災害に強い医療福祉情報ネットワーク

特
集
Ⅲ
PART
災害に強い医療福祉情報ネットワーク
4
4 4
~みんなのみやぎネット~
宮城県では、東日本大震災を教訓とした災害に強い医療福祉情報ネットワーク「みんなのみやぎネット」の構築に取り組んでき
ました。
特集Ⅲでは「みんなのみやぎネット」の構築に当初から携わってこられた一般社団法人 みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会
(MMWIN)の清水先生から宮城県におけるこれまでの取り組み内容や今後の方向性をご紹介いただくとともに、
「みんなのみや
ぎネット」を地域医療の最前線で活用されている気仙沼市立病院の成田先生、やもと内科クリニック(東松島市)の佐藤先生に
お話しを伺ってきましたのでご紹介します。
一般社団法人 みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会(MMWIN)
理事 清水
はじめに
東日本大震災では、沿岸部を中心に病院等が被災し、建
物や物資の問題と同時に、カルテ・調剤などの医療情報の
消失も問題となりました。医療福祉環境の復興にあたって
は、建物などのハード面に加えて、情報ネットワークを構
宏明 氏(秋田大学大学院 医学系研究科 教授)
(表1)理事会 役員一覧(平成 27 年 7 月 29 日現在)
役職
所属
氏名
理事長 社団法人 宮城県医師会 会長
嘉数 研二
副理事長 東北大学大学院 医学系研究科 教授
冨永 悌二
理 事 宮城県老人保健施設連絡協議会 会長 青沼 孝徳
築し災害に強い情報バックアップを行うとともに平時には
理 事 社団法人 宮城県看護協会 会長
佃 祥子
情報共有により医療福祉環境の改善を図ることが必要と考
理 事 仙台市立病院 院長
亀山 元信
えられました。
理 事 全国自治体病院協議会 宮城県支部長 並木 健二
そこで震災の約 8 ヶ月後に MMWIN が設立され、総務
理 事 社団法人 宮城県薬剤師会 会長
佐々木孝雄
理 事 社団法人 宮城県医師会 常任理事
登米 祐也
理 事 東北大学病院 病院長
八重樫伸生
理 事 社団法人 宮城県歯科医師会 会長
細谷 仁憲
理 事 宮城県病院協会 会長
道又 勇一
理 事 東北大学 医学部長
下瀬川 徹
理 事 秋田大学大学院 医学系研究科 教授
清水 宏明
MMWIN とは?
監 事 宮城県立がんセンター 総長
片倉 隆一
MMWIN( エ ム エ ム ウ ィ ン ) は Miyagi Medical and
監 事 社団法人 仙台市医師会 会長
永井 幸夫
省の東北地域医療情報連携基盤構築事業や厚生労働省の地
域医療再生基金の補助をうけ、宮城県と一体となって医療
から介護までをつなぐ情報ネットワーク作りを進めてきま
した。
その概要と今後の方向性をご紹介いたします。
Welfare Information Network の略称です。現在の役員
を表1に示します。職種や団体横断的であり、また、宮城
(表2)現在の参加施設の構成(平成 27 年 7 月 1 日現在)
石巻/
気仙沼圏
仙台圏
県南/
県北圏
合計
病院
10
30
26
66
診療所
33
43
45
121
保険薬局
17
110
80
207
介護事業所
35
39
42
116
計
95
222
193
510
県医療整備課との密接な協力体制もあり、オール宮城と呼
ぶにふさわしい体制で事業を推進しています。
MMWIN 事業は H24 年度から 26 年度の 3 年間で、全
県のネットワーク構築を行いました(図1)
。参加施設は全
体で 510(平成 27 年 7 月 1 日現在)にのぼり、今後も増
加予定です。表2に現在の参加施設構成を示します。
MMWIN の事業について
1)医療介護情報のバックアップシステム
MMWIN の事業の核は、災害に強い形での診療情報バッ
クアップです。現在までに、東北大学病院、仙台医療セン
ターなど 10 数施設から延べ数にして 250 万人分のデータ
が SS-MIX2 形式(注1)でバックアップされており、こ
れらは災害時にも直ちに利活用可能な形で守られていると
(図1)これまでの事業展開(平成 24 年度~平成 26 年度)
Mercato 91 ● 8
いえます。各病院や診療所の電子カルテは施設ごとのカス
ます。電子カルテのない施設でも文書連携システムにより
タマイズを行っているため、そのバックアップを読み込む
紙データを PDF 化して共有できます。
にはカスタマイズした電子カルテソフトが必要となります
が、SS-MIX2 形式は標準化されているため対応ソフトがあ
ればいつでも利用可能な点が大きな違いであり、災害対策
MMWIN の課題
として有利な点です。
MMWIN 事業は大きなポテンシャルをもっているといえ
データバックアップのためのアップローダは今年度末ま
でにさらに 10 以上の大規模病院に導入され、診療所や介
護施設からのアップロードも可能です。こうしたバック
アップが進めば、宮城県の医療介護情報に関する災害対策
として大きな意義を果たします。
2)平時には情報共有システム
バックアップデータは強固なセキュリティシステムで守
られますが、それらのうち、患者さんが MMWIN 参加施
設間での診療情報共有に用いることを了承する場合には、
情報共有システムとして利活用します。
たとえば、ある診療所に通院する A さんが、大学病院に
も通院し、保険薬局で調剤をうけている場合、これら3施
設の診断・検査・薬剤などの情報をお互いに共有すること
ができます。これにより、お互いの間の強固な連携がはか
れると同時に、紹介状等の労力を軽減することができます。
また薬剤やアレルギー情報等の重要な情報をリアルタイム
にもらすことなく把握できます(図2)
。
3)その他
MMWIN のセキュリティの確保された回線を用いてさま
ざまなサブシステムを活用できます。遠隔カンファレンス
システムでは患者相談や勉強会、事務的会議を行えます。
診療所支援システムでは電子カルテのネットワークを介し
た利用(ASP 型電子カルテ)やデータバックアップ、既設
検査システム等との一体的利用を含めて情報連携を推進し
ますが、現時点では構築がなされた段階であり、利活用は
まだこれからです。現在、参加施設の積極的な利活用を可
能とすべく、施設内の運用体制を MMWIN とともに構築
するなどしています。利活用が進み、日常臨床における有
用性がより強く実感され、参加施設が増えるという好循環
を目指して事務局一同努力しています。
MMWIN 事業がもたらすもの
東日本大震災では、医療介護情報の消失が多くの被災者
の診療を滞らせました。震災前から宮城県では医師等の医
療資源の地域偏在や僻地医療の問題がありました。
MMWIN の普及により、医療介護情報は災害時に利用し
やすい形で守られます。情報共有や遠隔カンファレンスに
より、中央でも地域でも同じ情報を得ることができ日常診
療の均てん化(注2)や医療介護従事者の生涯教育に役立
てることができます。医療介護の質と透明性が向上し、患
者さんや介護利用者を関係施設皆で見守ることができるよ
うになります。現在も、宮城県の第 6 次医療計画のなか
に ICT を活用した地域連携の促進が宣言されていますが、
MMWIN 事業の普及により、医療施策上もさらに大きな役
割を果たすことができます。
現在日本各地で地域医療ネットワーク構築が試みられて
いますが、MMWIN の事業は中でも最大規模のものです。
折から、日本再興計画 2015 において、医療等分野でのデー
タのデジタル化・標準化の推進/地域医療情報連携ネット
ワークの構築が今後の課題とし
て謳われており、MMWIN が重
要な役割を担うものと期待され
ます。
(注1)厚生労働省の電子的診療情
報交換推進事業で提唱された標準
化ストレージ
(注2)均てん化:
主に医療政策の分野で用いられる
語で、医療サービスなどの地域格
差などをなくし、全国どこでも等
しく高度な医療をうけることがで
きるようにすることを指す語。
(図2)MMWIN 事業の全体像
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東北情報通信懇談会事務局では、みんなのみやぎネットをもっと皆様にご理解いただくた
め、気仙沼圏(気仙沼市、南三陸町)と石巻圏(石巻市、東松島市、女川町)の病院・診
interview
療所を訪問し、実際にシステムを活用されている先生方にインタビューを行ってきました。
何らかの障がいが生じているということを意味しており、
地域医療が抱える課題が集約されていると言えます。
(図 4)
気仙沼市立病院
脳神経外科科長 成田
徳雄 氏
(宮城県災害医療コーディネーター、
京都大学医学部臨床教授)
(1)‌
「みんなのみやぎネット」が導入されて日常の診療や
医療機関等の連携がどのように変わられましたか。
病院、診療所、薬局、介護施設での情報共有と多職種連
携が可能になり、患者さんを中心とした医療・介護・健康
管理が生涯を通じて行えるようになりました。
具体的には、診療情報連携システムによる入・退院時サ
(図 4)人生ラスト 10 年問題
マリーや主治医意見書、病院・診療所・ケアマネージャー
実際の寿命と健康寿命のギャップを埋めるためには、若
からの情報提供書等の共有により、急性期、回復期、維持
い頃からの継続した健康管理と健康管理情報に基づく重大
期等を通じた患者さんへのきめ細かな医療や介護、日常生
疾病等の早期発見が必要です。また、介護を必要とする方々
活のサポートが可能になりました。
(図 3)
には、患者さんを中心とした関係者による
ヒューマンネットワーク(多職種連携)を
構成し、患者さんの医療情報を関係者で共
有して医療・介護の質的向上を図ることが
大切です。そして、これらの課題解決に不
可欠なのが ICT による地域医療情報連携基
盤である「みんなのみやぎネット」です。
(3)‌
「みんなのみやぎネット」をより良い
ものにしていくための今後の取り組
みをお聞かせください。
「みんなのみやぎネット」を運用してみて、
医療と介護の連携にはまだまだ解決すべき課
題が多くあると感じています。
(図3)気仙沼園の医療福祉連携
(2)‌気
仙沼市立病院は気仙沼圏の中核病院ですが、生活
圏における地域医療の課題と「みんなのみやぎネッ
ト」が担う役割を教えてください。
地域医療が抱える問題として次の5つの課題が上げられます。
・超高齢社会
・医療資源の不足(医療施設、病床、医療従事者等)
・連携なき機能分化
・情報の分断
特に、介護に関する情報は、患者さん本
位のきめ細かな情報を手書きのメモ等で共
有していることもあり、実はその情報が医療でも重要な
情報であることが多くあります。今は、その情報を電子化
(PDF)してシステムに取り込んでいますが、将来的には
医療と介護のリエゾン(橋渡し役)となる病院に設置され
る地域医療連携室や在宅診療医、ケアマネージャー等と連
携した「みんなのみやぎネット」の機能拡充や運用面での
充実を図りたいと考えています。
・人生ラスト 10 年問題
(3)‌最
後に地域の皆様へのメッセージをお願いします。
特に人生ラスト 10 年問題は、実際の寿命と健康寿命に
「みんなのみやぎネット」は、病院、診療所、薬局、介護
は約 10 年のギャップがあり、その約 10 年は日常生活に
施設における医療・薬剤・介護情報等の共有を図り、病気
Mercato 91 ● 10
の早期発見や医療・介護の充実、効率的な服薬指導(残薬
ネット」への参加を呼びかけていきます。
問題にも効果)
、患者さんの負担軽減(病院が変わっても検
査結果が共有可能)など、多くのメリットがあります。
一方、医療情報等の共有は、本人の参加申込(本人同意)
を原則としているため、皆様のご理解が不可欠です。地域
や企業の皆様にはぜひ「みんなのみやぎネット」への参加
をお願いいたします。
(3)‌石
巻医療圏での地域的な課題がありましたら、御紹
介下さい。
石巻医療圏は在宅診療を行っている病院が限られており、
今後益々高齢化が進む石巻地域では、在宅診療への期待が
高まることから、
「みんなのみやぎネット」を活用しながら
石巻医療圏の病院、診療所、介護施設等が連携して取り組
んでいくことが大切と考えています。(図 5)
(4)‌今
後の抱負や住民の皆様に一言お願いします。
「みんなのみやぎネット」は、病院や診療所等で情報を
共有することで大規模災害時でも医療の継続が図られるこ
やもと内科クリニック
院長
とは勿論ですが、患者さんの負担軽減や診療の質的向上、
佐藤 和生 氏
住民の皆様の健康増進を側面から支援するシステムでもあ
(1)‌
「みんなのみやぎネット」が導入されて日常の診療が
どのように変わられましたか。
複数の病院や診療所に通院している患者さんは、例えば、
診療所で病院から紹介された患者さんの受診状況や検査結
果等のデータを事前に把握できるようになりました。また、
り、住民の多くの皆様の参加をいただくことで、より効果
を発揮します。このシステムの運用に携わる者は、より診
療の質を高める努力をして参りますので、地域や企業の皆
様にはぜひ「みんなのみやぎネット」への参加をお願いい
たします。
従前は紹介状を受け取った後に紹介先の病院に問合せてい
た患者さんの情報が事前に共有されているため、診療内容
や検査、投薬情報から予め診療の推測ができるようになっ
たことで、診療効率が向上するとともに、問診による患者
さんとのコミュニケーションの充実が図られました。
(2)‌患
者さんから見た「みんなのみやぎネット」の魅力
は何でしょうか。
これまで病院での診療が必要な患者さんを診療所から紹
介しても、病院を受診したかまでは確認できないため、複
数の病院を行き来する患者さんで紹介先の病院を受診して
いない場合は過去の紹介状まで
遡って内容の見直しが必要で
したが、現在はリアルタイムで
情報を確認することが可能にな
り、医師の指導が徹底されるよ
うになりました。
また、患者さんの既往歴や複
数の病院・診療所・診療科で診
療を受けていても、投薬情報が
共有され、調剤薬局でも確認が
可能になったため、薬の重複投
与を避けられるようになりまし
た。
このように「みんなのみやぎ
ネット」は、患者さん本意の今
後も進化し続ける魅力あるシス
テムです。当院では、引き続き
患者さんへの「みんなのみやぎ
11 ● Mercato 91
(図 5)石巻圏の在宅診療支援システム(訪問看護のための電子カバン)