第三世代の地域統括機能 - Arthur D. Little (Japan)

Viewpoint
第三世代の地域統括機能
東南アジア発のイノベーション創出に向けて
Japan-Asia-Desk Viewpoint Vol.2
2015.05
Viewpoint
東南アジアの成長が続く中、日系企業におけるシンガポールやタイへの地域統括会社設立が続いてい
る。個別事業単位での事業進出・法人設立を中心に、当該地域における事業展開を行ってきた日系企
業だが、現在、更なる成長に向け地域統括機能強化を進めている。また、これまでは、バックオフィ
ス機能集約やシェアードサービス導入などが地域統括機能の主目的とされてきたが、昨今では事業間
シナジー創出や新地域・領域への事業展開加速への期待が高まってきている。一方で、マトリクス型
組織の経営に不慣れな日系企業にとっては、地域統括会社の運営・機能強化に向けた課題も多く存在
する。ここでは特に “日系企業におけるアジア地域統括会社” の現状課題と、今後の成長に向けた考
え方について考察する。
1. はじめに:東南アジアの現状と今後
東南アジア地域は、2012 年頃まで 10% 以上の経
済成長が続いてきた。2013 年以降は若干の成長鈍
化の傾向にあるものの、継続して 10% 弱の経済成
長が期待される重要地域と位置付けられている。
また東南アジアの成長には、地域経済圏としての
面的な成長と、個別国毎独自の成長の大きく 2 つの
方向性(図1)が存在し、今後の当地における事業
強化に向けて、東南アジアの成長シナリオを正しく
理解することは重要である。
(1)成長方向性①:個別国独自の成長
各国共に高い経済成長が進む中、各国の所得水準
の差異は拡大傾向にあり、一口に “東南アジア諸国”
と言っても、各国の経済水準、消費特性・ニーズは
大きく異なる。
特に B to C 系事業においては、各国エンドユー
ザーの特性の違いを踏まえたマーケティング・商品
開発・投入を進める必要があり、これまで以上に国
毎の対応が要求される。
図 1:東南アジアにおける将来変化ドライバーと想定される変化
1
Japan-Asia-Desk Viewpoint Vol.2
また、地域内でのモノの流通が加速する中、東南
ア、インド・中国を含めたアジア地域全体としての
アジアでは国単位の分業化が進展する方向にある。
グローバルサプライチェーンの再構築も、昨今積極
例えばタイ:自動車産業、マレーシア:金融・サー
的に取り組まれてきており、当地における品質コス
ビス業など、各国の産業構造や主力産業は異なる。
ト要求を満たすためには、東南アジアとインド・中
BtoB 系事業においても、国毎に異なる顧客業種の
国を面的に捉えた事業基盤構築が重要になる。
発展・集積シナリオを踏まえたマーケティング・販
売方針を取ることが重要となる。
(3)東南アジアで必要となる地域統括機能
前述の大きな2つの成長方向性の中、東南アジ
(2)成長方向性②:経済圏としての面的成長
アにおける地域統括会社には、国別の個別対応と、
一方で、A F TA 導入を主な背景として、タイ・チャ
地域を面的に捉えた全体最適化対応の双方が同時
イナプラスワンなどのコンセプトのもと、東南アジ
に要求される。
ア内におけるサブ経済圏の勃興が想定される。タイ・
また東南アジアでは、インドネシアにおける総選
中国への一極集中を回避するためのメコン各国やベ
挙、タイにおけるクーデターなどのイベントをきっ
トナムへの進出などがその一例である。
かけに、各国で事業環境が急激に変化しており、地
また東南アジア各国およびインド・中国などにお
域統括会社を基点とした素早い判断と実行は必要不
ける現地系サプライヤーの成長を背景に、東南アジ
可欠となる。
図 2:日系企業による新規海外法人設立数の変遷
2
Viewpoint
2. 日系企業のアジア地域統括会社の現状と
課題
東南アジアにおいて日系企業は、例えば自動車・
バイクでは約 90% シェア、紙おむつなど日用品で
も約 60% シェアを有しており、領域毎に(他外資
系に比して)非常に上手く事業展開を進めてきてい
ると言える。それ故に、日系企業にとっての東南ア
ジアの重要性は、他外資系企業に比してより一層高
の効果を発揮するに至っている。ただし、地域統括
会社を基点とした事業・地域間シナジーによる事業
拡大・創出については、様々な理由により苦戦を強
いられている。
全社における東南アジアの重要性が高まる中、日
系企業のアジア地域統括会社に期待される役割は、
“事業支援”から“事業創出”へとシフトしてきており、
直面する課題も変化してきている。(図4)
い。
2010 年以降、日系企業による東南アジアでの法
人設立は加速的に拡大しており(図2)、また東南
地域統括会社は、本社と地域、域内の各国、各事
アジア地域としての成長に向けた地域統括会社設立
業間の調整を行い、事業成長を達成することが主な
も数多く進められてきている。(図3)
ミッションだが、より “事業創出” が期待される局
これまで日系企業各社は、バックオフィス機能の
面においては、これまで以上の調整力が必要となる。
集約によるコンプライアンス強化や、シェアード
しかし、日系企業においては事業部の立場が強い
サービス化によるコストダウンを中心に、地域統括
場合が多く、地域統括会社という(コーポレート側
会社の設立・強化を進めてきており、現時点で一定
の)立場から、特定地域における事業間の調整を行
図 3:日系企業のアジア地域統括会社設立の歴史
3
(1)課題①:地域統括会社の “股裂き” 状態
Japan-Asia-Desk Viewpoint Vol.2
うことは、日系企業の性質上、非常に難しいことが
上記を背景として、日系企業における地域統括会
多い。結果として、地域統括会社として策定した地
社は十分な権限を持たないまま、各ステークホル
域戦略や方針が、事業部の意向如何により、実行で
ダー間で “股裂き” 状態に陥ってしまっている場合
きないといった事態が頻発してしまっている。
が多い。
更に日系企業にとって、東南アジアは物理的・心
理的に距離が近く、例えば、東南アジア各国と日本
(2)課題③:多種多様な国々
の時差は 1 ~ 2 時間であり、簡単に電話会議など
また、日系企業のアジア地域統括会社の特徴とし
同時間帯での議論が可能である(また出張も容易で
て、担当地域が非常に広いということが挙げられる
ある)
。そのため、どうしても日本からの独立性を
(図4)。東南アジアに加え、インド、更には中東欧
確保しにくい環境にあると考えられる。
などもアジア地域統括会社の担当地域に含まれる場
またタイやインドネシア、ベトナムをはじめとし
合が多い。欧州、米州、中国、韓国・台湾などの主
た各主要国に展開する外資系企業の多くは日系企業
要地域を除く “それ以外” 地域(含、東南アジア)
であり、B to B 事業の場合、“東南アジアに事業展開
を担当する位置付けで、アジア地域統括会社が定義
したとしても、その顧客は殆ど日系企業”、という
されることが多いことが背景要因となっており、こ
状況も少なくない。このような場合、現地での会話
れによりアジアにおける地域統括会社は、消費特性
も重要となるが、日本における本社同士の会話も非
の異なる東南アジア主要国だけでなく、インドやバ
常に重要であり、当地における地域統括会社(もし
ングラデシュ、時にはパキスタンなども同時に担当
くは現地法人)が保有する権限は限定的となってし
する場合があり、不十分なリソースのもと、非常に
まう場合が多い。
広範囲を薄くカバーする状態になってしまっている
場合が多い。
図 4:アジア地域統括会社の役割のシフト
4
Viewpoint
3. 日系企業の取組事例
(1)A 社事例
エレクトロニクス A 社のアジア地域統括会社(シ
重工 B 社のアジア地域統括会社は、事業間シナ
ンガポール)では、東南アジアに加えインド、オー
ジー創出を主目的として強化が進められてきていた
ストラリアまで広い地域を担当している。
が、各事業部の意向の違いが課題となっていた。
A 社では、
『国単位の管理』をコンセプトに、担
根本的な課題解決ではないが、まずは成功事例を
当国毎にアジア地域統括会社の分室を設け、一国毎
つくるために、現在は事業部間のシナジー創出をひ
の管理体制を敷いて、国毎に異なる事業環境への対
とまず注力から外し、個別事業毎の東南アジア進出
応を進めている。同時に、国単位での成功パターン
加速にフォーカスをうつしている。また地域統括会
をパッケージ化し、他国に展開することで、国間で
社としてサポートする事業部の選定においては、具
のシナジー創出を企図している。また、市場の大き
体的案件の有無、東南アジアにおける事業部の展開
いインドネシアや、特に市場特性の異なるインドに
意欲などを重視することで、その実効性を高めよう
ついては、分室機能の拡大を進めており、将来的に
と努力している。
は(アジア地域統括会社から独立した)地域統括会
社化することを検討している。
図 5:第三世代の地域統括会社への転換
5
(2)B 社事例
Japan-Asia-Desk Viewpoint Vol.2
(3)C 社事例
現在多くの日系企業においては、各地域統括会社
エレクトロニクス部品 C 社のアジア地域統括会社
は本社(≒日本)の下に位置付けられており、本社
は、当該地域の販売・マーケティング機能の強化に
の承認のもと運営されている(第二世代の地域統括)
注力してきている。
が、この承認プロセスが各地域における意思決定加
C 社では、社内システムを強化し、営業・マーケ
速の足かせとなっている。
ティング・製造の各スタッフが、どの地域の、どの
商材(≒事業部)の、どの業種(≒顧客)向けに時
間・コストを掛けているかをリアルタイムで管理す
るようにしており、地域軸の管理が導入された現状
でも責任の所在が明確にしやすいように社内情報整
備が進められている。
今後は、各地域と本社を同列に位置付け、各地域
のオペレーションを独立して運営する(本社の承認
なしで意思決定する)ことで、各地域における実践
Speed を更に強化していくことができる(第三世代
の地域統括)。(図5)
第三世代の地域統括へとシフトするためには、各
4. 更なる東南アジア事業強化に向けて
地域と本社を同列に捉えるメンタルモデルへのシ
様々な課題を抱える日系企業のアジア地域統括会
管理の考え方を取り入れたマネジメントが求められ
社だが、各社各様の努力が進められている。また日
る。同時に地域間のシナジーを担保するために、こ
系各社は「アジアにおける地域統括会社の機能を真
れまで以上に Value/ 理念 / コーポレートブランド
に発揮するためには、本社も含めた意識改革が必要
などの共有に対する工夫が重要となる。
不可欠」との共通認識を持っており、アジア発のイ
上記に加え、第三世代への変遷過渡期で重要とな
ノベーション創出(≒事業創出)に向け、今後は、
るのは、各地域における成功事例の創出である。メ
これまでとはメンタルモデルの異なる “第三世代の
ンタルモデルのシフトと同時に、成功事例を積み上
地域統括” へとシフトしていく必要があると考えら
げることで、その変遷を確実なものにすることが可
れる。
能となる。
フトが必要不可欠であり、地域毎をポートフォリオ
6
Japan-Asia-Desk Viewpoint Vol.2
アーサー・D・リトル(ADL)について
アーサー・D・リトルは 1886 年に設立され、各業界へ
の深い知見を基に戦略とイノベーションと技術を結びつ
けるアプローチに強みを持つ経営コンサルティング業界
におけるグローバルなリーダー企業です。日本法人は、
1978 年に設立され、多くの日本の技術に立脚した製造
業企業、サービス企業、及び金融機関、官公庁などに
対する幅広いコンサルティングサービスを提供していま
す。アジアにおいては、東京、北京、上海、ソウル、シ
連絡先
伊藤 優馬
マネジャー
03-3436-8913(東京、直通)
+65-6420-6901(シンガポール、代表)
[email protected]
ンガポール、クアラルンプール、デリー、バンガロール、
藤田 朗丈
ジャカルタ、バンコク、ハノイの 11 都市にオフィスを
マネジャー
ジャパンアジアデスク ASEAN 担当
シンガポールオフィス駐在
有しております(ジャカルタ、バンコク、ハノイはプロ
ジェクトオフィス)
。 更なる情報については、弊社 Web
サイトをご参照ください。
● グローバルサイト
+65-6420-6901(直通)
[email protected]
:www.adl.com
● 日本オフィスサイト:www.adl.co.jp 鈴木 裕人
プリンシパル
03-3436-8920(直通)
[email protected]
Copyright © Arthur D. Little 2015. All rights reserved.
ADL「ジャパン - アジア - デスク」について
日系クライアント企業のアジア市場での事業展開・深堀を
シームレスに支援するための ADL 東京オフィス内のバー
チャル組織として設立。各地域の事情に精通した経験豊富
な日本人マネジャーを担当者として配置し、現地への常駐
/ 半常駐体制を取ることで、現地ニーズを踏まえながら、本
社経営陣と現地法人をつなぎ、日系クライアントが望む水
準のきめ細かなコンサルティングサービスを提供している。
Viewpoint
7