ラジカットのALS治療薬認可コメント

ラジカットの ALS 治療承認―ALS 治療方法開発進展に歴史的な道標
吉野内科・神経内科医院 吉野 英
ラジカットがついに ALS 治療薬として承認されました。わたしが 2001 年 8 月に国府台病
院で第 1 例目投与してから 14 年目です。感慨深いです。本剤点滴を受けてその効果を実感
した多くの私の ALS 患者さんが保険診療適応を求めて街頭で何十万筆もの署名を集めて厚
生労働省に陳情に訪れました。天国に旅たった患者さんたちに、皆さんの活動は今実を結び
ましたと、今厳かに謹んで墓前に報告申し上げます。
ラジカットが脳梗塞急性期治療剤として承認されたのが、2001 年 4 月です。ALS に酸化ス
トレス、なかでもフリーラジカルが関わっているという報告は今も当時もたくさんありま
した。そこに出てきたのがラジカットでした。国府台病院で多くの患者さんを前にし、来る
日も来る日も治療候補剤を考えていた当時、これを試さない手はないと確信しました。病院
の倫理委員会の承認を受け、当時持っていた研究費をすべてつぎ込んで購入できるだけラ
ジカットを購入し、実薬投与するオープン試験を開始しました。すると、これを点滴したら
楽になるという患者さんが多くみられ、中にはいったん呼吸困難で気管切開して装着した
人工呼吸器を、その後 2 年間も離脱できるという患者さんもいました。しかし薬効評価の
ためには、少数の経験では誰も納得してくれませんでした。その後オープン試験を積み重ね
いろいろな進行状態の患者さんが集まると、まだ症状が進行していない患者さん、具体的に
は日常生活に人の手助けを要しない患者さんたちは、その後の進行がかなり抑えられるケ
ースが多いことが判りました。
そこで製薬会社が第 1 回目の大規模な二重盲検試験を全国の神経内科医の先生方のご協力
を得て行いました。その結果、ラジカット群で病気の進行を抑制している傾向はみられまし
たが、承認に必要な有意差は得られませんでした。なぜ予想された効果を下回ったか、私を
含め製薬会社の開発チームで検討を重ねました。その結果、日常生活の自立度合をもう少し
厳密に定義し、呼吸症状に問題なく、発病 2 年以内で確実に ALS と診断できる患者さんに
エントリー基準を絞りました。このようなエントリー基準で解析したら、第 1 回目の二重
盲検試験でも、その後の延長二重盲検試験でも、コンスタントに有意差が証明できていまし
た。
万を持して行われた第 2 回目の大規模二重盲検試験は、見事に実薬群が、ALS 症状の進行
を約 3 分の 2 に抑えることができることが証明されました。二重盲検実施期間は半年でし
たので、おおまかにいえば、プラセボが 4 か月で歩行不能や食事接種自力で不可能になる
ところを、半年に伸ばすことができるという結果でした。その後はオープン投与のデータし
かありませんが、
実薬投与群はその後も 1 年間にわたり ALS 進行状況はたいへん緩やかで、
急に悪化するという症例はみられていません。また ALSFRS-R という病気の進展を計測す
るスタンダードな方法のみならず、Norris スケールの球症状、四肢症状でも優位な効果を
認めましたし、精神的な主観的尺度を表す ALSAQ-40 という評価もラジカット群で有意
な差を認めました。このことは、ラジカット投与により、患者さんがより病気に前向きにな
れるという可能性を示しています。
さて、リルテックとの関係ですが、リルテックは死亡までの期間を約 3 か月延長する効果
が海外での治験で示されていますが、筋力、肺活量などはプラセボとかわりありません。こ
のことが多くの専門医の先生、患者さんも効果を実感しにくい点と思います。しかしリルゾ
ールはグルタミン酸拮抗による細胞死の保護、かたやラジカットはフリーラジカル消去と、
役割は異なっており、お互いに効果を打ち消すことはまずなく、ラジカットの治験でも現実
に大部分の患者さんは両剤併用しており、そのことによる副作用はみられませんでした。ラ
ジカット治療を始めても、リルテックを服用し問題ない方は続けていただいて大丈夫です。
シャルコーが 140 年以上前に ALS という病気を見つけて以来、ラジカットははじめて日常
生活の機能障害悪化を抑制することが証明された薬剤です。なにより世界中で ALS に苦し
む患者さん達に日本の製薬会社が開発した薬が効果あることを証明できたことは、一人の
日本人として大きな誇りです。
しかしこれで終わりではありません。日本発のエビデンスを早く世界中の ALS 患者さんに
治療薬として届けるために、ありていにいえば各国規制当局の承認を受けることが急務で
す。また治験で行われた投与スケジュールが最善とは限りません。ラジカットの投与スケジ
ュールをよりもっと有効な効果を探索する研究があるべきですし、ラジカットで抑えきれ
ない細胞障害を補うコンビネーション治療方法も加速的に研究が進歩するでしょう。今ま
でも多くの ALS 研究進歩で明るいニュースがありましたが、今回のラジカット承認は多く
の患者さんにとって 7 月 1 日から実際に効果が実感できる現実的なものです。
治療方法がないとあきらめていた患者さんはいませんか?希望を捨てないでください。