「仕事改革」に - ベネッセの介護相談室

今月
の
勘
ど
月刊マネジメント倶楽部(2016年2月号)掲載
(c)税務研究会 ネット上を含め無断複製・転載を禁じます
ころ
仕事と介護の両立支援
カギは
「仕事改革」に
超高齢化とも呼ばれる時代を迎えるなか、
「仕事と介護との両立」が大きな
課題になっています。政府も「介護離職ゼロ」の旗印を掲げましたが、業務
の要を支えてきたベテラン社員の離職防止は企業経営にも切実です。仕事と
介護の両立のサポートに取り組むベネッセシニアサポートの鬼沢裕子・法人営
業部長のお話をもとに、経営革新にも役立つ両立支援策を考えてみましょう。
勘
待ったなしの課題
「それも一つの考え方ですが」と断った上で、
鬼沢さんは、すでに40 ~ 50代の社員の1割以上
が介護を担っていて、
「近い将来に介護の問題が
現在日本は、国民の4人に1人が65歳以上の高
発生するだろう」と答えた人、いわばリスク層は
齢者で、働き盛りの世代3人で1人の高齢者を支
半数近くになっているという数字を教えてくれま
えています。そうしたなか、家族の介護を理由に
した。これはダイヤ高齢社会研究財団の調査結果
離職・転職する人は年間10万人に達しています
ですが、3 ~ 4割程度の社員に辞められてしまう
(平成24年の総務省「就業構造基本調査結果」
)
。
これは、一人ひとりの従業員と家族にとっては
鬼沢さんは、
「①の離職ももちろんですが、じ
もちろんですが、個々の企業の経営にとっても深
わじわ広がっているのが③で、ボディブローのよ
刻な問題です。
うに効いてきています。たとえば認知症の方を介
鬼沢さんは、
①介護離職によるキーマンの喪失、
護している方の寝不足は深刻で、勤務中の居眠り
②介護離職による人材不足、③介護負荷による労
やヒヤリ・ハットを招きます。運転や工場などの
働生産性の低下――と、問題点を3つ挙げます。
現場では、命に関わる事故にもつながりかねませ
「①離職されてしまうとキーマンを喪失してし
ん。あとはストレスの重さから介護うつになる方
まう。介護に直面する世代は40 ~ 60代の中堅、
もめずらしくありません」と言います。
ベテランですから、そんなにすぐに代替できませ
労働政策研究・研修機構が発表した研究報告
「仕
ん。それと、育児はまだ女性が中心な面がありま
事と介護の両立」
(2015年5月)でも、
「介護に
すが、介護は容赦なく男女平等にやってきます。
よる肉体的疲労」のある人のうちの56.5%が「仕
共働き世代も多いし、夫婦は年代が近いので、親
事中の居眠り」があり、63.2%が「ヒヤリ・ハッ
の介護が同時にくることも珍しくありません」
ト経験」があり(しかもそのうち19.0%はたび
②の人材不足については、
「組織の新陳代謝が
たびあり)
、78.5%が「スケジュールの遅れ」が
必要なので人の入れ替わりも必要だから、多少辞
あると答えています。
めても構わない」とお考えの経営者もいます。
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と、さすがに人材不足を招きかねません。
MANAGEMENT CLUB 2016·2
勘
事を辞めずに介護と仕事を両立するための仕組み
気軽に相談できますか
がわからないこと」
「勤務先の介護にかかわる支
援制度がない、もしくはわからないこと」
「介護
他方、現在介護をしていたり、将来その可能性
休業などを職場で取得して仕事をしている人がい
のある従業員の32.7%は「非常に不安を感じる」
、
ないこと」
「代替要員がおらず、介護の為に仕事
37.1%は「不安を感じる」
、24.5%は「少し不安
を休めないこと」など、職場に関わる課題が並ん
を感じる」と答えています(株式会社wiwiw「仕
でいます。
事と介護の両立支援事業 社内アンケート(事
要介護状態の対象家族1人につき通算93日まで
前)
」
、平成26年度 厚生労働省委託事業)
。
の介護休業や同じく年5日間の介護休暇などの制
高齢化の進行を背景に、少しでも不安を感じる
度は育児介護休業法で義務付けられているので、
割合は94.3%にものぼっています。従業員はど
「勤務先の介護にかかわる支援制度がない」との
ういった点に不安を抱いているのでしょうか。
回答には誤解も含まれていると思われますが、社
同じ調査によると、介護不安の要因のトップが
内の制度も「近いようで遠い」のかもしれません。
「公的介護保険の仕組みがわからないこと」
で、
「介
それでは、年間10万人に及び、上記調査でも
護がいつまで続くかわからず、将来の見通しを立
44.7%が不安を感じている「介護を理由にした
てにくいこと」が続きます。鬼沢さんは、
「いろ
離職」は、なぜ起きるのでしょうか。
いろな社会的サービスを使った方がいい介護がで
厚生労働省の委託で行われた「仕事と介護の
きるのですが、働いている人にとって、介護に使
両立に関する労働者アンケート調査」
(2013年1
える社会的資源は近いようで遠い」
と指摘します。
月・三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会
介護保険制度もさまざまな介護サービスも、地
社)によれば、
「仕事と『手助・介護』の両立が
域包括支援センターや市区町村の役所に行けばい
難しい職場だったため」が男女ともに62%超と
ろいろ紹介してくれますが、
企業に勤めていると、
ダントツで、
「自分の心身の健康状態が悪化した
平日の日中にはなかなか行けません。
「その日は
ため」が男性25.3%、女性32.8%、
「自身の希望
仕事で」と言っているうちに2週間、3週間先に
として『手助・介護』に専念したかったため」は
なったり、といったことも日常茶飯です。
男性20.2%、女性22.8%にとどまっています(下
先の調査では、従業員が抱える不安として、
「仕
のグラフ参照)
。
介護を機に離職をした理由
0.0
20.0
40.0
仕事と
「手助・介護」の両立が難しい職場だったため
25.3
32.8
自分の心身の健康状態が悪化したため
自分自身で「手助・介護」するとサービスなどの利用料を軽減できるため
「手助・介護」を機に辞めたが、理由は「手助・介護」に直接関係ない
家族や親族からの理解・協力が十分に得られなかった
又は家族や親族が
「手助・介護」に専念することを希望したため
在宅介護サービスを利用できず「手助・介護」の負担が増えたため
要介護者が
「手助・介護」に専念することを希望したため
その他
62.1
62.7
20.2
22.8
自身の希望として
「手助・介護」に専念したかったため
施設へ入所できず「手助・介護」の負担が増えたため
80.0 (%)
60.0
8.5
16.6
11.0
8.1
9.9
9.8
9.7
13.2
9.1
5.5
5.9
8.3
4.6
5.3
離職/男性
(n=525)
離職/女性
(n=469)
資料:三菱UFJリサーチ&
コンサルティング株式会社
「仕事と介護の両立に関する
労働者アンケート調査」
(2013年1月)
より作成
MANAGEMENT CLUB 2016·2
7
今月
の
勘
ど
ころ
カギは「仕事改革」に
つまり、介護離職は多くの働き手にとって、自
ら望んだものではなく、不本意だったことがうか
勘
一人で抱え込まないで
がえます。同調査では、離職時の意向も聞いてい
ますが、
男女ともに6割近くが「仕事を続けたかっ
こうした現状を変えようと多くの会社を訪問
た」と答えており、適切な支援、制度の活用次第
し、仕事と介護との両立に関するセミナーを実施
では離職が防げた可能性が示唆されています。
してきた経験から、鬼沢さんはこう語ります。
鬼沢さんは、会社の側の課題を指摘します。
「知ることから始めようということで、
セミナー
「介護に直面しても勤務先にはなかなか言わな
をしています。介護にどっぷり浸かってからでは
い。この状態を変えていかないと改善されないと
なく、介護になる前にいかに知っておくのか、と
考えています。職場は、一番生活に近い場です。
いうのがポイントなので、
『自分が直面するのは
支えられることがあります」
まだ先かな』という方に受けていただきたい」
先に触れた「仕事と介護の両立支援事業 社
セミナーを主催するのはおもに企業の人事など
内アンケート(事前)
」には、現在介護をしてい
で、参加は予想以上に多く、企業の担当者にも
る従業員に対して、
「勤務先でおもに相談などを
「希望制のセミナーでこんなに来たのは初めてで
している方」を聞いたところ、
「同じ職場の上司」
す」と言われたり、
「男性も来た」と驚かれるこ
37.9%、
「同じ職場の同僚」23.4%、
「同じ勤務
ともあるとか。企業もつかんでいなかった潜在的
先だが別の職場の先輩や友人など」5.6%などに
なニーズの現れといえそうです。
対し、
「勤務先で話したり相談したりしている人
鬼沢さんは言います。
はいない」が29.1%にのぼりました。職場では
「セミナーを受けると、これまで何となく『介
相談しにくいケースがかなりあるようです。
護がきたら今の仕事との両立って難しいのだろう
労働政策研究・研修機構による前述の調査で
な』と思っていた人が、
『辞めてはいけないので
の「仕事と介護の両立を図るために、上司はどの
すね』と言ってくれます。会社を辞めると収入が
ようなことをしましたか」という質問に対して
途絶えるので、経済的にも困ります。それに、精
は、もっとも多い回答は「特に何もしなかった」
神的にも肉体的にも楽になっていない」
40.7%でした。
「介護をすることを上司に伝えな
会社を辞めると、肩の荷が一つ下りて楽になる
かった」という人も22.3%いるので、何もしな
ようにも思えますが、そうとはいえません。先
かった上司のかなりの部分は、部下から知らされ
の厚労省委託調査によると、介護離職後、
「精神
ていなかったのでしょう。
面」では負担が減った人が19.6%に対し、負担
厚労省の『企業における仕事と介護の両立支援
が増した人は64.9%、
「肉体面」では減ったのが
実践マニュアル』でも、従業員が介護に直面する
22.1%、増えたのが56.6%となっています。
「経
「前」の企業の課題の一つとして、
「介護について
済面」では、当然のことながら、74.9%が「負
話しやすい職場風土の醸成」を挙げています。
担が増した」と答え、
「減った」はほとんどいま
従業員が話してくれないと、上司や経営者が家
せんでした。
族の事情に気づくのは難しいものです。上司が自
鬼沢さんは、
「要は、介護に専念するといいこ
ら家庭のことをざっくばらんに打ち明けたり、面
とはない。家族が犠牲になって介護しては、介護
談の機会に聞いてみるなどのほか、鬼沢さんたち
される方も嫌じゃないですか」と話し、こう続け
が手がけているようなセミナーなどで従業員同士
ます。
が話し合う場を作ることも有効でしょう。
「家族でしかできないことは、家族でやってほ
しい。ただ、プロに任せたほうがいいこともたく
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MANAGEMENT CLUB 2016·2
さんあって、たとえば入浴の介助です」
するのはよくないと思います。変に遠慮するとお
素人が力任せに入浴させようとすると、介護さ
互い溝が出き、
『何か悪いな』とか『やっぱり難
れる高齢者のほうも怖いし、痛い。だけどそれを
しいか』と思う。
『仕事はここまでやってほしい』
プロのスタッフがやれば、
安心だし快適です。
「た
と求めれば、どうすればいいのかを本人が考え、
だ、
思い出話を語るというような精神的なことは、
相談もしてくるでしょう。介護に関するいろいろ
なかなかスタッフにはできません。そこはご家族
なサービスを活用することも検討できます」
の方にやってほしいし、権利に関する手続き的な
実は鬼沢さん自身、お母様の介護をしながら、
ことも代われない。だから、うまく分担して行え
会社での管理職としての仕事、それも新事業の
ばいいのです」と鬼沢さん。思わず納得です。
立ち上げと両立させている当事者でもあります。
勘
自身の経験も踏まえ、仕事の仕方の秘訣を3つに
両立のための「仕事改革」
介護離職を防ぐには、介護に直面している従業
絞って教えてくれました。
① 完璧主義をめざさない。
② 人を頼ることも大切。
③ 段取力を高める。
員の支援も、企業の重要な役割になってきます。
具体的にできることとしては、
従業員の相談に乗って課題を整理したり、自社に
・自分の仕事を見える化する
ある「仕事と介護の両立支援制度」の手続きなど
・締切1日前には仕上げる
を知らせることはもちろんですが、介護と両立
・代わりをお願いしたら必ず「ありがとうござい
しながら仕事を続けるためには、
「働き方の調整」
ます」と言う
や「職場内の理解の醸成」も欠かせません。
「働
セミナーではそんなことを話しているそうです。
き方をどうするか」の部分に、両立の成否の分か
「介護をしていると、急に病院から呼び出しが
れ目があるともいえます。
あるなど、緊急で仕事を休むことがあります。そ
鬼沢さんはその点について、こんな話をしてく
ういう時に、仕事が同僚にわかるようになってい
れました。
るか。締切日ギリギリではなく、1日余裕がある
「介護をするようになると、たしかに時間的な
か? 1日あれば何とかなるものです」
制約が出てきて、これまでの働き方を変えざるを
そうした仕事の改革は、考えてみれば介護対策
得ない部分はあるかもしれません。これまで100
にとどまらない、
もっと広い意味を持ちそうです。
時間働いていたのが、95時間とか90時間になる
介護と仕事の両立支援が経営革新になるのです
こともあるでしょう。ただ両立する以上は、責任
が、最後にはもう一度介護のことに戻って、鬼沢
は変わりません。100の責任は100のままです」
さんは「介護する側が少し余裕がないと、いい介
セミナーでは、
「働く時間は減るけれども責任
護もできません」と言いました。いい介護の条件
の100を維持するには、あなただったらどうする
は、そのままいい仕事の条件でもありそうです。
か」について、
話し合ってもらうこともあります。
「どのような得意分野があり、どの部分で、今ま
で以上に会社に貢献することができるか?方法を
考えてはどうでしょう」少しシビアですが、鬼沢
さんの投げかけはいつもポジティブ(前向き)で
す。
「経営側も、介護をしているからといって遠慮
*参考になるホームページ
内閣府「仕事」と「介護」の両立ポータルサイト
(http://wwwa.cao.go.jp/wlb/ryouritsu/case7.html)
都道府県・政令市の相談窓口
(http://www.wam.go.jp/content/wamnet/pcpub/
kaigo/madoguchi/)
厚生労働省労働局雇用均等室(育児介護休業法に関わる
相談など)
(http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/roudoukyoku/)
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