《寄稿》 『地銀協月報』第 653 号(2014 年 11 月) pp11-20 〔特集〕女性、高齢者、外国人材の活躍を考える 労働市場における「女性の活躍促進」を考える みずほ情報総研 主席研究員 藤森 克彦 はじめに 「これまで活かしきれていなかった我が国最大の潜在力である『女性の力』を最大限発揮 できるようにすることは、少子高齢化で労働力人口の減少が懸念される中で、新たな成長分 野を支えていく人材を確保していくためにも不可欠である。 」1――これは、安倍政権が 2013 年 6 月 14 日に発表した『日本再興戦略 -JAPAN is BACK-』の中に記した一節だ。 日本は、長い間、国際労働機関(ILO)などの国際機関から、雇用慣行における男女の 格差是正が遅れていることなどを指摘されてきた。遅きに失した感はあるが、日本政府が重 要政策として「女性の活躍」を前面に打ち出すようになったことは、歓迎すべきことだと考 えている。 また、労働市場における女性活躍に向けた個別政策をみると、保育所の拡充、ワークライ フバランス施策など従来型の政策に加えて、本年 10 月には女性の登用に向けた数値目標の 設定・公表を、企業等に義務付ける「女性活躍推進法案」を閣議決定した。数値目標につい ては議論のあるところだが、各企業が進めるべき施策について「見える化」することは一定 の効果があるだろう2。 一方筆者は、女性の労働市場における活躍を阻む本質的な障壁は、長時間労働などを常態 化してきた「日本型雇用システム」にあると考えている。 「女性活躍」を唱えるのであれば、 今後日本型雇用システムをどのように変革していくか、中長期的な視点からのビジョンを示 す必要がある。その際、重要なのは、日本型雇用が提供してきた「生活安定機能」について、 今後社会としてどのようにセーフティネットを張っていくのか、という議論であろう。 そこで本稿では、総人口と労働力人口の将来推計を概観した上で、女性の労働市場参画の 実態について過去からの推移を考察し、国際比較を行う。その状況を踏まえて、女性の就業 を阻む要因を考察し、最後に、安倍政権の掲げる女性活躍に向けた施策を検証する。 総人口と労働力人口の将来推計 (1)今後の総人口と生産年齢人口の減少 まず、今後の日本の人口減少についてみていこう。日本の総人口は、2010 年をピークに 減少を始めている。現在の総人口は 1 億 2,709 万人(2014 年 10 月現在)であるが、国立社 会保障・人口問題研究所の将来推計によれば、2030 年には 1 億 1,662 万人となり、2014 年 に比べて 8.2%の減少、2050 年には 9,708 万人となり 23.6%減少するとみられている(図表 1 『日本再興戦略 -JAPAN is BACK-』(2013 年 6 月 14 日閣議決定) 、4頁。 2 11 月 21 日に衆議院が解散されることを受け、 同法案については来年の通常国会で審議される見通し。 1 1) 。2014 年~2050 年の人口減少を年平均に換算すると、毎年約 83 万人も減少していくこ とになる。これは、佐賀県(県民人口 85 万人、2010 年)あるいは山梨県(同 86 万人、2010 年)規模の人口が毎年消失していることになる3。 次に総人口の中から、15~64 歳の「生産年齢人口」を切り出して、2014 年から 2030 年 の減少率をみると、13.0%となっている。生産年齢人口の減少率は、総人口の減少率(8.2%) よりも大きい。 (図表1 (図表1)総人口、生産年齢人口、労働力人口等の将来推計 (単位:万人) 2014 (実績値) 2020 2030 2040 2050 (推計値) (推計値) (推計値) (推計値) 12,709 12,410 11,662 10,728 9,708 ‐ -2.4% -8.2% -15.6% -23.6% 7,784 7,341 6,773 5,787 5,001 2014 年対比 減少率 ‐ -5.7% -13.0% -25.7% -35.8% ゼロ成長、労働市 場への参加が進 まないシナリオ 6,635 6,190 5,683 - - ‐ -6.7% -14.3% - - 6,635 6,331 5,954 - - ‐ -4.6% -10.3% - - 6,635 6,495 6,285 - - ‐ -2.1% -5.3% - - 高齢化率 26.0% 29.1% 31.6% 36.1% 38.8% 高齢者 1 人を生産年齢人口 何人で支えられるか 2.36 人 2.03 人 1.84 人 1.50 人 1.33 人 総人口 2014 年対比 減少率 生産年齢人口 (15‐64 歳) ① 労働力 人 口 ( 歳 以上) 15 ② ③ 2014 年対比 減少率 経済成長、労働市 場への参加が一 定程度進むシナ リオ 2014 年対比 減少率 経済成長、労働市 場への参加が進 むシナリオ 2014 年対比 減少率 (注) 2014 年の総人口と生産年齢人口は、2014 年 10 月の値。2014 年の労働力人口は、2014 年 9 月の値。 (資料)2014 年の総人口、生産年齢人口: 総務省統計局「2014 年 10 月 1 日人口推計概算値」(2014 年 10 月 20 日公表)。2014 年の労働力人口:総務省『労働力調査(基本集計)』2014 年 9 月分 (2014 年 10 月 31 日公表)。2020 年~2050 年の総人口、生産年齢人口、高齢化率:国 立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(2012 年 1 月推計)』中位推計の数値。 2020 年と 2030 年の労働力人口:(独)労働政策研究・研修機構『労働力需給の推計』(2014 年 5 月)に基づき、みずほ情報総研作成。 3 国立社会保障・人口問題研究所『人口統計資料集 2014』 2014 年、214 頁。 2 一方、65 歳以上人口は今後増加していくので、生産年齢人口への負荷が高まっていく。例 えば、高齢者1人を生産年齢人口(15~64 歳)何人で支えていくかをみると、1970 年は生 産年齢人口 9.80 人で高齢者1人を支えていたのに対して、 2014 年は 2.36 人、 2030 年は 2.03 人、2050 年は 1.33 人で、高齢者 1 人を支えることになる。以前は「胴上げ」の形で高齢者 を支えていたのに、今では「騎馬戦」となり、将来は「肩車」の形になっていく。 (2)今後の労働力人口の減少 上記のように、生産年齢人口の減少は避けられないが、生産年齢に属する全ての人が、働 いているわけではない。生産年齢人口が減少していく中では、現在働いていない人が労働市 場に参画することによって、現役世代の負荷を低下させることができる。そこで、今後の労 働力人口の推移を見ていこう。なお、労働力人口とは、15 歳以上の働く意思と能力をもつ人 の総計であり、15 歳以上の就業者と完全失業者の合計をいう。 この点、 (独)労働政策研究・研修機構は、2030 年までの労働需給モデルについて、以下 の三つのシナリオを示している。 ① 「ゼロ成長・労働参加現状シナリオ」 :ゼロ成長に近い経済成長で、性・年齢階層別 の労働力率が 2012 年と同じ水準で推移すると仮定したシナリオ ② 「参考・労働参加漸進シナリオ」 :各種の経済・雇用政策をある程度講ずることによ り、実質1%程度の経済成長が達成され、若者、女性、高齢者等の労働市場への参 加が一定程度進むシナリオ ③ 「経済再生・労働参加進展シナリオ」 :各種の経済・雇用政策を適切に講ずることに より、実質2%程度の経済成長が達成され、若者、女性、高齢者等の労働市場への 参加が進むシナリオ 3つのシナリオに基づいて、2014 年から 2030 年にかけての労働力人口をみると、どのシ ナリオにおいても労働力人口は減少していく(前掲、図表1)。このうち、現状を投影した と考えられる「ゼロ成長・労働参加現状シナリオ」 (①)をみると、2014 年に 6,635 万人で あった労働力人口が 2030 年には 5,683 万人となり、952 万人、14.3%減少すると推計され ている。 一方、 「経済再生・労働参加進展シナリオ」 (③)では、2014 年に 6,635 万人であった労 働力人口が 2030 年には 6,285 万人となり、350 万人、5.3%の減少にとどまると推計されて いる。シナリオ①に比べて、シナリオ③では、2030 年の労働力人口が 602 万人も多くなっ ている。 では、シナリオ③では、どのようにして労働力人口を 602 万人も増やせるのか。鍵を握る のは、出産・育児後の女性の労働市場への参画である。男女別に 602 万人の労働力増加の寄 与率を分析すると、男性の寄与率が 39%(233 万人)なのに対して、女性は 61%(369 万 人)となっていて、女性の寄与率が高い。さらに、女性を年齢階層別にみると、30~59 歳 の女性において 250 万人(寄与率 41%)も増加すると推計している。 3 女性の就業の実態 (1)女性の労働市場への参画の実態 では、これまで女性の労働市場への参画は進んできたのだろうか。生産年齢(15~64 歳) にあたる女性の労働力人口の推移をみると、ピークであった 98 年の 2,585 万人から 2013 年の 2,554 万人へと、31 万人減少している。一方、生産年齢の女性の労働力率の変化をみる と、1998 年に 59.8%だったが 2013 年には 65.0%となり、5.2%上昇している4。つまり、少 子化の影響を受けて女性の労働力人口は減少したが、働く意欲を持つ女性の割合は上昇して いる。労働力率からいえば、女性の労働力化は進んできたといえる。 ちなみに、生産年齢の男性の労働力人口は、98 年から 2013 年にかけて 349 万人も減少し ており、女性の減少(31 万人)に比べて減少幅が極めて大きい。また、同期間の生産年齢の 男性の労働力率をみると、0.7%低下しており、5.2%上昇した女性とは対称的である5。男女 の労働力率が異なる背景には、女性の雇用吸収力が高いサービス産業が進展する一方で、男 性を中心に雇用してきた製造業が低迷した影響などが考えられる。 (2) 「M字型カーブ」の変化―女性の年齢階層別就業率 上記のように、生産年齢の女性の労働力率は向上してきたが、出産・育児期の女性も働き 続けられるように改善されてきたのだろうか。年齢階層別に女性の就業率の推移をみると、 出産・育児期にあたる「30~34 歳」の就業率は、2002 年の 56.0%から 2012 年には 65.6% となり、9.6%上昇した(図表2) 。さらに同期間の「30~34 歳」の就業率を配偶関係別にみ ると、未婚女性の上昇幅は 1.8%ポイントにすぎないのに、有配偶女性については 9.8%も上 昇している。依然としてM字型カーブは残っているものの、出産や育児を抱えながらも就業 を継続する女性が増加していることが推察される。 (図表2) 女性の年齢階層別就業率の推移 (注) 「年齢階層別就業率」とは、 年齢階層別人口に占める「就業者」の割合。 (資料)総務省「労働力調査」 (2012 年版、2002 年版)より、みずほ情報総研作成。 4 5 総務省統計局『労働力人口調査』 (長期時系列データ基本集計) 。 同上 4 一方で、女性の雇用の質の面では課題が残されている。図表3は、末子年齢3~5歳の 出産後の妻の就業形態別構成比の推移をみたものである。1977 年の「無職・学生」の割合 は 53.7%であったが、2010 年には 46.2%となり、確かに就業していない人の割合は減少し ている。他方、就業者の割合をみると、 「パート・派遣」が 10.4%から 32.3%へと大きく拡 大しているが、 「正規職員」の割合は、1977 年の 12.8%から 2010 年の 14.5%へとほとんど 変化していない。つまり、出産後の女性の就業率が高まっているのは、主にパート・派遣と いった非正規労働者の割合が高まっているからであって、正規労働者の割合が高まっている わけではない。もちろん、パート・派遣という働き方を望む人もいるが、正規労働者として 働くことを望みながら、非正規労働に従事する人も少なくない。 (図表3)出産後の妻(末子年齢3~5歳) (図表3)出産後の妻(末子年齢3~5歳)の就業 (末子年齢3~5歳)の就業形態別構成比の推移 の就業形態別構成比の推移 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 1977年 1982年 1987年 1992年 1997年 2002年 2005年 2010年 正規職員 パート・派遣 自営業主・家族従業者・内職 無職・学生 不詳 (注)調査対象は、子供が 1 人以上いる初婚同士の夫婦(現在妊娠中の妻を除く)。末子の年齢は 3~5 歳で子供の出産予定のない妻について集計したもの。 (資料)国立社会保障・人口問題研究所『第 14 回結婚と出産に関する全国調査―夫婦調査の 結果概要』2010 年より、みずほ情報総研作成。 (3)主要先進国と比較した女性の労働状況 以上のように、課題はあるものの、過去に比べれば女性の労働市場への参画は進んできた といえる。しかし、国際比較をすると、日本の女性の就業状況は依然として低い水準にある。 まず、主要先進7か国で労働力率をみると、日本の女性の労働力率は主要先進国の中で最も 低い水準にある(図表4) 。一方で、日本の男性の労働力率は最も高い水準のオランダとほ ぼ並んでいる。男女の労働力率の格差からすると、日本では「男性は仕事、女性は家庭」と 5 いう男女の役割分担が根強いことが窺える6。 そして日本の女性の労働力率が低い背景のひとつは、長時間労働などが考えられる。雇用 者に占める週労働時間 49 時間以上の労働者の割合を主要先進国間で比べると、日本は男女 ともに最も高い水準にある。その一方で、 「6 歳未満の児童をもつ夫の1日当たりの家事・育 児時間」をみると、日本の夫は最も短く、1時間7分しか費やしていない。結局、子供をも つ共働き世帯の家事・育児は主に妻が担っており、妻の就業継続を困難にする大きな要因と なっている。欧米諸国でも夫婦平等に家事・育児が分担されているわけではないが、日本よ りも夫の協力は強い。 (図表4 図表4)主要先進国の男女別労働力率や長時間労働者割合などの比較(201 主要先進国の男女別労働力率や長時間労働者割合などの比較(2013 2013 年) (単位:%) スウェ オラ ーデン ンダ 78.8 フラ ドイツ 英 国 米国 74.6 ② 84.7 ① 72.4 ③ 82.4 71.7 67.2 67.0 65.0 83.1 ③ 78.7 75.5 84.6 ② 38.7 ① 73.2 22.4 ③ 78.2 ① 24.5 ② 73.8 ③ 12.3 14.0 21.9 65.5 76.9 ② 70.3 61.1 ① 19.3 ① 37.9 ③ 9.1 38.7 ② 12.0 ② 16.7 22.5 36.2 8.2 6.2 11.3 ③ 4.3 3.1 4.8 ‐ 10.5 13.3 15.5 ③ 6.1 ② 17.7 ② ‐ 6.0 ③ 15.3 9.8 ① 30.5 ① (9)6 歳未満児をもつ夫の1日 3:21 ‐ 2:46 ③ 2:30 1:07 ① 3:00 ② 2:29 当たりの家事・育児時間 20 ② 14 18 19 ③ 14 27 ① (1)女性の労働力率 (2)男性の労働力率 (3)全労働者に占める ① 83.3 14.3 パートタイマーの割合 (4)パートタイマーに占める 61.2 女性の割合 (5)女性労働者に占める 18.4 パートタイマーの割合 (6)男性労働者に占める 10.6 パートタイマーの割合 (7)女性被用者に占める週 49 時間以上労働者の割合 (8)男性被用者に占める週 49 時間以上労働者の割合 (10)男女の賃金格差(%) 15 ンス 日 本 (注)1. 表中の丸数字は、各項目の上位3位までの順位。 2. (1)と(2)は 15-64 歳、(3)~(6)は 15 歳以上。 3. (3)~(6)の「パートタイマー」とは、週労働時間が 30 時間未満の労働者。 4. (7)と(8)は、週 49 時間以上被用者を被用者総数で除して算出。2013 年の値。 5. (9)の単位は、 「時間:分」。調査年は、日本と米国は 2011 年。欧州諸国は 2004 年。 6. (10)は、男性の賃金(中央値)を 100 とした場合の、男女の賃金格差の比率。2012 年 の値。フランス、オランダは 2010 年の値。 (資料)(1)~(6)及び(10)は、OECD, Employment Outlook 2014。また(7)~(8)は、ILOSTAT Database, Employees by sex and weekly hours actually worked(Last accessed on 16th Oct. 2014) 。(9)は、内閣府・男女共同参画推進連携会議「ひとりひとりが幸せの社会のために」 (2014 年)に基づき、みずほ情報総研作成。 6 内閣府『女性活躍推進に関する世論調査』(2014 年)によれば、 『夫は外で働き、妻は家庭を守るべき だ」との考え方に賛成する人 44.6%、反対する人 49.4%であった。男女別にみると、男性は賛否ともに 46.5%、女性は賛成 43.2%、反対 51.6%であった。 6 さらに、男女の賃金格差をみると、男性の賃金(中央値)を 100%とした場合に、女性の 賃金(中央値)は 27%も低い。主要先進国の中で、最も大きな賃金格差となっている。 日本型雇用システムの功罪 前述のように、主要先進国と比べると、日本社会は依然として「男性稼ぎ主モデル」が根 強く、女性の就労促進には厚い壁があることが窺える。では、日本で女性の就業を妨げる障 壁には、どのような要因があるのだろうか。 筆者は、日本の女性の就業を妨げる要因として、長期雇用を特徴とする日本独特の雇用シ ステムがあるとみている。すなわち、企業が社員を採用する際に、欧米では「職務(ジョブ) 」 が先にあってそれに合った人をあてがうが、日本では会社の一員(メンバー)にふさわしい 人を選んで採用し、その人に職務をあてがう7。つまり、日本の雇用契約は「メンバーシップ 型」の契約となっていて、社員は「職務」が限定されずに会社のメンバーとして採用され、 長期に雇用されることが重視される。そして長期雇用は、生活給込みの年功賃金と共に「男 性稼ぎ主モデル」の基盤となり、人々の生活を安定させてきた。 重要なのは、長期雇用等による「生活安定機能」は、長時間労働・配置転換・転勤といっ た「企業による強い拘束」とセットで提供されてきた点である。すなわち、正社員の雇用を 守るには、企業は不況期に最適な正社員数にしておけばよい。そして景気が良くなって生産 量を増やす必要が生じたならば、正社員数を増やすのではなく、残業時間を増やすことで対 応していく。つまり日本の雇用システムには、正社員の長期雇用を守るために、恒常的な残 業が織り込まれている。また、メンバーシップ型正社員は、職務の範囲が無限定なので、こ れも長時間労働の要因になる。さらに、配置転換や転勤も、不要となった部署の社員を別の 部署に異動させることによって、正社員の雇用を守る役割を果たしてきた。 このように、「生活安定機能」と「企業による強い拘束」をセットで提供してきた日本型 雇用システムは、 「男性は仕事、女性は家事」という役割分担を前提にする中では、実に上 手く機能してきた。 しかし、共働き世帯が増えてくると、「企業による強い拘束」は支障が大きい。例えば、 夫婦が共に正社員であれば、双方に長時間労働が課せられ、家事・育児の時間を捻出するこ とが難しくなる。そして実質的に、女性に家事・育児の負担が掛かることが多く、その結果、 女性を中心に「仕事を続けるか、出産・育児を諦めるか」という二者択一が迫られる。また、 夫に転勤が命じられれば、仕事をもつ妻は「仕事を辞めて夫についていくか、別居をするか」 といった選択を迫られることにもなる。 ちなみに欧米諸国では、人事、経理、企画といった「職務(ジョブ)」を前提にして、人 をあてがう「ジョブ型」の雇用契約となっている。職務範囲が限定的であり、当該職務がな くなれば、解雇はやむをえないと考えられている。その代わり、 「職務」の範囲を超えた残 業、配置転換、転勤は、本人の同意がない限り行われない。 「企業による拘束」は弱いので、 共働きを行いやすい雇用システムとなっている。 7 濱口桂一郎『日本の雇用と労働法』日本経済新聞出版社、16-18 7 頁参照。 女性の就労促進に向けた政策 では、女性の就労促進に向けて、どのような施策が必要なのか。安倍政権における女性の 労働市場への参画促進に関連した施策をみていこう。安倍政権では、成長戦略として『日本 復興戦略―JAPAN is BACK』(2013 年 6 月 14 日閣議決定)、 『 「日本復興戦略」改訂 2014』 (2014 年 6 月 24 日閣議決定)を発表し、その中に「女性活躍の推進」に関する施策が盛り 込まれている。また、2014 年 10 月には、 『すべての女性が輝く政策パッケージ(以下、政 策パッケージ) 』 (2014 年 10 月 10 日)を発表して、来年春までに早急に実施すべき施策を まとめている(図表5) 。 (図表5 (図表5) 安倍政権が発表した「すべての女性が輝く政策パッケージ」 安倍政権が発表した「すべての女性が輝く政策パッケージ」 ―女性の就労促進に関連した項目について ―女性の就労促進に関連した項目について― について― 施 策 ○子ども・子育て支援新制度による支援の充実 ○良質な家事・子育て支援サービスの充実 1.出産・子育て・介護 ○「待機児童解消加速化プラン」の着実な実施 ○「小1の壁」打破のための「放課後子ども総合プラン」の着実な実施 ○男性の家事・子育てへの参画促進、男性の意識と職場風土の改革 ○介護を必要とする家族等を支えている女性の負担軽減 (再)就職 ○「女性のチャレンジ応援プラン」の策定とその推進 ○若年女性を含む若者を雇用し育成するための総合的対策の推進 ○女性の参画が少ない分野での就業支援 働き方の見 直し ○「働く女性の処遇改善プラン」(仮称)の推進 ○「正社員実現加速プロジェクト」の推進 ○ワークライフバランスの実現に向けた新たな法的措置の検討等 ○働き方に中立的な税制・社会保障制度等への見直し 2.職場 での活躍 ○仕事と家庭の両立支援に向けた企業の取組促進 就業継続 ○テレワーク等の導入促進 ○子育てが尊重される社会・職場づくりの推進 ○妊娠・出産等による解雇等の不利益取扱いが起こらない職場づくりの 推進 ○企業等における女性の活躍の迅速かつ重点的な推進 能力の発揮 ○公共調達・補助金を通じた企業等へのインセンティブ付与 ○企業における女性活躍推進に関する取組の「見える化」 3.地域活躍、起業 ○起業の機会を拡大するための環境整備 ○女性消防団員等の加入促進 (注)1. 上記は、すべての女性が輝く社会づくり本部『すべての女性が輝く政策パッケージ』 (2014 年 10 月 10 日)の資料の施策のうち、女性就労に関係する項目を掲載。上記 の3項目のほかに、 「健康で安定した生活」「安全安心」「人や情報とのつながり」と いった項目があげられている。 2. 下線は筆者挿入。 (資料)すべての女性が輝く社会づくり本部『すべての女性が輝く政策パッケージ』(2014 年 10 月 10 日)により、みずほ情報総研作成。 8 (1) 『すべての女性が輝く政策パッケージ』の内容 「政策パッケージ」をみると、まず「出産・子育て・介護」では、今年度までの 2 年間で約 20 万人、2017 年までの3年間でさらに約 20 万人の保育の受け皿を確保する「待機児童解 消プラン」の実施があげられている。また、2019 年までに約 30 万人分の「放課後児童クラ ブ」を新たに整備することなど、子育てに関する施策の充実が掲げられている。 また、 「職場での活躍」においては、 「ワークライフバランスの実現に向けた新たな法的措 置の検討」があげられている。これは、長時間労働の抑制や、フレックスタイム制などニー ズに応じた柔軟な働き方の見直しなどを内容とし、基本的には既存施策の延長線にあるもの だと考えられる。近年、子育て期にある有配偶女性の就業率が上昇しているのは、こうした 施策の成果であろう。柔軟な就業形態の導入など個別企業でやれることは多く、こうした地 道な取り組みが、長時間労働を是正して女性の就労促進に結びついていく。 さらに、 「正社員実現加速プロジェクト」では、勤務地・職務限定など「多様な正社員」 制度を新たに導入する場合に、助成していく制度などがあげられている。これらの就業形態 では、残業や転勤などの「企業による拘束」が限定的になっているので、これまでの「正規 社員か、非正規社員か」という二極構造は徐々に変わっていくものと考えられる。 さらに、 「働き方に中立的な税制・社会保障制度等への見直し」があげられている。具体 的には、被用者の妻で年収が130万円未満であれば、年金保険料を納めずに国民年金を受給 できる「国民年金第3号被保険者制度」の検討が挙げられる。また、 「配偶者控除」も、女 性の就業を一定の所得の範囲に抑制している面がある。女性の就業を抑制してきた公的制度 の見直しが、検討課題に挙げられたことは評価すべき点である。 (2) (2)女性の活躍促進策についての課題 一方、懸念される点や課題もある。第一に、 「政策パッケージ」や2つの「日本再興戦略」 では、日本型雇用システムの変革についての中長期的なビジョンが示されていない点である。 冒頭で示した通り、女性の就労促進を阻む本質的な障壁は、長時間労働などを常態化してき た「日本型雇用システム」にあると、筆者は考えている。 「女性活躍」を唱えるのであれば、 今後日本型雇用システムをどのように変革していくか、中長期的な視点からのビジョンを示 す必要がある。 その際、重要なのは、日本型雇用システムの下では、長時間労働などの「企業による強い 拘束」が存在する一方で、雇用の安定や年功賃金などの「生活安定機能」がセットで提供さ れてきた点だ。 「企業の拘束」を緩和すれば、 「生活安定機能」も低下する。低下していく「生 活安定機能」については、社会としてセーフティネットをどのように張っていくのか、本格 的な議論が必要だと考えている。 例えば、欧州の多くの国では、雇用保険制度(社会保険)と生活保護制度(公的扶助)の 間に、 「失業扶助」と呼ばれる求職者専用の生活保護制度が設置されている。雇用保険によ る給付期間が終了した求職者に、資力調査を受けた上で、求職者が生活保護を受給できるよ うにしている。これは、企業による雇用保障が弱い欧州において、社会としてセーフティネ ットが張られている一例である。 また、企業が生活給として支給してきた年功賃金部分を社会としてどのように補うか、議 9 論を深める必要もあろう。例えば、年功賃金では、50代前半頃に賃金のピークを迎えるので、 子供の大学授業料などを賄いやすかった。しかし、年功賃金のカーブが緩やかになるのであ れば、教育費をどのように賄うか考える必要がある。この点、欧州では大学の授業料の多く は公的に負担され、低い額に抑えられている。 さらに、転職市場を整備する必要がある。従来のような長期雇用が期待できないのであれ ば、転職しやすい労働市場が「生活安定機能」を高めることにつながる。具体的には、公的 な職業訓練の場を設けることや、個人の技能を評価できる仕組みを普及させることなどが重 要であろう。 第二に、政策パッケージにおける支援の対象者が、主に女性になっている点には違和感を もつ。再就職への支援や柔軟な就業形態を求めるのは、何も女性ばかりではない。例えば、 未婚の中高年男性が増える中で、親の介護と仕事の両立に悩む男性も増えている。また、女 性の労働市場への参画を促進するには、実は男性の働き方の見直しが必要である。女性であ ろうが、男性であろうが、日本型雇用システムに働きづらさを感じる人は増えている。 「女 性の活躍促進」のためにも、男性を含めた働き方改革を考えていくべきだ。これは、最終的 には日本型雇用システムの変革につながっていくであろう。 おわりに 以上のように、筆者は、日本政府が重要政策として「女性の活躍」を前面に打ち出すよう になったことを歓迎している。その一方で、 「女性活躍」を唱えるのであれば、今後日本型 雇用システムをどのように変革していくか、中長期的な視点からのビジョンを示す必要があ ると考えている。 なお、本稿を執筆中に、興味深い報道がなされていた。配偶者の転勤によって、地方銀行 に勤務する行員が転居しなくてはならない場合に、その行員が転居先にある別の地銀で働け るようにする枠組み作りを、地方銀行64行が連携して検討しているという( 『日本経済新聞 2014年10月23日朝刊) 。この制度は、主に子育て世代の女性行員が利用することを想定して おり女性の活躍促進を後押しするものと考えられる。 これまで共働きの妻は、転勤によって「退職して配偶者についていくか、別居するか」と いう究極の選択を迫られてきた。夫の転勤は、共働きの妻にとって、家庭生活と仕事を両立 する上で大きな障害になってきた。それだけに、地方銀行間でこうした連携が進もうとして いることは、画期的なことである。これは、銀行にとっても、経験をもつ貴重な人材を確保 でき、メリットが大きいと思われる。 労働市場における「女性の活躍」を推進していくには、日本型雇用システムの変革につい て検討を深めていくとともに、個別企業や各業界において、現状でできることを着実に推進 していくことが重要なのだと考える。 10
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