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順天堂大学
News & Information
No. 1
医療・健康
2016年 2月19日
ヒトiPS 細胞の高効率な神経分化誘導方法の開発と
パーキンソン病iPS細胞バンクの構築へ
~パーキンソン病の病態研究・再生医療を促進 ~
概要
順天堂大学医学部脳神経内科の服部信孝教授、およびゲノム・再生医療センターの赤松和土特任教授
と、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授は共同して、神経系に分化しにくいことが知られて
いるヒト末梢血から作製したiPS細胞を効率的に神経幹細胞(*1)に誘導する技術を開発しました。また、末
梢血由来iPS細胞でも皮膚線維芽細胞由来iPS細胞と同じようにパーキンソン病の病態を再現できること
を示し、本研究成果を国際幹細胞学会の学会誌であるStem Cell Reports誌に発表しました。今後、この
方法を用いて順天堂医院に通院する数千人のパーキンソン病の患者さんから、世界に例の無い規模の
パーキンソン病iPS細胞バンク(数千例以上)を構築し、順天堂大学と慶應義塾大学はiPS細胞を用いた
パーキンソン病の病態研究・再生医療を連携して促進していくことで合意しました。
本研究成果・発表のポイント
 ヒト末梢血から作製したiPS細胞を効率的に神経幹細胞に誘導する技術を開発し、神経難病を解析
する病態モデルを構築することに成功しました。 (Stem Cell Reports誌に論文発表)
 この方法を用いることで、順天堂医院に通院するパーキンソン病患者さん(数千人以上)の血液から
樹立したiPS細胞を病態解明に利用することが可能になります。
 順天堂大学内で順次患者さんから検体(血液)を採取し、世界に例の無い規模のパーキンソン病iPS
細胞バンク(数千例以上)を構築していきます。
 順天堂大学と慶應義塾大学とは、これらの技術・研究材料を用いてiPS細胞を用いたパーキンソン病
の病態研究・再生医療を促進し連携していきます。
News & Information
No. 2
2016年 2月19日
背景
順天堂大学医学部脳神経内科の服部信孝教授と、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授
らは共同で、2012年に日本国内の研究施設では初めてパーキンソン病患者さんからiPS細胞を作製し、
病態メカニズムを再現することに成功しています。しかし、それらのiPS細胞は、皮膚の組織をメスで切り
取る皮膚生検によって採取し、線維芽細胞を樹立して作製したものでした。このことが、ご協力いただく患
者さんの苦痛と負担が非常に大きくなり、研究の大規模化を妨げていました。
近年、血液の細胞からもiPS細胞が樹立出来ることがわかってきましたが、iPS細胞は元の細胞の性質
を反映しやすいことがあり、血液由来のヒトiPS細胞は、特に神経系に分化しにくいことも大きな問題でし
た(図1)。この問題のために、血液から樹立したiPS細胞は従来の皮膚生検で樹立したiPS細胞と比べる
と効率よく神経系に分化せず、患者さんからいただいた貴重な検体を有効に活用できないおそれがあり
ました。このため、由来細胞の違いに左右されない神経分化誘導法の開発が求められていました。
ニューロスフェア
図1
(神経幹細胞の塊)に分化
神経細胞に
分化させて解析
皮膚由来iPS細胞
皮膚を採取して
作製する
従来の方法で
神経分化誘導
血球由来iPS細胞
採血して
作製する
ニューロスフェアが
形成されないことがよくある
神経分化できず
解析が出来ない
従来の神経分化誘導方法では血液由来のiPS細胞を効率よく神経分化させることが難しかった
News & Information
No. 3
2016年 2月 19日
内容
今回、順天堂大学医学部脳神経内科、ゲノム・再生医療センターと、慶應義塾大学医学部生理学教室
は共同して、複数(神経疾患の無い遺伝性パーキンソン病患者さん)の方から、皮膚線維芽細胞由来と
末梢血由来の両方のiPS細胞を樹立しました。これらの由来の異なる細胞を比較しながら、血液由来の
iPS細胞が神経系細胞へ効率よく分化する誘導方法の最適化を目指しました。まず、これらの細胞を詳細
に解析したところ、同じ人から作製したiPS細胞であっても、末梢血由来iPS細胞は皮膚線維芽細胞由来
iPS細胞と比べて遺伝子発現パターン及びゲノムのメチル化パターンが異なるとともに、神経系への分化
抵抗性を示すことを明らかにしました。さらに、この分化抵抗性の問題を解決するために、培養中の酸素
濃度を低くすることで、未分化iPS細胞を強制的に神経系に分化する環境を作り出し、末梢血由来iPS細
胞が皮膚線維芽細胞由来iPS細胞と同じように神経系へ分化する培養方法(図2)を確立しました。この方
法で遺伝性パーキンソン病患者さんの末梢血由来iPS細胞を分化させても、私たち研究グループが同じ
患者さんの皮膚線維芽細胞由来iPS細胞を用いて以前報告したミトコンドリアの機能異常を再現すること
ができました。
図2
従来の神経分化誘導法(30-50日程度)
胚様体
(神経以外も含む塊)
神経幹細胞へ分化
ニューロスフェア
iPS細胞
iPS細胞
今回開発した神経分化誘導法
培養期間も大幅に短縮(7−14日程度)
低酸素
培養
単一細胞に分離
低酸素
培養
神経幹細胞へ分化
ニューロスフェア
News & Information
No. 4
2016年 2月19日
本研究結果の意義
今回の研究によって、神経系に分化しにくいことが大きな問題であった末梢血由来iPS細胞を効率よく
神経系の細胞に分化させることが可能になりました。適切な誘導方法を用いれば、患者さんに負担の大
きい皮膚生検をせずに、通常の血液検査程度の量の血液から樹立したiPS細胞でも、神経難病研究を効
率よく進めることができることが明らかになりました。このことで、これまでわからなかった神経難病の詳し
い原因の解明や、新たな治療法・医薬品の開発などにつながることが期待されます 。
今後の展開
順天堂医院脳神経内科には、国内の医療機関としては最大規模数のパーキンソン病患者さんが通院し
ています。パーキンソン病の基礎研究でも、遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子を複数同定するなど、
世界をリードする研究成果を発表してきました。今回の慶應義塾大学との共同研究成果によって、血液由
来のiPS細胞をパーキンソン病の研究に用いることが可能であることが示され、従来の皮膚生検と比較す
るとはるかに簡便に、ご協力いただく患者さんの負担が殆ど無くiPS細胞を樹立することが出来ます。その
結果としてより多くのパーキンソン病患者さんに研究のご協力を頂くことが可能になりました。
2014年順天堂大学に開設されたゲノム・再生医療センターへ、赤松和土特任教授が慶應義塾大学から
着任しました。赤松特任教授は、慶應義塾大学で岡野栄之教授が代表を務める文部科学省(現在は国立
研究開発法人日本医療研究開発機構に移管)「疾患特異的iPS細胞技術を用いた神経難病研究」におけ
る解析の基盤技術開発の中心となってきた研究者であり、順天堂大学では文部科学省私立大学戦略的
研究基盤形成支援事業・厚生労働省(現在は国立研究開発法人日本医療研究開発機構に移管)再生医
療実用化研究事業の支援を受け、患者検体からiPS細胞を樹立し解析できるシステムを確立しています。
順天堂大学脳神経内科では、すでに約120名の孤発性パーキンソン病患者さんから血液を提供してい
ただき、順次iPS細胞を樹立できる準備を進めています。最終的には、数千例規模のパーキンソン病iPS
細胞を樹立し、世界的にも例が無いパーキンソン病iPS細胞バンクを構築することで、慶應義塾大学医学
部生理学教室と連携して、パーキンソン病の病態研究をさらに加速していこうと考えています。
一方、慶應義塾大学の岡野栄之教授のグループは、再生医療実現拠点ネットワークプログラムの
「疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)」として脊髄損傷に対するiPS細胞を用いた臨床研究を数年以内
に実現させようとしています。順天堂大学では、パーキンソン病研究に関する慶應義塾大学との連携の
中で、中枢神経系の再生医療で世界的に先行する岡野栄之教授らのiPS細胞を用いた細胞移植治療の
知見を共有し、将来的にiPS細胞を用いたパーキンソン病の再生医療を実現するための体制を、ゲノム・
再生医療センターおよび近日中に設置予定の難病治療センター(仮称)内に整備していきます。
News & Information
No. 5
2016年 2月19日
用語解説
*1 神経幹細胞: 未分化な状態を保ったまま増殖し継代することができる‘自己複製能’と、中枢神経系を構成す
るニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの3種類の細胞に分化することができる‘多分化能’を併せ持つ
細胞。
原著論文
雑誌名: Stem Cell Reports
2016年2月18日午後0時(米国東部時間)にオンライン掲載 (http://dx.doi.org/10.1016/j.stemcr.2016.01.010)
(日本時間2016年2月19日午前2時)
タイトル: Functional neurons generated from T cell-derived iPSCs for neurological disease modeling
著者名:松本拓也、藤森康希、野田-安藤友子、安藤崇之、 葛巻直子、豊島学、多田敬典、今泉研人、石川充、
山口亮、磯田美帆、周智、佐藤栄人、小林哲郎、大高真奈美、西村健、黒澤尋、吉川武男、高橋琢哉、中西真人、
大山学、服部信孝、赤松和土*、岡野栄之*(* 責任著者)
特記事項
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)および国立研究開発法人日本医療研究開発機構
(AMED)・再生医療実現拠点ネットワークプログラム「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」、国立研究開発法
人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)/AMED 再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業
「再生医療の産業化に向けた細胞製造・加工システムの開発」国立大学法人京都大学再委託費によりサポートさ
れたものです。
順天堂大学におけるパーキンソン病iPS細胞の作製・細胞バンク設置は、文部科学省私立大学戦略的研究基盤
形成支援事業(研究代表:新井一)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実用化研究事
業(研究代表:服部信孝)によりサポートされています。
慶應義塾大学との現在進行中・今後の共同研究に関してはJSTおよびAMED再生医療実現拠点ネットワークプ
ログラム「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」による慶應義塾大学拠点からの間接的な支援を受けるほか
に、AMED難治性疾患実用化研究事業の研究開発課題「オートファジー促進によるミトコンドリアクリアランス上昇
を薬理作用とする新たなパーキンソン病治療薬開発」(研究開発代表者:服部信孝)によりサポートされます。
本研究は味の素株式会社との共同研究によって行われました。
【研究内容に関するお問い合せ先】
【取材に関するお問い合せ先】
【事業に関するお問い合せ先】
●順天堂大学大学院医学研究科
●順天堂大学
● 国立研究開発法人
ゲノム・再生医療センター
総務局 総務部 文書・広報課
日本医療研究開発機構(AMED)
特任教授 赤松 和土 (あかまつ わど)
担当:植村 剛士 (うえむら つよし)
〒100-0004
TEL:03-5802-1728
TEL:03-5802-1006
東京都千代田区大手町一丁目7番1号
FAX:03-5802-8776
FAX:03-3814-9100
E-mail: [email protected]
E-mail: [email protected]
戦略推進部 再生医療研究課
●慶應義塾大学
TEL:03-6870-2220
信濃町キャンパス総務課
E-mail:[email protected]
●慶應義塾大学医学部 生理学教室
教授 岡野 栄之 (おかの ひでゆき)
TEL:03-5363-3747
FAX:03-3357-5445
E-mail: [email protected]
担当:谷口 真子 (たにぐち まさこ)
TEL 03-5363-3611
戦略推進部 難病研究課
FAX 03-5363-3612
TEL:03-6870-2223
E-mail: [email protected]
E-mail:[email protected]
※本リリースのカラー版をご希望の方は
上記までご連絡ください。