転子下骨切り併用人工股関節の 臨床成績と生体力学的検討

─Hip Joint ’15 Vol. 41─
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転子下骨切り併用人工股関節の
臨床成績と生体力学的検討
青森慈恵会病院
秋 田 護 ・ 中 田 善 博
青森県立中央病院
岸 谷 正 樹
は じ め に
転子下骨切り併用 THA の骨切り法はこれまで各
対 象 と 方 法
臨床研究
種 方 法 が 考 案 さ れ て い る。 も っ と も 単 純 な
対象は転子下骨切り併用 THA を施行し,術後 2
transverse cut で十分であるとの考えや骨切り部の回
年以上経過した12例(男性 1 例,女性11例),
14関節
旋安定性を向上させるため step cut や V shaped cut
である。術後平均観察期間は5.9年( 2 ~ 9 年)で
を行っている報告もあるが,これまでのところ生体
あった。症例の内訳は高位脱臼股が12関節(Crowe
力学的研究は少なく1),骨切り法や使用するインプ
分類 group Ⅲが 2 関節,Ⅳが10関節),変形性股
ラントについて意見の一致をみない。本研究の目的
関節症大腿骨転子下外反伸展骨切り術後が 1 関節,
は transverse cut による転子下骨切り併用 THA の手
小児化膿性股関節炎後が 1 関節であった。
術成績を明らかにすることと,模擬骨を用いた生体
全例,後方アプローチにて手術を行った。寛骨臼
力学的実験によりその初期固定力について検討する
側は 3 関節でセメントレスカップ,11関節で KT
ことである。
plate とセメントカップを用いて原臼位に再建した。
大腿骨側は全例 transverse cut による転子下骨切り
(短縮または矯正骨切り)を併用しており,インプ
Clinical result and biomechanical study of total hip
ラントは S-ROM-A(DePuy)ステムを使用した。
arthroplasty with subtrochanteric osteotomy
ステム径の決定は遠位骨片で行った。すなわち,遠
位リーマー径と同サイズのステム径を設置し,ステ
Department of Orthopedic Surgery, Aomori Jikeikai
ムの遠位構造(フルートとスロット)にて回旋の抵
Hospital
抗性があるものを選択した。また12関節で骨折予防
Mamoru Akita, et al.
目的にワイヤリングを施行した。後療法は原則的に
術後 2 日より荷重訓練を開始した。
Key words:人工股関節全置換術(total hip
検討項目は術前の骨質の状態を Dorr の qualitative
arthroplasty)
assessment と cortical index で調査した。術中所見と
転子下骨切り(subtrochanteric
して大腿骨骨折と骨片間のギャップを,術後 X 線
osteotomy)
生体力学的研究(biomechanical study)
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評価として骨切り部の癒合および,ステムの固定性
(Engh の分類)について調査した。臨床評価は JOA
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score で検討した。
万能試験器にてステムを後捻させる方向に対して骨
頭に荷重を加えた。変位計にて近位骨片と遠位骨片
生体力学的研究
のずれ,およびステムと近位骨片のずれを測定した。
生体力学研究用の模擬骨(SAWBONES,medium
変位計で計測された変形量は骨頭へ負荷された荷重
left femur,♯3403)を用いて転子下骨切り併用 THA
と同期させて記録計測器にてデータ収集した(図 2 )
。
の力学試験を行った。すなわちステム設置後の回旋
結 果
安定性について調査を行った。使用したステムは
modular ステムとして S-ROM-A ステム,non-modular
ス テ ム と し て910PerFix カ ラ ー レ ス ス テ ム
(KYOCERA)を用いた。ステムのサイズは S-ROM-A
臨床研究
cortical index は平均0.48(0.2~0.62)であった。
ステムのスリーブが16B-SMALL,ステムが♯11,
Dorr qualitative assessment は Type A が 6 関節,B が
STD 30ネックであり,PerFix ステムは♯13であった。
6 関節,C が 2 関節であった。術中骨折は Dorr Type
それぞれのステム間においてオフセット量が同じに
A に 1 関節認めた。骨片間のギャップは 1 関節に認
なるように骨頭のネック長を選択した。すなわち,
めた。骨癒合については14関節中,13関節が問題な
S-ROM-A ステムでは+ 3 mm,PerFix ステムでは+ 0
く癒合し, 1 関節で癒合が遷延した。ステムの固定
mm とした。また設置した骨頭径は26mm とした。
性は13関節で bone ingrowth が得られており, 1 関
模擬骨の転子下(小転子から末梢10mm)に V
節 が stable fibrous ingrowth の 状 態 で あ っ た。JOA
shaped cut,transverse cut,step cut を加え, 2 cm の
score は術前平均38点から術後82点に改善した。
短縮を加えた。step cut では骨片間の段差の長さは
1 cm とした。それぞれに S-ROM-A ステム,PerFix
症例供覧
ステムを設置して回旋抵抗力を測定した。万能試験
54歳,女性。右高位脱臼股(図 3a)に対して大
機(図 1 )は AG-100kNE(島津製作所)を使用した。
腿骨短縮骨切り併用 THA を施行した(図 3b)
。手
ステムの軸上に体重を想定した50kg の負荷を加え,
術時に骨片間の外側にギャップが生じたので,そこ
に泥状骨を移植した。術後半年の写真では骨切り部
の癒合は認めない(図 3c)
。この時点で低出力超音
波パルスを使用した。骨癒合は術後 1 年の時点で得
られた。術後 2 年の現在,骨切り部は癒合した。ス
テムは術後写真より沈み込みがあるが非進行性であ
り,stable fibrous ingrowth の状態である(図 3d)。
生体力学的研究
いずれの設定においても近位骨片と遠位骨片で変
位が発生しており(表 1 ),ステムと近位骨片では
変位量は骨片間のそれと比べるとわずかであった
(表 2 )ので,回旋角度と負荷トルクは近位骨片と
遠位骨片間の変位で換算した(回旋角度= sin-1(骨
頭変位/モーメントアーム)
,負荷トルク=モーメ
ントアーム×荷重)。 6 種類のモデルの中で近位骨
片と遠位骨片の負荷トルクが,もっとも高値であっ
たものは S-ROM-A ステムの step cut で42Nm であり,
以 下 順 に,PerFix ス テ ム の V shaped cut で32Nm,
S-ROM-A ステムの V shaped cut で31Nm,S-ROM-A
ス テ ム の transverse cut で30Nm,PerFix ス テ ム の
図 1 万 能試験機は AG-100kNE(島津製作所)を使
用した。
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step cut で20Nm,PerFix ス テ ム の transverse cut で
3Nm であった(図 4 )
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隙間にはセメント充填
押し棒
変位計(近位骨と遠位骨のずれ)
変位計(ステムと骨のずれ)
25kg
50kg
25kg
万能試験機で骨頭ボールに荷重
図 2 生体力学的研究の模式図
a
b
c
d
図3
a.術前。b.術後.骨片間のギャップを認める。
c.術後半年。骨切り部が癒合不全の状態である。d.術後 2 年.骨癒合を認める。
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モーメントアーム
(=オフセット量)
骨頭変位
負荷トルク=モーメントアーム× 荷重
回旋角度=sin−1(骨頭変位/モーメントアーム)
図 4 各種骨切後の回旋抵抗力測定の結果
表 1 近位骨片と遠位骨片間の変位量と荷重量
インプラント
S-ROM-Aステム
PerFixステム
骨切り法
変位量(mm)
荷重量(N)
V shaped cut
2.432
976
step cut
2.285
1322
transverse cut
9.017
922
V shaped cut
1.411
993
step cut
1.045
622
transverse cut
0.163
92
表 2 ステムと近位骨片間の変位量
インプラント
S-ROM-Aステム
PerFixステム
骨切り法
変位量(mm)
V shaped cut
0.059
step cut
0.652
transverse cut
0.186
V shaped cut
0.068
step cut
0.244
transverse cut
0.026
プラントついてはこれまでさまざまな方法が報告さ
考 察
れている。
non-modular ステムを用いた transverse cut の場合,
高位脱臼股や大腿骨転子下骨切り術後症例に対し
Park ら2)は 7 関節中 3 関節,Yasugar ら3)は 7 関節
て THA を施行する際,転子下骨切りを併用する方
中 1 関節,Masonis ら4)は 2 関節中 1 関節に骨癒合
法が試みられている。その骨切り法や使用するイン
不全が生じたと報告しており,高率に癒合不全が発
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症 す る リ ス ク が あ る と 思 わ れ る。 し か し 一 方,
テム近位形状の選択およびステム前捻の自由度が高
transverse cut でも modular ステムを用いた場合は癒
い点で有利であると思われる。S-ROM-A ステムを
合不全の発生頻度は高くない。modular ステムであ
用いた transverse cut による転子下骨切り併用 THA
る S-ROM-A ステムを用いた transverse cut の偽関節
は他の方法と比べ難易度は高くなく, 生体力学的
発生については,Masonis ら4) は 9 関節,Bernasek
研究からも問題なく有用な方法であると思われた。
5)
ら は30関節でいずれも報告も発生なしとしている。
本研究でも遷延癒合が1関節(N =14)にみられた
ま と め
が,追加手術は必要なく最終的に骨癒合が得られた。
modular ステムを用いた step cut では Takao ら6)(N
transverse cut による大腿骨短縮骨切りを併用した
=37で偽関節なし)が示すように癒合不全の発生頻
THA の手術成績を示した。遷延癒合は14関節中 1
度 は 少 な い が,non-modular ス テ ム を 用 い た V
関節のみで,それも最終的には保存的に骨癒合が得
7)
shaped cut(N =28で遷延癒合 2 関節)
では本法と
られた。生体力学的研究の結果,modular stem では
大差ない結果であった。
transverse cut で日常生活に耐えうる十分な初期固定
本研究において癒合が遷延した症例は骨片間にギ
が得られることが判明した。modular stem を用いた
ャップがあった症例であった。そこで著者らは最近
transverse cut による大腿骨短縮骨切りを併用した
ではリーマー(KMLS System プレーナー)をもち
THA は,簡便で合併症が少なく有用な方法である。
いて骨切り面を平らにしてギャップができないよう
に工夫しており,それ以降の症例ではギャップは生
じ て お ら ず, 骨 癒 合 不 全 例 の 発 生 も な い。 坂 越
ら8)は特殊なデバイスを作製し,ギャップを少なく
していると報告している。
転子下骨切り併用 THA では術中の大腿骨骨折が
9)
問題となる。木戸ら は step cut の手技で57%に骨
折を生じたと報告した。step cut は難易度が高く,
骨片間の髄腔内のズレによって骨折が発生している
と考察している。本シリーズでは14例中 1 例に骨折
が生じた。なるべく予防的ワイヤリングを行い,骨
粗鬆の症例にも後療法が遅れないように,安全にス
テムを設置するように努めている。
Bergmann ら10)によると日常生活をおくるうえで
必要な回旋トルクは体重が50kg で換算すると26.46
ニュートンである。本研究においては S-ROM-A で
はすべての骨切りでそれを満たしていたが,PerFix
では V cut のみそれを満たしており,著者らが行っ
ている S-ROM-A ステムを用いた transeverse cut に
よる再建法は生体力学的研究からも問題がないこと
が実証された。PerFix ステムにおいてはステムの遠
位にわずかな溝が切ってあるのみで,回旋を抑制す
るには弱く,transvers で骨切りを行っている場合は
S-ROM-A ステムのようなフルートとスロット構造
などを要する必要があると考えられた。
non-modular ステムでも遠位がフルート構造やフ
ィン構造であれば遠位骨片とステムの間で回旋は抑
文 献
1 )Muratli KS, et al: Subtrochanteric shortening in total hip
arthroplasty: biomechanical comparison of four techniques. J
Arthroplasty 29: 836-842, 2014.
2 )Park MS, et al: Transverse subtrochanteric shortening
osteotomy in primary total hip arthroplasty for patients with
severe hip developmental dysplasia. J Arthroplasty 22: 10311036, 2007.
3 )Yasgur DJ, et al: Subtrochanteric femoral shortening osteotomy
in total hip arthroplasty for high-riding developmental
dislocation of the hip. J Arthroplasty 12: 880-888, 1997.
4 )Masonis JL, et al: Subtrochanteric shortening and derotational
osteotomy in primary total hip arthroplasty for patients with
severe hip dysplasia.: 5-year follow-up. J Arthroplasty 18: 6873, 2003.
5 )Bernasek TL, et al: Total hip arthroplasty requiring
subtrochanteric osteotomy for developmental hip dysplasia: 5to 14-year results. J Arthroplasty 22: 145-150, 2007.
6 )Takao M, et al: Cementless modular total hip arthroplasty with
subtrochanteric shortening osteotomy for hips with
developmental dysplasia. J Bone Joint Surg Am 93: 548-555,
2011.
7 )Hotokebuchi T, et al: A new device for a V-shaped
subtrochanteric osteotomy combined with total hip arthroplasty.
J Arthroplasty 21: 135-137, 2006.
8 )坂越大悟,他:大腿骨転子下骨切りを併用した人工股関
節置換術の経験.日本人工関節学会誌 40: 196-197, 2010.
9 )木戸健介,他:高位脱臼性股関節症に対して転子下短縮
骨切り術を加えた人工股関節全置換術の検討.日本人工
関節学会誌 38: 452-453, 2008.
10)Bergmann G, et al: Is staircase walking a risk for the fixation of
hip implants? J Biomech 28: 535-553, 1995.
制される可能性はあるが,S-ROM-A ステムではス
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