平成27年2月 第734号 NEC東芝スペースシステム、 トヨタ生産方式の導入で衛星搭載機器事業を拡大へ NEC東芝スペースシステム株式会社 経営革新室長 岡 慎司 昨年の暮れ、宇宙関連のニュースが躍った。 このような華やかな打上げ成功は、宇宙関 ま ず は 小 惑 星 探 査 機「は や ぶ さ 2」 (図 1) 連事業に関わる人や企業にとって、大きな力 の打上げである。国民の熱烈な応援や注目が になる一方で、宇宙事業の継続的で発展的な ある中、12月3日、H-ⅡAロケット26号機にて 拡大のためには、ものづくりという観点で真 打上げられ、午後3時すぎに太平洋の約900キ 摯に取り組まなければならない課題が多いこ ロ上空で正常に分離、打上げは成功した。現 とも強く認識させられる。 在も順調に航行中であり、めざす小惑星には 2018年に到着、着陸して石を採取し、東京五 輪が開かれる2020年に地球へ帰還する計画で 最初に、国内の衛星関連事業を取り巻く環 境をふり返ってみたい。 グローバル化という言葉がもてはやされて ある。 もうひとつは2030年代に火星に人類を送り いるが、欧米の衛星インテグレータに追いつ 込むため、米国が開発を進めている次世代の こ う と 努 力 し て き た 国 内 衛 星 関 連 企 業 は、 宇宙船「オリオン」の打上げ(図2)である。 1990年に日米の政府間で合意された「日米衛 日本時間の12月5日の午後9時すぎ、フロリダ 星調達合意」に冷や水を浴びせられた格好だ。 州の空軍基地から打上げられ、地球の周りを 1980年代の日米間の貿易摩擦の際、米側が米 2周した後、大気圏に再突入、2,000度以上の 国通商法301条の適用対象に日本の実用衛星 高熱にさらされながら、日本時間の6日午前1 (通信、放送、気象観測などを目的とした衛星) 時半ごろ、太平洋に着水して無事に帰還した。 を含めたためである。当時、欧米の衛星イン テグレータの国際競争優位性は歴然であった (C)JAXA 図1 小惑星探査機「はやぶさ2」 (C)NASA 図2 宇宙船「オリオン」の打上げ 7 工業会活動 ことから、事実上、日本は実用衛星の製作か 欧米の衛星インテグレータから高い評価を頂 ら大きく後退する事を余儀なくされた。 いている(図3)。 1990年の日米合意以降、放送衛星や通信衛 今後は、さらにその機種やボリュームを増 星の実用衛星の受注には国際入札が義務づけ すことで、当社の事業の屋台骨をさらに強く られ、結果として価格競争力に勝る欧米の衛 するとともに、そこで培った技術や生産プロ 星インテグレータが主契約者となったため、 セスを、国内の衛星向けの製品生産に積極的 国内衛星関連企業はしばらく研究開発を目的 に展開することで、国内の事業をより安定的 とする衛星や衛星向けの搭載機器に注力せざ なものに変革しようとしている。 るをえなかった。当社は、NTTドコモ殿向け の通信衛星であるN-STARなど、数多くの国 内外の実用衛星(多くは通信衛星)に、搭載 次に、ものづくりという観点からの課題を 考える。 機器を採用頂き、世界に通用する製品の実績 当社は、親会社の日本電気(以後NEC)と を積んできた。テレトリコマンドレシーバ 東芝で黎明期から培ってきた宇宙開発の技 (TCR)、通 信 ペ イ ロ ー ド 機 器、地 球 セ ン サ 術・経験を結集し、約14年前の2001年10月1日、 (ESA)、太陽電池パネル(SAP)などはその NEC東芝スペースシステムとして営業を開始 代表的な商品に成長している。 した。その後、2007年、2013年の2回に分け、 これらの機器の多くは、旧宇宙開発事業団 グローバル対応力強化による宇宙1,000億円事 (現在の宇宙航空研究開発機構)殿や旧電波 業を目指した構造改革も断行、グループ内に 研究所(現在の情報通信研究機構)殿から受 分散していたシステム、サブシステムレベル 注した衛星プロジェクトを進める中で開発し の開発・製造・検査及び衛星運用といった機 た機器がベースとなっている。海外の衛星イ 能をNECに集結した。一方、機器の開発、設 ンテグレータの厳しい要求に応える中で、品 計および製造検査・試験は当社に集結する事 質・コスト・納期(QCD)に関わるあらゆる で、経営の判断スピードをあげ、厳しい顧客 改善を織り込んできたこれらの機器事業は、 要求の中にあって、「ものづくりの本質」を 現在も当社の基幹事業である。厳しい価格競 守り、顧客満足No.1を目指すために体制強化 争を勝ち抜き、性能・納期要求も達成する中 も図ってきた。現在、NECや他の衛星インテ で、国際的な競争力を常に高めてきており、 グレータ向けの搭載機器の設計・製造検査を 図3 仏ASTRIUM社Master Supplier受賞、米SSL社Supplier Excellence Award受賞 8 平成27年2月 第734号 行っている。 東日本大震災では、超高速インターネット 衛星「きずな」が被災地との通信手段となっ れた。本人の日々の研鑽の成果であり、会社 としてもとても大変な栄誉と考えている。 斎藤主任のほかにも、この「現代の名工」 たり、宇宙から被災地を撮影した陸域観測衛 を過去4名も輩出している企業は多くないと 星「だいち」が安否確認や復興対策の検討に 思うが、逆にそういうところから、当社のも 貢献したり、当社が関わった機器やサブシス のづくりが抱える課題も浮かび上がる。はん テムが活躍した。このほか、温室効果ガスの だ付けなどの職人技が衛星のものづくりを支 測定や、気候変動測定など宇宙で実利用され えているというニュース自体、とても日本人 る衛星や、さまざまなミッションを持つ科学 に訴えかけるものがあるが、ものづくりを業 衛星、さらには海外の通信衛星など、数々の とする会社という観点では喜んでばかりもい 衛星向けの搭載機器・サブシステムを「もの られない。 づくり」で支え、供給することを当社の使命 として取り組んできた。 当社では、宇宙用機器のものづくりの改善 活 動 の 考 え 方 に、ト ヨ タ 生 産 方 式(Toyota しかし、国内衛星事業は、その都度、開発・ Production System、以後TPS)を取り込もうと 設計して生産する一品モノ、しかも生産の山 している。一品モノの生産にTPSの考え方は 谷が大きく、必ずしも安定していないという 果たして如何なものか?という疑念を抱くメ 厳しい背景がある。組織体制の強化だけでは ンバーもいたが、必要な資材を調達し、現場 達成できない高い作業要求もある中で、実際 で付加価値を付けてお客様に届けるという製 の生産現場では、高い技能によってものづく 造メーカの機能は同じである、という考えの りが支えられている部分も多い。 もとで活動を始めた。 厚生労働省により、毎年、我が国最高水準 この背景には、宇宙という狭い業界ではな の技能を有し、ほか の技能者の模範たるにふ く、世の中の「ものづくり」業界の物差しで さわしい卓越した技能者の方々に対して、 「現 見た際、一部の匠の技術や技能に頼った設計 代の名工」としての表彰が行われているが、 や生産では、世界市場で戦って勝ち残ること 本年度も当社の機器製造検査部に所属の斎藤 ができない、という危機感があったためであ 克摩主任が電気通信機器組立工として選出さ る。そこで、まずはものづくりの根幹である 図4 平成26年度「卓越した技能者(現代の名工)」の表彰:斎藤主任 9 工業会活動 生産現場を強靭なものに変革し、それを足掛 なり、作業分析と改善を繰り返すことで、生 かりに、開発・設計・スタッフ部門含めた会 産タクトを縮めることができるようになって 社全体を変えようとしているのが現在の取り きた。その結果として、生産コストの削減と 組みである。 ともに、顧客との契約納期を100%確保でき 最初に改善活動を開始したのは2009年のこ るようになってきている。 と。当時、生産コストと納期に課題を抱える この太陽電池パネル生産現場での取り組み 海外顧客向けの太陽電池パネル生産現場を対 を受けて、衛星搭載機器の生産現場や衛星本 象とした。 体の生産でも、同様の考え方で改善活動を展 海外顧客向け太陽電池パネルの生産は、カ バーガラス付きの太陽電池素子(CIC )の *1 開、生産リードタイム短縮による生産量増大 を目指した活動を展開中である。 製作から始まり、電池としての回路(ストリ さらに、開発・設計部門においても、これ ングス)を形成後、最終的には1枚のパネル らの生産現場での改善の着目点である「停滞」 に約2千枚のCICを実装することになる(図5)。 や「後戻り」を自分達の開発・設計プロセス NECのものづくり改善スタッフのコーチング の中でも見つけ出し、全体最適になるような を仰ぎながら、最初は、赤札作戦*2 による整 改善を考えて、具体的な施策に結び付けよう 理・整頓(2S) 、次に3定(定位置・定品・定量) としている。まさに、ものづくりの生産現場 の徹底というところから始め、大まかな流れ が全社をリードする形になりつつある。 の同期化を進めた。作業分析結果に基づく作 業の平均化を進め、見晴らしの良いレイアウ Googleが自前で衛星を保有しようという時 トに変更、各場所で処理する作業や生産タク 代である*3。世界の商用衛星市場を牛耳って トを決めて、それを守るように工程を進める いる欧米の衛星インテグレータが、強い危機 ことに注力した(図6)。 感を持っていることは、搭載機器の供給会社 である当社への要求や要請で感じ取ることが これら一連の活動の中で、次第に全体最適 できる。また、中国やインドといった国々の という視点での改善点を見つめられるように 宇宙開発の実力は、もはや我々以上の領域も (C)SSL 図5 太陽電池パネル生産の概要 10 図6 大まかな流れづくり 平成27年2月 第734号 ある。リバース・イノベーション*4 も加速す 地道にあきらめることなく継続して、世界一 るだろう。 の衛星供給会社(国内外の衛星インテグレー 世の中の動き(変化)は急であり、かつ、 量(=繰り返し)を制するものが勝利者にな るのが世の常である以上、一部の超がつく優 秀な設計者や技能者で立ち向かうような垂直 統合型の事業やものづくりをしていては、勝 ち残ることはできない。全ての衛星に当社の 機器が標準品として使われるぐらいのレベル にするために、性能・品質はもちろん、価格 やリードタイムで商品をより魅力あるものに し、カスタマイズする部分と切り分ける形で タに信頼して買ってもらえる機器メーカ)の 地位を目指したい。 *1 CIC:Coverglass Integrated solar Cell *2 赤札作戦:要らないものを警告札(赤札)で分 別して、不要なものを廃棄する方法。 *3 衛星製造会社であるSkyboxを買収、Googleマッ プの改良を自前衛星で目指すと報じられている。 *4 ダートマス大学のビジャイン・ゴビンダラジャ ン教授が名付けた言葉。「途上国で最初に生まれ たイノベーションを先進国に逆流させる」とい う、従来の流れとまったく逆のコンセプトを指 す。 ボリュームを増やすことを目指した活動を、 11
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