「死にたい」と訴えるケース 「家族へ迷惑を掛けるのがつらい」と訴えるケース

スピリチュアルペインを抱える患者・家族への対応
「死にたい」と訴えるケース
「家族へ迷惑を掛けるのがつらい」と訴えるケース
一般病棟で,治療期から終末期までのがん患者の看護実践を行っています。
■スピリチュアルペインとは,
「自己の
存在と意味の消滅から生じる苦痛」
である。
■スピリチュアルペインとは,人生の危
機に直面して,生きる拠り所が見失わ
れてしまった時に経験する痛みである。
■スピリチュアルケアは,ケアに携わる
すべての看護師が“ケアリング”の応
用として実践できるものである。
石巻赤十字病院
看護部 6階東病棟 看護係長
がん看護専門看護師/緩和ケア認定看護師
菅野喜久子
1991年石巻赤十字看護専門学校卒業,同年仙台赤
十字病院中央手術室勤務。1995年宮城県立がんセ
ンター勤務を経て,2003年石巻赤十字病院に就職。2005年緩和ケア認
定看護師資格取得(日本看護協会神戸研修センター)。2014年東北大学
医学系研究科修士課程緩和ケア看護学分野修了,がん看護専門看護師
資格取得。緩和ケア認定看護師の資格取得後,一般病棟,緩和ケアチー
ム専従看護師として実践。現在,がん看護専門看護師として,治療期か
ら終末期までのがん患者の看護実践を行う。
この苦しみは,
「時間存在」
「関係存在」
「自
私がよく出合うスピリチュアルペイン
律存在」という,人間の3つの側面からとら
近年,緩和ケアの分野において,スピリ
えることができます。
チュアルケアへの関心が高まっていますが,
時間存在
この領域の研究は開始されたばかりであり,
・死の接近によって将来を奪われることから
医療現場においても十分な教育が行われてお
らず,ケアが実践できているとは言えない状
・自己の生の無意味,無目的
況にあります。
関係存在
哲学的な視点から終末期のスピリチュアル
・死によって他者との関係を喪失することか
ペインを研究した村田は,スピリチュアルペ
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生じる
ら生じる
インを「自己の存在と意味の消滅から生じる
・虚無,孤独と不安,生の無意味
苦痛」1)と定義しています。人間は,誰でも
自律存在
スピリチュアリティを持っており,それが生
・死の接近によって,何もかも「できなくな
きることの根幹をなし,生きる拠り所になっ
る」という不能と依存の体験で,自立と生
ています。しかし,何らかの身体的・心理的
産性を失うことから生じる
危機的状況に陥った時,その苦しみがスピリ
・無価値,依存と負担
チュアルペインとして表出されます。
図1に,緩和ケア病棟への入院時から死亡
「どうせ治らないのだから,何もかも無意
前までの「終末期がん患者100人の希望」を,
味だ」
診療録から調査した結果 2) を示しました。
「残された時間がないのに,何をしたらよ
臨死期にかけて患者の希望は変化していき,
いのか分からない」
精神的・スピリチュアルなニーズが高まって
「人の世話になって,迷惑を掛けているだ
きます。そのため看護師は,患者の希望が変
けだ。誰の役にも立っていない」
化することを理解した上で,常に今の希望や
オンコロジーナース Vol.8 No.4
ニーズは何かを把握しながらかかわることが
必要になってきます。
苦痛の増強によって
「死にたい」と訴える患者のケア
緩和ケア領域では,特に日常生活への配慮
患者:Kさん,30代,女性
が重要とされますが,看護師は患者に接する
疾患名:子宮頸がん(Ⅰb期)術後,転移
時間が長く,日常生活のケアにかかわる中
性肺腫瘍,多発骨転移(胸椎・恥骨)
で,
“スピリチュアル”に関連すると思われ
経過:201X年12月,S市内の病院にて子
る言葉を聞く機会が多いように感じます。私
宮頸がんの診断を受け,広汎子宮全摘術
の経験では,それらの言葉は,患者が自分自
(RH)+両側子宮付属器摘出術(BSO)
身のことが自分でできなくなり,セルフケア
施行後,化学療法併用放射線療法実施。
に関することを他人に委ねなければならなく
201X+2年7月,恥骨部痛あり。CT
なった時をきっかけとして,表出される場合
検査にて恥骨への骨転移を認め,放射線
が多いように思います。実際には,セルフケ
療法を行う。その後,子どもとの時間を
アの介助を行っている時や,少しずつ暗くな
多く持ちたいとの希望があり,在宅緩和
りはじめた夕方,夜勤の時間に訴えが多いと
ケアへ移行するが,脊椎転移に関連した
実感しています。
しびれを伴う痛みが出現し,精神的疲労
一方で家族の場合は,患者の症状が緩和さ
が増大。在宅緩和ケアの継続が困難との
れなかったり,病状が悪化したり,介護疲弊
ことで,疼痛コントロール目的にて入
などがきっかけになっていることが多いよう
院。最期は緩和ケア病棟で迎えたいとの
に見受けられます。また,患者・家族を支え
意向あり。
る医療者も,信頼関係が深まっていく中で,
家族構成:母,夫,子どもの4人暮らし。
スピリチュアルペインを感じることがあるの
夫は仕事が忙しく,ほとんど面会に訪れ
ではないかと思います。
ない。母と子どもが,週2~3回面会の
次に,事例を通して,スピリチュアルペイ
ため来院する。
ンのケアをプロセス(図2)に沿って考えて
みたいと思います。
図1:時間経過に伴う「希望」の変化
(%)
70
60
ホスピス入院時から死亡前までの
終末期がん患者の「希望」の調査結果
■
■
50
40
30
20
10
0
■
■
症状コントロール
の希望
●
▲
セルフケアの希望
■
●
●
■
▲
生活環境の希望
■
●
人間関係の希望
●
実存の希望
●
●
●
▲
▲
入院時
1週間後
▲
回復の希望
■
▲
▲
死亡前
中恵美子他:末期がん患者の希望に関する研究―希望の内容と
入院経過に伴う変化に焦点をあてて,死の臨床,Vol.21,
No.1,P.76 ∼ 79,1998.より引用,改変
図2:スピリチュアルペインのケアのプロセス
アセスメント①
スピリチュアルペインをキャッチする
サポートの必要性についてアセスメントする
アセスメント②
生活歴や家族歴など,患者の全体像をとらえる
時間性,関係性,自律性の視点からアセスメ
ントする
精神的苦悩を増強させるもの,緩和させるも
のを見極め,整理する
ケア
基盤となるケア
苦悩を最小化し,存在と意味を強めるケア
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ケアを振り返る
アセスメント
Kさんは,入院直後からフェンタニル貼付
Kさんの「一人では何もできず,皆に迷惑
剤とフェンタニル持続静注を併用し,疼痛管
を掛けてしまって,生きている意味がない。
理を行っていました。しかし,疼痛の緩和を
今のこの状態がいつまで続くかと思うと,耐
得ることは困難でした。ある時Kさんは,
「入
えられない。早く逝ってしまいたい」という
院したら,痛みはすぐに良くなると思ってい
言葉は,痛みや衰弱によってベッド上での生
たのに,どんどんひどくなっているような気
活を余儀なくされ,自分のことが思うように
がするのです。こんなにつらいなら,もう終
できないつらさの表れであり,自律性に由来
わりにしたいです」と言いました。看護師が,
する苦悩が生じていると考えられます。ま
「苦しい思いをされているのですね。終わり
た,
「一人でいたくない。寂しい。少しそばに
にしたいというのは,“死にたい”というこ
いてほしい」という言葉からは,1日のほと
とですか?」と尋ねると,ただ涙するだけで
んどの時間をベッド上で一人で過ごしている
した。
Kさんが疎外感や孤独感を自覚し,関係性に
その後も,しびれを伴う下肢の痛みは緩和
由来する苦悩が生じていると考えられます。
されず,歯磨きや洗面,食事摂取など,徐々
さらには,現在置かれている状況から生きる
に自力では行うことができなくなっていきま
ことへの限界を感じ,生きている意味や価値
した。痛みの訴えが頻回で,「一人でいたく
を見いだせないことによって,「終わりにし
ない。寂しい。少しそばにいてほしい」と,
たい」「早く逝ってしまいたい」という,時
ナースコールも多くなっていきました。
間に由来する苦悩が生じていると推し量るこ
また,時々夜間に不安を訴えるようになり,
とができます。
「自分がどうなっていくのか分からない。こ
「痛みとは主観的な体験」であり,その体
のまま生きていてもいいのでしょうか? 一
験は,他者と分かち合うことではできませ
人でいたくない。寂しい」「一人では何もで
ん。強い痛みに苦しむKさんは,この痛みを
きず,皆に迷惑を掛けてしまって,生きてい
分かってもらえない孤独(関係性),先の見
る意味がない。今のこの状態がいつまで続く
えない不安(時間性),自分ではどうしよう
かと思うと,耐えられない。早く逝ってしま
もできない無力感(自律性)といったスピリ
いたい」と,涙を流しながら話しました。
チュアルペインを抱えていると考えられま
さらに,家族のことを気に掛け,
「これから
す。また,自分が将来どうなっていくのか分
は娘の成長を見ることができないし,同じ女性
からないために,将来の見通しや計画が立た
としていろいろ教えてあげることができない」
ないことに関連した苦悩を抱えていることも
と,つらい気持ちを語る場面が見られまし
考えられます。
た。看護師は,
「何もできなくなって,とても
Kさんのケア計画
つらいと感じていらっしゃるのですね…」と,
Kさんが自分の力でできることをサポート
受け取ったメッセージを言語化し,気持ちを
することで,「自分のことができないつらさ」
分かろうとしていることを伝えていきました。
が和らぎ,自分らしさの探索をサポートする
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