスタイル 皆川魔鬼子 文:Avinash Rajagopal (リード文) ハンドメイドのテキスタイルと革新技術を用いて開発されたテキスタイルは、しばしば 世界を異にしているように見えるが、皆川は持ち前の豊かな創造力と情熱でもって両 者を融合させ、テキスタイルデザインのエキサイティングな可能性を切り開き続けて いる。 (本文) この 30 年以上、衣服デザイナー三宅一生について書かれてきた数々の新聞記事、 雑誌の特集、書籍の中に決まって登場するのが「三宅のテキスタイルデザイナー、皆 川魔鬼子」。彼女は、世界中で賞賛されている三宅の仕事に少なからぬ貢献を果たし てきた人物でありながら、その素顔はあまり知られていない。 1971 年以来、テキスタイルデザイナー皆川は三宅の難しいアイディアを革新的なファ ブリックに具現化し続けている。しかし年月を重ねるにつれて、とりわけ彼女自身のブ ランド HaaT での彼女の仕事は、日常性と特別性、そして古き良きものと新しさを両立 させながら独自性を獲得してきた。「彼女の仕事は、より手仕事に根差している感じが しながら、また同時により現代的な感じがするのです」と、クーパー・ヒューイット国立 デザイン美術館副キュレトリアルディレクター、マチルダ・マッカイドは評し、皆川の驚 くべき美しいテキスタイルの核心にあるパラドックスを指摘する。 皆川は京都の誇り高き職人の一族の出だ。祖父は絹着物の刷毛染めが専門で、父 も同様の仕事をしていた。しかし彼女はデザイン専攻の学生時代に自分自身の創造 表現を模索し、そしてものごとを異なる視点から捉える彼女の能力は三宅を魅了した。 「私は大学時代から常に何か新しいものを創ることに集中していました」と彼女は言う。 「三宅は何か独特で未知のものを欲していました。常に挑戦するのが好きな私は、ま さに適任だったのです。それが私の精神であり私の基本。物事を突き詰めることが好 きなのです」。 皆川のデザインプロセスの典型とも言える話を、ルンバにまつわる逸話で始めよう。 彼女はある日、この小さなロボット掃除機の中に溜まったグレーのもじゃもじゃの埃に 魅せられた。「これは究極の CMYK に違いないと思いました」と、彼女は日常生活か ら出る様々な色のくずが混ざり合って生まれたグレーの埃を見て、考えた。どうしたら これを布にできるだろうか? 皆川はオーガニックコットンを製造している幾つかの工場に、繊維くずを溜めておい てもらうよう頼んだ。そしてそれを、近年津波の大被害を受けた東北地方の伝統的な 紡績および織物工場に渡して、信じられないほどふわふわしたカラフルなストールを 手仕事で作り上げてもらい、2011 年以来 HaaT コレクションの一部として提案してい る。「カディみたいな感じです」と彼女は説明する。カディとはマハトマ・ガンジーが自 立と自由の象徴にしたインドの手紬ぎ手織り素材のことだ。 19 世紀のプリント技術を守る京都の孤高な業者との恊働も、また全く新しい種類の 糸を開発すべく工業化された工場を説得することも、「どちらも挑戦であることには変 わりなく、どちらの相手もやりがいを感じていると思う」と彼女は述べ、時に通訳を介し て、また時に自ら大変力強く的確に英語で語る。「私は、新しい発想や実験に前向き で熱心に取り組む人々と仕事をしています。それが私にとってこの仕事の喜びです ね」。 そのことはまさに HaaT での仕事に如実に見て取れる。来たる 15 周年を先日ニュ ーヨークで祝った、ヒンディー語で「マーケット」を意味すると同時に「heart」のほぼ同 音異義語でもある HaaT は、伝統的な日本のテキスタイルと、彼女が愛する先端革新 技術と、彼女が何十年にもわたって訪れているインドの職人技術を融合させる皆川の 服作りが特徴で、洗練されていると同時に独自性のある服を提案している。(2004 年 より HaaT を取り扱った Bergdorf Goodman のファッションディレクターRoopal Patel は HaaT ファンのことを「シークレットクラブ」と形容する)。 ニューヨークの ISSEY MIYAKE Tribeca ストアで行われた HaaT 15 周年のお祝い の際の皆川の装いは HaaT を象徴するものだった——墨のような「深黒」のコットンジ ャケット。「日本では黒の服は大変特別なものです」と、三宅デザイン事務所のアメリ カのリエゾン Nancy S. Talcott が説明する。「冠婚葬祭など、公式の場でグレーやオ フブラックはありえません」。四世代前、ある京都の染色家がこの高飽和色を実現す る方法を発見した。偶然にも卵白が着物の上に落ちたことによってだった。現在この 技術を継承しているのは彼の子孫の染色家ただ一人となり、その染色家と皆川は恊 働している。 皆川がまとっているジャケットのテクスチャーは立体的だが、それは縫い付けられ ているように見える何百もの黒い三角形のほつれたエッジなどで形づくられている。 実際、長い二枚の布が三角のステッチで縫い合わされており、その後上層がハンドカ ットで開かれている。「カッティング後、しゃぶしゃぶのように洗いにかけます。しゃぶし ゃぶって何のことか分かります?」と皆川。それは沸騰しただし汁の入った鍋のなか で肉を揺する日本の鍋料理だ。 卵白染めした布を、一枚の肉のように扱う——皆川のデザインプロセスはひとひね りしたユーモアセンスによって推進されている。彼女はまた食べ物の隠喩を好む。硬 いポリエステルの芯に巻かれた柔らかいコットンから作られた糸のテクスチャーは「ま さにアルデンテ直前のマカロニ」と喩える。それは鍋メソッド同様、大変繊細な効果で ある。2~3 分しゃぶしゃぶすることで、彼女のジャケットの三角形のエッジはよりいっそ う深黒の輝きを放つ。 このようなテキスタイル製作プロセスの入念かつ大胆な組み合わせを、アートやデ ザイン界が長く見過すことはなかった。「魅力的な三次元の仕事の創出において、三 宅一生と皆川魔鬼子以上にレイヤリングをより効果的に使った日本のファッションお よびテキスタイルデザインチームはこれまでいない」と、マクワイドは 1998 年にニュー ヨ ー ク 近 代 美 術 館 で 行 わ れ た 展 覧 会 「 Structure and Surface: Contemporary Japanese Textiles」のカタログに書いた。この展覧会でテキスタイルデザイナー皆川 の仕事が初めてアメリカで紹介された。以後、彼女の仕事はアメリカで賞賛されてき たが、2006 年にはボストン美術館で個展が開催され、ここ数年彼女の仕事をよく知る ファンが増えている。 昨年 10 月、HaaT15 周年を祝いにニューヨークに集った人々、すなわち皆川デザ インの服をきちんと身にまとった人々の多くは、単なる顧客ではなく HaaT の良き理解 者たちだった。彼らに囲まれながら皆川は淡々としていた。一枚の服の中に実現され ているディテールは何から何までなんて見事なのでしょうと敬服の念を表明した時、 皆川は目を輝かせて言った。「大変な仕事ですよ。毎日考えています」。 <写真キャプション> In Depth の頁 皆川魔鬼子によるこのダブルニットのウール素材は片方の層に水溶性の糸を使用。 この糸は簡単に溶け去った後、ご覧のような効果を生み出す。 P58 皆川魔鬼子のブランド HaaT の 2015 年春夏コレクションより、色彩を讃えるファブリ ック。どちらも 19 世紀にドイツで開発されたが、インクジェットプリントの流行を受け衰 退したテンパープリント(練り込み)と呼ばれる希少な技術を使用。 P60 HaaT 2014 年秋冬コレクションより、日本の提灯に着想を得た彫刻的なはおり(左 上)。素材全体(右上)はジャカード織機で織り上げられているが、一種類の経糸と数 種類の緯糸を用いることで立体的な効果が生まれている。白の部分はコットンで、ウ ールのエクストラ緯糸を使用。黒い部分はポリエステル芯を持つ糸を使用。 P61 HaaT は世界各地の伝統的なテキスタイル技術を融合させた服を提案している。皆川 は 1983 年以来インドに通い、アーメダバード市の職人たちと関係を築いている。この ウールのロングジャケットはインドのカッチ地方で手織りされた。パシュミナのストール は日本の有松絞りを使用。 P62 HaaT 2015 年春夏コレクションより。これらの素材もテンパープリント(練り込み)で実 現。この技術は 1930 年代に日本にもたらされたが、今日この手法を使うプリント工場 はわずか一社のみ。染料をこねて糊のような状態にし、それを層状にスライスしてプ リンティングローラーに塗りつける。かくして素材は流れるような模様が浮かび上が る。 p63 深黒は高飽和の黒色を生み出すために用いられる伝統的な日本の染色技術。 右上:この手法で染められたコットンドレスは、三角柄ステッチで縫い合わされた二層 の布から成る。その後に上層の布をカットすることにより、アップリケのような効果が 生まれる。 右上:左は深黒染めのタイシルク、右は前述のドレスに用いられたコットン素材。
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