地方病院研修医獲得物語フルマッチ第1章

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地方病院研修医獲得物語フルマッチ
ペンネーム崎長ライト《長崎大学>
濱田久之)
「逃げるの 1」
第 1章
負け組病院の逆襲が始まるー・のか?(その 1)
1 -2012年3月(博多国際会議場)
背後の声が広いロビーに響き、走ってくる足音が聞
こえた。
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矢倉健は大きくため息、をついた。自分は圧倒的な負
け組だ、完敗。
Π建センパイ、また、逃げるの!卑怯もの!」
甲高い叫び声の主は、紺野さくら。しまった、健は
健はパイプいすに座り、通りすぎるりクルートスー
ツの群れを見つめている。机の上には白紙のエント
リーシートと病院パンフレットが山積みされていた。
思わず振り向く。
「うっ」
振り向いた瞬間、さくらの強く突き出した右拳が健
師刑彦医募集!日本最西端の西果中央病院』の文字
が寂しく躍る。西果と書いて、サイカと読む。西の果
込む。長いまつ毛をくるりと巻いて童顔を装う三十路
ての小さな病院の医師である健は、あたりを見渡して
の看護師さくら。ベージュのナースウェア姿の彼女の
いた。ここは、1000人を超す医学生と病院関係者で
顔が正面に見える。
埋め尽くされている博多国際会議場。
のみぞおちへのめり込んだ。健は息、が止まり前に倒れ
「ヤグラシカー?」
3時問たっても健のブースに立ち寄る医学生はいな
かった。ただのひとりも。
さくらは、健の顔を腕みつけてぃる。
「メンドクサイつて言いたいの 1 だから何なんですか、
一方、隣の玄海総合病院のプースは、ずっと黒山の
人だかりが続いている。
いい大人が」
「・・・・」
Π専多の真ん中で働いてみませんか。あなたの夢を応
援します」
「また逃げるわけ。セ・ン・パ・イ。医者だからわが
まま許されると思ってんの」
呼び込みの声に次々と学生が引き込まれてゆく。順
番待ちで並ぶ学生たちがチラリチラリとこちらを見る
が、何の興味も示さない。無関心な無数の視線に、
「お前は最低だ、消えろ」
と言われているようで健はっらかった。白衣を着て肩
に聴診器をぶら下げて、患者でなく医学生をじっと待
つ自分。悲しすぎる。なさけない。
さくらは容赦ない。
序厶だって、看護師だし、こんな仕事、好きで来たわ
けじゃない。太田看護部長に頭を下げてお願いされた
から。センパイは、小佐々院長から頼まれたんでしょ
う。小佐々院長って健先輩の恩人なんでしょう。それ
なのに、また逃げるの!」
腹を押さえてうずくまる健には反論する気力はない。
なんで俺がこんなことをしなけれぱならないんだ。
小佐々が恩人?ペテン師だ。あのおっさんと、あのデ
わざわざ日曜日に自腹で交通費まで払って来てるのに。
悲しさを通り越し、腹が立ってきた。バカヤロー、な
ブの看護部長の奴め。俺が逃げ出すとわかってぃて、
めんじゃないぞー。だいたい、こんなことは医者の仕
まされた、チキショー!
口うるさい大学の後輩、さくらを送り込んだんだ。だ
事じゃない!ふざけるな。健は思わず、叫びとも嘆き
ともわからない中途半端な声を発した。
「ヤグラシカー」
そして、足元の段ポールを蹴り飛ばしブースを出て
1丁った。
「もうたくさんだ」
院が集まっている。
白衣を脱ぎながら、ごったがえす会場を健は足早に
出た。がらんとしたロビーの真ん中をドアへ向って歩
く。
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健は長崎西海医科大学卒、さくらは同じ西海医大の
看護学科卒。ラグビー部の先輩と後輩のふたりが、い
ま立っているのは医師合同就職説明会の会場だ。来年
の新人の医者(研修医)を獲得しようと200以上の病
2004年から導入された医師の新臨床研修制度で、
今や医学生たちは、大学病院に縛られずに自由に研修
先住創哉先)を、全国の約 1000の研修病院から自由
長崎県医師会報第834号平成27年7月
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「どうですか、日本最西端の病院で研修してみません
修病院のお見合いだ。
昭和のテレビ番組にあったフィーリングカツプル5
か」
VS.5とか、ねるとんパーティーなどのお見合いシステ
「サイカ中央病院です。一度話を聞いてみませんか」
ムと基本的には同じだ。好きな者同士をくっつける。
「いいところですよ。タ焼けが綺麗な西果市、ミカン
そこには、競争、.駆け引きはあたりまえ。抜け,駆け、
裏切り、どんでん返し、時には、親がからみ、恋がか
らみー・、ノ\生をかけるドラマとなる。それがマツチン
やスイカが名産です」
「寄ってみませんか、シーカヤックできますよ」
切なく甲高い声。傍らでじっと石のように座る健。
何度もくりかえすさくらの声を聞いているうちに、健
グだ。
は、むかし同じような体.験をした既視感に陥っていた。
「パンドラの箱が空いた」
さくらの声に、時おり医学生が反応する。
古い世代の医者たちはそう表現した。
かって、医学生は閉ざされた大学病院の医局という
「最先端?最西端?スィカ?サイカ?ハー、何だそれ」
集団へ入り研修医となった。健もその最後の世代だ。
冷笑されている。健とさくらは、ただただ耐えてい
そこで、数年から十数年、丁稚奉公のように働き徐々
たのだった。しかし、ついに健が逃げ出し、挙句に、
に・一人印ルこなっていった。
さくらのボディープローを食らった。
医局は、閉じた世界で、師弟関係、義理ノ\情を基本
そして今、ふたりは、ロビーのべンチに座り込んで
とした職人集団。会社のような規約やルールがあるわ
いる。ナース姿のさくらはしょげかえっている健の肩
けではない。そんな実態があるようでない組織に、医
に手をあてて顔をのぞき込む。
師は何の契約書も交さず入り、人生のほとんどをそこ
「作戦を変更しましょう、先輩 1」
で過ごしていた。医局は、あっち系の組と同じだと批
「?」
判する人もいるし、医局が世界に誇る日本の医療シス
「待っててもしょうがないわ。まず、敵を知ることか
ら始めましょう。つまりー・」
テムの根幹と称賛する人もいる。
まあ、何はともあれ、日本独特の医局というシステ
さくらと健が医学生に化ける。化けて、いろんな病
ムが100年も続いた後に、パンドラの箱は空いた。医
院を回って説明を聞き取る。プレゼンの資料やしゃべ
学生たちは完全にフリー。かつて奴隷と言われたる刑惨
り方、ポスターの作り方とかブースの飾り方をこっそ
医は解放されて、大学病院を離れ、条件のいい都会の
り観察する。敵のる刑惨医集めのノウハウを盗んで、そ
病院へ散って行く。
してブースを再開させる。
「無理、無理。あんたいくっ。もう三十路やろう?」
「失礼な。まだ、にじゅう く」
研修医はフリー!
自由万歳!
新人、つまり研修医がいなくなった地方の大学病院
さくらはむくれた。
むくれた顔を見ながら、健は思った。確かに彼女は
も白旗を上げて同じく万歳!
その潰れそうな大学に医師派遣を頼り切っていた西
年の割に若い。つい2週間前、 8年ぶりに彼女と健は
再会したが、大きな瞳と端整な顔立ちは看護学生の頃
果中央病院も、万歳 1万歳!
否、万歳さえできない瀕死の状態。医者がいないの
だ。自力で医師を集めなけれぱ廃院が待っている。
博多に行く前の晩、冗談交じりに、いや半ば本気で、
と変わらない。すぐに彼女と分かった。
「まあ、さくらは昔から童顔だからヨカよ。俺、 34
よ。今年で35歳。どう見ても学生に見えんやろー。
そいでさー、敵を知ってさ、何の意味が・・・・・・」
院長の小佐々英雄は健に言った。
「嘘ついても、,騎しても、士下座してでも、何でもい
健は途中で止めた。さくらが寂しそうにうつむいて
しまったからだ。
いから研修医を集めてくれ」
健が続けたかった話は、さくらもわかっているだろ
「はい、頑張ります」
気楽に返答した健だったが、このとおりのざまであ
つ0
どうせ敵を知る前に、病院は潰れる。経営は火の車
る。
らしい。市町村合併の時にいろんな病院が合併してで
医学生側にとっては医師不足になれぱなるほど有利。
完全な売り手市場だ。
きた病院だからチームワークがない。建物も30年前
の大災害の後に改築した後は何もしていない。それに
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呼していたのだ。
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そのシステムはマッチングと呼ぱれる。医学生と研
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そんな中、さくらは、ブースの中に立ち、必死で連
に選択できるようになった。
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がある。
メだろうという噂は、患者まで伝わってぃる。
さくらの無茶な作戦を聞いた健は反論する。
その噂の発端は昨年の秋だった。
「うまく化けて敵を知ったとしても、無.駄。しょせん、
陌刑彦医がいない病院には、原則、大学の医師を派遣
しない」
田舎には研修医は来んよ」
「じゃあ、先輩、また逃げるの」
西海医大の学部長が言ったそうだ。しかし、正確に
いうと派遣しないとは言っていない。陌刑塲医を育て
る教育病院に、集中的に大学の若手医師を派遣した
「やぐらしかねー。さっきから、また、つていうけど、
いつのことぱ言いよるとね」
健は方言を使い語気を強める。
い」と学部長が関連病院会議でつぶやいただけだ。そ
n0年前の学園祭」
の場にいた大学から医師の派遣を受けている百数十人
「10年前?」
の病院長たちは、青ざめた。小佐々病院長は倒れそう
「そう」
になった。その言葉を裏返すと陌刑惨医がいない病院
「そんな大昔、やぐらし」
には医師を派遣しない」となるからだ。
「なぜですか?うちは潰れるじゃないですか。潰す気
ですか!」
「大昔じゃない、 10年前」
「うわー、やぐらしか女」
「やぐらしくない」
その会議の場で小佐々は、半泣きでそう発言したそ
うだ。しかし、小佐々の発言に他の病院長たちは冷や
やかだったらしし、
「さくらちゃん、根に持ちすぎゃろう。 10年前の学
園祭なんて誰も覚えとらんさ」
さくらはぺろりと舌をだした。
「しょうがないでしょう。ない袖はふれない。医局に
人がいないんだから」
「そうだよね、エヘへ、覚えてないよね。アハアハー」
健も笑った。ふたりの笑い声が高いロビーの天井に
「大学の医局としては、研修医が沢山いる病院に若手
響く。小芝居のようなやりとりが面白かったのか、学
医師を派遣する。若手が研修医を教えながらりクルー
生時代を懐かしく面白く感じたのか、ストレスから逃
トして、自分の医局に入らせる。医者の数を増やす方
げたいのか・ー、健とさくらは大声で笑った。馬鹿笑い
法はこれしかないんですよ」
するなんて久しぶりだ。
「小佐々院長、頼んでばかりじゃだめですよ。あなた
健は2 力月前、 2012年1月に潰れそうな西果中央
の病院はマッチングが3年連続ゼロ、研修医獲得ゼロ
病院に東京からやって来た。この病院に来て、初めて
でしょう。自助努力はやってるんですか?」
笑ったような気がする。さくらは昔の話を続ける。
「小佐々君はまだ若いから、院長になったばかりだか
らー・・・・。しょうがないですね」
「あの時の学園祭で私たちラグビー部が模擬店やった
収集がつかなくなりそうになった時、そう言って議
長が最後に締めてくれた。
でしょう。カレー屋さん。全然売れなくて、健先輩た
ちは逃げだしたのよ。その後どうしたか知っている」
昔は護送船団だった関連病院会議。今は、船団の旗
艦が沈みそうな状況で、各船の船長たちはそれぞれが
生き残るだけで必死なのだ。生き残り競争は始まって
いた。
健は思い出した。さっきの既視感は昔の学園祭か。
さくらがテントの前で連呼していた。
「カレーいかがですかあ。おいしいですよ、ラグビー
部特製カレー」
新制度(マッチング)以降、全国ではいくつもの病
院が潰れたり、縮小した。長崎やその周辺の西九州で
「寄って行きませんかあ。おいしいですよ、具だくさ
んの特製カレー」
も、大学が撤退した後、潰れたり、合併したり、買収
確かにまったく売れなかった。その後は覚えてない
されたり、縮小を迫られた病院は50 を下らないだろ
が、さくらの話によると、作戦を変更して、カレーの
う。もちろん新制度だけのせいではなく、地方の高齢
寸胴をりヤカーに乗せて売り歩くと、飛ぶように売れ
化や人口減少も影響しているのは確かだ。ただ、医療
たそうだ。正確にはU年前の話だ。
の縮小がこどもを持った世帯の地域からの流出を促し、
さくらが18歳の新入生の時、健は23歳の5年生の
次に学校がなくなり、地域が滅びてゆくという構図が
秋の学園祭。さくらは、当時珍しかった(多分、今で
あることも確かだ。地元の西果にUターンして、西果
もそうだと思うが)女子ラグビー部を西海医大の看護
中央病院へ就職したぱかりのさくらも職を失う可能性
科に自分で作り、俊足のフルバックでキャプテンでも
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を転々とした。そのためだろうか。医者になっても 1
年おきに病院を替えている。
変装したふたりは正面ロビーの受付に進んだ。すん
力奴やったバイ」
「あのー、センパイ。先輩の方言って、昔から微妙に
違うのよね。キモい。東京の人が、無理して長崎の方
言使う必要ないでしょ。やめてもらえます?」
なりと「学生用当日受付」列に通された。若い女性が
対応し、名札を差し出す。
「ほっとけ」
「どちらの大学ですか」
「とにかく、このマッチング説明会で、正面からスク
「西海医科大の6年生です。彼も同じです」
「あちらのテーブルで、エントリーシートに記入して
ラムで押す作戦は無理よ」
「じゃあ、どうするんだ?」
下さい。エントリーシートは5枚複写になっています。
「走って、走って、パスをっなぐしかないでしょ」
ブースに入り説明を聞く際に 1枚お渡し下さい。渡し
作寉かに」
て頂けるとシールがもらえます。シールを名札に貼っ
「最初にパスを出すのは、誰?」
て下さい。 3つシールが貯まりますと、お弁当。 4つ
「スクラムハーフ」
でUSB、 5つで図書券がもらえます」
「そう、先輩じゃない 1 出しなさいよ。大丈夫。私の
健が名札を受け取る。怪しまれてない。医学生はー
般の学生よりは年を食っていて、学士入学とかもあり、
作戦、結構当たるのよ」
健は、わかったわかったと首を縦に振った。そして
年齢は様々。化けようと思えば誰でも化けられる。
「ヘー。 5つで、図書券ね。 6つで、お姉さんとデー
丸めた白衣をさくらへパス。
「そいじゃあ、やってみゅーか、さくら」
トできるとか・・,は?」
「やってみゅーで、先輩!」
「はー?」
さくらは満面の笑みを浮かべた。f変な方言はやめ
「バイト?仕事、何時まで?」
「・・・・」
て」と再度彼女は注意した。
慌てたさくらが健の袖を引っ張って連れて行く。
「よか、よか、これが俺のやり方たい」
「若い子見るとすぐに声かける。チャラさは昔と同じ
健の顔にも生気がもどった。
ね。昨日も行ったでしょ?」
さくらはトイレに.駆け込み、ナースウェアからスー
ツに着替えた。化粧を落とし、コンタクトを外して眼
鏡をかけてポニーテールに。ブラウスのボタンを上ま
で閉じて、ヒールのかかとを踏みながら、こっちに歩
「はあー?」
「中洲のキャバクラとか・・・・・・。別にいいけど」
さくら、なぜ知っている。大将がぱらしたか。口が
軽いからなー。あの大将。
でも、田舎に閉じ込められて24時間拘束で働く医
いて来た。健は噴き出した。
者が、たまに羽根を伸ばしてもバチは当たらないだろ
「イUナるねー」
田舎から出て来た、勉強しか知らない女子医学生に
見える。もともと童顔の彼女は化粧を落とすとさらに
若く見える。化けたさくらは、健を柱の陰に連れてゆ
う。悪い?俺は聖人じゃない。キャバクラ大好き、フー
ゾク万歳だ 1
健は、昨日の中州のネオン街を思い出し、ひとりに
き、健の髪をボサボサにとかし、ネクタイをゆるめ、
やけてぃた。さくらは、健のことなど気にせず堂々と
ワイシャッを無造作にまくり、パンツを腰まで下げさ
歩いて行く。健がとぼとぼ追っかけた。
せた。
「チャラ い。いい出来。田舎の、頑張ってるけど冴
さくらは腕を組み、仁王立ちする。まるで、ラグビー
えない学生って感じ」
さくらは、健の髪をいじりながら楽しそうだった。
「まあ、先輩も見た目は若いし、それに、なんか昔か
ら生活感がないんだよね。ふらふらしてるっていうか
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ふたりは正面入り口に立った。
ジャージを着てグラウンドに立つような気合の入れよ
うだ。場内アナウンスが流れた。絶叫している。
「医学生来場数が900名を突破しました、過去最高で
す!」
だからかなあ、若く見えるのは」
それはよく言われる。ふらふらしている、落ち着き
がない、生活感がない、根が張ってない。健は東京で
生まれたが、税関職員の家庭に育ったため港のある街
「おーつ」と会場全体から歓声が湧き、喧騒の中に何
かしら熱い空気が伝わる。
「さあ、どこから行きましょうか」
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「さくらは、昔からバッテン、お祭り好きのヤグラシ
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あった。健は、医学科のラグビー部でスクラムハーフ。
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「玄海で君のドラマが始まる!!」
国立博多医療センター、日赤九州救急病院、私立玄
「G飢kaiまで君の能力を引き出す!!」
赤い文字が大きく踊り、赤と青を基調とした躍動感
海総合病院、徳光会中央病院・・・。黄色枠で囲まれた人
あるブースデリイン。まるで月曜夜9時のテレビドラ
気がある病院は、正面のメインストリートや角の広い
マのセットをそのままここに移したみたいだ。
スペースがあてがわれている。学生の導線を会場の
隅々まで行きわたらせる工夫だろう。
「かっこよすぎるー・・・・」
さらに、シールを集めて弁当をもらうために、学生
はぐるぐると会場をまわる。
さくらがボソリとつぶやく。狭いブースを巧みに
使った演出は若い学生の気持ちを完全につかんでいる。
うまくできている。人気のない無名の病院は、黄色
彼、彼女たちは、スクラブを着た俳優のような医者た
枠の狭間とか出入り口に近い場所などに追いやられて
ちに吸い寄せられて憧れと尊敬の眼差しを送ってぃる。
いる。弱肉強食が一目でわかる配置図だ。
握手を求めたり、サインをもらったりしている。ちゃっ
「まずは、玄海総合病院ね」
かりした奴は、積極的に質問して自分をアピールして
「それは、ヤバかよ。うちのブースの隣よ。面が割れ
いる。自分の名刺を差し出し、履歴書を出す奴もいる。
ているよ」
まさに競争だ。
「あり得ない。向こうはひっきりなしで説明してぃる
わけだから、他人のブースのことなんて気にする暇も
ないはずよ」
さくらと健は呆然と立ちすくむ。
「2名様ですね。ここで座ってお待ちください」
若い女性から案内され、ふたりは渡された病院のパ
さくらの作戦は始まった。
ンフを食い入るように見た。表紙に写るのは、玄界淋
を見渡せる広大な敷地に、航空母艦のような病院。
、
第 1章
負け組病院の逆襲が始まる・・のか?(その2)
健とさくらは玄海総合病院ブースの前に立っている。
相変わらずの人気だ。
博多国際会議場の就職説明会。西果中央病院のブー
n,160病室。へりポート完備。 1日の平均新入院患
者150 人、 1日の平均外来患者数2,850 人、救急車受
け入れ台数年問 10,092台、救急患者数68,254 人、手
術件数12,240』。パンフレットには、圧倒的な数字が
列挙されている。
「医者が445 人に、看護師が1,292 人。すごすぎる
スに医学生はとんと寄り付かない。ジリ貧状態を何と
か打開しようと、りクルート担当者ふたりが学生に化
今度は健がつぶやく。それに比べて、隣のブースの
けてほかのプースを訪れ、学生を集めるノウハウを
潰れそうな西果中央病院は、病床数250、医師は60
ゲツトする。潜入作戦が始まろうとしていた。
人いたが今はかなり減って29人、看護師数は少なく
ブースの前に並んだ横4列X縦4列のバイプいすに
は、16人の医学生が座っている。その後ろに順番待
て公表したがらない。患者数・・・・・・、知らない。健は何
度も溜息、をついた。
ちの医学生が取り囲む。説明は 10分間のようだ。列
いつのまにか最前列の席に来た健とさくらがエント
が10分ごとにはけてゆく。説明者は、おそらく健と
リーシートを出すと、若い女性のる刑惨医が受け取った。
同じ30代半ぱの男性医師が1人と女性医師が1人、
「そんなにすごくないですよ、実は。研修始まると目
そして研修医の男性1人、女性1人の合計4人で対応
の前の患者さんに追われて、病院の規模とか意識しな
している。
いと思うし、あんまり病院が大きいと細分化しすぎて
身振り手振りを交えてのマンッーマンの説明。全員
る刑惨には向いてないという人もいますしね。えっとー、
が半袖の赤のスクラブ(手術着)でそろえ、胸には
お2人ですね、長崎からですねー。私の母も長崎なん
Genkaiのロゴが躍る。聴診器を肩にかけて、胸ポケッ
トには赤いストラップのついた院内用のPHS。右側
ですよ。西果の出身なんです。ご存知ですか、西果?」
マズィ、面が割れている。ドキッとしたふたりに構
のボードに流れる動画では、る刑惨医が走り、手術し、
わず、彼女は続けた。
患者と共に笑っている。左側のボードにはる刑惨医教育
の方針が細かい図で説明されている。後ろのボードの
彼女の名前は渡辺友恵。一年次研修医と名札に書い
ポスターは、彼らがドクターへりに颯爽と乗り込む姿
てある。巻き髪に赤いカチューシャ。初々しさという
よりも、幼さの残る容貌だ。
だ。
52
長崎県医師会穀第834号平成27年7月
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ど、西果中央病院にやって来る。
ん。みかんが万能薬と信じるおじいちゃん。
ユニークなプライマリ患者も、勘弁してくれってほ
「えーと、玄海総合の研修の売りはですね」
「売りは、まずは、圧倒的なプライマリケア症例数。
数が多いんです」
研修医の友恵は続ける。
「第2の売りは、指導医。指導医がしっかり指導して
くれる。向こうが救急部の郷田先生、こちらが総合診
療部の松岡先生」
さくらが聞いた。
ブースの中で他の学生へ説明している2人を紹介し
「えっ、プライマリケア症例って?」
馬鹿な質問をするなと健は肘で合図した。
た。眼鏡をかけた細身の郷田が手をふり、太い腕をむ
き出しにしている松岡はピースサインをした。健はに
「いいんですよ、どんな質問しても」
こりと返したが、さくらは緊張しているのか、無表情
友恵は微笑んで健の方を見た。
「プライマリケア症例とは、かぜとか発熱とか腹痛と
だった。
友恵は、いかに指導医がる刑惨医の面倒をみてくれる
か、ありふれた病気のこと」
かを話した。
友恵は、丁寧に説明を始めた。
2004年に新医師臨床研修制度が始まり、国が定め
た内容で研修しなけれぱならなくなった。研修医はで
きるだけ沢山の患者、それも様々な症状の患者を診る
べきとされた。例えぱ、熱が出た子供、かぜをひいた
「救急、部の郷田先生は、指導の仕方がとてもうまいん
ですよ。診察の仕方とかを手取り足とり教えてくれる。
結構、有名な先生よ。今日は、タ方に郷田先生のセミ
ナーがメインブースであるから聞いて掃れば?」
会社員、便秘のおばあちゃんとか。よく見かける症状
健はふたたびうなずいた。
を持った人が最初に医療機関にかかる。その人たちを
なるほど。手取り足とりの指導が評判を呼ぶわけだ
プライマリ患者と呼び、そういった患者を診察するこ
なあ。確かに、忙しい病院ほど教える時間なんてない。
とをプライマリケアと呼ぶ。
医者は、もともと頭はいいが、人に教えるのが苦手な
人が多い。健の研修医時代も、先輩から手取り足取り
教わった三己憶はない。盗んで覚えろ、背中を見て育て、
「大きな病院でプライマリケアができるところは少な
いですから。だからウチは強いんです」
という感じだった。
昔の研修医たちは大学病院で研修し、難しい重症の
患者ぱかりを山ほど診ていた。「重症は診られても、
かぜ引きを診られない医者ばかり大学は作っている」
と批判するアンチ大学派。医師の人事を支配し医療行
俺の頃は過保護がダメで、今のる刑惨じゃ過保護が良
いわけだ。適度に暇なうちの病院なら手取り足とり、
つぃでに腰でも胸でも使って教えてやれる。キャバク
ラで鍛えた丁寧なトークが役立つ。健の自信は深まり
政に強力な力を発揮していた大学医局を害悪と思って
つっあった。「3つ目は何だ、さあ来い」と健は手ぐ
いた旧厚生省。両者の利害が医局を潰すという点でー
致し、新研修制度とマッチングという悪法を導入した
すねをひいて身構えた。
「3 つ目の売りは」
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こう恨んでいる小佐々のような医師や行政関係者は
多い。しかし、東京出のフリー医師である健に、そん
な感覚はない。始まったものは仕方がない。昔と今は
後ろの写真を友恵は示した。数十人の研修医が集
まってピースをしている写真。
「俺の頃は重症を診られる研修が良い研修だった。今
「仲問、同期が大事。研修って結構大変でつらいこと
が多いからね。私なんかしょっちゅう怒られて、凹ん
だりするんだけど。そんな時は、ほら、この同期の仲
は、かぜ引きを診られる研修が良い研修か。なるほど。
間と 10階のテラスでお茶したり、中州のステーキハ
これなら西果でもやれるんじゃないか」
ウスに行って同期飲みしたりして。この前はカラオケ
違ってきているんだから。
健はそう思った。だって、プライマリ患者は山ほど
いる。インフルエンザの保育園児、喘息、発作の小学生、
何を食べたのか嘔吐に下痢で運ばれてくる中学生。喧
で朝まで歌ったり。とっても楽しいわよ」
うーん、健は腕組みした。
これは西果中央では無理だ。仲間はいないし、テラ
長崎県医師会報第部4号平成27年7目
53
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てふたりを見る。かわいい。
さん。畑の野菜で病院代を支払おうとするおばあちゃ
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嘩で骨折したのに階段で転んだと言い張る漁、師のおっ
なるほど、<る刑惨の売り>という言葉を使うんだ。
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「私は、 4月から研修医2年目なんですけどね。 1年
間働いた私の経.験というか、感じたままを説明します」
育ちの良さそうなおっとりしたタイプ。ゆっくり丁
寧に話す。長い髪を後ろに結び、いちいち目を丸くし
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「私、イマイチ納得してないんですよね、それだけじゃ
ないような気がする」
彼女はコーヒーをすすりながら、眼鏡越しに病院
ブースの群れを見渡している。
「あそこ、どうです?」
彼女が指差す先には、『海北記念病院』の看板があっ
た。聞いたこともない病院だ。
人だかりのする今日の一番人気といってもいい国立
博多医療センターの2つ隣にひっそりとブースを構え
海北記念病院ブースは、病院名の看板以外に何もな
を言って立ち上がった。
い。他の病院力師斤1央しと掲示している宣伝ポスターや
研修プログラム、研修医の楽しげな写真など何も貼っ
ていない。
「どがんやった?」
白い殺風景な壁を背に薄いサングラスをかけてスー
健は玄海総合の印象をさくらに尋ねた。ふたりは、
ツを着た男が1人ぽつんと座っている。しかし時々学
休憩スペースで、無料のぬるいコーヒーをすすりなが
生がやってくる。それも男子学生が1人ずつポッリポ
ら、周りの学生がしているように革靴を脱いでくつろ
ツリと入ってゆく。不思、議だ。中州の裏通りにある、
ぐ。
コアな客がついているピンク系の件まいを感じさせる。
「渡辺友恵さんだったっけ?彼女、神ノ島出身じゃな
いかしら」
神ノ島とは西果中央病院のすぐ近くの岬の突端にあ
る島である。潮が引いた時は砂浜でつながるので正確
にいえぱ島ではない。今は橋がかかっている。その昔、
ここから唐に渡っていたとか、出島よりもっと前にポ
ルトガルと交易していたとか、隠れキリシタンがいた
とか伝えられている。小さな教会がある島だ。戦前戦
後の時期は、島の北側の炭鉱で栄えた。高度経済成長
時代には橋でつながり、バプル期はホテルが立ってり
ゾート地として注目を浴びた。
いた。
「付き合ってるの、君たち?」
健はあっけにとられて口が開きそうになったが、さ
くらが切り返していた。
「はい。結婚はしていませんが、子供がいます」
健の口が開いた。何を言い出すのか、こいつは。
男は不思議そうに首をかしげた。まずい。ニセ学生
とばれる。
「研修医になったら結婚・・・ー・、の予定です」
健がなんとか付け加えると、その首は縦に大きく動
今はすっかりさびれたが、カヤックの名所ではある。
健にとっては、魚、が旨く、 10時過ぎたら大好きな力
ラオケが歌える居酒屋「山」のある島だ。
「私、神ノ島出身なんですよ。神ノ島には渡辺姓が多
いんで・・・・・・」
いた。
「なるほどね。順番がね」
逆になったけど良かったとでも言いたそうに、男は
何度かうなずいていた。
「金、困ってるだろう」
初めてさくらが神ノ島出身だということを知った健
は、「それで、さくらちゃんは博多の病院を辞めて西
果へ帰って来たんだ」と言おうとしたが、彼女は打ち
消すように話を元に戻した。
氏刑惨医から見て良い病院とは、研修医が担当する患
者さんの数が確保できていること。教えてくれる指導
医がちゃんといること。それにアフターファイブ」
さくらは復習しながら、次のターゲットを探し始め
54
健とさくらはブースに入り、エントリーシートを出
した。薄いサングラスの下で目が左右にゆっくりと動
さくらは、健の予想タ*の答えをボソリとつぶやいた。
男はさくらだけを見た。さくらが深く大きくうなず
いた。
「ひと月、 20万出すよ」
さくらのくるりと巻いたまつげが上がった。彼女は
眼鏡を取った。
「奨学金さ、卒業まで月20万円だす。ひとりね。ふ
たりで確実にうちの病院に来てくれると確約するなら
月に 40万。今、タイムセールだから、なんと 50万!」
長崎県医師会報第834号平成27年7月
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ている。健もさっきから気になっていた。
あっという間に決められた 10分の時間が過ぎ、礼
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「到達目標って?」
「地域研修って?」
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「教育プログラムつて何です?」
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無理だ。肩を落とした健だが、さくらは目を光らせて
質問を連発する。
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まあ、中洲キャバクラ情報は置いといて、 3つ目は
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み、渡し船兼居酒屋を営んでいる。健の貴重な中洲キャ
バクラ情幸臓原でもある。
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あるのに「山」の店主は山本さんで、元博多のすし職
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健や院長の小佐々が通う居酒屋「山」か。海の近くに
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スはない。焼き肉屋もない。ステーキハウスやカラオ
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「医学生は、金がかかるだろう?」
男が言うように、医学生のお金の苦労は実際多い。
実家が流行っている開業医なら苦労はない。しかし、
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調子にのって。結婚するとか、入りますとか。口から
今度は軽くボディーブロー。さくらが言うノボセモ
ンとはお調子者という方言だが、どこか憎めないとい
うニュアンスも入っている。
クラスの3分の1から半数程度は、普通の年収の家庭
「ああ、俺は、昔からノボセモンよ。しかし、さくら
の子弟だから奨学金をもらう。公的な一般奨学金なら
こそ、子供がいるとか、お金がいるとか同情を買うよ
月5万円くらいで、年間 60万円で、 6年間で360万
うなことを、よくもヌケヌケと」
円の借金を抱えることになる。他にも様々な奨学金が
健も返した。
ある。例えば、月20万円、年間 240万円十α、 6年
さくらは、撫然としてバッグからスマホを取り出す。
間で 1000万から2000万円の奨学金。一定期間(だい
画面を健の前に突き出す。
たいは 10年前後)、指定される雛島やへき地で働けぱ、
画面には女の子がピースサインで映っている。
数千万円がチャラになるという制度もある。しかし、
縛られることを嫌う医学生には人気はない。
医大は学費が高く、教科書代も半端でない。 1冊1
万円などめずらしくない。実習が始まると忙しくバイ
トも行けないという事情もあり、普通の医学生は一般
「サユリ」
彼女が何を言っているのか、健はわからなかった。
驚いたのは次の言葉だ。
「わたし、ホントに子供いるんだよ。シングルマザー。
お金要るの」
どうりアクションを取ればいいか、健はさらにわか
の学生と同じようにお金の心配を常に抱えている。
らなくなった。 2週間前、たまたま同じ職場となり、
8年ぶりに会った大学の後輩に子供がいて、それもシ
男は続けた。
「奨学金はすぐに回収できる。なにせ、うちの給料は、
ングルマザー。
自分は、この間、ほとんど変ってない。 30代半ぱ
月にイッポン」
背を少しまげてささやき、人差し指を立てた。
なのに相変わらず生活感のない「根なし草」と、さく
らから呼ぱれるのは当然だろう。彼女はとてつもない
「イッポンつて・・・・ー」
感情とエネルギーをこの8年間に注ぎ込んだに違いな
健とさくらは、身を乗り出した。
「大きい声では言えない。なぜかと言うと、国が、新
し、
臨床研修制度では、研修医の給料は30万円程度が望
ましいと言っているから。しかし、俺に言わせれば、
この資本主義の自由経済の日本で国が給料を決めるの
はおかしい。国とる刑惨病院連合が談合しているだけさ。
うちは、その3倍以上、イッポンだぜ」
男は義憤を吐き出すかのように持論を展開し始めた。
資本主義、自由主義の日本じゃないか。マツチングな
んて、市場を開放した規制緩和そのものじゃないか。
なんで国が給料を決めるのか。
そして、最後に、サングラスの下で笑うことなく、
音の立たない手拍子をした。
「月にイッポン、イッポン、チャチャチャ。ふたりで
ニホン、
ニ、
ソポン、チャチャチャ」
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
1 この小説は、毎週月曜日に「日経メディカル 0nⅡne cadetto.jp」1
ニヤリとして男が言った。
「うちに入る?看護師も若くて綺麗どころぱかり」
1 で連載・先行配信中です。(httPゾ/medical.nikkeibp.CO.jp/inc/ 1
「は、入ります!」
I alvcadetto/novel/fUⅡmatch/)
健のみぞおちに肘を食らわせてブースから引きずり
出したさくらは、休憩スペースのいすに健を座らせた。
「先輩、変わってないですよねー。イ可にも考えないで、
1長崎を謡台にしたフィクションで、会員の皆様にも読んで頂 1
きたいとのことで御寄稿がありました。なお、著作権は著者1
に帰属しており、また日経BP社の了承も得ております。
(cadetto.jP 平成 27年5月25日、 6月1日掲載分)
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