アメリカ地方自治 の伝統性と保守性

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第 節
アメリカ地方自治の伝統性と保守性
蘋──伝統的な自治の精神
地方自治の制度と実践は、アメリカが植民地として発足して以来、伝統的
に根付いてきたものである。独立後の地方自治発展変化の様相並びに現況に
ついては後章で詳しく取り上げるが、17世紀の初頭、北アメリカの地にイギ
リス系植民地として地域社会が開設されて以来、アメリカ人が伝統的な「自
治」の精神を持って地域社会を運営するため、自ら「地方政府」を設立し更に
は
「州政府」
を設立して、
それぞれの植民地や独立後の州並びに地方団体の「統
治(立法・行政・司法)
」に当たってきたことは紛れもない事実である。
ピューリッツァー賞受賞の米国史家サミュエル・モリソン元ハーヴァード
大学教授は、名著『アメリカ国民史』の中で、
「アメリカのあらゆる地域と階
級に共通していたのが政治的成熟性であった。アメリカ人は自治に関する天
才的資質を持っていた。人々は、政治学者である指導者に従順に追随したわ
けではなく、批判的精神を持って従った。粗野な辺境開拓民でさえ、自由は
法の下でのみ保証され得るということを悟っていた」と述べているが盧、そ
のようなアメリカ人の伝統的な「自治」の精神基盤の上に、アメリカの「地方
政府」が形成されまた「地方自治」が実践されてきたのである。
17世紀に植民地人のニーズに即して発達し、18世紀に成熟したアメリカの
地方政府制度(タウンやカウンティなど)はかなりよく機能し、人々は十分
に満足していたと見られている。この点は、
「アメリカの独立革命(独立戦争)
は人間活動のほとんどあらゆる面での改革を要求したが、植民地レベルより
下位の政府(すなわち地方政府)の変化を求める声はほとんど見られなかっ
第1章 アメリカ地方自治の原理と特質
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た」といわれていることからもうかがい知ることができよう盪。かくして、植
民地発足以来形成されてきた地方政府の「自治の伝統」が、建国後も今日に
至るまで継承されてきたわけである。
アメリカの地域社会とりわけ北東部の
「地域社会共同体は、法律的には、
(上
位の)州政府が地域の自治を制限しようとする動きを防止する権限は保有し
ていないかもしれないが、実際的には事実上の独立性を享受しているところ
である。
何故ならば、
伝統が地方への権限委譲を奨励するからである」と、ラッ
セル・ハンソン(インディアナ大学)教授は指摘しているが蘯、法律上の「自
治権」という権限はともかく、歴史上の「自治の伝統」が確固として存在して
いるという事実は誰しも否定できないところであろう。
蘋──最古の住民自治の伝統継承
アメリカが近代国家の中では最も古い「住民自治」の「伝統」を持つ国であ
ることは既に言及したとおりであるが、この「伝統」を維持することに努力
しかつ成功してきた国であるという点でも注目すべきものがある。例えば、
ニューイングランド諸州の「タウン」においては、21世紀の今日なお17世紀
の植民地時代と同じように「町民総会(タウンミーティング)」が開催されて
いる。中西部の「タウンシップ」においても、なお「タウンミーティング」が
開催されているところが少なくないが、
「タウンミーティング」が「住民自治」
の典型のひとつであることはいうまでもない(第3章第6節・第5章第4節
参照)
。
アメリカ人の心の故郷は「スモールタウン」にあるといわれているが、ア
メリカの自治体住民は「合併」によって大規模化し、住民の監視が行き届か
なくなるような方式は好まない傾向がある。州政府から「合併」を推進する
ような動きが出れば、住民の反発を受ける結果を招くだけである。隣接自治
体からの吸収合併にも拒絶反応を示す地域が少なくない。伝統的な「我らが
町」への愛着が強いためでもあるが、そればかりではなく、大きな自治体に
統合されることにより住民による統制が弱められ、
「住民自治」が形骸化して
しまうことを嫌い恐れるのである。地域住民の合併反対運動により合併が進
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第4節 アメリカ地方自治の伝統性と保守性
まない事例は枚挙にいとまがない。上位のカウンティ政府が、業務量の少な
い「タウンシップ政府」は非効率的であるとして廃止しようとしたが、住民
が「草の根政府」を守るため反発して拒絶され、失敗に帰した例もある(第3
章第5節参照)
。
「住民自治」は単に「伝統」として存続してきたばかりでなく、
実践活動の「規範」ともなっているといってよい。
蘋──州・連邦政府に先行した地方政府
アーネスト・グリフィスは、
「全般的に見て、アメリカの最大の業績は、集
権的・国家中心主義的時代にあっても、なお保持することに成功してきた地
方自治にある。分化・適応・実験そして政治教育の伝統的価値は実質的に無
傷のまま残されている」と述べているが盻、ここにいう「地方自治」が、もっ
ぱら「住民自治」を指していることは改めていうまでもない。
他方トックヴィルが、アメリカの「住民自治」に着目し、歴史的名著『アメ
リカの民主政』
を著わしたことは既に紹介したとおりであるが、その中でトッ
クヴィルは次のように述べている。
「アメリカでは、タウンがカウンティ以前
に、カウンティが州以前に、州が連邦以前に組織されたといってよい」眈。法
律論としては「地方政府」は「州政府」により創設されたものとみなされてい
るが、歴史的実態として見る限り、タウンその他の自治共同体が上位政府よ
りも先に形成されたことは紛れもない事実であり、このトックヴィルの指摘
は核心を衝いている。
「地方自治」を営む「共同体」がアメリカの「州」や「国
家(連邦)
」の母体を形成したことに、我々はまず注意しておく必要がある。
もともと「自治体(communes)
」が中央政府(連邦政府)より歴史的に先行
して存在していたスイスでは、
「自治体(コミューン)」が固有の自治権を持
つと考えられているから、上位から権限を分けてもらう意味を有する「分権」
という言葉は不正確な表現であるとして受け入れられていないが、
「地方政
府」の「コミューン」が「州政府」の「カントン」や「連邦国家」以前に組織さ
れていたという点では、アメリカと類似していることが理解されよう。13州
による「アメリカ合衆国」建国後新たに「州」が形成された地域においてすら、
新「州政府」形成前に「タウンシップ政府」や「カウンティ政府」が先行して
第1章 アメリカ地方自治の原理と特質
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設定されたことは、西部開拓史の示すとおりである。
「辺境開拓地」では「住
民自治」
により治安が守られ、
地域社会が律せられた。西部開拓と共に、
「自治」
の精神と実践は徐々にアメリカ全土に拡大し、定着していった。州や連邦政
府が彼等に手を差し伸べることなど事実上不可能であったため、パイオニア
たちは「自治」を習慣として身に着けるようになったのみならず、自らの居
住する地域で「自治」を実践せざるを得なかったのである。かくして、法律論
の是非にかかわらず、
「地方政府」は単なる「州の創造物」ではなく、固有の
自治権を持った歴史的実体であると認識されてきたのである。
蘋──共同体精神の伝統
トックヴィルは、
「アメリカには、共同体制度があるばかりでなく、これ
らを支え活気付けている共同体精神(esprit communal)というものがある。
ニューイングランドのタウンは、人々の興味を惹き付けずにはおかない独立
性と権限という2つの利点を保有している」と述べ、独立性と権限を持つア
メリカの「タウン」と「共同体精神」を高く評価しているが眇、建国前遥か昔
の植民地時代に蒔かれた「自治」の種が成長し、アメリカ人の「共同体精神」
を形成し、今日に至っていることは疑問の余地のない事実である。
1620年ニューイングランドに到着した「巡礼者」により、
「神の御前及び
各人の前で厳粛にかつ相互に盟約を結び、かつ我ら自ら結束してひとつの
政治団体となり、よりよき規律と保全」を図るべく、
「メイフラワー協約
(Mayflower Compact)
」が結ばれたが眄、これこそ「自治」の萌芽であったと
いえよう。
トックヴィルが注記しているとおり眩、1641年、ロードアイランド植民地
議会は満場一致で、
「
(植民地)政府は民主政であり、権力は自由なる市民の
結合体に賦与されており、自由なる市民のみが法を制定し執行する権利を保
有する」旨宣言しているが、このような「市民(住民)」が自ら立法し執行す
る政府(自治政府)の「伝統」は、植民地政府レべルよりも自治体(タウン)
レベルでより徹底していたのである。
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第4節 アメリカ地方自治の伝統性と保守性