扱いを間違えたドイツ統一

扱いを間違えたドイツ統一
■新編集講座 ウェブ版
第37号
2015/10/1
毎日新聞社 技術本部長(元・大阪本社編集制作センター室長)
三宅 直人
10 月3日はドイツ統一 25 周年です。1990 年のこの日、旧東ドイツは西ドイツに吸収合併され消滅。半世紀近く続いて
いた分断状態に終止符を打ったのです。しかし、毎日新聞の大阪本社整理部(現・編集制作センター)は、扱いを
間違えました。この歴史的大事件の関連記事を社会面トップにしなかったのです。また東京本社の紙面は、間違い
ではありませんが、他紙に後れを取った印象を与えてしまいました。四半世紀前の、ほろ苦い経験です。
■ 警官不祥事がトップ
25 年前のドイツ統一の日、私は大阪本社整理部の一部員で、当
日は朝刊当番(午後から翌日未明にかけ勤務し、翌日付朝刊の編
集作業に当たる)でした。
お昼過ぎ、堂島の旧社屋(※)に出勤した私は、夕刊1面(右
図)を見て感慨にふけった後、社会面を開いて飛び上がりました。
社会面トップに大阪の警官不祥事の原稿が鎮座していたからです
(下図)
。確かにドイツ統一の関連記事も、第2社会面に載っては
1990 年 10 月 3 日 大阪本社版 夕刊1面
います。でも、普通の話題もののような扱いで、とても歴史的大
事件日の紙面とは思えなかったからでした。
ちなみに右下図は、同じ日の東京本社版社会面です。トップに
※
大阪本社は 92 年に西梅田に移転。旧社屋跡地
に複合ビル「堂島アバンザ」が建設されました。
大きく「夜空に響く『ド
イツは一つ』
」とありま
す。この日は、だれが
考えてもこれが妥当な
作りだと思います。
■ 歴史を刻む役割
新聞には、同時代史
を記録するという重要
1990 年 10 月 3 日 大阪本社版 夕刊社会面(左)と第2社会面(右)
な役割があります。それは記事内容だけでなく、見出しや写真
の大きさという「扱い」も大切な要素です。紙面を大きく割く
ことで、視覚的にもニュースの重要度を表現しているのです。
ドイツ統一は世界史に残る大事件。ナチ敗北、米ソの分割統
治、冷戦の最前線と、歴史の荒波に翻弄(ほんろう)されてき
たドイツが、89 年 11 月の「ベルリンの壁」崩壊を経て、つい
に再統一にこぎつけたのです。文句なしのトップでしょう。
聞けば警官不祥事は特ダネだったとのこと。なるほど地元の
大ニュースを大きく扱うのも、新聞編集の大事な点です。でも
ドイツ統一を押しのけてまでのトップだったのか疑問です。
1990 年 10 月 3 日 東京本社版 夕刊社会面
■ 半日遅れの大見出し
毎
日
大阪が地元ニュースとの関係で判断を誤ったのに対し、東京紙面は
東
京
本
社
版
(
以
下
同
)
「時間の推移」という面で、教訓を残しました。
右は、同じ 90 年 10 月 3 日の紙面(毎日)と見出し(朝日、読売)
です=いずれも東京本社最終版。いずれも1面トップで、メイン見出
しは「統一ドイツ誕生」と全く同じ。横見出しの扱いも共通していま
す。でも、毎日と朝日・読売では、決定的な違いがありました。
実は、朝日と読売は 10 月 3 日付朝刊で、毎日は半日遅れの 3 日夕
刊なのです。まるで特ダネを抜かれて、追いかけた時のようです。
「共
統一ドイツ誕生
8000 万人の経済大国に
通もの」なのに、どうしてこうなったのでしょうか。
統一ドイツ誕生
■ 朝のニュースをどう伝えるか
右に各紙の前文を抜き出したので、よくご覧下さい。朝日は「ドイ
ツは・・・国家的統一を回復する」、読売は「東西ドイツは・・・分断の歴
朝
日
読
売
分断41年に終止符
毎日 東西ドイツは三日、第二次大戦後の国家分
裂の歴史に終止符を打ち、統一した。
史に終止符を打つ」と、いずれも文末が「未来形」になっています。 朝日 ドイツは三日午前零時(日本時間同八時)、
一方、毎日は「東西ドイツは・・・統一した」と「過去形」になってい
国家的統一を回復する。
ます。つまり、紙面制作の時間が違うということになります。
読売 東西ドイツは三日午前零時(日本時間同八
時)を期して統一し、四十一年にわたる分断の歴
史に終止符を打つ。
統一の瞬間は、日本時間 3 日午前 8 時(現地時間同日午前 0 時)で
した。3 日朝刊の締め切り時点(3 日午前 1 時半ごろ)ではまだ統一
しておらず、毎日は 3 段の地味な予告記事を載せただけでした=右図。
しかし朝日と読売は、朝刊が配達されてほどなく統一の瞬間を迎え
ることから、朝刊で大展開する方針を選びました。本記を1面トップ
にし「統一ドイツ誕生」の見出しを付け、中面にも関連記事を満載し
たのです。「統一」を生中継する朝のテレビニュースを見ながら読む
ことを考えれば、朝日と読売が毎日を圧倒したのは確かです。「都市
計画税半減を検討」が1面トップの毎日は、いかにも迫力を欠きます。
■ あえて「見出しの文法」を逸脱
問題は「統一ドイツ誕生」の見出し。
「見出しの文法」では、
「逮捕」
は「逮捕した」と過去形を意味します。だから、朝日や読売が未来形
の記事で「誕生」の見出しを付けたのは、厳密には文法違反です。
ただドイツ統一という歴史的重大性を考えれば、そこまでしゃくし
定規に考える必要はないとも言えます。「逮捕」の予告記事などと違い、
不意に延期されて「外す」可能性がまず考えられないからです。
同じ3日朝刊の日経も参考になります。堂々とした横見出しを張り
=右図=、節目の日にふさわしい1面トップを作りました。一方で見
1990 年 10 月 3 日 東京本社版 朝刊1面
統一ドイツけさ誕生
分断に幕、欧州に新秩序
新生ドイツスタート
大統領「平和に貢献」と宣言
出しは「統一ドイツけさ誕生」と付け、「見出しの文法」からの逸脱
を防いでいます。ただ、見出しで踏み込んだ朝日・読売と比べ、迫力
は落ちます。良くも悪くも、それが「日経流」なのだと感じます。
「新生ドイツ」スタート
平和への奉仕宣言
なお3日夕刊ですが、朝刊で「統一ドイツ誕生」を打った朝日と読
売に加え、日経も「新生ドイツスタート」と一字一句違わない見出し
でした=右図。不思議です。電話で相談したわけではないでしょうに。
日
経
朝
刊
新生ドイツスタート
「東西の架け橋に」
朝
日
夕
刊
読
売
夕
刊
日
経
夕
刊