不動産市場:2016年の見通し

MARKET
不動産市場:2016 年の見通し
大久保 寛
CBRE リサーチ
エグゼクティブディレクター
イクルの長さから考えても、2017年
規開発物件についても、プレリーシ
から2019 年の間のいずれかの時点
ングが進んでいるものが多く見受け
でオフィス市況は転換点を迎える可
られる。ただし 、むこう2 年間の新
CBREでは、不動産の主要賃貸セ
能性が高い。東京オフィス市場につ
規供給床の約 30%が集中する「 圏
クターならびに投資市場について、
いて言えば、現状の新規供給計画
央道エリア」では、空室率の上昇な
2015 年を振り返るとともに 2016 年
ならびに経済成長率の見通しを前
らびに賃料の弱含みが予想される。
から2017年にかけての見通しをまと
提とすると、2018 年末頃に賃料は
しかしその他のエリアでは需給が
めた。経済面で 2016 年は、輸出な
ピークを打ち、それ以降は緩やかな
逼迫した状況が続き、賃料は1~
らびに企業設備投資のさらなる増
下落トレンドに転じる可能性があ
6%のレンジで上昇すると予想する。
加に加えて個人消費の回復も見込ま
る。
はじめに
不 動 産 投 資 市 場 も好 調な賃 貸
れることで、実質 1.0%程度の成長
が予想されている
(出所:日本経済研
首都圏の物流施設も全般的に堅
マーケットを背景に、需給タイトな
究センター)
。不動産市場において
調な市場が 続くだろう。 ただし 、
状況が続くだろう。2015 年は、国
も、概ね好調なトレンドが続くとみら
2015 年に続いて2016 年も過去最高
内外の投資家からの需要が引き続
れる。
の新規供給が計画されているため、
き強い一方で、都心オフィスを中心
エリア間の需給動向の格差は広が
に優良な物件の供給が限定的だっ
オフィス市場においては、2016 年
るだろう。3PL(サード・パーティ・ロ
たことを主因に、投資総額は前年の
から2017年にかけて東京のみなら
ジスティクス)の業容拡大、eコマー
水 準を下回る見 込 みだ。 しかし
ず地方都市においてもタイトな需給
スの持続的な成長、そして小売業界
2016 年は増加に転じ 、2014 年に記
環境を背景に賃料の上昇が続くと
における配送サービスの更なる向
録された約 4 兆 9,000 億円
( 対前年
予想する。ただし 、中期的な展望と
上・効率化等を中心に、先進的大型
比+9%)に近づくとみられる。地
しては市況サイクルのピークは次第
物流施設に対する需要は弱まる気
方都市での案件数の増加が見込ま
に近づいていると考える。過去のサ
配がない。現在予定されている新
れることに加え、東京都心において
January-February 2016
49
MARKET
図表1 GDP の実質成長率の推移
2012
前年比
2013
2014
2015予想
2016予想
10%
8%
6%
4%
2%
0%
-2%
GDP(実質)
民間最終消費支出
企業設備投資
輸出
出所: 内閣府, CBRE, 予想は日本経済研究センターによる, 2015 年 12 月
も、2012 年前後に購入された物件
くとも今後 18カ月はオフィスの稼働
東京では、2016 年にグレードAビ
の一部について利益確定のための
率も更に上昇する可能性が高いこと
ルで139,000 坪の新規供給が予定
出口が模索され始めるとみられるか
を示唆している。
されている。ヤフーの入居が決まっ
らだ。
2015 年の東京オフィスマーケット
町」や、JR 新宿駅直結の「 JR 新宿
では、特に夏以降 、企業の動きは
ミライナタワー」など、リーシングは
2014 年と比べてやや鈍かった印象
順調に進んでおり、グレードAビル
業容拡大のためのオフィス増床、
がある。移転を検討する企業は多
全体としての内定率はすでに 5 割近
ならびにオフィス立地の改善など、
いものの、中国経済の失速や米国
い水準にあると推計される。2017
2015 年も2014 年に続いて「前向き」
の金利引き上げに対する新興国へ
年には 78,000 坪の新規供給が予定
な移転動機がオフィス需要を牽引し
の影響など、将来の景気見通しに
されている。これは過去8 年間の年
た。企業業績の更なる向上が予想
対する不確実性によって企業のコス
平均 87,000 坪を下回る水準で、こ
される中で、この傾向は 2016 年も
ト意識が高まったようだ。それでも、
れ自体の需給バランスへの影響は
続くだろう。日銀短観
( 短期経済観
業容拡大のためのスペース確保の
限定的であろう。結果としてグレー
測調査 )による企業の業況判断指
ニーズは根強く、移転に比べてイニ
ドAの空室率は、直近
( 2015 年 Q3
数は、オフィスの稼働率との間に正
シャルコストが低い館内増床は数多
時点 )の 4.5%に対して2016 年には
の相関性
(=空室率と負の相関性 )
くみられた。引き続き、新設や拡張
3.6%、2017年には 3.1%にまで低下
が認められ 、かつオフィスの稼働率
移転の前向きなオフィスニーズは幅
すると予測する。またグレードA賃
に先行して変動する傾向がある。こ
広い業種にわたっている。また、雇
料は、今後 2 年間で 9%程度上昇す
のことを表したのが 図表 2 で、業況
用確保が多くの企業にとって課題と
ると予想する。2015 年は、7年ぶり
判断指数を18カ月先送りしてオフィ
なっている中、採用面で有利な交通
に空室率が 1%を割った「丸の内・大
スの稼働率と並べている。過去1年
利便性の高い立地や設備グレード
手町」エリアの賃料上昇が目立った。
半の間に同指数は概ね上向きで推
の高いランドマークビルを嗜好する
今後は、
「 八重洲・日本橋」や「 新
移しており、企業マインドの改善傾
需要も多い。
宿」など、その他のエリアで稼働率
オフィスマーケッ
ト
向を示している。このことは、少な
50
ている「 東京ガーデンテラス紀尾井
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29
が高まったビルが賃料の上昇を牽引
図表 2 東京オールグレードオフィスの稼働率と企業の業況判断指数
短観業況判断(大企業・全産業、18カ月先行)
Q4 2016
Q1 2016
Q2 2015
Q3 2014
Q2 2012
Q4 2009
Q4 2013
Q3 2011
Q1 2009
Q1 2013
Q1 2010
Q4 2010
Q2 2008
Q2 2009
Q3 2007
Q3 2008
Q1 2007
Q4 2007
Q2 2006
Q3 2005
Q4 2004
Q2 2003
Q1 2004
Q3 2002
Q4 2001
Q1 2001
Q3 1999
図表 3 東京オールグレードオフィスの空室率
14%
12%
10%
する需要が旺盛である。
「 グランフ
8%
6%
Q1 2015
Q3 2013
Q2 2014
Q4 2012
Q1 2012
Q2 2011
Q3 2010
Q4 2006
Q1 2006
Q3 2004
Q4 2003
Q1 2003
Q2 2002
Q3 2001
Q4 2000
Q1 2000
た。実際、大阪のグレードA 空室率
Q2 1999
0%
Q3 1998
前後では、供給過剰が懸念されてい
Q4 1997
2%
Q4 1991
4%
のハルカス
( 2014 年竣工)
」の竣工
は 2013 年 Q1のピーク時に18.2%ま
Q2 2000
出所:日本銀行, CBRE, Q3 2015
中小企業に至るまでオフィス床に対
ロント大阪
( 2013 年竣工)
」と「あべ
Q4 1998
92%
Q1 1998
93%
50
Q2 1997
40
Q1 1997
あらゆる業種の大手企業から中堅・
94%
Q2 1996
大阪では、景気の拡大を背景に、
30
Q3 1995
ペースの加速が予想される。
95%
Q4 1994
においても賃料の上昇もしくは上昇
96%
20
Q1 1994
需給環境を背景に、いずれの都市
10
Q4 1995
来の最低値を更新中だ。タイトな
97%
Q3 1996
広島 、福岡の空室率は観測開始以
98%
0
Q2 1993
不足が深刻化しつつある。札幌 、
99%
10
Q3 1992
の潜在化が懸念されるほどに供給
100%
20
Q1 1995
一方、地方都市においては、需要
東京オールグレードオフィス稼動率(右軸)
30
Q2 2005
するだろう。
出所: CBRE, Q3 2015
で上昇した。しかしその後は一貫し
て低下し、2015 年には 5%を下回っ
た。足元ではむしろ供給不足が懸
念されている。今後も、企業の旺盛
な需要は継 続する見 通しである。
図表 4 都市別のオフィス空室率動向
(オールグレード)
2005 - Q3 2015
15%
給はなく、2017年の新規供給も約 2
10%
万坪と少ない。空室率が 5%を下回
5%
り、まとまった面積を確保すること
0%
の新築ビルの引き合いは好調だ。こ
Q4 2017(予想)
過去平均(2005 -Q3 2015)
20%
2016 年にはグレードAビルの新規供
が困難となっているために、2017年
Q4 2015(見込み)
25%
東京23区 大阪
名古屋
札幌
仙台 さいたま 横浜
金沢
京都
神戸
広島
高松
福岡
出所:CBRE, 2015 年 12 月
うした状況を受けて、グレードAの
空室率は 2016 年から2017年にかけ
車産業を中心としてオフィス需要が
高騰で郊外へ移転した企業が中心
て2%台にまで低下すると予測する。
拡大している。今後も、業績好調な
地に回帰する動きなども当面続くだ
また、需給逼迫の継続を背景に、今
企業を中心に、人材確保に有利な
ろう。立地改善や拡張移転など既
後 2 年間でグレードAの賃料は約
中心部に移転する動きが継続する
存のグレードAビルへの引き合いは
7%上昇すると予想する。
とみられる。このほか、建築費の高
多く、新築ビルへ移転するテナント
騰で建て替えを諦めた企業による賃
退出後の二次空室の発生は限定的
貸ビルへの移転や、10 年前の賃料
とみられる。2016 年は新規供給が
名古屋では、円安を背景に自動
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51
MARKET
図表 5 都市別オフィス市場の賃料と空室率の予想
想定成約賃料
(2015年末∼2017年末の予想上昇率)
16%
14%
福岡
12%
横浜
10%
東京(グレードA)
札幌
8%
6%
0%
0.0%ポイント
神戸
大阪(グレードA)
さいたま
4%
2%
仙台
広島
名古屋(グレードA)
京都
高松
-0.5%ポイント
金沢
-1.0%ポイント
-1.5%ポイント
-2.0%ポイント
-2.5%ポイント
-3.0%ポイント
空室率(2015年末∼2017年末の予想変化率)
注:対象ビルは東京・名古屋・大阪はグレード A。その他の都市はオールグレード
出所:CBRE, 2015 年 12 月
ないが 、2017年には 2 棟合わせて
て低水準の目安とされる5.0%を常
流施設の稼働面積はまだまだ拡大
25,700 坪程度のグレードAビルの
に下回った。このように需給がタイ
を続けるだろう。しかし 、大量供給
新規供給が予定されている。このう
トな状態が続いた主な理由として、
を経た後だけに、2016 年から2017
ち、特に名古屋駅に直結する「 JR
次の三つが挙げられる。一つは、
年にかけての空 室在 庫は 2015 年
ゲートタワー」については、立地改善
東日本大震災を経験した後の先進
Q3に比べて増加することは避けら
や拡張移転の受け皿として高い稼
的物流施設への信頼感の向上。二
れ な い。2015 年 の 新 規 供 給 は
働率で竣工するものと予想される。
つめは、同じく震災後にサプライ
290,000 坪を超え、過去最高を記録
グレ ードA 空 室 率 は 2016 年 から
チェーンが破たんしたことの反省か
する。2016 年の新規供給はさらに
2017年にかけて現状を下回り、3%
ら、倉庫内により多くの在庫を蓄積
増えて約 360,000 坪と、過去最高を
台で推移すると予測する。またグ
すると共に、複数の拠点を持つ傾
更新する見込みである。しかも供
レードA 想定成約賃料は、今後 2 年
向がみられたこと。三つめは、効率
給の波はここで終わりではない。現
間で約 3%の上昇を予想する。
的な配送システムを実現するため
時点ですでに、2017年竣工予定の
に、フロア面積の広い施設が必要
開発計画は 270,000 坪まで積み上
とされたこと。これらが倉庫使用面
がっている。その結果、2015 年 Q4
積の拡大を伴いつつ、大規模な先
から2017年 Q4にかけての平均空
進的施設への移転を次々に促した。
室率は6.3%に上昇すると予測する。
2015 年 Q3の首都圏全体の大型
2013 年から2014 年にかけては大量
これは、需給バランスがひっ迫して
マルチテナント型物流施設
( Large
供給期だったが、それとほぼ同等
い た 2012 年 ~ 2015 年 Q3 の3 年9
Multi-tenant Logistics Facilities =
の需要面積が創出されている。
カ月間の平均空室率 4.0%を2 ポイ
首都圏物流施設
マーケット
「 LMT 」
)
の空室率は 3.5%で、空室
52
ント以上上回る水準である。とはい
の少ない状況が続いている。2012
中長期的には、集約移転や、旧
え、賃料に対する影響は限定的だろ
年 Q1~ 2015 年 Q3の3 年9カ月間の
耐震基準の施設から新しい施設へ
う。物流施設市場において6%程度
空室率をみても、2014 年 Q2を除い
の移転の受け皿として、先進的な物
の空室率は、適正な選択肢が存在
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29
する健全な賃貸マーケットの水準と
図表 6 首都圏物流施設:サブマーケット毎の空室率の実績ならびに予想
言える。
ただし 4 エリアに分けた予測で
は、エリアごとに動向が大きく異な
るので、注意が必要だ。最も都心
に近い「 東京ベイエリア」では、一
旦0%に近づいた空室率は 2017年
後半の再開発計画の竣工で短期的
には10%程度に上昇する。実質賃
料 指数は 2017年 Q4までに+0.6%
の上昇
( 対 2015 年 Q3 比 )にとどま
20%
18%
16%
14%
12%
10%
8%
6%
4%
2%
0%
新規供給床(Q4 2015-Q4 2017、右軸)
空室率の過去平均(Q1 2007-Q3 2015)
空室率(Q3 2015実績)
予想空室率(Q4 2015-Q4 2017平均)
(坪)
450,000
400,000
350,000
300,000
250,000
200,000
150,000
100,000
50,000
東京ベイエリア
外環道エリア
国道16号エリア
圏央道エリア
0
出所:CBRE, 2015 年 12 月
図表 7 10 年国債利回りの推移
2.5%
ると予測する。
「 外環道エリア」は
立地の強みを発揮し 、空室率は1%
2%
以下のひっ迫した需給バランスが続
1.5%
くだろう。また、実質賃料 指数も
2017年 Q4までに4 エリア中最大の
6.3% の上昇
( 対 2015 年 Q3 比)を見
込む。最もストック面積の割合が大
きい「 国道 16 号エリア」では、むこ
1%
0.5%
0%
2004.12 2005.12 2006.12 2007.12 2008.12 2009.12 2010.12 2011.12 2012.12 2013.12 2014.12
出所:Datastream, CBRE, 2015 年 12 月
う2 年間で最も多くの新規供給
(約
400,000 坪)が予定されている。し
図表 8 不動産投資の実績と見通し
かし 、空室率は4~ 7% 程度のレン
(十億円)
ジ内で比較的堅調に推移し 、実質
賃料 指数も2% 上昇すると予測す
る。最も外側の「 圏央道エリア」で
は、2016 年に空室率が 17% 程度ま
6,000
5,000
4,000
3,000
で上昇し 、期間を通じて10%を上回
2,000
る見込みである。その結果、実質賃
1,000
料 指 数 は 2017年 Q4に0.6%
(対
0
2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015予2016予
2015 年 Q3 比)
の下落を予測する。
不動産投資
マーケット
注:十億円以上の取引が対象。J-REIT による IPO 時の取得物件を除く
出所:RCA, CBRE, 2015 年 12 月
市場は需給タイトな状況が続くと考
は未だ妙味がある。物価上昇率が
えられる。2016 年から2017年にか
未だ日銀のターゲット
( 2016 年後半
低金利 、低インフレ、そして経済
けての実質経済成長率は1%前後と
に 2%)
を下回っている中で、日銀に
の低成長が 2013 年以降の不動産投
いうのが市場での一般的な予想で
よる追加の金融緩和の可能性もあ
資市場の活況をもたらしたとするな
ある。このような環境下において、
る。投資家にとって良好な資金調
らば、2016 年も引き続き不動産投資
不動産投資で期待される利回りに
達環境はまだしばらく続くだろう。
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53
MARKET
2016 年の不動産投資総額は、前
資家の間では、売却による利益確
引量の拡大のみならず、投資対象
年に 比べて減 少 するとみられ る
定を検討する動きも見られ始めてい
の分散化傾向もより顕著となろう。
2015 年に対して、約15%増加すると
る。結果として、2016 年はより多く
これには、アセットタイプの分散と、
予想する。2017年には、2018 年の
の案件が市場に供給される可能性
地域分散の両方が含まれる。その
黒田日銀総裁の任期満了も視野に
が高い。これらの資産が、引き続き
背景として、地方都市においてもオ
入り、量的緩和からの出口が議論さ
旺盛な買い意欲の受け皿になること
フィスに代表される賃料の上昇が
れ始め、これが市場金利の上昇に
で、不動産投資市場のボリューム拡
はっきりしてきたことや、より高い利
つながる可能性もある。このような
大につながるだろう。
回りの追求に加え、高齢化の加速
可能性も見据え、2012 年頃に本格
的な投資を開始もしくは再開した投
や訪日外国人の増加などの構造変
不動産投資市場においては、取
化も挙げられる。
おおくぼ ひろし
CBRE Japan のリサーチ部門の責任者とし
て、オフィス、物流施設、商業施設の賃貸市
場ならびに売買市場のリサーチ業務を統括。
製鉄会社および投資銀行勤務を経て 1997
年 か ら 2013 年 ま で 証 券 ア ナ リ ス ト と し
て株式リサーチ業務に従事。2000 年から
は JREIT を 中 心 に 不 動 産 セ ク タ ー を 担 当。
UBS 証券、ゴールドマンサックス証券、マッ
コーリーキャピタル証券、みずほ証券を経て、
2013 年 10 月より現職。
54
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29