一部の請求項について特許を受ける権利の 共有持分を有する

生田哲郎◎弁護士・弁理士/佐野辰巳◎弁護士
一部の請求項について特許を受ける権利の
共有持分を有することが確認された事例
[知的財産高等裁判所 平成27年3月25日判決 平成25年
(ネ)
第10100号]
1.事件の概要
研究成果は、それぞれX、Y、Zの単
る第1の断片及び第2の断片を
独所有とし、X、Y、Zの2以上の研
切り出すことのできる多孔質複
と共同研究をしていたX(控訴人、原
究担当者が共同して得た研究成果は、
合体を得る傾斜架橋工程、
審原告)が、Yのした特許出願につい
当該研究担当者の所属する当事者の共
て、特許を受ける権利を有することの
有とすることが規定されていました。
本件は、Y(被控訴人、原審被告)
確認等を求めた事件です。
Yは、平成23年7月4日、Yに所
を含む、多孔質複合体の製造方法。
※[請求項7]は省略。
[請求項8]
前記結晶合成工程
(1)において、
原審では、Yの特許出願(以下、本
属する研究担当者B、C、Dおよび学
件基礎出願)の全請求項(請求項の数
生Sの4名を発明者として、次のよう
リン酸カルシウム結晶にビニル基を
は9)を訴訟の対象として、Xの請求
な本件基礎出願をしました。
導入し、そして、前記傾斜架橋工程
は棄却されました。
※[請求項1~5]は省略。
(5)における架橋が、放射線照射架
控訴審において、Xは、本件基礎出
願の請求項1~7についての主張を撤
回したため、請求項8および9と、本
[請求項6]
(1)リ ン酸カルシウムの結晶懸濁液
を得る結晶合成工程、
橋であって、多孔体への放射線照射
量を変化させることにより、生体吸
収性が1.5倍以上異なる第1の断片
件基礎出願に基づく優先権を主張した
(2)可 溶 化 コ ラ ー ゲ ン 溶 液 中 の コ
及び第2の断片を切り出すことので
国際特許出願の請求項13および14に
ラーゲンを線維化し、コラーゲ
きる多孔質複合体を作製する、請求
係る発明の共有持分の確認に限定され
ン線維懸濁液を得る、コラーゲ
項6に記載の多孔質複合体の製造方
ました。
ン線維化工程、
法。
[請求項9]
控訴審は、これらの請求項に係る発
(3)前 記コラーゲン線維懸濁液とリ
明について、Xが特許を受ける権利の
ン酸カルシウム結晶懸濁液とを
前記リン酸カルシウムが、水酸ア
共有持分を有することを確認しました。
混合し、リン酸カルシウム結晶
パタイト、リン酸二水素カルシウム、
/コラーゲン線維混合懸濁液を
リン酸二水素カルシウム水和物、リ
得る、混合工程、
ン酸一水素カルシウム、リン酸一水
2.発明の概要等
XとYは、訴外Zと共に、平成21年
(4)前 記リン酸カルシウム結晶/コ
素カルシウム水和物、リン酸八カル
4月1日から平成23年3月31日まで
ラーゲン線維混合懸濁液を多孔
シウム、及びリン酸三カルシウムか
共同研究契約(以下、本件共同研究契
体に成形する工程、及び
らなる群から選択される少なくとも
(5)前 記多孔体に架橋密度を変化さ
1種のリン酸カルシウムである、請
究契約には、
研究成果の帰属について、
せた架橋処理を行うことによっ
求項6~8のいずれか一項に記載の
X、Y、Zの研究担当者が単独で得た
て、生体吸収性が1.5倍以上異な
多孔質複合体の製造方法。
約)を締結していました。本件共同研
2015 No.7 The lnvention 45
3.争点
し、そして、前記傾斜架橋工程
(5)
にお
ら周知の人工骨用素材である、リン酸
Xの研究担当者Aは、本件基礎出願
ける架橋が、放射線照射架橋であって、
カルシウム/コラーゲン複合体に、ビ
の請求項8および9に係る発明
(以下、
多孔体への放射線照射量を変化させる』
ニル基を導入し、放射線を照射したこ
本件基礎出願発明8及び9)の共同発
ことにより、骨置換の誘導と機械的強
と、すなわち、ビニル基導入・放射線
明者か否か。
度とを満足する人工骨用のリン酸カル
照射であり、傾斜架橋は、同発明の課
ア 本件基礎出願発明8及び9の特徴
シウム/コラーゲン線維複合体を製造
題解決手段とは認められない。
することができるものである
(
【0011】
)
。
したがって、本件基礎出願発明8及
イ 本件基礎出願発明8及び9の特徴
以上によると、本件基礎出願発明8
び9の特徴的部分は、控訴人の主張す
的部分の創作に対するAの関与の
及び9の特徴的部分は、上記(ウ)の課
るとおり、ビニル基導入・放射線照射
有無及び内容(争点2)
題、すなわち、骨置換の誘導能と、荷重
にあると認めるのが相当である」
的部分は何か(争点1)
ウ Aは本件基礎出願発明8及び9の
のかかる部位に使用することができる
共同発明者といえるか(争点3)
優れた機械的特性を有するリン酸カル
争点2:本件基礎出願発明8及び9の
その他の争点は説明を省略します。
シウム/コラーゲン線維複合体の製造
特徴的部分の創作に対するAの
方法を提供するという課題を解決する
関与の有無及び内容について
手段に求められるというべきである」
Xは、本件の着想はAによるもので
争点1:本件基礎出願発明8及び9の
「
(本件基礎出願明細書の記載によれ
あり、Aはその具体化にも関与してい
特徴的部分について
ば)骨置換の誘導能を有するという課
ると主張し、Yはこれを争いました。
本件基礎出願発明8及び9の特徴的
題は、従来から周知の人工骨用素材で
この点について、裁判所は次のように
部分について、Xは、ビニル基導入・放
ある、リン酸カルシウム/コラーゲン
判示しました。
射線照射にあると主張したのに対し、
複合体を用いることにより解決される
Yは、傾斜架橋にあると主張しました。
ものと認められる」
4.裁判所の判断
「①Aは、平成21年2月ころ、本件基
礎出願発明8及び9の特徴的部分であ
「本件基礎出願明細書には、ビニル
るビニル基導入・放射線照射の着想を
基導入・放射線照射によって、荷重の
得て、……新しい研究テーマとして取り
「
(ウ)そこで、本件基礎出願発明6な
かかる部位に使用することができる優
組む価値があるものと考えたこと(認定
いし9は、骨組織の再生において、骨
れた機械的特性を有するリン酸カルシ
事実ウ)
、②Aは、Bら本件共同研究の
リモデリングにより早期に骨置換を起
ウム/コラーゲン線維複合体が得られ
研究担当者も参加した平成21年6月2
こすことができるだけでなく、荷重のか
たことが記載されているものと認める
日の本件コラーゲン会議において本件
かる部位に使用することができる優れ
ことができる。
着想を発表し……たが、本件共同研究
この点について、裁判所は、次のよ
うに判示しました。
第1期の研究内容としては、Aの提案
た機械的性質を有するリン酸カルシウ
他方、証拠(甲2)を検討してみて
ム/コラーゲン線維複合体の製造方法
も、本件基礎出願明細書には、ビニル
は採用されなかったこと(同オ)
、
③Aは、
を提供することを課題とする(
【0008】
)
。
基導入・放射線照射によることなく、
……遅くとも平成22年3月ころまでに、
(エ)上記の課題を解決するために、
傾斜架橋のみで、荷重のかかる部位に
ビニル基を導入したリン酸カルシウムと
本件基礎出願発明8及び9は、まず、
使用することのできる優れた機械的性
ポリ乳酸の複合体に……γ線を照射し
請求項6記載の『……多孔質複合体を
質を有するリン酸カルシウム/コラー
たものは、曲げ弾性率が高いこと、す
得る傾斜架橋工程』
(以下『傾斜架橋工
ゲン線維複合体が得られたことを示す
なわち、歪みにくいという強度特性の効
程』という。
)を採用した上、請求項8記
記載はない。
果が認められるという知見を得たこと
載の
『前記結晶合成工程
(1)
において、
リン酸カルシウム結晶にビニル基を導入
46 The lnvention 2015 No.7
そうすると、本件基礎出願発明8及
(同カ、ク)
、④そこで、Aは、コラーゲ
び9の課題を解決した手段は、従来か
ン人工骨においても同様に機械的強度
が高められるであろうと予想し、同年4
争点3:Aは本件基礎出願発明8及び
9の共同発明者といえるか
月23日、本件共同研究第2期の研究内
項
(請求項8および9)
に係る発明の特徴
的部分は、独立請求項とは異なり、ビニ
容として、本件着想をコラーゲン人工
裁判所は、次のように判示して、A
ル基導入・放射線照射にあると認定さ
骨において具体化することを被控訴人
が共同発明者であると認定しました。
れたため、独立項の発明者と従属項の
の研究担当者らに提案し、採用され、
「発明者とは、当該発明における技
発明者が異なるものと認定されました。
放射線照射量の最適値を得るための実
術的思想の創作に現実に関与した者、
験をすることになったこと(同ケ)
、⑤
すなわち当該発明の特徴的部分を当業
発明が解決しようとする課題が独立請
Aは、……放射線照射量の最適値を得
者が実施できる程度にまで具体的・客
求項に係る発明と同じことが多いた
るために必要な作業や実験をSに手伝
観的なものとして構成する創作活動に
め、両者で発明の特徴的部分が異なる
わせることにしたこと(同コ)
、⑥Sは、
関与した者を指すものと解される。
ことは少ないでしょう。
一般に、従属請求項に係る発明は、
平成22年10月17日、AとCに対し、ビ
そうすると、共同発明者と認められ
しかし、発明が解決しようとする課
ニル基を導入したリン酸カルシウム/コ
るためには、自らが共同発明者である
題が複数ある場合には、独立請求項に
ラーゲン複合体に50kGyのγ線を照射す
と主張する者が、当該発明の特徴的部
係る発明と従属請求項に係る発明の解
ると、ビニル基を導入していないものに
分を当業者が実施できる程度にまで具
決課題が異なり、そのために両者の特
比べて著しく強度が向上した旨の報告
体的・客観的なものとして構成する創
徴的部分が異なる場合があります。
をしたこと(同サ)
、⑦Sは、実験条件
作活動の過程において、他の共同発明
をめぐってA及びCと意見交換をしなが
者と一体的・連続的な協力関係の下に、
従属請求項では発明者が異なる可能性
ら実験を進めたこと(同シ)
、⑧Sは、
重要な貢献をしたといえることを要す
があります。
平成23年1月11日、AとCに対し、電子
るものというべきである」
そのような場合には、独立請求項と
共同研究の成果等、発明者が誰である
線を用いることで母材の劣化効果が抑
「Aは、ビニル基導入・放射線照射
かによって権利関係が相違する特許出
えられたが、それ以上に界面強化効果
の着想をしただけでなく、これを当業
願では、
独立請求項の発明者のみならず、
が現れなかったこと、また、50 kGy以
者が実施できる程度にまで具体的・客
各従属請求項の発明者が誰になるのか
上の照射は母材劣化が著しく強度が低
観的なものとして構成するための創作
について注意を払う必要があります。
下したことについて報告をし、意見交
活動の過程において、CやSと共に、
換をしたこと(同ス)
、その後、AとC
一体的・連続的な協力関係の下に、共
的部分と従属請求項に係る発明の特徴
が中心となって、共同発明を前提とした
同研究者として、重要な貢献をしたも
的部分では、客観的な創作的価値に大
特許出願の準備が進められたこと(同
のということができる」
きな差があることが珍しくありませ
ん。しかし、客観的な創作的価値は、
スないしソ)
、以上の事実が認められる。
そして、これらの事実に照らしてみ
また、独立請求項に係る発明の特徴
5.考察
いわゆる進歩性の問題として検討すべ
本件では、独立請求項
(請求項6)
に
き事項であり、共同発明者性の認定に
その具体化に当たっても、Aは、Cと
係る発明は、傾斜架橋工程が特徴的部
影響を及ぼすものではないことに注意
共に、Sに対し、個別、具体的に指導
分であることが明らかですが、従属請求
すべきでしょう。
れば、
本件着想はAによるものであり、
をし、作業や実験に当たらせていたも
のであり、その結果、遅くとも平成
23年2月初めころまでには、本件基
礎出願発明8及び9の特徴的部分が具
体的・客観的なものとして構成され、
完成に至ったものと認められる」
いくた てつお
1972年東京工業大学大学院修士課程修了。技術者としてメーカーに入社。82年弁護士・弁
理士登録後、もっぱら、国内外の侵害訴訟、ライセンス契約、特許・商標出願等の知財実務
に従事。この間、米国の法律事務所に勤務し、独国マックス・プランク特許法研究所に在籍。
さの たつみ
1989年東北大学大学院理学修士課程修了後、化学メーカーに入社し、特許担当者として勤務。
2007年弁護士登録後、生田・名越・高橋法律特許事務所に在籍。
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