春闘の歴史 有野正治 今野浩一郎

2015年6月20日発行
(3・6・9・12月20日 年4回発行)
通巻237号 ISSN 0289-6478
F OR
O RE
EWO
WO RD
電機連合 書記長 野中 孝泰
や た
「矢田わか子」の決断に思うこと
N E W ME
M E M BER
BER
トランスコスモス
シー・アール・エム沖縄労働組合
ハイアールアジア労働組合
楽しく実践! 組合活動 虎の巻 ❷
冷静に分析する力が
解決を生む
労働:大澤 賢
労災増加に歯止めをかけるには
政策転換が不可欠
政治:森田 実 最終回
春闘 60年
∼今、考える電機連合産別統一闘争の意義とは∼
〈 特 集 1〉
平和を守るため、
中国のことを冷静に研究・分析し、
日本の進路を過ちなきものに
経済:高成田 享
大砲(軍事)かバター
(国民生活)か
岐路に立つ日本の国家運営
ものづくり日本! 参議院議員 加藤 敏幸
「ものづくり」
と認知症対策
地協探訪
石川地方協議会
春闘の歴史
〈 特 集 2〉
IN F OR
O RM
MATIO
ATIO N
学んでみませんか?
電機連合の研修・セミナーに注目!
電機連合中央執行委員長
学習院大学経済学部教授
有野正治
今野浩一郎
あなたと動けば、未来は変わる。
や た
矢田わか子、始動!
大使館便り fromマッキー ❹
237
vol.
在英国日本国大使館 一等書記官
斎藤 牧人
春闘 60年
∼今、考える電機連合産別統一闘争の意義とは∼
60年の時を経て、電機連合が到達した「春闘」の形。過去から学び、今を見直し、未来を探ることで、
その本質が見えてきます。2014年・2015年闘争を機に、新しく動き出した「春闘」の歴史をこれから
どう紡いでいくべきか。年表の中に、そして2人の言葉の中にたくさんのヒントが詰まっています。
〈 特 集 1〉
春闘の歴史
〈 特 集 2〉
4
電機連合中央執行委員長
学習院大学経済学部教授
有野正治
今野 浩 一郎
1955年山形県生まれ。
日立製作所労働組合書記長、
日立製作所労働組合
中央執行委員長(日立グループ連合会長)
を経て、2010年から現職。趣味
はマラソン、歩く旅。
1946年東京都生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了
後、神奈川大学工学部助手、東京学芸大学教育学部助教授などを経て、
1992年より学習院大学経済学部教授。中央労働委員会公益委員、
「今後
の職業能力開発の在り方研究会」座長など数多くの公職を歴任。
vol.237
2015.6
1955
〈 特 集 1〉春闘の歴史
1975年
1964年
賃金整合性論で一転、賃上げ率ダウン
国際金属労連
日本協議会
IMF・JC結成
1953年
後に春闘の相場形
成をリードすることになる。
スト指示第1号は各組合ごとに闘争行動を示
すもので、第2波には40組合約24万人
(組織
人員の91%)
が参加。
組合数は37組合、
組合員総数は9万
3,556人。当時の
炭 労 、私 鉄 総 連 、
合 化 労 連 、電 産 、
紙パ労連の5産別
労組が共闘を組織。
1965年
1955年
週休2日制の実現
春闘体制が
スタート
物価と賃金の悪循環が懸念され、賃上げを自
粛する考えが現れる。
この年より大幅賃上げの
流れが止まる。
安定・成熟期
生成期
電機労連結成
電機、結成以来最大のストライキ
1976年
JC集中決戦方式へ移行、
ストライキ春闘からの決別。
2ケタ春闘終焉
54年以降続いた2ケタ賃上げ率は1ケタに
転じ、
その後ずっと1ケタが続く分水嶺の年と
なった。
戦後最大の不況と帰休合理化
厳しい景気後退に見舞われ、
これまでの規模を
上回る帰休があった。
1967年
年間一時金闘争確立
夏・冬ごとに闘ってきた一時金闘争を、年末に
集中。
1977年
JC(金属労協)春闘が定着
電機労連が決定した回答合意基準という方式
がJCで採り入れられ、
JC春闘として位置づけら
れるようになった。
第1次賃金政策を確立
8単産共闘に電
機 労 連が 加 わ
り、春闘体制が
スタート。8単産
共闘に参加した
電機の55春闘
は賃上げ471円
であった。
産業内の中心となっている基幹例示職種22を
選び、格付けの運用基準をつくった。
1957年
1978年
1973年
全世帯に所得格差が広がり、
これを再び縮小
させるために法整備に先行して導入。
第2次賃金政策を確立
スト「指示権」から
「指令権」へ
オイルショック後の電機産業の構造変化に対
応。年齢による生計費カーブの維持をめざした。
1980年
景気回復とともに電機産業の好調な伸びに
対し、平均23%以上の要求。闘い方もスト
「指
示権」
を
「指令権」に高めて各組合の委譲を
受けた。
5年ぶりに統一スト突入
1974年
1982年
「国民春闘」史上最高の賃上げ獲得
ストなし春闘
電機労連結成以来、最大規模のストライキ
(46万人)
が決行された。結果、春闘史上最高
の賃上げを獲得。
最低賃金制の実質導入
成長・発展期
1962年
産業別統一闘争体制の確立。大手12
組合のスト「指示権」を中闘に委譲
〈電機中闘平均妥結額2万6,185+α円、33.8+α%〉
民間だけでなく国鉄、公労協も全てストライキな
しで解決。
1980
1976
1970
安定・成熟期
1962 1960
1953
成長・発展期
生成期
(円)
350,000
32.9
主要企業の
賃金・賃上げ額の推移
賃上げ額
第1次オイルショック
13.1
7.7
20.1
250,000
賃金
賃上げ率
18.5
300,000
資料:厚生労働省「民間主要企業
春季賃上げ要求・妥結状況」
13.8
200,000
150,000
28,981
88,209
100,000
8.7
50,000
1,792
20,535
0
vol.237
2015.6
5
2015
春闘 60 年 ∼今、考える電機連合産別統一闘争の意義とは∼
2006年
1995年
1984年
5年ぶりの「賃金水準改善要求」
個別賃金要求元年
第3次賃金政策を確立
デフレから完全に脱却していないものの、多く
の産業・企業で業績の回復・改善が進んでい
ることなどから賃金改善を要求。連合や金属労
協の方針として
「ベア要求」
から幅広い賃金要
求の概念として
「賃金改善」の考え方が提示さ
れた。
第4次賃金政策の具体化を図るため、個別賃
金要求方式へ。実質賃金の確保も明確だった。
産業間格差の圧縮をめざして個別賃金指向を
明確にした。
1999年
1985年
新しい一時金闘争のあり方の提示
3年ぶり額面5ケタ回復
産別ミニマム基準を4ヵ月分に。
「夏冬型年間
協定」
に変え、春の賃上げと一緒に取り組む。
景気拡大局面の中、電機産業も全体的に好
調で中闘平均1万802円、
5.5%で妥結。
2009年
最低でも賃金体系を維持
リーマン・ショックの影響による世界的な景気
後退によって交渉環境は激変し、雇用の維持・
安定が喫緊の課題に。交渉に難航するも
「賃
金体系の維持」
を確保。
第6次賃金政策の確立
転換・再生期
2001年
第5次賃金政策を確立
1989年
生計費および仕事と能力を決定基準に成果
主義的要素を加味した。
連合(官民統一)発足
労働界全体が統一し、戦後の労働運動分裂
の歴史に終止符。
2002年
「同一価値労働=同一賃金」の考え方をベー
スとした
「公正な個別賃金決定」
を原則に、賃
金決定。
「春季生活闘争」から
「総合労働条件改善闘争」へ
1990年
初の連合春闘
春闘改革に取り組み、賃上げ中心からトータル
で労働条件の改善を図る闘争へ転換。
賃上げと時短。
1万5,026円、5.94%。他産業
の先陣を切って
「育児休職制度」
を実現。
震災からの復興・再生の下支えへ
1%台の春闘
1991年
復興需要で国内総生産はやや持ち直したもの
の、円高傾向が続いていることから、何とか
「賃
金体系の維持」
を図る。
連合統一ベア要求を断念。
これ以降、定昇相
当分確保
(賃金カーブ維持)
を求める
「定昇春
闘」続く。
時短春闘
2014年
電機連合
緊急雇用対策本部を設置
2012年
5年ぶりの賃金水準改善要求
デフレ脱却を確実なものとし、
日本経済を好循
環に導くために要求するというこれまでとは違っ
た考え方に基づいた交渉。2,000円の賃金水
準改善
(要求:4,000円)
。
2015年
春闘60年
統一闘争の真価を発揮
3,000円の賃金水準改善
(要求:6,000円)
。
2015
2010
電機各社が構造改革の一環で大規模な雇用
調整を実施したことから雇用確保を最優先。
湾岸戦争の及ぼす影響の危機感が広がる中
の取り組みで、賃上げ平均は前年を下回るが、
労働時間短縮で前進。
1992年
「電機労連」から
新生「電機連合」へ
2003年
バブル崩壊の中、最後の5ケタ賃上げ
初のベアゼロ春闘
中闘平均妥結額1万1,548円、
4.7%。
デフレの進行と雇用不安が
一段と深刻化する最悪の条
件下での取り組みとなり、
「賃
金体系維持」
をめぐる交渉が
焦点に。
1993年
第4次賃金政策を確立
90年代の状況に対応して、
産業別横断性をもっ
た「職群別職種・職能賃金制度」を基本とした。
2000
1989
転換・再生期
6,711
306,469
(%)
35
30
25
20
15
バブル崩壊
10
リーマン・ショック
東日本大震災
5
2.2
0
6
vol.237
2015.6
ITバブル崩壊
5.9
1955
春闘が担う
役割とは?
年というこ
今野
1955年に春闘が始まって
から、ちょうど今年で
すか?
有野
年の間にいろいろな歴史が
とですが、振り返ってみていかがで
60
表でいう﹁生成期﹂﹁成長・発展
率 が 2% 弱 と な っ て い る の は 、 定 昇
今野
統計などで、この期間の賃上
しでした。
期﹂の部分で、春闘方式が始まって、
はゼロですね。
相当分込みの数字なので、ベア自体
今野
電機産業に限らずですが、平
有野
そ し て4 つ 目 が 、
ックを挟んで中成長・中賃上げ時
有野
はい。その後が、オイルショ
の で は な く 、﹁ 社 会 的 責 任 型 ﹂ に 変
えるでしょう。ただ、過去に戻った
の 歴 史 の 中 で 、1 つ の 転 換 点 だ と 言
均賃上率が %くらいの時代です。
代。年表の﹁安定・成熟期﹂で、平
るいはグローバル競争の激化の中で
春闘が﹁社会的責任型﹂に?
今野
ベアゼロ時代を経たことで、
年もの間、
けではないですが、多くて1000
ベア分については全くゼロだったわ
では春闘が組み立てづらいというこ
ら、賃金・一時金を中心とするだけ
有野
電機連合では2000年頃か
20
円。大体は500円とゼロの繰り返
生期﹂に入ります。約
のベアゼロ時代、年表の﹁転換・再
そしてその後、デフレ経済の進行あ
わったと思います。
10
均 賃 上 率 は 3 ∼5 % く ら い で し た 。
60
14
らのベア時代です。ここ2年は
年
年闘争か
オイルショックまでの間です。
長時代の高成長・高賃上げ時代。年
けられると思います。初めに高度成
詰 ま っ て い ま す が 、 大 き く4 つ に 分
60
7
2015.6
vol.237
今野浩一郎
〈 特 集 2〉有野正治 春闘 60 年 ∼今、考える電機連合産別統一闘争の意義とは∼
とでテーマを広げ、ワーク・ライ
﹁横並び闘争﹂の
フ・バランスなどにもウエートを置
本領
く﹁春闘改革﹂に取り組みました。
そのときに、名称も﹁春季生活闘
争﹂から﹁総合労働条件改善闘争﹂
途中経過では論議が紛糾しても、最
後はみんな﹁よかったね﹂と納得し
てくれます。
今野
業績のよい会社の組合から不
満は出ませんか?
型﹂ですが、電機連合としては春闘
有野
業績分は一時金に反映される
有野
考え方としては﹁社会的責任
ワーク・ライフ・バランスや、非
を﹁総合労働条件改善闘争﹂という
ことになりますから。今年の中闘組
へ変わりました。
正規雇用問題、社会保障制度など、
言葉で表現しています。
ながります。だからベアを起点に、
今野
他の産別と比べた際の特徴と
たせずにポイントを決める。業績に
いからこそ、差をつけるべきではな
にかかわる賃金は社会性が非常に強
確な差が出てきます。しかし、生活
合の結果を見ても4ヵ月台から6ヵ
春闘を通して〝社会的責任〟をどう
して、電機連合の春闘に〝統一度〟
も差がある中で、この﹁ポイント﹂
年闘争で久しぶりにベア要求を
月を超える組合もあり、そこには明
果たしていくか、その役割が大きく
の高さを感じるのですが。
を決めるのは、非常に難しいのでは
いと思います。
有野
誤解されがちですが、春闘そ
なったと思っています。逆に、そう
ないですか?
なっていかなければいけない。そう
掲げたことで、統一闘争に注目が集
のものが統一闘争です。電機連合の
有野
そうですね、それを探すのが
いう意味での﹁社会的責任型春闘﹂
産別統一闘争ですが、中闘組合のス
まりました。そのときは﹁未だ横並
今野
これからの春闘の概念として
決めるという、少し際立った形を
に﹁ハドメ﹂︵闘争行動回避基準︶を
し、経営からの回答を統一するため
と下に引っ張られてしまうし、目標
とを重視してミニマム的に設定する
今野
このポイントをクリアするこ
れてきたのかもしれません。﹁社会的
びがあり得る、ということが理解さ
た。社会性を持った賃金、その横並
りましたが、今年はありませんでし
です。
統一闘争の要です。
その考え方が広まってほしいですね。
取っているんです。
的なポイントとして設定すると、つ
責任型春闘﹂になればなるほど、統
今野
他の産別だと、回答引き出し
拒否に直結する﹁闘争行動回避基
けるストライキや時間外・休日出勤
一要求基準﹂や、交渉のヤマ場にお
かし、電機連合は要求における﹁統
の幅を持たせていると思います。し
年を上回る﹂など、回答にある程度
て思いを一つにして考える。だから
そのときそのときで賃金水準につい
みんなで論議して探っていきます。
が納得してくれるか﹂という水準を、
﹁いいところでも、これなら組合員
が厳しいところでも何とかなるか﹂
有野
組合の代表者が集まり﹁業績
なっているように感じます。
して決めるというやり方は、理にか
業側の事情︵一時金︶の両方に配慮
今野
たしかに社会性︵賃金︶と企
を続けていきます。
からこそ、電機連合は今後もこの形
に向けた基準としては、例えば﹁去
準﹂の設定といったように、幅を持
2015.6
一闘争は価値があると思います。だ
いていけない組合も出てきます。
びの闘争﹂という否定的な報道もあ
トライキ権を中央闘争委員会に委譲
14
vol.237
8
マは、そのまま社会的な問題にもつ
賃金から広がっていった春闘のテー
2015
今野
この問題について、春闘の場
正な賃上げや、非正規雇用問題解決
新たな
ベア時代へ!
なく、仕事の内容で決めるべきなん
雇用形態により処遇が変わるのでは
遇を上げなければいけません。本来、
ので、彼ら彼女らの将来を考え、処
まず、非正規労働者に若い層が多い
の少なさ﹂の3つがあると思います。
低さ﹂﹁雇用の不安定﹂﹁教育機会
〝均衡処遇〟という曖昧なルールも
比べ、日本には〝均等〟とともに
等〟という概念のみのヨーロッパに
の 仕 事 も た く さ ん あ り ま す 。〝 均
も違えば、定性的な仕事やチームで
がきちんとしているか。その結果を
律が守られているか、福利厚生制度
きちんと把握する。まずは、今の法
も形態はさまざまですから、実態を
る予定です。非正規と一言でいって
営側の協力も得ながら実態調査をす
知ることも必要ですので、今度、経
ている非正規労働者の実態を正しく
また、われわれが電機産業で働い
だまだ少ないですか?
今野
組合活動への女性の参画はま
を入れていきたいです。
バランスや女性参画推進には特に力
いる項目ですが、ワーク・ライフ・
有野
有野
そもそも電機産業自体、女性
の比率が多くない。その比率に、組
か。今も企業内最低賃金はあります
支部や事業所など春闘ではそれぞれ
有野
中央の労使交渉だけでなく、
の部分から変えていかないと。
まずは根っこの電機産業の女性比率
いように、という意味で。だから、
9
2015.6
vol.237
では、労使間でどのような論議がさ
れているんですか?
今野
春闘で〝社会的責任〟を果た
の重要性について意見を交わしてい
有野
直接雇用の非正規労働者の適
すうえで、非正規雇用問題という大
年闘争の組み立て
に入ると思いますが、非正規雇用問
今野
これから
につながるという理念を、経営側も
題はもちろん、他にも力を入れてい
ます。それが、日本経済全体の回復
分かってはいるんですが、まだまだ
きたい項目や、闘争のポイントなど
きな壁があると思います。有野委員
長は、どうお考えですか?
議論が必要ですね。
です。
あります。〝均等〟〝均衡〟の実現に
どう生かすか、どうするかはこれか
がありましたら教えてください。
処遇の低さに加え、不安定雇用の
向け、上手な解決策はあるでしょう
らです。
以前から継続して取り組んで
中で教育機会が乏しく、その人の価
か?
人が優秀になって日本は成長・発展
合の女性役員の比率も合わせている
が、﹁その仕事に適した﹂という考え
の単位で交渉が行われます。そのと
有野
例えば、非正規雇用の職種に、
今野
国会も課題認識はしていて、
方にはまだ至っていません。仕事を
きに非正規雇用問題を必ず提起する
今野
してきました。だからこそ、今のま
﹁同一労働同一賃金推進法案﹂が話
定義する、または一つひとつの仕事
ことで、職場の隅々の労使関係の中
うという時代ですから、とても重要
んです。最低限その比率は下回らな
題になっています。しかし、﹁同一労
をブロックに分けることができれば、
でも問題意識が浸透してきたと感じ
な項目だと思います。
それぞれのミニマム賃金を決めると
働 で あ る ﹂﹁ 同 じ 価 値 の 労 働 で あ
それに合わせたミニマム賃金を決め
ています。
までは非常に不安です。
る﹂と判断するのが、そもそも難し
ることは可能かもしれないです。
男女問わず力を発揮していこ
い。人によって労働や価値の捉え方
今野
課題認識の共有。大切ですね。
値が伸ばせない。かつて人を育て、
有野
問題の根っこに﹁処遇水準の
16
問題の深さと
現状を共有する
1955
今野浩一郎
〈 特 集 2〉有野正治 2015
春闘 60 年 ∼今、考える電機連合産別統一闘争の意義とは∼
年闘争の大き
有野
あとは、やはり全体でベアに
いを維持できる時代にしたい、とい
今野
物 価 上 昇 率 が 、 常 に 2% ぐ ら
って、再びデフレマインドに陥らな
感はしている。労使で同じ感覚を持
うという仕組みには限界があります。
が先頭に立ち、他を引っ張り上げよ
取り組むかどうかが
電機連合では〝波及〟という言葉を
今野
1970年代の﹁賃金引上率
% ﹂ と 今 の1 % を 比 べ る の も お か
し い で す が 、1 % と 率 が 低 く て も 、
春闘そのものが社会性を帯びたもの
有野
全く違うということではなく、
闘ですね。
今野
それは、今までと全く違う春
仕組みになっていくことが必要です。
く、自主的に底上げが図れるような
力が必要です。先頭に頼るのではな
めには先頭を切る者たちに相当な体
よく使っていますが、波及させるた
いようにしなければいけないですね。
有野
そ れ は 理 想 的 で す ね 。 ま ず1
% は 確 実 に し た い 。 物 価 の 2% は 相
当高い目標値だと思います。物価の
前に、経済成長がそれを上回らない
年続
と、本当の意味でインフレ社会には
な ら な い で す よ 。 ベ ア1 % が
いて、初めて﹁ベア時代﹂という新
たなステージに入ったと言えるかな。
そこに継続性を持たせることが何よ
年もデフレ
が長引いた一番の要因として、賃金
であることを考えれば、それぞれの
0円のベアはかなり大きい。定昇相
になるわけです。この2年で500
今の時代の給与水準だと3000円
有野
そうですね、1%といっても、
せることが重要です。
や、しっかりした賃金制度を確立さ
の信頼関係をさらに強めていくこと
いうことです。そのためには、労使
極的に決断していくことが必要だと
も当然大きいですから。しかし安定
カギになりそうですね。
今野
〝 波 及 〟 と 〝 底 上 げ〟は 今 後 の
読みながら生計を立てることができ
有野
さらなる統一闘争の強化等、
は、電機連合の闘争の本質とあらた
引き続き、模索していきます。今日
そして、経済成長に向けて一番重
を探る、非常に有意義な時間になり
めて向き合い、そして今後の可能性
小労組や非正規労働者も含め全体が
要 に な っ て く る のが、〝 底 上 げ〟。 中
ます。
当たり前の時代になれば、常に先を
し た イ ン フ レ が 続 き 、1 % の ベ ア が
見ればさまざまな費用への跳ね返り
当分ではなくベアなので、会社から
労使が先頭集団と時期を置かずに積
りも重要だということですか?
係が大きいということを経営側も実
賃金と経済の関係、消費と経済の関
を抑え過ぎたという声も聞こえます。
経営者の中からは、
波及から
底上げへ
うイメージですか?
年闘争から新たなベア時代に
年闘争の最大のポイントは
必須でしょう。経営側も組合側も、
後もベアに継続性を持たせることは
すし、デフレに戻さないように、今
るためのベア﹂という考えも必要で
イナスゼロ近辺ですが、﹁物価を上げ
ます。今後の物価見通しはプラスマ
がんばれたということがあると思い
た背景には、この物価上昇をテコに
事実であり、今回の回答を引き出せ
有野
ただし物価が上がったことは
た。
う考え方は、今回は適用できなかっ
昔のような﹁物価=ベア要求﹂とい
とベアの関係が課題となりました。
物価論争でした。要求時点から物価
今野
ことも事実です。
的には思いますが、そう単純でない
ら元の木阿弥になってしまうと個人
しなければいけない。ここで止めた
させないという意味で、今後も継続
突入し、つくってきた流れを途切れ
年・
なポイントになると思います。
16
デフレマインドを完全に払拭しなけ
10
15
ればいけないんです。
ました。どうもありがとうございま
した。
上がっていかなければいけません。
組合
2015.6
vol.237
10
10
ただし今の、大手である中闘
13
20
15
14