パブリックコメント - Freshfields Bruckhaus Deringer

「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」の一部改正(案)
に対する意見
フレッシュフィールズブルックハウスデリンガー法律事務所
2015 年 8 月 6 日
1.
指針案のオの記述は、FRAND 宣言をした必須特許を有する者が、「ライ
センス拒絶をし、又は差止訴訟を提起すること」につき、不当に広く独
占禁止法上問題となるかのように誤解される記述となっているので、か
かる誤解を受けないよう修正すべきこと
(1) FRAND 条件は幅のある概念であるから、FRAND 宣言をした者で
あっても、その幅の範囲内でライセンス条件を変更することは自
由であり、その実現のための方策としてであれば、「ライセンス
拒絶をし、又は差止訴訟を提起すること」は権利の行使そのもの
である(以下では、差止訴訟の提起について触れるにとどめる)。
したがって、独占禁止法上これを問題とする理由も根拠もない。
独占禁止法上問題とすべき場合とは、必須特許であることから、
すでに必要な投資をしたライセンシーにホールドアップ問題が生
まれるときである。すなわち、これを具体的にみると、ライセン
ス条件の不利益変更を提示し、これを受け入れないライセンシー
に対して直ちに差止訴訟を提起したり、ライセンシーが受け入れ
可能な対案を示すなどして誠実に交渉しているにもかかわらず、
交渉途上においてライセンシーに対して差止訴訟を提起したりす
るなど、いわゆるホールドアップ問題が生まれることから、ライ
センシーがライセンス条件の不利益変更の受け入れを余儀なくさ
れる場合である。これには、対価の引上げ以外のライセンス条件
の不利益変更を含めて考えてよい。
(2) FRAND 条件とは何かをめぐってライセンサーとライセンシーの間
に争いがある以上、基本は両者の交渉によって解決すべき問題で
ある。必須特許を有する者も、 FRAND 宣言をしている以上、
FRAND 条件の範囲内での条件の変更であると主張して変更を提示
するはずである。例えば、ライセンシーとしてすでに必要な投資
をしているとしても、対価の率を少し引き上げるよう提案された
場合であれば、ホールドアップ問題が生まれるとはいえないこと
は明らかである。もちろん、ライセンシーはすでに必要な投資を
している者なので、ホールドアップ問題が生まれるとすると、独
占禁止法上これを違法とすることは必要かつ合理的であるといえ
る。問題は、指針案が、FRAND 条件の範囲内の変更か否かが容易
に判断できることを前提としていることにある。つまり、
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「FRAND 条件でライセンスを受ける意思を有する者」には、単に
ライセンシーが不利益変更に抵抗している場合と、必須特許を有
す る 者 が FRAND 条 件 の 範 囲内 と 主張 して い る が、 実際 に は
FRAND 条件を超えるものであり、それを理由にライセンシーがそ
の受け入れに反対している場合、がありうるのである。この点を
区別しないことは、FRAND 条件の不利益変更は全てライセンシー
にホールアップ問題を生ずるというようなものである。それほど
単純な問題であれば、欧米でこれほど賛否両論に分かれて議論さ
れることはないはずである。
(3) 独占禁止法上問題にすべきではない場合としては、ライセンシー
が FRAND 条件の不利益変更につき FRAND 条件に反すると主張し、
その理由や根拠を示すことなく受け入れを拒否し続けている場合
など、交渉に誠実に応じているとはいえない場合が考えられる。
要するに、ライセンシーが誠意を持って交渉しているとは言えな
い場合であれば、独占禁止法上問題にする必要も根拠もなく、指
針案はこの点を何ら明記していないことが問題なのである。ライ
センシーが誠意を持って交渉している場合としては、欧州司法裁
判所の Huawei/ZTE 事件決定(2015 年 7 月 16 日)が考え方を明示
しているところであり、指針もこの考え方に沿って判断すること
を明記すべきである。この決定については、当事務所で作成した
欧州司法裁判所の決定の要約を別添するので、参照されたい。EU
において、一定の考え方が示されている点に関しては、我が国と
しても指針において考え方を明記すべきである。
(4) 指針案は、「ライセンス交渉の相手方が、一定の交渉期間を経て
もライセンス条件の合意に至らなかった場合に、裁判所又は仲裁
手続においてライセンス条件を決定する意思を示している場合」
を、「FRAND 条件でライセンスを受ける意思を有する者とみられ
る」としている。この意味は明白とは言いがたいが、「ライセン
ス交渉の相手方が、一定の交渉期間を経てもライセンス条件の合
意に至らなかった場合に、裁判所又は仲裁手続においてライセン
ス条件を決定する意思を示してい」ることを表明しさえすれば、
この段階での差止訴訟の提起を違法とする考えのように見える。
しかし、この点は、これほど単純に割り切れる問題ではない。必
須特許の権利者がライセンシーがのらりくらりと交渉する場合ま
で、これに含めることは行き過ぎである。ライセンシーが誠意を
持って交渉しているのに、差止訴訟を提起して交渉を有利にさせ
ようとする場合、つまり、ホールドアップ問題が生まれる場合を
問題にすれば足りることは前記のとおりである。したがって、排
除行為に該当するとして独占禁止法上問題とすべき場合としては、
上記(1)に示したとおりとすれば十分と考える。
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(5) 指針案がそのまま成案となれば、ライセンシーは、FRAND 宣言を
した必須特許を有する者から差止訴訟を提起されるおそれがなく
なったと誤解し、ライセンス交渉を引き延ばす手段として指針の
考え方を利用するおそれがあり、その場合までライセンスの拒絶、
差止訴訟の提起を、「排除する行為」に該当するとするのは、い
かにも乱暴な議論である。ライセンサーが誠意を持って交渉して
いると言えない場合まで含めて問題になるかのような記述とする
ことは、結果として、FRAND 条件の不利益変更を当然違法とする
ものであり、EU の司法裁判所の決定の考え方にも反しており、国
際的に見て正当化できるものではない。本意見書の指摘するとお
り、指針中ではホールドアップ問題が生ずる場合を独占禁止法上
問題となる行為として記述すれば十分と考える。
2.
最後に、今次改定は、必須特許のライセンスに関する規定を追加するも
のであるが、そもそも、現行指針には、平成 21 年 10 月 28 日策定の「排
除型私的独占に係る独占禁止法上の指針」、および我が国最初の最高裁
判例である NTT 東日本事件最判(平成 22 年 12 月 17 日)が反映されてお
らず、その点を放置しつつ、今回必須特許のライセンスに関する行為を
単に追加するだけの改正をしようとする姿勢に対して、疑念を提起して
おきたい。また、2007 年の指針改定から 8 年が経過し、指針がその内容
において陳腐化していることは、EU の 2014 年知的財産権ガイドライン
を見れば明らかである。早急に全面的な見直しに着手すべきことを指摘
しておく。
以上
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